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第2話




 エマ・ダット伯爵令嬢。

 私と同じ1年生で魔法実技専攻。

 何とつい去年まで平民として暮らしていたのを、ご両親のご不幸のために伯爵夫妻であった祖父母に引き取られたのだそうです。

 そして魔法の才能が開花、魔導学校入学、という流れのようでした。


 ついさっき食堂で見かけた彼女のデータです。今日1日かけて調べました。そのせいでエミリオ様の観察はあまり出来ないまま帰宅となってしまいましたが、今日ばかりは仕方ありません。


「まさかの転生者ヒロイン……」


 ヒロイン特有の天真爛漫攻撃ならば多少の蛮行は良しです。だいたい良い方向に働きますから。

 でも転生者ヒロインはなしです。自分のことを棚に上げてって感じですがだめです。

 だって転生者ヒロインって大抵「この世界はあたしのための世界なの!」みたいなこと言って同じく転生者の悪役令嬢キャラに破滅させられるじゃないですか。

 そして転生者ヒロインの味方だった男キャラはもれなくザマァです。偏見かもしれませんが。

 エミリオ様にそんな未来があってはなりません! えぇ、絶対に。


 あの転生者ヒロインさんが優秀でゲーム通り(彼女の発言でここはゲームの世界だと判明しました)にことを運べるなら、もしくは純粋に真心のある人柄の良い方なら放置でも良いのですが、ちょっと危うい感じです。

 だって「何でゲーム通りじゃないの?」ですよ。

 アブナイ人の香りがします。


「でも、よくよく考えてみると彼女の狙いは王子殿下のようにも見えますね」


 終始腕にくっついていましたし。

 実はネット小説知識なので乙女ゲームは未プレイなのですけど、キャラごとにルートがあるんですよね? なら王子殿下のルートに入ってくれたらエミリオ様は安泰のはずです。


 エミリオ様は私の全てです。最期に私の心臓にフォークを突き立てる、私のロード。

 だから私は祈ります。

 名門貴族の名前を背負い、魔法の天才として日々持て囃される彼に少しでも穏やかな時間がありますように。


 神様でも悪魔でも何でも良いので、どうかエミリオ様の平穏をお護りくださいませ。



 駄目でした。


「エミリオ様! 一緒に登校しませんか?」

「なんだ貴様は、朝っぱらから迷惑だ。断る」

「バルド様には聞いてません!」

「バルド、女の子にそんな言い方をしてはいけないよ。君は僕に何か用があるの?」

「はい! エミリオ様と少しでも一緒にいたくて……駄目ですか?」

「それは用事とは言わん」

「だからバルド様には言っていません!」


 朝一でお2人がエマさんの突撃を食らっていました。

 神と悪魔、一生呪います。祈り損です。


 あぁ……バルド様が押されています。話を聞かない猪突猛進系女子への免疫はあまりないらしく、会話の通じなさにたじたじです。

 バルド様頑張って! エミリオ様をお守りして!

 あ、エマさんがエミリオ様の手を取った。

 ……後で布巾をお差し入れしましょう。手をピカピカに拭ける、真っ白で柔らかな布巾を。


 私が授業時間を費やして無地の布巾に浄化の紋を刺繍している間も、エマさんの追撃は留まるところを知りませんでした。

 朝は一緒の登校を押し切り、昼も教室に押しかけ、放課後もご一緒していました。

 もちろん私は見ていたので知っていますけど、そうでない沢山の生徒たちも知っています。

 主に女子が。エミリオ様は非公式ファンクラブがあるほど人気が高いのです。


「新入生が身の程知らずなこと……」

「そもそも伯爵令嬢が公爵家のご子息に自分から声をかけるなんて……」

「品性の欠片もない振る舞いですわ……」


 そんな陰口がひそやかに囁かれていました。彼女のこれからの生活はどうなってしまうのでしょう。

 しかしもう一週間ほど陰口にさらされているエマさんは一切堪える様子はありません。鉄のハートをお持ちなのでしょうか?


「エミリオ様!」


 あぁ、また。エマさんがお庭で本を読んでいらしたエミリオ様の元へ駆けてきます。


 あ、エミリオ様、つい昨日発売された小説を読んでいらっしゃったのね。あの作者のファンなのかしら? 私も早く読まなくちゃ。さっそく帰りに買っちゃおっと。


「エミリオ様! 私、お菓子を作ってきたんです!」

「そうなんだ」

「良かったら食べてくれませんかっ?」

「遠慮するよ。今はお腹が空いていないから」

「でもエミリオ様の好物を作ってきたんです!」

「……僕の好物?」

「はい! キャロットケーキ……」


 するとエマさんの視点が一点で釘付けになりました。その先にあるのは私がエミリオ様にお差し入れしたバスケット。

 エミリオ様はおやつを食べながら読書タイムだったみたいです。

 なんだかお茶目ですてきです。


「こ、これはどこかのお店で?」

「誰かから貰ったんだ」

「誰かって……」

「誰かは誰かだよ。顔も知らない人」

「そんな知らない人のより、私のを食べてください!」


 エマさんがバスケットを押しのけて自分のケーキを差し出します。その反動でバスケットはころりと倒れ、中のケーキが地面に溢れました。

 個包装だから汚れはしませんけど、気分はよくありませんね。もうエミリオ様に食べて欲しくはありません。


 それにしてもエミリオ様のニンジンケーキ付きは「公式設定」とやらなのでしょうか。まだそれ程親しくないエマさんもご存知でした。

 エマさんもニンジンケーキを作るなら私はこれからは別のメニューの方が良いかもしれませんね。好物でも同じものは食べ飽きるでしょうし。

 あ、ビスコッティはどうでしょう。小さくてお手軽に食べられる甘いものならぴったりです。うん、今度はそれにしましょう。


「不愉快だな」

「え?」

「僕の周りでうろちょろするくらいなら良いけど、流石に目に余るね」

「あ、あの……」


 ほんの一瞬だけ、エミリオ様は笑っていました。他人に向けるのとも、バルド様といる時とも違う酷薄な微笑みで。

 ルビーの瞳は細められて怪しい光を讃え、薄い唇が綺麗な弧を描きます。捕食者の笑みでした。


 エミリオ様の手がエマさんの額に触れます。するとエマさんは糸の切れた人形のように地面に崩れ落ち、そのまま動きません。

 おそらくエマさんの体に魔力を流して体内の魔力流を混乱させたのでしょう。

 素人がやれば危険ですがエミリオ様ほどの実力者なら特に後遺症も残らない、現代日本でいうならスタンガン程度の威力の魔法の応用です。


「エミリオ、遅くなってすまな……なっ!? 何してるんだお前は!」


 向こうからバルド様が駆けてきます。ちょっと、ホッ。バルド様がいてくれれば後は何とかしてくれるでしょう。


 それにしてもさっきのエミリオ様、すてきでした……。

 私もあんな風にエミリオ様に奪われたいです。

 あんなに美しい微笑みを見られて、さっきから脈動がばくばくうるさくてたまりません。うぅ、ドキドキする。すてきすぎます。


 バルド様が「女子生徒がいきなり倒れた」という体で先生を呼んだらしく、その場は何とかうやむやになり、エミリオ様はバルド様に連行されて校舎裏に連れていかれました。


「お前、何を考えてるんだ」

「ついカッとなっちゃって……ごめんね?」

「カッとなって、だと?」


 エミリオ様が事の成り行きを説明すると、バルド様は大きなため息をつきました。


「はぁ、迷惑極まりない女だ」

「うん、少し困るね」

「お前が強く言わないからだろう。ガツンと言ってやれ、ガツンと」

「あまり女の子に酷いことはしたくなかったんだけどねぇ」

「気絶させておいて何を言うか」


 エミリオ様には何かお考えがあるのでしょうか。

 最近のエマさんはついにエミリオ様と親しい間柄であるかのような話まで外で吹聴しており、これは体面を気にする貴族にとっては危険な事態と言えます。

 すると何故かエミリオ様はんんっと喉の調子を整えてから、そのよく通る柔らかなお声で言いました。


「あぁ、困ったなあ。女の子相手にはあまり強く出られないし、どうしたものかなあ。困ったなあ」

「教師に伝えるのはどうだ? それか、彼女の家に抗議するなど」

「それじゃ大ごとになりすぎるよ。僕の実家に伝われば、そんな輩に騒がれるのは僕がフリーだからだってなって、すぐに婚約者をあてがわれる。あぁ、困ったなあ」


 私にはぴーんと来ました。

 きっとこれは愛の試練なのです。私は今試されています。

 私の愛でエミリオ様を困らせる障害を取り除けと、そう仰せなのです。

 私に許されたことはただエミリオ様を拝見することだけ。そして時たま愛を捧げることだけ。そう思って静観してきましたけれど、エミリオ様がそう仰るのなら話は別です。


「お任せくださいエミリオ様。このベルタが、エミリオ様のご期待にきっと応えてみせますわ」



区切りが良いところで切りたいのでこのまま載せてますが、文字数が安定しなくてすみません。

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