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ココハ魔導学士のかえりみち  作者: 倉名まさ
第三話 旅人の町
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⑥川歩きと買い食い

 三度、イハナの先導で二人は町を移動した。

 今度は飲食店のある通りから、さらに西へ向かう形だ。

 さすがに、上から見た大きな川なら、ココハでも迷う心配なく着けそうだった。 


「わあ。なんだか景色が広いですね」


 川沿いに着いて、ココハの顔つきが明るさを取りもどした。

 カフェがやっていなくて落ち込んだ気分も吹き飛んでしまうような光景が、そこには広がっていた。

 川原の道は広く、ちょっとした公園のような作りになっている。

 青々と生い茂る芝生が目に心地いい。

 風はあいかわらず強く吹いていたけど、それもこの場所ではかえって心地よく感じられた。

 川幅はゆったりと広く、向こう岸がかすんで見える。川の流れもゆるやかで、水面が陽光に照らされてきらきらと銀色に輝いていた。

 芝生に寝転がって昼寝をするおじさん。散歩途中のカップル、水辺に集まり洗濯物をしながらうわさ話に華を咲かせるおばさんたち、釣りをする者、水浴びをする人、などなど……。


 この川がラスカラスの憩いの場であり、同時に市民の生活の支えとなっているのが一目で見て取れた。

 サラマンドラの生活用水は都市からやや離れたネハル湖を水源とする地下水脈から得ていたから、町の中に大きな川があるというのが新鮮に映った。

 そして―――、


「あ、いい匂いする、ココちゃん!」

「ですね!」


 イハナとココハはほとんど同時に気づいた。

 風に乗って鼻孔をくすぐる、香ばしい匂いに。

 しかもそれはココハにとって、サラマンドラでかぎなれた懐かしい匂いだった。


 匂いに引き寄せられ二人が川に近づくと、岸辺に小さな屋台があった。

 軒先までくれば、匂いの正体も確信に変わる。


「これってクラーチャの屋台ですよね」

「だねぇ~」


 ココハが口にしたのは、サラマンドラでも何度も親友たちといっしょに食べた料理の名前だ。

 きちんとした食事といより、軽食・おやつ感覚で食べられるものなので、いまの気分にぴったりだった。

 サラマンドラでは店舗の中で食べるのが普通だったけど、この屋台の規模からして持ち帰り専門だろう。

 川原のほとりで食べたら、さぞ気持ちよさそうだ。


「おっちゃ~ん、やってる~?」

「……見ての通りだ」


 イハナが元気よく声をかけると、屋台の中から答える声がした。

 中から顔を出したのは、やせぎすな初老の男だった。ぼさぼさの白髪頭がひどくくたびれて見えた。

 若い女性客二人相手にも愛想笑い一つ浮かべるでなく、口をへの字に曲げて眉根を寄せている。

 ココハはその眼光に威圧感を覚え、一瞬気圧される。

 けれどイハナは気にする素振りも見せず、変わらぬ笑顔で注文した。


「んじゃ、あたしマルケスベリーと紅玉トマトのミックスソース、ラム肉べースでお願いね」

「ほう…」


 男が一瞬驚いたように目を見開いた。

 けど、すぐに元のむっつり顔に戻って、


「あんたは?」

「あ、えっと、わたしは、そうですね……。スタンダードミックスで、ガリナ鶏ベースでお願いします」

「……あいよ」


 店主は再び屋台の奥の暗がりに引っ込んだ。

 ほどなくして、手のひらサイズの包みを二つ手にして現れる。


「ほらよ」

「おー、サンキュー」

「あ、ありがとうございます」


 包みを受け取り、イハナがお代を払う、その時―――、

 店主は数瞬迷う素振りを見せてから、口を開いた。


「……あんた、アルカン島の出身なのか?」


 イハナの目を見て問う。


「えっ?」とココハが驚き振り向くと、イハナは軽く笑って首を横に振っていた。


「ううん、商用で昔寄っただけ。そん時、この組み合わせのクラーチャを知ったの。そういうおっちゃんこそ、あそこの出身なんじゃない?」

「……どうしてそう思う?」

「この店先にある丸い護符みたいなの、魔除けでしょ? あの島の風習で」


 イハナが指さして、ココハははじめてその存在に気づいた。

 たしかに屋台の隅に、丸い土色のペンダントみたいなものがぶら下がっていた。

 言わないと気づかないくらい小さく、目立たない代物だった。


「…………」


 店主は何も答えなかったが、眉間の険が少しほぐれ、どこか遠い目を浮かべた。 

 ほんのつかの間、無言の時が流れる。


「……少し待ってな」


 言い置いて、店主はまた暗がりへと引っ込んだ。

 次に現れた時は紙製のコップを二つ手に持っていた。


「アルカン島ではクラーチャといっしょに、島レモンのジュースを飲むのが定番だ。商人なら覚えておいて損はないだろう。……ついでにあんたも」

「おお、これはかたじけない」

「ありがとうございます]


 飲み物はサービスということなのだろう。

 紙コップをココハたちに手渡すと、店主はさっさと屋台の奥に引っ込んでしまった。

 もう一度礼を言ってから、ココハとイハナは包みと紙コップを片方ずつの手にもって、川原の道をゆく。

 探すほどもなく木のベンチを見つけたので、二人並んで腰かけた。


「イハナさん。さっきの、あ、アル……カン島でしたっけ。どの辺りにあるんですか?」

「けっこう遠いよ~。こっからずーっと南の方だね。辿りつくまでの日数でいったら、ココちゃんの故郷といい勝負じゃないかな~」

「そうなんですか。……そんな遠くの出身の方が、どうしてこの町でクラーチャの屋台なんてしてるんでしょうね」

「さてね~。ラスカラスに行きつく旅人には、いろんな事情の人がいるからね~」


 ココハは、はじめはどこかおっかなく思った行きずりの屋台の店主に親近感のようなものを覚えた。

 遠い故郷を懐かしく思う気持ちは、まさにその故郷に帰る旅路の途中であるココハにも、よく分かる感情だった。

 故郷の名前を、遠く離れた地で耳にする嬉しさもまた、よく分かった。

 もし、自分が故郷に帰ることを選ばずサラマンドラで魔法医になっていたとしたら、そしてそのまま何十年もの月日が経ったとしたら、故郷の名前はどんな響きをもって自分の耳に届くのだろう。

 そんなことをココハが思っていると、イハナが笑顔を向け、


「さてと、それじゃ冷めないうちにいただきましょうか」

「あ、はい、いただきましょう!」


 ココハも夢想から我に返った。

 包みをとき、二人同時に注文したクラーチャにかぶりつく。

 やっぱり二人同時に、目を輝かせ、


「あ、おいし~」

「メチャクチャおいしくないですか、これ!?」


 顔を見合わせ、感想を伝え合う。

 それからは二人無言で、ガツガツと手にしたクラーチャに食らいつき、あっという間に完食してしまった。

 レモンをベースにしたジュースも、口の中を爽やかにしてくれ、クラーチャとの相性は抜群だった。

 ふぅ~っ、と満足げに息をついたところで「あっ」とイハナが顔を上げた。


「ココちゃんと一口交換しようと思ってたのに、夢中で食べっちゃった!」


 しまった、という顔で告げるイハナに、


「わたしも、イハナさんの味見させてもらおうと思って忘れてました!」


 ココハもこくこくとうなずいて答えた。

 二人の手元には空になった紙の包みがあるばかりだ。

 あーあ、と顔を見合わせて、どちらかともなくくすくす笑い出した。


「わたし、クラーチャって素朴な料理だし、どこでも同じような味なんだと思ってました」


 ココハはそう感想を口にした。

 たしかに味付けの基本はサラマンドラで食べたものと同じだ。

 小麦のパンに肉類をはさみ、ソースをかけただけだ。

 けど、ボリュームたっぷりで、なにより味に深みがあって、夢中で食べてしまった。

 食にうるさい食いしん坊の親友ノエミが見つけたお店よりおいしいのだから、相当なものだ。

 もっとも、旅先で気分が高揚していたり、野宿続きで久しぶりに町の料理を食べたから、そう感じただけかもしれないけど……。


「ね~、こうもおいしくなるもんなのね~」


 けど、旅慣れたイハナもうなずいたから、ココハ一人の気のせいではないのだろう。


「なんか、挟んでるパンに秘密がある気がするのよねー。素材がいいのかしら。何種類かの麦粉を混ぜてるわね。ソースも味に奥行きがあって……なにか隠し味を使ってるのかも。軽く探りを入れさせといてもおもしろいかもしんないわねー」


 商売人の顔つきになって、イハナは一人つぶやく。

 町案内に集中すると言っていたけど、やはりどんなところからでも商売のヒントを見つけてしまうようだ。

 だからこそ、自由な視点で町を巡っているのかもしれない。

 そう思うと他の隊員たちが隊長であるイハナが町歩きをすると言い出した時、あっさり承知しているのにも納得がいった。

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