旅路
ギルドと呼ばれるらしい一際大きな建物。他の物と同じくレンガで作られている。
ヒカリはその裏口の扉へ手をかけた。
「そうだチカ姉、ギルドの中にいる間、コートのポケットに入っててくれよ」
「ポケット?」
よく分からないが、ひとまず言われた通りにポケットに身を隠した。
「ウスアムのギルドへようこそヒカリさん。そろそろ来る頃だと思い、首を長くして待っていましたよ」
若い女性の声が聞こえる。受付嬢だろうか?
「俺の行動パターンを解析すんな。それに長年という程の付き合いじゃないだろ」
「うふふ、半年もギルドに顔を出し続ければ十分長年ですよ。それにしても今日はご機嫌ですね。何かありましたか?」
「は? なんでそうなるし!?」
「あら、図星でしたか。言ってみるものですね」
胸が騒ぐのはなぜだろう。
二人はそれからもとりとめのない話を少ししてから本題に移った。
「では先日依頼した、《お伽噺の邪竜》討伐の件ですが―――」
「ヤツなら逃がしてしまったぜ」
「逃がしてしまった? Sランクともあろうヒカリさんが獲物を逃すなんて! ユニコーンを密猟から守れても、狩る方は苦手なんですね!」
受付嬢は意地悪く言葉をヒカリに浴びせた。
「しかし、お伽噺の邪竜は言われている程邪悪ではないというか、世界を滅ぼすような存在ではないと感じたぞ。それでもめちゃくちゃ強かったから、もう戦いたくないね」
ヒカリは一瞬だけわたしの入てるポケットを見やる。
「そうですか。それでも万が一に備え、手掛かりの収集を引き続き依頼したいです。
それと、また新たに頼みたいクエストがあるのですが」
「また俺に? という事は月に――」
「結論から言いますと、国を一つ救っていただきたいのです」
「は?」
は?
「国って、一冒険者の俺に国を救ってほしいと?」
「あら、先日《お伽噺の邪竜》を討伐して世界を救うってクエストは快諾してくださったのですから、はるかに規模の小さい今回ももちろんやっていただけますよね?」
わたしはポケットから少しだけ顔を出して、受付嬢を覗き見た。
長い茶髪に長い耳、まるでゲームに出てくるエルフみたいだ。
「はいはい、わざわざ俺に頼むという時点で、この大陸では俺にしか解決できそうにないって事ですね。分かりました、やりますよ」
「うふふ、ありがとうございます! では概要をこちらの紙にまとめてありますので、ご確認ください」
ヒカリは受付嬢に渡された紙に目を通した。
「調査、と書かれてはいますが、実の所は解決を目論んでいるのでしょうね」
「話が早くて助かります、ヒカリさん」
笑顔でヒカリの応対をする受付嬢。
その時一瞬、わたしと目が合ったような気がした。
気のせいかもしれないけど、わたしは受付嬢を1つだけの目玉で睨み返してやった。
人間になれたら、ヒカリと一緒に冒険者やる! 絶対に!!
*
昼。
ギルドから出るとまた、たくさんの冒険者にとりかこまれてしまったので、半ば逃げるように街を出発した。
少し経って、いつの間にかヒカリの服装が変わっている事に気がついた。頭の上にいるから見えなかったのだろうか?
白コートから、紅白のワンピースになっている。上が白で下のスカート部分が紅だ。
「ところでどこに向かっているのだ?」
「ウスアムの街からはるか東に、"トゥーラ王国"という国がある。そこが目的地だ」
「トゥーラ王国……そこまではどれくらいかかるのだ?」
「えーと、ギルドで渡されたクエストの要項では……歩いて最短2日くらい。そこまでずっと平原が続くらしい」
ずっと平原か。それならわたしのアビリティで一駆けできそうだ。
「チカ姉? 何をするつもりだ?」
わたしはヒカリの頭から地面に降り、《肉体変形》を起動した。
《疾走竜 を使用します》
小さな体が大きく膨れあがり、トカゲから半二足歩行で細身な黒い肉食恐竜のような姿へと変貌した。結構かっこいい。
人間に戻れるというなら、今のうちにこの姿を有効活用しておこう。
「さあ、わたしの背中に乗るのだ!! きっとすぐ到着するのだ!」
「え? ちょま――」
わたしは遠慮気味なヒカリを掴み、無理やり背中に乗っけて走り出した。
《疾走竜》とは、走りに特化した形態だ。前方の低木やら岩やら動物やらが、どんどん後ろへ流れてゆく速度は新幹線並みに感じられる。
「ヒカリ、この方向で合ってるか?!」
「合っ……てるっけど!! ちょっ、スピードが――」
この方向で合ってるらしいのでこのまま突っ走る!
「もっとスピード上げていくのだ! いくぞー!」
「待っ……うおわぁぁぁ!!」
何か言いかけたヒカリであったが、速度を上げると喋らなくなったのできっとスピードを出してほしかったのだろう。
*
しばらく走っていると、ほぼ草だった景色にちらほら高木が見受けられるようになってきた。
「ちょっと休憩にするのだ」
疲れてはいないけど、一息つきたくなったので足を止めた。
背中にしがみついていたヒカリは、なぜかぐったりした様子で、よろよろと地面に降りた。
「死ぬかと……思った……オエッ」
虚ろな顔をして、何かぶつぶつ言っている。
「あとどれくらいで到着なのだ?」
「うぅ……貰った地図だと、もう少しで到着……らしいけど、チカ姉、速度を考え――
チキチキチキチキチキチキ!!!
「な!?」
「ヤバいな、大飛蝗の群れだ……!」
それは50cmはある巨大なバッタの大群だった。一帯が暗くなるほど空を埋めつくしている。
『ギチギチギチ!!』
何匹かが飛びかかり、虫が苦手なわたしの体にまとわりついてきた。
「うわあ!! これ取ってほしいのだ、ねぇ取ってヒカリ!!!」
「おおお落ち着けチカ姉! 大人しくさえしていればいずれ―――」
《高位アビリティ 冒涜的なるもの を起動します》
ドッシャァァァン!!
わたしは体にまとわりついているバッタから逃れる為に、全身から雷撃を放った。焦げの臭いが漂っている。
「何やってんだチカ姉!? 近くにいる俺を殺す気か!! てか大人しくしてろって言ったじゃんか!!」
キレるヒカリ。
なぜそこまで大人しくしろと言っていたのか、次の瞬間に理解する事になった。
『チキチキ……ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ!!』
突然わたしめがけて無数のバッタ共が集まってきた!! ヤバい、キモイ!!!
「後は任せるのだ!! はいこれ、剣!!」
虫は無理!! あとはヒカリに何とかしてもらおう!
わたしは空間魔法からヒカリの剣を取り出し、再び《小型化》を使ってヒカリの頭の上に移動した。
「おいおい!? ふざけんな!!! っくそ!!」
ザン!
バシッ!
ドス!
ヒカリは襲い来るバッタを切り刻んでゆくが、数が多すぎて焼け石に水だ。
「しょうがねえ、魔法を使って――」
そう言い、手のひらを空に向けた時だった。
「大丈夫かキミ!! 助けに来たぞ!」
「えっ」
突然、後方から剣を持った大柄な男が現れた。
男は黒い胸あてを付けており、左目に傷がある。顔つきは精悍で、歴戦の戦士のような風貌をしている。
「おお、心強い! なんとか道を切り開きたいができるか?」
「御安い御用だ、仮面のお嬢さん!」
この助っ人、見た目からして絶対強い! これでこの状況から抜けd―――
ガッキイィィィン!!
カラン カラン カラン……
バッタへ振り下ろした男の剣の刃が、鋭い金属音を立て根元からへし折れた。
「……」
辺りに無数のバッタの羽音と、ヒカリがバッタを斬る鈍い音が無情に響く。
「……あの、剣折れちゃったみたいですけど大丈夫ですか?」
男は少し固まった後ヒカリへ向き直り、微笑を浮かべて答えた。
「……メンゴ、後は任せるわ!」
「何しに来たんだアンタ!!!?」
ワンピース姿の少女にキレられる男。
しかしこれでは振り出しに戻ったどころか、足手まといが増えてしまった。
「あー、これじゃ魔法使うどころじゃねぇよ。間違えてそこのおっさんに当たってしまうかもしれねー」
「オレはまだ26だ!! おっさんじゃないぞ!」
「聞いてないから」
魔法が使えれば一掃できるのか。
魔法……魔力……あっ! そうだ!
「ヒカリ! わたしが周囲に結界を張るから、その間に魔法で一掃するのだ!」
「あの結界か。強度は問題無しだが、どうせやるならチカ姉が魔法で殲滅しろよ。
そもそもこの状況に陥った原因はチカ姉だからな」
言い返そうと思ったが、理由も無いし、全く語彙が湧かない。
仕方ない、わたしがやるしかないか。
《悪神の加護 を空間に付与します》
ヒカリとおっさんの周辺がドーム状の半透明の膜で覆われた。これで安心安全だ。
次にわたしはヒカリの頭から降りて、魔法を発動させた。
《暴虐の嵐》!!
結界の外に、電気を帯びた巨大な竜巻が数本出現しバッタの大群を呑み込んでいった。
ドドドドドド!
「何だ!? 何が起こっているんだ!?」
おっさんがパニックを起こしかけているので、早めに終わらせよう。
《スサノオ》は、風属性魔法や他の属性も使えるのだ。
どうやらこの風魔法は、わたしの意思で座標を操れるらしい。
ここをこうしてまんべんなくバッタの大群を蹴散らして―――
「終わったのだ」
「うわぁ……相変わらずえげつねぇな」
地面には、いたるところに粉々になったバッタの残骸が転がっている。
ヒカリは地面に降りていたわたしを拾い上げ、頭に乗せた。
そしてあのおっさんはというと、あんぐりと口を開け、放心状態でいた。
「おーい、聞こえてるかー?」
色々話しかけてみたが、反応が無いので置いてく事にした。ここなら別に危険は無いだろうし。
「しゅっぱーつ!」
また《疾走竜》を使おうとしたものの、ゆっくり景色を楽しむ事も旅の醍醐味だとヒカリに力説されたので、今回はもう使わない事にした。
しばらく景色を楽しんでいると、だんだん霧が出てきている事に気がついた。
そしてそれは進む毎に濃くなってゆく。
「霧……あの中に入ったら出られない……か」
なんか今、ヒカリがボソリと不吉な事を呟いた気がするが、きっと気のせいだろう。
次回 影に導かれて――