人間違いです!
「おお!成功だ!」
「やったぞ!」
酷いめまいでしゃがみ込んでいる私の周りでたくさんの人が叫んでいた。
(なに?何が起きたの?)
私はさっきまでベランダの植物たちに水やりをしていたはずなのに。もうすぐ弟達が遊びに来るのに。
「誰か、助けて。めまいが」
そう声を出しても誰も答えてくれない。声が小さかったか。でも気持ち悪くて大きな声を出せない。
興奮した男たちが抱き合ったり握手したりしてる。全員が外国人だ。しかも奇妙な服装をしている。下を見ると私のうずくまっている床には複雑な模様が白い線で描かれている。
「聖女様、ようこそ我がホルダール王国へ!」
たいそう見た目の良い若い男が私に手を差し伸べて起き上がらせてくれた。まだめまいがしていた私はその男の手を取って立ち上がった。
「先見された通りの黒目黒髪だ!」
「聖女様、あなたのお名前をお聞かせください」
周りの人たちが静まり返り私の方を見つめる。え?何?名前?聖女って何?
「鮎川春です。名前がハル。苗字がアユカワ」
「ハル様、よくぞおいでくださいました。我々は国を挙げて歓迎しております!」
いや、待ってほしい。事情を説明してくれないの?そう思って辺りを見回すと『若い頃はさぞかしイケメン』て感じの渋い中年男性と目が合った。
その渋オジは私の手を取っている現役イケメンに声をかけた。
「エルドレッド、そう慌てるな。聖女が混乱しているではないか。まずは事情を説明しなさい」
「そうでしたね、父上。つい興奮して慌ててしまいました」
エルドレッドと呼ばれたイケメンが私に椅子を勧めてくれた。やれやれ、やっと座れる。
「ハル、私は国王のウィルフレッド・アーガイン・ホルダール。これは王太子のエルドレッドだ」
国王?王太子?
まさかドッキリ?と思ったけど、え、現実?
そこから続きは宰相と呼ばれる中年男性が事情を説明してくれた。
「我がホルダール王国は魔法使いが治める国です。我が国の未来を占う先見の魔法使いが一年前に大いなる災いを予見したのです。その災いは我が国を根幹から覆すようなものだそうです」
「はあ」
「その災いを防ぐため、特別なお力を持つハル様を召喚師ヴィクターが異世界からお呼びしたのです」
お呼びしたって、ここどこ?ホルダール王国って、どこ?
「え?特別な力ですか?私、そんなもの持っていません。普通の人間です。他の人と間違えたのではありませんか?間違えて呼んだのなら元に戻してもらえますよね?」
私の言葉を聞いてほんの一瞬、宰相と呼ばれるおじさんの顔に苛立ちが浮かんで消えた。すぐまた愛想の良い笑顔になったけど、この人、怖い。うちの営業のパワハラ部長と同じ種類の人な気がする。
そしてそのヴィクターって人、顔色悪くて倒れそうなんですけど?
「まあまあ、慌てずともおいおい招かれ人様のお力は明らかになりましょう。さあ、まずはごゆるりとお休みいただいて……」
宰相の言葉は途中で途切れた。
ヴィクターさんとやらがゴンッ!と音を立てて硬い床に倒れたのだ。頭を打ったよね?頭を打った音だよね?
そこで話は一時中断されて私は豪華な部屋に通されたが、お茶を出されて飲んでいる間にも「国を救ってほしい」「いやいや無理無理」の応酬があった。この人達どれだけ焦っているのやら。
双方が困って、ひとまず私は休むよう勧められた。
そうさせてもらいたい。まず、一人になりたい。
丈の長いメイド服を着た女性たちに私の部屋着を脱がされ上等な夜着に着替えさせられ、ベッドで寝るように言われた。
最初はたくさんいたメイドさんたちも、私がベッドに入ると一人を残して全員退出した。残ったのは落ち着いた感じの、二十五歳の私と同年代くらいの女性だ。
「あの」
「はい!」
「あなたのお名前は?」
「シェリーでございます、聖女様」
「シェリーさん、私はまだ眠くないので、あなたに質問してもいいでしょうか。それと私のことはハルと呼んでください」
「はい。わたくしでわかることでしたらなんなりと、ハル様」
しかしシェリーさんはあまり詳しいことはわかっていなかった。先見様の予言に従って私を呼んだということしか知らない。
「大災害ってどんなものかしら」
「それは先見様にもわからないそうです」
「シェリーさんは大災害と聞いたら何を思い浮かべますか?」
シェリーさんは上品な仕草で指先を頬に当てて考え込んだ。
「わたくしでしたら、そうですね、大雨、大洪水、大嵐、魔物の集団暴走、でしょうか」
やっぱり私は人間違いされたようだ。そんなもの、日本人のOLにどうしろと?魔物なんて論外だし。
「やはりこれは人違いだと思います。明日、偉い人にきちんとお話しさせていただきます」
「ではそのように宰相様にお伝え致します」
「それで、この国は魔法使いが治めているそうですが、シェリーさんはもしかして魔法を使えたり……」
魔法を使えるのかと尋ねようとして途中で言葉が止まる。シェリーさんが優雅な手つきで窓に向かって手を動かしていた。すると分厚いカーテンが静かに動いて閉まった。
うわマジか。
センサー付き自動開閉器じゃない。シェリーさんの指先から美しい金色の小さな粉のような星のようなものがキラキラと流れ出てカーテンに向かって飛んでいったのだ。
更にシェリーさんは照明器具に手を向けて指揮者のように指先を動かした。
天井のシャンデリアは消灯し、ベッドの脇の小さなスタンドに優しい明かりが灯った。金色の微細な星は目標物に吸い込まれて消えた。
本当に魔法があるんだ……。
「お疲れでしょうから、どうぞごゆっくりお休みください。ドアの外には護衛がおりますので、御用の際はその者に声をかけてくださいませ。わたくしがすぐにまいります」
「はい」
シェリーさんは優雅に一礼して出て行った。私は一度ベッドにボフンと倒れたが、すぐにガバッと起き上がった。
いやいやいや。寝てる場合じゃないからね!私、大災害なんか防げないんだから。
呼んでおいて人間違いで役立たずだとわかったら、どうにかされるのだろうか。罰とか。まさかね。そんなことはしないよね?ね?
何より、元の世界に帰してくれるの?弟たちが来るのよ。
しばらく悶々としていたけれど、疲れていたらしく、いつの間にか私は眠ってしまった。
誤字脱字をしないようにしていますが、多分見落としがあると思います。どうぞ今回もビシビシとご指摘くださるようお願いします。