朝を愛してやまない君へ
遅くなりましたが、第三話投稿になります!
アイディアが出なかったのもあるんですが、プライベートでの予定も入ったり、片道12時間のフライトで完全ダウンしたりもしていてなかなか更新できませんでした!
さて、俊はともかく現状打破しないといけないわけですけども、どういう風に話を進めていけばいいのやら。
ーー それは二足歩行する影 ...大きな歪み。お前の怯えを司る!
「っ!」
影の放つ強烈な何かに当てられ、つかの間息をすること忘れていた俊の頭の中に、まるで警鐘のように切羽詰まった声が聞こえてきた。
俊は内なる悲鳴と、それがもたらした頭痛に我を取り戻し、止まっていた足を動かす。
川のに入ったのはついさっきのことであるというのに、川底についた足の裏が随分と冷えているように感じた。
川上に佇む大きな影は、俊の立てた水が当たって砕ける小さな音には気がつかない様子で、辺りを見回していた。
その影に頭部があるのかさえわからなかったが、体を少し動かすたびに立てる「シャワシャワ」と人が小声で話すような音が俊の鼓動を早くした。
(あれは...やばいかも)
体を駆け巡るような焦りが、冷や汗となって流れ出る。俊は先ほど自分が出てきた林の辺りに目を向けた。
(あの植物の背は高いから、もしかすると隠れてやり過ごせるかも知れない)
影が鋭い嗅覚を持っているかも知れなかったが、もし本当に持っているならば、先に気がつかれているはずだと、俊は全く都合のいい打算を巡らせていた。
まるで泥沼を歩いているかのような遅さで、俊は滑らないように一歩ずつ
(もう少し...あと少し...)
俊がようやく川辺に足をかけることのできるところまで来たのと、影の頭が不意にこちらを向いたのは、ほとんど同時だった。
それが自分の命運を分けることになっていたことに俊は気がつくこともなかったが、もしもいま少しその動作が早かったら、きっと俊に後戻りすることは出来なくなっていただろう。
(気付かれたっ!)
全身の毛が逆立つのを感じ、一瞬飛びかけた意識を取り戻す。
気がつけば、俊は川縁に尻餅をついていた。
転んで尻餅というよりは、足に力が入らなくなったのであるが、この際関係のないことだった。
影の顔の、目があるはずの場所にボコボコと気持ち悪い穴が、不規則に空いているのが見えた。
夜の暗闇の中で、距離の離れた相手の、なぜそんな細い様子がわかるのか、俊にはわからなかった。
しかし、俊を見つけた瞬間から、まるで歓喜するようにその穴が広がっていく光景をそのまま見ていてはいけないと、半ば本能的に目を背けた。
自分を鼓舞するために開いた口からは、ヒューヒューとまるで声にならない音が出てくるのみで、足を動かそうにも死にかけの獣のようにピクピクと動き、持ち主の言うことに聞く耳を持たない。
(来るな!)
必死の思いで唯一動く腕でうつ伏せに胴体を漕ぎながら、ちっとも離れない影との距離を感じて、自分の体とはこんなに重いのかと痛切した。
何度も地面を掴みそこなって爪を割った。
痛覚が指の一端に集中しているのかと思うほどの痛みに、指先だけでなく、魂までが傷を負ったかように苦しくなる。
シャワシャワという音が少しずつ、少しずつ大きくなり、一体いつ、自分の耳元で聞こえるようになるのかを想像すると、全身から血の気が引いていった。
(あれっ?)
一瞬の静寂だった。
ふっ、と音が鳴り止んだのだ。
土を掴む俊の指先が止まる。
...ジャワジャワジャワ!!
「っ!!」
俊が最初に人の小さな声だと思ったものは、俊のとんだ勘違いであった。
貝に紛れた砂利を噛んだ時のような、気持ちの悪い『声』が耳元でがなりたてる。
意味を持たない『声』の羅列が俊の頭に流れてくる情報をいっぺんに支配した。
「ッッッッ!」
影が休みなく放つ騒音に自分の『言葉』が吸われてゆくかのように、必死に絞り出した声も意味を持たない音に変わってしまう。
すでに俊の頭の中で行き交う信号は恐怖に遮られていて、手の指先も動かせない始末だった。
ぐいっと体を引っ張られるような感覚に、俊は無様にも無抵抗で応える。
視界のすぐそばに影の胴体が見えた。
ー 果てのない黒。
その色を見て俊は最初に一目見た時、何故、この影の『目』を判別することが出来たのかを理解した。
(こいつ、目の色がっ...)
影の目の色はその底知れずの体よりも、ずっと深く、黒かった。
小さい頃、部屋の角に見つけた小さな闇の塊を彷彿とさせる、その体を纏う黒や夜の闇の黒を超えて暗い。
ー いけない!その目を見たら!
「あぐっ!」
影と対峙しようした俊の頭の中で、また警報と頭痛が爆発した。反射的に向けようとしていた目をそらし、地面に転がる石ころに集中する。
頭の痛みはそれ自体が嘘のように引いていったが「影の目を見てはならない」という強烈な意思が、俊にその頭をもう二度とあげさせなかった。
俊は最初に声を聞いた時と同じように一瞬、四肢に暖かな血が巡るのを感じ、影は苛立ちを隠せない様子でまた「ジャワジャワ」と不快な音を立てて、つかの間、俊を掴んでいた力を弱めた。
(!!!)
俊はもとより、人生の中で二度も訪れることのないような好機には敏感であった。
俊はもう一握りもない、残されたありったけの力を込めて地面を押し、蹴った。
冷えた地面を触っていた腹が外気に触れ、バランスの悪い足の裏が不器用に土を掴む。幻覚なのか植物の壁が俊を迎えるようにゆっくりと開いた気がした。
穂が肌を撫でるのを感じながら草むらに駆け込んだ瞬間、「ここまで」というようにピタリと足の動きが止まり、俊はつんのめって勢いよく倒れた。
金色のカーテンに転がり込むのに1秒もかからない短い距離であったというのに、とっくに俊の息は上がり、激しく上下する胸に呼吸を遮られた。
焦りが、必死に不規則な動悸を押さえつけようとする。
俊は酸素を欲しがって膨張する肺を、苦しくなるのを構わず、わざと浅い呼吸を繰り返して制した。
...シャワシャワシャワ
俊がそうしてうずくまっているうちに、影もまた動きだす。
(おい! ...おい!)
何度繰り返しても俊の体は、この場所に駆け込むのが精一杯であるように、もう少しも動かなかった。
けれど影の立てるうなじを逆立てるような足音も、草むらのほんの手前ではたとして止まった。
シャワ ...シャワシャワシャワ!
俊にはその音の乱れに、影の苛立ちを理解した。
聞こえる音の近さからは、もう俊と影の間にはそれほど差がない。それなのに、影はその手を伸ばすこともなく、呆然と立ち尽くしているようだった。
影は声を出すことはなく、ただその場でじっとしていたが、納得したような、それでいてつまらなそうに一つ "鼻を鳴らす" と
「マ、マた...コこコンドぉ...」
と呟いて、それっきりその存在を消した。
それでも地面の土を力強く掴んでいた俊の指は強張ったままで、出来るだけまっすぐに伸ばした背筋に、俯いて地面を見つめる格好は変わることがなかった。
俊の緊張がようやく解けたのは、背後から差す、一閃の温かな陽の光を感じてからのことだった。
「朝…」
植物がわずかなオレンジ色の光を受けて、また色づき始める。
唇の間から失っていた声がボソリ、とこぼれるのに驚く余力は残っておらず、俊はその場で体を丸めるとそのまま意識を手放した。
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ロナンは玄関の戸をくぐって冷えた外気に肌を晒し、そしてその寒さに濡れた『ピパ』(成熟しても幼獣のような体躯を持つ犬に似た魔物)のように体を震わせた。
朝霧の立ち込める空間に、ロナンの口から漏れでる白い吐息が混ざりあって溶けていく。
北の集落の民は働き者で早起きではあるが、それでもロナンよりも早起きの者がいるとすれば、朝鳴きの鳥くらいのものだろう。
ロナンが朝早くに寝床から上がるのは、ただ、朝日を見るためだった。
北の集落はちょうど盆地にあって周りは丘に囲まれ、太陽は毎朝、アノの山の麓、バイネンの迷宮の辺りから顔を出す。
いつからそれが日課になったろう。あたりが白めき、周囲の空気が膨らむのを感じて、ロナンは古大木の枝のように太い腕を目一杯に広げて、息を吸い込んだ。
「...何だ?地面が」
目線の先の地面が心なしか動いたような気がして、ロナンは目を細めた。
すると地面はロナンの理解を助けるようにもう一度ゆさり、と動き、そしてゆっくりと前進を始めた。
白昼夢には早すぎるなと思いながら、ロナンは節くれだった指で目をこすった。しかし、確かに地面は動いていた。
とうとうロナンがその木の正体に気が付く近さになると、弾かれたようにロナンは声をあげた。
「『御使い』だ!『御使い』が現れたぞぉ!」
その声は集落の広場にうるさく響いた。家屋の近い住民たちがそれぞれの戸をくぐって出てくる
集落の民達は、その動く丘のような生き物を目の当たりにすると「本当だ!『御使い』だ!」と騒ぎ始めた。
集落のその朝は、普段よりもずっとうるさくなり始めるのだった。
というわけで、第三話でした。
今回はひたすらこの世界での単語を打ち込んでみましたが、いかがでしたでしょうか?理解が追いつかないようでしたらすいません、作者の能力不足です、精進します!
一応おさらいをば。
『影』...不気味な影です、後々正体がわかるかも...?
『キトリ』...アリをイメージしていただけると近いかなと思います。農村にたくさんいます。主食は他の小さな魔物の死骸が主で、現実世界のアリよりも少しスカベンジャー感が強いかなと思います。
『ボクリ』...ヒトリに酷似してますが8本足で猛毒の牙を持っています。ヒトリとは違い、何匹かの集団でより大きい魔物を狩りそれを主なエネルギー源としています。
『ピパ』...Puppy、子犬です。永遠に子犬の姿のままだなんて最高ですね!代謝がいいのか、頻繁に体を洗わないとすぐに匂います。こちらの世界でも愛玩魔物として可愛がられている個体がいます。
『御使い』...後々登場人物に紹介させようかなと思っています。見た目はトカゲが亀の甲羅のような地面を被った感じです。そんなに可愛くありません、むしろパッと見は汚い。
こんな感じでお話は進んでいきますので、ぜひこれからもよろしくお願いします!
ちなみに次の話の主人公は俊ではない可能性がありますし、そのまま続投で話を掘り下げる可能性もあります、ご了承ください。
群像劇って初の試みだし、転換点わからないので温かい目で見てくれると嬉しいです。