スローン領へ
ヴィクターが考えながら説明してくれる。
「まず探知魔法を使う。魔力持ちを見つけたらつむじ風みたいな魔法を発動する。そして魔力を吸い取る、か。ありえるな」
「魔力を吸い取る魔法なんてあるの?」
「ある。かなり特殊な魔法だ。魔法使い専用の牢屋では定期的に魔力を吸い取っている。強い魔法使いの前では鉄の格子も石の壁も意味をなさないからな」
なにそれ怖い。普通の人間なら定期的に血を抜くみたいな感じ?
「君たちの話をまとめると、人為的か自然現象かは不明ながら、魔力のある者を狙って近寄るつむじ風が存在するってことだね。ありがとう。とても参考になったよ」
コンラッドさんが腰を上げた。帰るようだ。
私が立ち上がって見送りに行こうとしたら、止められた。
「ヴィクターを見ていてあげて」
そして部屋を二分する洗濯ロープを見上げて少し笑った。
「夫婦かと思ったけど違うようだ。もし良かったら私の領地に来ないかい?宿屋暮らしは何かと物入りだろう。私の屋敷の部屋を提供するが。うちの領地でジェラートを売ってくれると嬉しいよ。うちは自然が豊かな所だよ」
即答できる話ではないので「んー」と考え込んでいたら、ポケットから紙を取り出してサラサラと何かを書いて手渡してくれた。
「私の家の住所と私の名前だよ。何かあったら手紙をくれたまえ。直接来てくれてもいい。困った時にこれを見せれば役に立つこともあるだろう。来てくれたら歓迎する」
そう言ってコンラッドさんは帰って行った。
ヴィクターはしばらく横になったまま考え事をしていたが、荷物の整頓をしながら同じ部屋にいる私をずっと目で追っている。
「なあに?具合は良くなった?何か食べたいものがあったら買ってくるわよ」
「……いや、いい。さっきは悪かった。どうしても好奇心に逆らえなかった」
「うん、きっとそうなんだろうなって思った。ヴィクターは研究者って感じだものね」
「そうだな。知りたいことがあると我慢できなくなるんだ。だから召喚魔法なんて一生に一度しか使えない魔法に夢中になった。結果がこのざまだが」
もう。ほんとにこの人は。
「召喚したのが本物の聖女だったら今頃ヴィクターは出世コース一直線なのに、私なんかで申し訳なかったわ」
「あ、いや、そんなつもりでは」
「ふふ。冗談よ。あなたが凹んでるからからかっただけ」
「ハル……」
ヴィクターが立ち上がり、少しグラリと上半身が揺れた。慌てて駆け寄って両肩をつかんで支えた私をヴィクターが逆にギュッと抱きしめた。
「えっ?」
「ありがとう。俺のことを心配してくれて。あんなふうに心配して怒ってもらったの、いつ以来かなって思い出そうとしたけど、思い出せなかったよ。多分、おふくろが生きてる時だろうけど。嬉しかったよ」
「うん」
ヴィクターの胸を両手で押して腕から逃れた。こういう状況は不慣れなものだから落ち着かない。
「ヴィクター、コンラッドさんの領地に一度行ってみない?これも何かの縁だし。それに、こういう都会よりも田舎の方が金の粉が噴き出してる地点がありそうじゃない?温泉療養みたいな感じでそこで金の粉を浴びていたらヴィクターの焼き切れたっていうナントカも治らないかなって」
「もし焼ききれた脈絡が治っても、俺はもう王城には戻れないんだよ」
「それでも。生まれてきたときに持っていたものが損なわれているのなら、治して欲しいと思う。それと、王城以外の魔法使いの職場って、どんなところがあるの?」
「いろいろあるけど……俺みたいに前職の紹介状がない魔法使いは、ちゃんとしたところは雇ってくれないだろうな。犯罪の可能性がある魔法使いほど厄介なものはないからね。紹介状無しの魔法使いは、真っ当な職場ではとても用心されるんだ」
「理不尽ね」
「魔力を持たない人からしたら当然だよ」
「やっぱり行ってみない?コンラッドさんの領地。私、行ってみたい。この世界のあちこちを見て回るのも楽しそうだもの」
「そうだな。俺たちは二人とも自由だしな。行ってみるか」
さっそく明日にも行ってみようということになり、互いに荷造りをして宿屋のおじいちゃんに明日朝早くには町を出る旨を告げて宿代を払った。
「また泊まりに来るかい?」
「多分。ここ、とっても居心地が良かったし。お世話になりました」
「またいつでも戻っておいで。待ってるよ」
「ありがとう。ご主人も奥さんも体に気をつけてね」
握手をして部屋に引きあげた。
「コンラッドさんの領地までは遠い?」
「いや。馬車なら一日だ」
「じゃあ、すぐね。ねえ、あの小鳥、今出せる?」
「ああ。出せるが」
そう言ってヴィクターが唇に人差し指を当てて何かをつぶやいた。
スズメバチサイズ、いや、もっと可愛い表現をするなら、体がウズラの卵サイズの青い小鳥が空中に現れた。ピチチチと鳴きながらグルグル部屋の中を輪を描いて飛んでいる。手のひらを差し出すと、その上に乗って羽繕いを始めた。
「可愛い。ちゃんと手のひらに乗ってる感じがする。魔法使いって、素晴らしいわね」
ヴィクターが何も言わず嬉しそうな顔で微笑んでくれた。