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第3話




 というわけでエマさんを排除したいのですけど、まずどうしましょう。

 いなくなってもらうのが手っ取り早いけれど、人殺しなんて物理的に無理だし……だって私、取っ組みあったら大抵の人に負けてしまいます。運動は苦手です。


 あ、でも、今のエミリオ様のご迷惑を考えない振る舞いが迷惑なだけで、ご本人がどうって話ではないのですよね。

 腐ってもヒロインですし。上手くいけばエミリオ様に幸運をもたらしてくれるかも。

 だったら今の迷惑すぎる行動を反省してくださるように促してみるのも手かもしれません。

 うん、やってみましょう。私ならできます。だって愛しいエミリオ様の為ですもの。


 私は授業時間以外の全てをエマさんの観察に費やしました。

 分刻みで彼女の行動を補足し、ノートに書き溜め、彼女の改善すべき行動を付箋に書き出して、彼女の一日の行動表に貼っていきます。


 まずエミリオ様へのアポなし突撃はだめです。エミリオ様は人当たりの良い方ですが、あれで結構1人の時間を大切にされる方なのです。

 ご本を読んでいらっしゃる時はバルド様でさえ遠慮なさるのに、エマさんが邪魔して良い理由はありません。


 過度な接触もだめです。

 これはエマさんへの反応を見た上でも推測ですが、エミリオ様はあまり人との接触がお好きでないのかもしれません。

 考えてみるとバルド様ともボディタッチのような触れ合いはなさっていなかった気がいたします。

 あとエミリオ様のお気持ちの他に、体を触らせるのは親しげな間柄だと誤解されてしまうので、貴族社会的にもアウトです。


 大きな声でまくしたてるように話すのも減点です。

 エミリオ様は静かな空間がお好きです。

 あと個人的な観点ですが、彼女はゲームに固執して話を進めようとするより、もっとエミリオ様のお話を聞いて欲しいと感じます。

 あまり会話になっていないのですよね。そんな人とは仲良くなれないと思います。


 この間差し入れていたニンジンケーキが市販品だったのも減点です。別に市販品が悪い訳じゃありませんが、エミリオ様に嘘をついたのがだめです。

 それにエミリオ様に相応しい女の子なら料理くらいはできて欲しいものです。これは私の願望です。


 人がいない時は廊下を走るのも減点です。

 食堂であやふやなマナーで食事をするのも減点。

 軽く出かける時に靴のかかとを踏むのも減点。

 制服のローブにシワが寄っているのも減点。

 ドーナツを買い食いして食べ過ぎていたのも減点。

 お部屋が乱雑なのも減点。

 好き嫌いが多いのも減点。

 あれも、これも、減点です。


「うーん、ちょっと筆がノって書きすぎちゃいました。でも仕方ありませんね。今エマさんがお近づきになろうとしているのはあのエミリオ様なんですもの。並みの女の子のままじゃ釣り合いません。相応しい淑女になってもらわないと」


 私は随分かさんでしまった便箋をハートの模様の可愛い封筒に入れてしっかり封をしました。同じ女子寮に住む者同士なので、届けるのは簡単です。

 朝一で送付しました。


「読んでくれるでしょうか? エマさんが行動を改めてくれるまで、毎日頑張りましょう」


 エマさんが下駄箱を開けて手紙を手に取るのを、私は下駄箱の陰から見つめます。

 受け止めて改善してくれるかしら。全部とは言いませんが、エミリオ様との付き合い方は特に考えて欲しいところです。


 手紙を取り出したエマさんは何故か大きな声で騒いだあと(これも減点です)、辺りをキョロキョロ見回して、それから怯えるように背中を丸めて校舎へ歩いていきました。


「……? ちょっと傷つけてしまったかしら?」


 良い薬になれば良いのですが。これで改めてくれるなら私も言うことはありません。


 あ、通学路にエミリオ様発見。エマさんが飛んでいきます。だめじゃないですか。減点です。メモメモ。

 腕を取るのも減点。バルド様に失礼な態度を取るのも減点。

 これは今日の手紙もかさばります。便箋を買い足さないと。


 分刻みでエマさんの行動を知るのは中々大変です。被らない授業の時は恥ずかしながら授業をサボタージュしなくてはいけません。

 悲しい気持ちで昼休みを告げる鐘を聞いていると、私の行く先を遮る影がありました。


「お前、俺の授業サボったろ。この俺の授業を」

「アンブローズ先生……!」


 私の前に立ちはだかるのは、私の胸くらいの身長の、エミリオ様とは違ったタイプの美少年、アンブローズ先生です。

 魔導理論の臨時講師で、週に1日だけ授業に来てくださいます。


「どうしても外せない用事だったのです。ごめんなさい」

「俺の授業より大切なもんがあんのか、あん? 言ってみろ」

「私だって先生の授業は好きです。でも私は2人いないんですもの。どうしたって受けられないのです」

「分身したいのか? 分身の魔法くらい教えてやるぞ? あー、でもお前の魔力量じゃ難しいか」

「それなら、遠くの場所を見られる魔法ってありませんか?」

「何だそんなもん、あるに決まってんだろ!」


 魔法のことを聞くといつも楽しそうに答えてくれる先生なので、生徒からは好かれています。

 けれど昔この学園で問題を起こしたとか何とかで、あまり他の先生方からは好かれていないそうです。


「遠見の魔法なんてな、こうしてこうやってこうだ!」

「まぁ、凄いです」

「何たって俺は今世紀最高の大魔導士様だからな! 鏡があればどこでだってできる簡単な魔法だ。覚えとけよ」

「はい! ありがとうございます、先生」

「おー。じゃ、次からは授業出ろよ」

「はい、必ず」


 用が済んだらさっさと行ってしまう優しい先生を頭を下げて見送ると、先生が手に持つ布袋が目につきました。


 あ、多分あれ、お弁当です。

 そういえば先生には料理上手な恋人さんがいると聞いたことがあります。

 あれ、助手さんでしたっけ? それともお姉さん?

 先生の噂は不確かなものが多いのでよく分かりませんが、多分その方の手作りなのでしょう。

 やだ、すてきです。


「私もいつかエミリオ様にお弁当を……いえ、それは流石にやり過ぎですね。エミリオ様は食堂のメニューがお好きなのですものね。でもお弁当……憧れます」


 すてきです。愛の香りです。


 とにかくアンブローズ先生のおかげで授業中もエマさんを監視できるようになったので、お手紙ははかどりました。


 でも心配なのは、最近エマさんが少しやつれて来たことです。

 行動が大人しくなってきたのは良いことなのですけど、明らかに顔色が悪いです。これはだめな奴ではありませんか?


 エマさんはお外を歩く時は何故か必要以上にビクビクしていて、よく周りを見回しています。


 どうしたのでしょう……私も辺りを見てみましたが、特に不審なものはありませんでした。


 ある日、いつものようにエマさんを監視していると、エマさんの体がふらっと傾きました。

 人通りのない廊下で、誰もそれを受け止めて差し上げることができません。

 エマさん、どうして起き上がらないのかしら。まさか気を失っていたり? それはいけません。

 私は思わず駆け寄りました。


「エマさん、エマさん。どうなさいました?」

「ひ……いやぁっ、誰!?」

「驚かないで。顔色が悪いです。今お水をお持ちします」


 どうやら起き上がる力が無かっただけで、意識は確かなようでした。

 汲んできたお水を手渡すと、エマさんはやすみやすみ飲みくだします。


「ごめんなさい……最近、いつも、誰かに見られてるみたいで……」

「まぁ、それは大変ですわ。そのせいで食欲がないんですか? きちんと三色バランスよく食べて、健康を保ちませんと」

「でも……食事が喉を通らないの」

「では水分補給から頑張りましょう。このままじゃ死んでしまいます」

「そう、ね」


 エマさんは力なく微笑みました。

 私はただエマさんに目に余る行動を改めて欲しかっただけなのですけど、それがエマさんにとっては想像以上にストレスだったようです。

 私はエマさんの個性を殺してしまったのでしょうか。


「そうだ、エマさんはドーナツがお好きでしたよね? 好きなおやつなら食べられるんじゃありませんか? 良ければご用意しましょうか」

「ドーナツ……?」


 エマさんがその透き通る青い瞳で私を見ます。


「なんで、知ってるの?」

「え?」

「なんで、私の好物がドーナツだって……」

「いやです、だって5個も買って食べていたじゃありませんか。見ていれば分かりますわ。手紙にも書きましたでしょう? 買い食いはあまりなさらない方がよろしいですよって」

「手紙………」

「あら、顔が真っ青です。寒いのですか? エマさんのお部屋からお気に入りの毛布を取って参りましょうか? あ、ご心配なさらないで。鍵ならほらこの通り、自分で持っていますから」

「あ、あぁ」


 エマさんは座ったまま何故かずるずると後ずさります。私の後ろに何かあるのかと思って振り向いても何もありませんでした。


「私、本当に心配していますのよ。最近のエマさんはほとんど何も口になさらないから……ずっと見ているんですもの、分かります。それじゃお腹が空いてしまうでしょう?あ、それはそうとお手紙は読んでいただけました? 昨日のは少し時間がなくて、字が雑になってしまいましたけど許してくださいね。大事なのは内容ですから。エマさんは昨日も靴のかかとを踏んでらしたでしょう? いけませんわ、はしたないです。お部屋のドアを乱暴に閉めるのもいけません。音を立てる動作は気をつけた方がよろしいですわ。これは再三ご注意申し上げているのに、一向に改善してくださいませんね。エマさん? …………エマさん?」


 何故かエマさんは気絶していました。

 仕方がないので保険医の先生を呼び、私は今日の分の手紙をしたためにお部屋へ戻りました。


 そして次の日、エマさんが自主退学したとのお話を先生から聞きました。

 やっぱり体調が思わしくなかったのでしょうか?

 まぁでも、エミリオ様に迷惑をかける存在がいなくなったのは良しとしましょう。思った通りにはなりませんでしたが、結果オーライです。


 エマさんを観察しなくてよくなったことで、私のエミリオ様充ライフも戻ってきました。

 愛の探偵活動が再開できます。

 アンブローズ先生に便利な魔法も教えてもらって、これからはよりエミリオ様を見つめていられます。あぁ、幸せ。


 そうだ、時間を取られて見送っていたビスコッティを作りましょう。久々にエミリオ様にお差し入れするのです。


 思い立ったら吉日、私は材料を用意し、部屋のキッチンに立ちました。

 材料を混ぜて生地を作り、細長く平べったい形に成形。そのまま一晩寝かせます。

 そして次の朝にオーブンでそれを焼いたらスティック状に切り分けて完成です。


 これもまた個包装にして……あ、バスケットは差し上げたんでした。仕方がないので紙袋に入れてリボンを結んで完成です。

 ちょっと味気ないですけど、その分リボンが生えて可愛いです。エミリオ様の髪と同じ白のリボン。


「ふふ、可愛い」


 私は急いで身支度をし、男子寮へ向かいました。そしていつものように下駄箱へ。エミリオ様のお靴を磨いて、取っ手に紙袋をかけておきます。


 やだ、足音!


 まだ私は咄嗟に下駄箱の裏へ隠れました。

 足音の主はエミリオ様です。どうして?

 いつももう少し遅くいらっしゃるのに。

 それにバルド様がいません。置いていかれてしまったのでしょうか。


 エミリオ様が紙袋を手に取るガサガサという音がしました。下駄箱一つ隔てた向こうにエミリオ様がいます。

 今までにない至近距離に私の胸はドキドキと高鳴りました。

 あぁ、この心臓の音が聞こえてしまったらどうしましょう。


「……美味しいお菓子、いつもありがとう」


 え?

 独り言、でしょうか?


「あと面倒かけたね、ベルタ」


 エミリオ様はそう呟くと、紙袋を持って男子寮を出て行ってしまいます。

 そしてすぐエミリオ様を呼びながらその後を追うバルド様が通り過ぎて行きました。

 けれど私はその間もまだ放心していました。


「え……?」


 おそるおそる下駄箱の裏から這い出てみると、エミリオ様の下駄箱の取っ手に、あのバスケットがかかっています。

 そしてバスケットの中には、新品のお弁当箱が入っていました。


短編として書いていたのが文字数が増えすぎたので、分割して連載にしてみました。

読みやすさとしてはどちらが良いのでしょう?


ここまでお読みいただきありがとうございます。

書けたら別視点など書いてみたいと思います。

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