つむじ風再び
「コンラッドさんは体験済みだが俺は未体験だ」
「だからなによ」
「俺も体験してみたい」
「……バカなことを言わないで!やめてよ、早く建物の中に入ってよ!」
「君たちは一体何を?」
喋っているコンラッドさんを無理やり後ろの宿屋の入り口に押し込んだ。
「見たいならそこから見て!ねえ、ヴィクター、お願い。お願いだからやめてよ」
ところがヴィクターは硬い顔つきで動かない。体格が違いすぎるから私が押しても引いてもビクともしない。もう、泣きそうだ。なんでよっ!
「それはどこまで来てる?教えろ。ハルにしか見えないんだから早く教えろ!」
魔法使いとしての探究心なのか?ヴィクターは病み上がりなのに。
「今、雑貨屋の前。ゆっくり進んでる。今は八百屋の前。来るよ。ねえ、ほんとに来るよ!」
ゆっくり進んでいたつむじ風はまるで目があるかのように道のこちら側に立っているヴィクターにすうっと近づいて来た。
「来た!」
ヴィクターに吸い寄せられたようにつむじ風が近づき、触れるか触れないかの瞬間、膨大な量の金の粉がヴィクターの全身から噴き出した。私は我慢できずにヴィクターの腕をつかんで全力で引っ張った。
グラリ、と傾くヴィクター。タタッと二、三歩動いたヴィクターを追うようにつむじ風もこっちに進んでくる。
「あっちに行け!」
つむじ風は今やひと抱えの太さの金の柱だ。私が腕を振り回してそれに触れると、金の粉を撒き散らしながら柱は雲散霧消した。怒りのせいか、さっきまでの私の中の恐怖は少し落ち着いた。
ガクリとヴィクターが膝を地面についた。
「ヴィクター!大丈夫?」
「ああ、ハルのおかげで魔力切れはどうにか免れた。つむじ風はどうなった?」
「私が触れたら消えた」
ヴィクターの顔色が悪く、冷や汗をかいている。貧血みたいな感じだろうか。
「君たち、大丈夫か?」
あれが見えない人には若い男女の痴話喧嘩にでも見えたのだろう。通り過ぎながらニヤニヤ笑う人、口笛を吹く人までいた。
「ハル、ごめん。心配かけたな。俺なら大丈夫だ。かなり魔力を持っていかれたけどな」
「ばか。ヴィクターのばか。病み上がりなのにまた倒れたらどうするのよ」
「悪かった。どうしても体験してみたかったんだ」
そこでコンラッドさんがおずおずと口を挟んできた。
「あの、すまないが私にもわかるように説明してくれないか。頼む」
この人もヴィクターと同じタイプかしら。
「コンラッドさんが命の次に大切にしている物はなんですか?」
「なんだい、いきなり」
「いいから教えてください」
「うーん、妻と娘と領民たちだな」
私はコンラッドさんの真前に立ち、目を覗き込んで聞いた。
「じゃあ、奥さんと娘さんと領民たちに誓って他言しないと約束してくれたら説明します」
「おい、ハル、やめろ」
「ヴィクターだって私の言うことを聞かなかったじゃない」
「わかったから落ち着け。震えてるぞ」
言われるまで震えてることに気づかなかった。ああ、私、ヴィクターがどうにかなるのが本当に怖かったんだ。唯一の仲間だものね。
宿屋のおじいちゃんとおばあちゃんに「この人と話をしたいから」と言って部屋に三人で入った。おばあちゃんはお茶を入れて持たせてくれた。ありがたい。
私とヴィクターはそれぞれのベッドに腰掛け、コンラッドさんはひとつだけある椅子に座った。
「それで、何が起きたんだい?」
「俺の魔力をごっそり抜き取られた。お察しの通り、俺は魔法使いだ」
「ハルには彼の魔力を抜き取った物が見えるようだったが?」
「はい。私には見えます。あれはつむじ風そっくりの何かなんです」
それで?と言うようにコンラッドさんが私を見る。
「この前も今日も、通りの東側からゆっくりウネウネしながら渦を巻いてるつむじ風みたいのが進んで来ました。本当の風は起きなくて、魔力のある人にそれが近寄ると、全身から魔力が吸い出されます。この前のつむじ風はそれを巻き取って魔力の柱みたいになってから空にすうっと昇って消えました」
「今回も空に昇ったのかい?」
「今回は私が腕を振り回したからか、散り散りバラバラになって消えました」
私が触れたから、とは言わない方がいいかな。
「ひとつ俺も質問したい。コンラッドさんのとこの被害は何人ですか」
「私に報告があっただけで三人がやられている。もちろん全員が魔法使いだ」
私はずっと考えていて、ひとつだけ思いついたことがあった。
「魔力を持ってる人がどこにいるか探知する方法って、あるんですか?」
「ある」
「あるな」
コンラッドさんとヴィクターが即答して、ヴィクターが私に説明してくれた。
「探知魔法が使える魔法使いなら相手が魔法を使っている時なら簡単だ。でもハル、まさかあれが魔法使いの仕業だと?」
「断言するだけの材料がまだないけど、可能性はあるかと。自然現象なら昔から知られているのが普通でしょう?コンラッドさんがわざわざ調べに来るってことは珍しいことなんでしょう?」
ほう、と言うようにコンラッドさんが私を見つめた。