第七話 芸人の食レポロケでも、これよりはマシだぞ!?
拝啓
お父さん、お母さん。
僕は今、十七の人生でも経験のしたことない事態に見舞われています。
そうです。命の危機です。
高校三年生の春休みにいきなり異世界転生をさせらただけでも意味がわからないのに、そこで出会ったドS女神とノリで生きてるようなチャランポラン女神が、僕に異世界産の魔物を食べろと迫ってくるんです。
お父さん、お母さん。僕は一体どうすればいいのでしょうか?
もし元の世界に戻れたら、お母さんの美味しい手料理をお腹いっぱい食べたいと思います。
敬具
「って、現実逃避してる場合じゃないッ!!」
命の危機は今まさしくここに迫っているのだから! よく見ろ米枕遊! 現実を直視して打開策を練るんだ!!
「たくさん捕ってきたから、たくさん食べて頂戴」
「ほら、人間。リアナの好意を無駄にするんじゃないわよ」
「待て。少なくともリアナが魔物を捕ってきたのは、好意じゃない。責務だ。俺を異世界転生なんかさせた責任だ」
大体が暇つぶしで異世界転生させるとか意味わかんないし、最低限俺が元の世界に戻れるまでの面倒を見るのがリアナの責任だろう!?
「そうね。私も魔物を捕まえながら思ったの。確かにノリだけで遊を転生させちゃったのは悪かったって。だから、ごめんね☆」
「軽いなッ!? なんだその軽さ! ちっとも責任なんか感じてないだろ!?」
「そんなことないわ。その証拠にほら、遊が食べるように魔物をたくさん捕ってきたもの」
バーンと効果音が付きそうなポーズで籠を両手で示すリアナ。
その中にはなんだか得体の知れないウネウネしたものが、たくさん入っている。
うわ、見るからに食欲が失せる。なんで蛍光グリーンなんだよ。その色が許されるのは、かき氷のメロンシロップだけって知らないのか!?
「ちなみに、これってまだ生きてるの?」
「さあ? 一応ちゃんと斬ったつもり。私の持つこの名刀、萩と荻でね」
「名前がダサいうえに書き間違えそうだな。本当にそんな名前なのか?」
「ううん。ネーミングはなんとなくよ」
適当だな、おい!
どこまでチャランポランなんだ、この女神はッ!!
「なんかウネウネしてるってことは、まだ生きてるんじゃないのか?」
「そうかしら。でも、たぶん大丈夫よ」
「根拠は!?」
「勘」
「舐めてんのか、おい」
『えへへ』とか笑ってんなよ。ちょっと可愛いとか思っちまったじゃねぇか! 腹立つことに。
「生きてようが死んでようが、どうせ食べるのなら同じじゃないのかしら?」
「そう言うならベルベティが食べてみてくれよ」
「嫌よ。なんで私がこんな得体の知れないものを食べなきゃいけないのよ」
「その得体の知れないものを俺に食わせようとしてるのは、どこの誰なんですかねぇ」
「だって、あんたには食事が必要でしょう? 人間なんだから」
ちくしょう! なんなんだよ、女神には食事が必要ないって。食えよ、あんたらも。俺と一緒に触手の踊り食いをしようぜ!?
「うえ。想像しちまった……」
これ、これを踊り食い? 冗談だろ?
「な、なあ。この神殿に台所ってないのか……?」
「ないわ」
ちくしょう! 無慈悲!!
「ほら、余計な抵抗はやめて食の楽しさを堪能するといいわ」
「こんなもんで堪能できる楽しさなんて求めてないんだよ!!」
あー、もうマジで嫌だ。こんなの異世界転生じゃないよ。異世界転生ってもっとこう、とは言え何とかなるもんだろ? 最低限、衣食住は保証される展開がお約束じゃないか。今の俺にそんなものは一切ないぞ!?
「じれったいわね。リアナ、ちょっと人間を抑えてなさい」
「どうするつもりなの? ベルベティ」
「食べさせてあげるのよ。私手ずからね」
「それこそ求めてないッ!! あ、ちょ。やめろ、リアナ!! そんなにガッチリ肩を掴むなッ!!」
『まあまあ、いいから』じゃないんだよ!! ノリでやってるんだったら、絶対に許さないぞッ!!
「喜びなさい、人間。私が食べさせてあげわ」
「悦んでるのは、あんただろッ!? なんだよその、嗜虐に満ちた笑顔はッ!?」
「うふふ。ゾクゾクするわね」
「しなくていいからッ!! やめろ! 離せッ!!」
「遊のために用意したの。たくさん食べてね」
「手作り弁当を用意したヒロインみたいなことを言ってもダメだからな!? いいから離って、ああ頼む、やめろ──ッ!!」
ウネウネが! なんかウネウネしたものが、近づいてくる!?
「遊。好き嫌いしちゃ、ダメ」
そんな美少女ヒロインみたいな言い方したって、騙されないからな!? お前がやってるのは極悪非道な行いだと自覚しろ!!
「んんー! んんんーーー!」
「無駄な抵抗はやめて口を開けなさい」
嫌だ! 絶対に嫌だ! 唇だけは死守するんだッ!!
「リアナ。やりなさい」
「はーい」
って、おい待て! やめろ! 唇をッ、唇をこじ開けるんじゃないッ!!
「召し上がれ」
ドS女神じゃなくて、可愛い美少女に言われたかったーッ!!
「え、美味い……?」
ベルベティの手により蛍光グリーンのウネウネが口に放り込まれた瞬間、その芳醇な味わいが口いっぱいに広がった。
「え、美味っ。なにこれ」
噛めば噛むほどに出てくる濃厚な味わいが口いっぱいに広がっていく。こんなにも深い味わいは元居た世界でも食べたことがない。
「ちょ、もう一匹。もう一匹食わせて!!」
依然、体はリアナに抑えつけられたままの俺は、ウネウネが入った籠の側に立つベルベティへと呼びかける。
俺のそんな反応が予想外だったのか、ベルベティが眉をひそめながらも、新たなウネウネを摘まみ上げ俺の口に放り込む。
「やっぱめちゃくちゃ美味いんだけど、なにこれ」
初めてウニを食べた人の気持ちが理解出来てしまったかもしれない。
例え見た目がどれだけ食べ物とはかけ離れていても、一口食べれば最高の美味。この感動は、何が食べれるものか分かっている元居た世界では体験できなかったに違いない。
見かけじゃないんだ。味なんだ。体験しないと分からないことだって、世の中にはたくさんあるんだ。
「ベルベティ。頼む。もっと食べさせてくれ」
「嫌よ」
「なぜ!?」
「当然じゃない。私はあんたが悶え苦しむ様が見たかったのよ。なんで感極まってるあんたに、さらに恵まなきゃいけないのよ」
興味を失ったと言わんばかり背を向けるベルベティ。これはこれである意味Sなプレイの一環なのかもしれないが、きっとベルベティの趣味ではないんだろう。
「私も一口食べるー」
リアナは逆に俺が食べる姿を見て、あのウネウネに興味を惹かれたようだって、待て!
「食い過ぎだ、それは!」
何ごっそり口に運んでんだ! ていうか、食べるの早ッ!?
待て待て、俺の分が無くなるだろうが。
「うーん。美味しいぃ」
「だからってそんなに一気に食べるなよ」
「えー。でも、捕まえてきてのは私だよ」
「だから分け合おう。な、俺も食いたいんだ」
「もう、しょうがないなぁ。特別だからね」
「さすがは女神!」
我ながら調子いいなぁ、と思うけどしょうがない。
これだけ美味いものを食えるなら、リアナのことをいくらおだてようがお釣りは来る。
リアナが手を突っ込むのに負けじと、俺も籠の中からウネウネを摘まみ上げる。
手で直接なんて品がないかもしれない。だけど、どうしようもないんだ! ここで躊躇してたら俺はこの世界じゃ生きていけないんだ!
なんて、自分自身への言い訳もして、いざ実食。
美味を堪能させていただきます!!
「おげっ!?」
そして、俺の意識は無限の彼方へと旅立っていったのだった。




