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ハートフィールドでつむじ風

 荷馬車に揺られて三日。

  ハートフィールド領の中心で、同じ名前のハートフィールドという大都市に着いた。


「さて、まずは宿屋探しか」

「私、あんまりお金を持ってないから安い宿にしてくれる?」

「ああ。俺もそうするつもりだ。いつまでこんな暮らしになるかわからんしな」

「仕事も探さないとね」

「そうだな」




 私たちは小さくて地味な宿屋「スイングバード」に泊まることにした。年配の老夫婦が経営者のようだ。


「うちは食事は出せないのですが、それでもよろしいですか?」


「ええ、それでお願いします」


 おかげで格安の料金で寝床を確保できた。部屋はひと部屋。まあ、何かで仕切ればシングル二つと同じよね。


「私、街を歩いて仕事が見つからないか探してくる」

「一緒に行くよ。ハルは知らない街なんだし」

「どうぞ、好きなように」


 ハートフィールドの街は大きかった。王都のように整然としてなくて、入り組んだ道、毛細血管のように少しずつ細くなりながら張り巡らされた路地。古い都市なんだろうな。ネットで見た中東っぽい景色だった。大人の女性は大半が頭から薄いベールを被って顔を隠しているのも中東っぽかった。


「あのベールはどんな意味があるの?」

「結婚してる人は家族以外には顔を見せないんだ」

「私もあれが欲しい。黒目黒髪を隠したい」

「なるほど」



 二人で洋品店に入り、ベールを買った。よし、少しは安心する。ヴィクターさんも現地の人風のガウンのような衣装を買った。私たちは一見すると現地の人らしく見える、かな?


「さあ、仕事を探しましょう」

「張り切ってるね」

「じっとしてるとろくなことを考えないから。動いている方が楽なのよ」

「ふむ。で、仕事探しの前にどこかでひと休みするのはありだろうか」


 うっかり忘れてたわ。ヴィクターさんは療養中なんだった。慌てて適当な店を探して外の席に腰を落ち着けた。


「あの、気がつかなくてごめん。私、そういうところガサツだから遠慮なく言ってくれると助かります」


「いや、俺も忘れてたんだ。だけど馬車旅をしてたら疲れが溜まってさ。やっぱりあの女神像の前にいた時は体が楽だった気がするよ」


 ここハートフィールドにも金の粉が湧き出す所があればいいのにな。


 運ばれて来たお茶はジャスミン茶によく似ていた。二人で往来を眺めながら黙ってお茶を飲んだ。


「あれ?誰かが魔法を使ってるな」


 ヴィクターさんが顔を上げて人通りを見た。私も人の波を見つめていたら、向こうから小さなつむじ風が渦を巻きながらゆっくりうねりつつこちらに向かって進んできた。


 つむじ風なのに誰の服もはためかない。土ぼこりもゴミも巻き上げない。ただクルクルと陽炎かげろうのように景色を歪ませながら動く奇妙なつむじ風だった。


「どうした?」

「ヴィクターさん、細いつむじ風がゆっくり通りを進んでる。なにあれ。気持ち悪い」

「つむじ風?俺には何も見えないが」

「うん、あっ!」


 一人の身なりの良い中年の男性につむじ風が近寄った。スッと近寄ったが、男の人は気づかない。男の人の体全体からブワッと金の粉が噴き出して、つむじ風は金の柱みたいになった。


 やがてつむじ風はすうっと尻すぼみになり、空に昇って消えた。


「あっ。倒れた!」


 全身から金の粉を噴き出した男の人がいきなりクタリと道に倒れ込んだ。周りの人が覗き込んで騒ぎ始めた。


「私、行ってくる」

「おい!ハル!」


 あれが何なのかわからないけど、金の粉が私にだけ見えるものならば、私だけが助けられるかもしれない。『私だけが見える』と言う後ろめたい気持ちに背中を押されて駆け寄った。


「大丈夫ですか?」

「う、うう……」


 冷や汗をかいて気持ちが悪そうだ。


「えっと、立てますか?馬車を呼びますか?」

「すまない、馬車を頼む」

「俺が呼んでくる。ハルはここにいて」


 ヴィクターさんが走って行き、私は男の人に肩を貸して道の端に座らせた。集まっていた人たちは散って行った。


「あの、魔力が無くなったのではありませんか?」

「なっ、なぜわかった?」

 

 ここでペラペラと金の粉の話をできるわけもなく。仕方なく嘘をつかねばならない。余計なことを言った自分の口を殴りたい。


「なんとなく、です」

「感じるのか?」

「そんなところです」


 中年の男性は身なりが良く、肌や髪の手入れも行き届いていた。家に帰れば使用人もいるだろうと、私たちは馬車が来るのを待って「おだいじに」とだけ告げて立ち去ろうとした。


「待って」


 馬車に乗せようとしたら思いがけない強い力で私の手首をつかんだ。ヴィクターさんがサッと間に入って手を離させようとする。


「頼む。礼をしたいから付いてきてくれ」

「要りませんよ。俺たちはこれで帰ります」

「頼む。この通りだ」


 身なりの良い男性が深々と頭を下げた。


「ごめんなさい。私たち、初めて会った人の馬車には乗れません」


 頭を下げて素早く腕を振り払って走って離れた。何度か後ろを振り返ったけど、何もなかった。またさっきの店に戻って今度は外から見えない席に移動した。


「ごめんね。私、あの人に余計なことを言ってしまったわ」

「何が見えた?つむじ風と言っていたな」

「うん」


 出来るだけ正確に見たことを話した。細いつむじ風が金色の粉を巻いて進んでいたこと。さっきの人にスッと近寄ったら男の人の全身から金の粉が大量に噴き出して男の人が倒れたこと。魔力が無くなったのではないかと聞いたら認めたこと。


「あの男は魔力欠乏の状態だった。体内の魔力が枯渇するとあんな風になる。魔法を連発したりすると誰でもなる。だが、歩いていてあんな風になることはないはずなんだが」


「大量に魔力を吸い取られたからじゃない?」


 ヴィクターさんが首をかしげる。


「魔力を吸い上げるつむじ風なんて聞いたことがない」

「なんだろうね。でも、命は無事で良かった。この件は後でゆっくり話し合いましょう。私たち、まずは仕事を探さなきゃ」

「おう。そうだな」

「あなたはもう少しゆっくりしていていいから」

「いや、俺も行くよ」


 ヴィクターさんの私への懐きっぷりが可愛らしかった。

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