あおい少年
「あいーいろのそらー
かみになじまーせてー
きみもあおいろー」
「なにそのアバターが出てくる歌詞。」
「失礼な!」
放課後の空き教室に僕と一個下の後輩。
つい先日、
「先輩、ちょっと付き合ってください。」
と言いながら1週間最終下校時刻まで一緒に残れと命令された。
全然ちょっとじゃない。
そう言いつつもブッチした時の彼女の怒りは計り知れないので、一昨日はトランプ、昨日は彼女のクラスで出された課題に付き合った。
今日の彼女はシンガーソングライターになったらしい。
アコギ一本を持って空き教室にやってきては、チューニングの狂った弦を奏で始めた。
「日本人って青色っぽい言葉、絶対好きですよね。」
Fのコードを押さえることを諦めた彼女は、振り向いて言った。
「何故そう思う?」
「なんかとりあえず若者を青色にしたり、彼女を藍色にしたりしません?」
それで『藍色の空を髪になじませた君』か。
確かにどこかで聞いたことあるような、絶対歌詞検索出てきたら5,6曲は出てきそうな感じがする。
「だから青色っぽい曲が好き、と?」
「先輩は違いますか?」
彼女は僕に問いかける。
何を隠そう、僕は青色主義者である。
ファッションに青色が混じっていないと落ち着かない、靴、カバン、ジーンズ、スウェット、マフラー、下着に至るまでだ。
そのくらい僕は青色が好きだった。
「まぁ、そうだな。青色、好きかもしれん。」
「いや、先輩絶対好きですよ、青色。じゃなきゃ制服以外青色になったりしませんって。」
確かにブレザー以外を紺色で纏っていた僕に弁解の余地はない。
「あぁ、そうだ。僕は青色が好きだ。大好きだ。それがどうかしたのか?」
「いや、ふと思ったんですけどね。」
彼女はギターを教室の隅に置いた。
「ほら、先輩って魔法使い予備軍じゃないですか。」
こいつ、とんでもないことを言い始めた。
「そんな周知の事実みたいにいうなよ。」
「でも私、男性が魔法使いになるっていうのがどうしても気持ち悪くて嫌なんです。」
彼女は僕の方を向いて言った。
「だって男性が魔法使いですよ?ちょっとファンシー過ぎやしませんか?」
そんなことを言われても。
「まぁ、でも魔王的な魔法かもしれないじゃないか。紫色を放ちそうな感じの。」
と、よくわからない返しで手を打った。
「でも先輩、40歳でまだ未経験だったらなんて言われるか知ってます?」
「妖精………。」
oh、めっちゃファンシー。年を追うごとにどんどんファンシーな方向へ男性は向かっていくのか。
「確かに嫌かもな。」
「でしょう?私そんなファンシーな男性は嫌なんですよ。」
そこで、と言いつつ彼女は人差し指を立てながら言った。
「提案ですが、若いっていう意味で青色って用いられるじゃないですか。だから、30まで童貞だったら『藍色』っていうのはどうでしょう。」
「いや、どうでしょうって言われても。」
「先輩も藍色予備軍なんだから、ちゃんと聞いてください!」
藍色予備軍ってなんだよ。
「いいですか?日本人って青色好きじゃないですか。だから、童貞の方に深い青色を表す藍色という名前をつければ親しみを持って接することができると思うんです。わざわざ秋葉原に逃げる必要なく、堂々と童貞であることを宣言できる日本社会が藍色によって成立するんです!」
「………しないでしょ。」
「藍色予備軍は黙ってください!」
「俺そんなに卒業できない風に見れますか?」
「先輩はもう八割方藍色ですよ。」
僕の身につけているものを見て言っているような気がしてならない。
非常に不愉快である。
「だから先輩。」
そう言って彼女は僕に近づいてきた。
制服のリボンを持って、もう片方の手はスカートの裾を少し上げた。
「ここで晴れて藍色を卒業しましょう。」
彼女は僕の目の前でそんなことを言った。微かにいい匂いがした。シャンプーの匂いだろうか。
ぼくは座っている椅子を後ろに下げようとしたが、床の木のタイルに引っかかって椅子ごと転げ落ちた。
同時に彼女が僕の上にのしかかる。
僕の顔の右左に手をついた彼女の顔は、少し頰を赤らめながら、少し荒い息を立てた。
こんなことはあってはならない。
だって僕は藍色が大好きだからだ。
いや違う、藍色を愛さなければならないのだ。
「俺はまだ藍色のままでいい。」
「別にもういいじゃないですか。先輩だっていつかは藍色じゃなくなるつもりがあるなら、今でも一緒です。」
「僕は別に藍色でいいんだ。」
そう言って僕は彼女の元から離れた。
「それに、そんなに簡単に自分の身を売るなよ。」
彼女は俯いてなにも言わなかった。
僕は付け加える。
「なにより、俺は藍色が大好きだから。」
そう僕が言うと、
「やっぱり先輩は、碧先輩ですよ。」
と彼女は笑った。
僕の名前は、水野碧という。
後天性免疫不全症候群、エイズの僕は、どこまでも、いつまでも、藍色を目指す。