表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/57

ジェラートを売る

 宿屋の使ってないテーブルを借りて、それを置いただけのジェラート屋を宿屋の前で開店した。


 ジェラートを初めて食べるお客さんたちは皆「冷たい!甘い!美味しい!」と喜んでくれた。季節は暖かく『難しくはないけど氷魔法を必要とする冷たいお菓子』はそうそう食べられないだろうという読みは当たった。

 珍しいデザートのジェラート屋は繁盛して、三つのバケツは夕方前に空になった。


 小銭入れの空き缶の中を見るとなかなかの儲けである。原材料費を引いたらどのくらいになるか楽しみだ。


 翌日も翌々日もジェラート屋は評判が評判を呼んで行列ができるほどだった。私たちは売る量を少しだけ増やして「売り切れ次第終了」で稼いだ。



 夜、ヴィクターと私は近所の酒場で夕食を食べていた。


「何でもっと大量に売らないんだ?俺ならもっと作れるぞ」

「いいのよこれで。数量限定ってところが購買意欲を刺激するんだから」

「そういうものなのか」

「そういうものよ。それより、宰相たちはまだ私たちを探してると思う?」


 ヴィクターはしばらく考えてから返事をした。


「あの宰相は諦めていないと思う。何事も諦めない人なんだ」

「だからこそ実務の最高峰まで上り詰めたとか?」

「そうだ」


 帰りは少ししょんぼりしながら宿に戻った。追跡者を気にしながら暮らすのは少しずつ少しずつ心が削られる。心安らかに暮らしたいなぁ。元の世界に戻れないならこの国で安心して根を張って暮らしたい。


「どうしたものかしら」

「ん?」

「落ち着いた暮らしがしたいなって」

「いつか落ち着いた暮らしができるよう、俺も頑張るよ」

「……」


 いつまでヴィクターと一緒にいられるのかな。最初は面倒くさいと思ってた人を、今ではすっかり頼りにしてしまっている。でも、ヴィクターにはヴィクターの人生がある。私にそうそう付き合わせるのも悪い、と申し訳ない気持ちになる。


 ならどうすればいいのか。今は答えは出ない。


 夜は二つのベッドの間に渡してある洗濯物用のロープにシーツを掛けてカーテン代わりにしている。別にヴィクターを疑ってないけど、寝相や寝顔は見られたくないもの。着替えも落ち着いてできるし。シーツのカーテンは私たちの中では日常のひとコマになった。




 ジェラートはその後もよく売れた。ヴィクターは持ち帰りを希望する人のためには、ジェラートをテーブルの下でこっそりと更に冷やして途中で溶けないよう配慮するまでになっていた。魔法ひと筋だった人がそんなところにまで気が回るようになったのね、と微笑ましくなる。


「君たち」


 声をかけられて慌てて顔を上げると、この前魔力を吸い出されて倒れた人だった。


「何のご用でしょう」

「俺たちは礼は要らないと言ったはずですよ」


 思わず身構えた私たちにその男性は「少しだけ話をさせてくれ。自分は決して怪しい者じゃないから」と言う。


(どうする?)と目でヴィクターに尋ねるとフルフルと首を振る。それを見ていた男性が声を小さくして言い募った。


「その石板、空だよね?本当はそっちの君が魔法で冷やしてるんだろう?魔法使いがこんな屋台で働いてるのは、何か訳ありなのかな?」


 ヴィクターが前に出た。いつでも魔法を使えるように構えている。


「おっと。こんな往来で魔法を使うのは利口じゃないぞ。物騒なことはやめようよ。話をしたいだけなんだ」

「お話ならここで聞きます」

「信用してもらえないかぁ」


 私たちは荷物を片付けて立ったまま道の端に寄り、男の人の話を聞くことにした。


「私はコンラッド・スローン。隣のスローン領の領主だ」

「領主様?本当に?」


 するとコンラッドと名乗ったその人が身分証らしい物をヴィクターに見せた。


「ふうん。領主様が俺らにどんな話が?」

「この前のことなんだ」

「あのつむじ風のことですね?」

「お嬢さんは私がなぜ魔力切れしたとわかったのかな?お嬢さんは魔法使いじゃないだろうに」


 ヴィクターが責めるような目で私を見る。だから余計なこと喋ったのは悪かったわよ、ごめんてば。


「なんとなくです」

「正直に話してはもらえないか。実はね、我が領地の領民がここによく来るんだけどね」

「はあ」

「そのうちの魔力持ちの数人がここの市場に買い物に来ていて倒れた。この前の私と同じように魔力切れを起こしてね。そんな報告が正式に出ているだけでも数件上がっているんだ」


 私もヴィクターも黙って続きを促した。


「その報告を聞いて魔法使いである私が調べに来たのだよ。そして私も魔力切れを起こして倒れた。そこに何かを知ってそうな君たちがいた」


「私たちを疑っているんですか?私は心配して駆け寄ったし、ヴィクターは馬車を呼んであげたのに」


「違う違う。君たちが犯人とは思ってないよ。何か知ってないか、知っているなら教えて欲しいんだ」


 私は迷っていた。他にも同じことが起きてるなんて。


「俺たちは何も知らない。静かに暮らしたいんだ。もう構わないでくれるかな」

「頼むよ、なにか知っているなら……」


 その時、気がついた。通りのずっと向こうからそれがゆっくり近づいて来ることに。


「ヴィクター!またあれが来た!」

「えっ?」


 通りの向こうから、ウネウネと身をくねらせながら、あの細いつむじ風が進んで来た。

 どうしよう!


「早く逃げて!コンラッドさん!ヴィクター!早く!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍『ええ、召喚されて困っている聖女(仮)とは私のことです1・2巻』
4l1leil4lp419ia3if8w9oo7ls0r_oxs_16m_1op_1jijf.jpg.580.jpg
コミック版
『ええ、召喚されて困っている聖女(仮)とは私のことです1・2巻』
4l1leil4lp419ia3if8w9oo7ls0r_oxs_16m_1op_1jijf.jpg.580.jpg
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ