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挫折させてごめんね 

 いろいろ聞き回ったが、土木作業以外は長期前提の仕事ばかりだった。長期に腰を落ち着かせていられるかどうかわからないから、それらは諦めて宿に戻った。


「ヴィクターさんはどのくらい回復したの?私、魔法がない世界の人間だからその辺がわからないのよ」


「さんは付けなくていいよ。ヴィクターで。そうだな、だいぶ魔力が回るようになったから、並の攻撃魔法くらいなら使えるかな」


 ほう。


「ちょっと私を攻撃してみてくれる?」

「は?手足が取れるぞ?」

「そうかな。お花を移動させる魔法ならなんでもなかったよね?」

「……それを言われると俺は……」



 なんだかんだ抵抗するヴィクターを促して宿の裏庭に出て、ごく弱く攻撃魔法とやらを私に向けて発してもらうことになった。最後まで「女子供を攻撃するなど俺は!」とか言ってたけど、聞こえないふりをした。


「アイスアロー」


 あ、中二っぽい呪文はないんだ?『出でよ氷の精霊たちよ』みたいのがあるのかと思ったわ。


 遠慮してくれて細く短い氷の矢が私からだいぶ離れたところにガシュッと刺さった。宿の裏庭の踏み固められてるはずの土に深々とめり込んでいる。


「これじゃ実験になりませんよね?」

「しかしこれをまともに受けたらお前は死ぬぞ」

「死ぬかな?なぜか平気な気がするのよね」

「気がするって。怪我をするぞ!」

「じゃあ、まずは手のひらで受けますから」

「手のひらか。俺、治癒魔法はそれほど得意ではないんだが、まあ、手のひらなら治せるかな」

「いいから早く」


 ヴィクターが覚悟を決めて私に向かってまた魔法を使う。


「アイスアロー」


 氷の矢が私の手のひらにぶつかる瞬間、なんの衝撃もなく氷の矢は消えた。


「嘘だろ!」

「ほらやっぱりね。私にはこの世界の魔法は効かないんじゃない?」

「それなら今度は遠慮なく狙う」

「はいどうぞ」

「アイスアロー!」


 今度のは太くて強そうな矢だったけど、結果は同じだった。ガクリ、と崩れ落ちるヴィクター。そうよね。王城で働く魔法使いだもの、優秀なのよね。初めての挫折だったらごめんね。


「ハル。アイスランスを使ってもいいか」

「いいよ。アイスランスがなにかわからな……」

「アイスランス!」


 喋ってる途中なのに。


 氷の槍はモップの柄ほどの長さと太さで、さすがに私もちょっとドキッとしたけど、結果は同じ。


「嘘だ嘘だ嘘だ……俺のアイスランスが効かないなんて。アイスランス!アイスランス!アイスランス!」

「ちょ、待っ……」


 いや、全部消えたけどね!びっくりしたわ。チュドンチュドンと氷の槍を連発するんだもん。


「こんなことがあってたまるかファイヤーボール!」



 もう面倒だから好きにさせた。ひと抱えもある火の玉も多少の金の粉を飛び散らせながら消えた。


 心を打ち砕かれたらしいヴィクターは庭の隅に行ってうなだれている。大男がうなだれてる姿はちょっと可愛い。



「あなたすっかり回復したんじゃない?立て続けに魔法を使っても平気なんでしょ?」

「平気だ。まあ、あのくらいならたいした魔力は使わない。そもそも俺の専門は召喚術だから。攻撃魔法は専門じゃないから」


「ふうん」


「本職は凄腕の召喚術師だからな」


 ショックが大きかったのか。ついに自分で自分を凄腕とか言い出したよ。


「焼けた脈絡とやらは?」

「まだ全然だめだ」

「わかるの?」

「わかる。召喚に必要な魔力を蓄えることができないんだ。何度も確認した」

「そっか。じゃあ仕方ないか。ヴィクターは魔法以外に何が得意?」


 返事がない。


「ヴィクター?」

「俺は孤児院で育って魔法の才能だけでここまで来た。他のことは何もやったことがない」


 凄腕魔法使いは潰しがきかなさそう。


「お互い、正体がバレるのはまずいから顔バレしない仕事がいいよね。そうだ、屋台とかどうかな」

「屋台のどこが顔バレしない仕事なんだよ」


 フフフと笑って私はスカートのポケットからベールを取り出した。


「これで顔を隠せばいいわよ」

「俺は?」

「なんとかして誤魔化す」

「ずいぶんと雑な作戦だなおい」


 手近な物であれこれ試して、ヴィクターは魔法使いらしい長い髪をターバンの中に入れて顔はスカーフで口元を隠すことにした。余計に怪しく見える気もするけど、とりあえず良しとしよう。


「で、何を売るんだい?」

「この市場に売ってないもの、それはジェラート!」

「なんだいそれ」

「ヴィクターの力なくしては作れないものよ」



 私たちはそのあと市場で牛乳や砂糖などの材料と道具を買い集めた。部屋に戻って「俺の氷魔法をこんなことに使うとは」と嘆くヴィクターを励ましながら、たっぷりのジェラートを作り上げた。


 ミルク味、オレンジ味、紅茶味の三種類を小ぶりなバケツにそれぞれ作った。



「なあ、ジェラート屋はまずいんじゃないか?」

「なんで?」

「だって、氷魔法を使ってるのがバレバレだぞ?」

「ふふふふ」

「なんだよ」

「そんなこともあろうかと、これを買っておいた」


 小型の魔法陣を描いた石板だ。本物を買うと高いらしい。これは宿のおじいちゃんに教えてもらった。私が買ったのは中古品で魔力も切れてるけど、世間ではこれに結構なお金を払って一定量の氷の魔力を入れてもらうらしい。


 もちろんこれは見せかけだけで実際はヴィクターの氷魔法を使うわけだが。黙ってりゃバレないでしょう、きっと。


「ハルは、前の世界でもそんなふうにして人の目を誤魔化して働いてたのかい?」

「違うわよ失敬な。真面目な事務員だったから!」



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