荷馬車に揺られて
市場の路地を速歩きで進み、一軒の酒場に入った。
二人とも冷たいエールを頼んだ。すぐに運ばれたエールをゴクゴクと喉に流し込み、ひと息ついてから話し合った。
「暗い赤の小鳥なら魔法使い部隊長のブレント・ベインズだと思う。顎ひげの温厚そうな人、覚えてないか?」
「ああ、あの人ね。私を元の世界に帰せないし帰す気がないって言い切った人だわ」
「彼がそんなことを?理由は聞いたか?」
「お抱えの召喚魔法師が一生を棒に振るからって。それより、私も見られたかもよ。召喚してないはずのあなたと召喚されてないはずの私が一緒にいて、大丈夫かな」
「たしかにまずいな。まさかとは思うけど……」
「なによ。途中でやめないでよ」
「最悪の場合を想定して、だけど。俺たち、王都にいない方がいいような気がする」
まさか殺されるなんてことはないよね?と笑い飛ばそうとしたが、魔力が無いと判明した時の超ドライな対応を思いだすと安心できない。自分を生かしておくリスクはあるけど、メリットはひとつもないもの。今思えばよく抹殺せずにお城から出してくれたと思う。
「ハル。俺と一緒に王都を出ないか?」
「偶然ね。私も同じことを言おうとしてた」
あとは二人で裏口から出て一直線に宿屋アウラに向かった。私は何度も上を見上げた。極小サイズの鳥はいなかったが、安心は出来なかった。
アウラはシェリーさんの実家だ。あそこに居続ければ彼女に迷惑が及ぶだろう。恩人に迷惑をかけるのだけは避けたい。
宿屋に戻り、事情を話して二人は宿屋アウラを出ることにした。主人のモーダルさんもコニーも使用人頭のクレアさんも料理人のマイルズさんも驚き悲しんでくれた。
「助けてもらったのに急にこんな形で出て行くことを許してください。でも、お城の偉い人に見られた可能性がある以上、ここにいない方がいいと思うの」
そう言うとコニーが抱きついて泣いてくれた。
「可哀想に。ごめんね、助けてあげられなくて。ほんとにごめんね」
「コニー、謝らないで。優しくしてくれてありがとう。いつか落ち着いたら手紙を書くわ」
「ハル。ほとぼりが冷めたらまたここに戻っておいで」
「クレアさん……」
「いいか、生水は飲むんじゃないぞ」
「わかった。マイルズさん、美味しいご飯をありがとう」
「ハル」
「モーダルさん。ご恩は一生忘れません」
全員に挨拶をして宿屋アウラを出た。ヴィクターはとっくに先に出ていた。待ち合わせ場所を決めてある。私は編みかけのベッドカバーと残りの毛糸、わずかな着替えとかなり多めにもらったお給料をリュックに詰めて歩いた。
♦︎
王城の一室で魔法師部隊隊長のブレントと宰相のベネディクトが向かい合っていた。
「市場で二人を見失いました。監視モードの使役鳥が気づかれたようです」
「ふむ。ヴィクターはそこまで回復していないと思ったがな」
ブレントはこの監視には納得していなかった。
「監視は不要なのでは?脈絡が焼き切れて二流になった魔法使いと魔力無しの女です。脅威にはなり得ませんよ」
「ヴィクターだけならな。だが、どうもあの女が気になる。陛下のご意見とは言えやはり女は始末しておくべきだったのだ」
宰相ベネディクトは焦っていた。
先見の魔法使いは相変わらず国を揺るがすほどの大災害を予言している。なのにヴィクターの次に優秀な召喚師は召喚を成功させられないでいる。どうやっても召喚すべき相手を見つけられないと言うのだ。
「陛下も急いでおられる。なんとしても聖女を召喚しなければならんのだ。上手くいかないでいるうちにあの二人のどちらか一人にでも大災害について噂をばら撒かれたらどうなる?魔法使いは何をやっているんだと平民どもが騒ぎ立てるだろう」
「宰相、ヴィクターはそんな人間ではありませんよ」
「わからんぞ。奴はここを去るまでずっと召喚は成功だった、ハルこそが聖女だったのだと騒ぎ立てていたからな」
ブレントは後悔していた。今度の召喚師はどうしても召喚対象を見つけられない。あの時、全てを無かったことにせよと言う宰相の指示を受け入れずに、ヴィクターとハルをここに置いていたら、事態は違ったのではないかと思えてきたのだ。
(何もかも今更だが、ヴィクターの召喚魔法に問題はなかったのだ)
ヴィクターの召喚が成功したのは確信していた。ただ、強い魔力を持つ聖女が来ると思っていたら魔力無しの人間が来たことが想定外だったのだ。
なぜ魔力のない人間が召喚の対象として選ばれたのか。それがブレントにもわからなかった。
♦︎
「ずいぶん荷物がかさばってるな」
「編みかけのベッドカバーと毛糸がたくさん入ってるの」
「ベッドカバー?なんでまた……」
「私物が無いから編んでみようと思って。私、何も持ってなかったから」
「そうか。いろいろと、すまない」
「あなたのことは恨んでないって。それよりどこに行くの?私はこの国のことは何も知らないから、頼りにしてるわよ」
前払いして乗せてもらった商人の荷馬車は、王都を抜けて南の大都市へと向かっていた。一度だけヴィクターが訪れたことのある都市だった。
「俺が生まれ育った街は探されるだろうから、一度しか行ったことがない都市を選んだよ」
「そう。楽しみだわ。素敵な街だといいわね」
こんなことになっても泣き言を言わないハルを見て、ヴィクターの胸がチクリと痛んだ。