ウスアムの街
わたしを頭の上に乗せたヒカリは、手のひらから橙色の光を発して夜の森を照らし歩いていた。
「もう少し先に街があるから、今日はそこで泊まる事にする」
その言葉通り、すぐに森が開けて平野が広がった。
暗い中遠くの方に灯りが見える。多分あれが街だろう。
「見えてきたな、あそこが俺の目指している"ウスアムの街"だ」
ヒカリは、口を紐で縛った袋から白い仮面を取り出して、顔に装着した。
「ウスアムの街ってどんな所なのだー?」
「到着してみればわかるぜ。まぁ、夜中だから即行宿屋行きで、街を見れるのは明日になりそうだがな」
――
到着。
入り口であるアーチ状の石門をくぐり抜けた時、ふっと潮の匂いがした気がする。
その夜の街は、多くの建物が白い造りで、二枚貝を象った街灯が至るところにある。さながらイタリア風な印象だ。
「ここが宿屋」
ヒカリは建物の一軒を指差し、その木製の扉を開けて中へ入った。
中は、白い壁と木目の美しいフローリングで、赴きのある空間である。扉の先には、恰幅のよい男が立っている。
「一部屋空いてる?」
「旅人の宿屋へようこそ。お一人様ですね、お部屋へご案内します」
恰幅のいい男に促されるまま、頭にわたしを乗せたヒカリは宿屋の一室へ案内された。
白っぽい壁に、大きい片上げ下げ窓。
他にはマシュマロのようにふかふかなベッドが1つ置かれており、その上の壁には二枚貝を模したランプがある。
「疲れふぁ~……」
ふかふかの布団に顔を埋め、気の抜けた声を出すヒカリ。
わたしはそんなヒカリの頭の上から広大な布団の上へと降りた。
「まさかヒカリと会えるなんて思わなかったのだー! 今日は良い1日だったのだ」
「そうだぜ~今日は色々な事が起こり過ぎた。もう疲れたから寝る!」
と意気込むヒカリは、羽織っていた白コートを脱ぎ、その下に着ていた黒シャツと下着と靴下、黒ズボンも脱ぎ去り―――
「――ってちょっと待った!! なんで裸で寝ようとしてるのだ!?」
露出した白い肌が眩しい。布は下半身の下着のみで、ほぼ全裸だ。
ちなみに脱いだコートは壁に掛けられ、衣服はキレイに畳まれて紐で口を縛った袋に入れられている。
14年の間にヒカリは露出狂にでもなったのか?
「俺はこうしないと寝れねーんだよ。チカ姉は女なんだからそんな気にする事じゃないだろ?」
「わたしが女でもちょっと困るのだ!」
「チカ姉だって今裸じゃん! お互いさま、ハイこれで解決!! わかったか!?」
「それとこれでは話がちg――」
「分 か っ た か ?」
意味が分からないが、微笑みながら言う『分かったか?』に、わたしを殺そうとした時以上の強い圧を感じた。逆らわない方がいいと本能が警鐘を鳴らしている。
「ッ……分かったのだ」
裸の少女に屈するお伽噺の邪竜の図。
異様な光景がここに形成されている。
「それじゃ、おやすみチカ姉」
わたしを勢いだけで丸め込んだヒカリは、壁の二枚貝ランプの灯りを消してふかふかの布団にもぐり込んだ。わたしはそんなヒカリの枕元で眠る事にした。
……眠れない!!
なぜか全く眠気がやって来ない。そういえば迷宮で彷徨っていた時も一切寝てなかったような……
「ヒカリ~、起きてる~?」
真っ暗な部屋の中、小声で聞いてみるも、ヒカリには既に意識は無く、すやすやと胸を上下運動させている。
「暇だ……」
しかし胸か……
ヒカリは生前男だったくせに、結構でかいじゃないか。スマホとか乗っけたら安定しそうだ。
こんな黒トカゲの姿で言う事じゃないが……虚しくなってきた。よし、胸について考えるのはやめよう。
そういえば思い出したけど、能力鑑定は他人のステータスも見れるし、ヒカリにもやってみるか。―――
***
翌朝―――
「ふわぁ……おはようチカ姉」
目をこすり、あくびをするヒカリ。
相変わらず裸で、射し込む朝日に照らされる白い肌が美しい。
「おはようなのだー……って」
ヒカリはベッドから起きあがり、なんとそのまま裸で部屋を出ようとしている!!
「ちょちょちょ、待つのだ!! その前に服着るのだ!!」
さすがにヤバい。慌てて止めた。
ヒカリは昨日と同じコートを着て、朝食をとった後にわたしを連れて宿屋から街に出た。ちなみにあの宿は冒険者なら無料なんだとか。
そこは昨夜感じた通り海辺の街だった。海側には石造りの砦があり、内陸側ではレンガ作りの建物の間を人がわんさかしている。
「色々買わないとなぁ。燻製に回復薬、それと水も……あれっ?」
ヒカリが突然慌てたようにコートのポケットを触る。
「どうしたのだ?」
「お金を入れてた袋が無い!? そうか、チカ姉と戦ってる最中に……」
がっくりうなだれるヒカリ。
なんだか罪悪感があるわたし。
「今までお金ってどうやって稼いでいたのだ?」
「あぁ……クエストを達成したり、ダンジョンの宝箱から出た金品を売ったりとかな……」
ゲームみたいな稼ぎかただなぁ……と思いつつ、ふとわたしはある事を思い出した。
「わたし迷宮にいる時、宝箱らしきものを集めて〝収納〟していたのだ。もしかしたらそれで――」
―――
「くくく……ふはははは!!」
幼い少女らしからぬ高笑いをしながら街道を闊歩するヒカリ。
手に握る袋には、ぎっしりはちきれそうなくらい金貨が入っていた。
「下位回復薬を 30個と、上位回復薬と魔力回復剤をそれぞれ10個ください」
「えぇ……仮面のお嬢ちゃん、そんなに持ちきれるのかい? そもそもお金ある?」
訝しむ薬屋のおばさんに対し、問題無いと答えるヒカリ。
実際問題無い。
回復薬やら食料やら衣服やら、色々大量に購入したのをわたしの空間魔法に突っ込んで
「必要な物はあらかた買ったし、次はギルドに―――」
と、ギルドとやらへ足を運ぼうとした時の事。
「おい、そこの嬢さん。随分羽振りが良いじゃねえの。オレ達にも分けてくれね?」
いかにもチンピラな風貌の集団に絡まれた。
こいつら、まさかヒカリから金を脅し取ろうとしてるのか?
《お伽噺の邪竜》を追い詰める程の存在から?
「全く、あまり目立ちたくないんだがなぁ……」
ヒカリは気だるそうに、しかし余裕ありげにチンピラ共へ向き合った。
ヒカリと比べると、はるかに巨大な肉体で、腕の太さなんかは三倍以上ある。
「他を当たってもらえますか? ワタシ急いでるので」
チンピラにやんわり警告するヒカリ。
声のトーンは明るいが、仮面の下は笑ってない。
「けっけっけ、他の冒険者は強すぎるっての!!」
チンピラの1人がいきなり棍棒でヒカリを殴り付けてきた。
「遅い」
ヒカリは棍棒を持った腕を軽くキャッチし、チンピラをそのまま背負い投げた。投げられた奴は地面に叩きつけられて失神している。
「は? 何が……いや! 何かの偶然だ、やっちまえ!!」
また1人、今度はガタイの良い大男が、鉛筆みたいに小さなナイフを握りしめて襲いかかってきた。そのまま殴った方が絶対強い。
「アホかお前らは、1人ずつで俺に勝てると思ってるのか?」
ヒカリは一瞬で大男の懐に潜りこみ、ボディブローをぶちかます。大男は おぶぅ!! という声をあげて宙を舞った。
「クッソ! なんなんだてめぇ! 何か卑怯な手でも使ってンだろ!」
「いたいけな女の子をカツアゲする輩に言われたくないね」
どこがいたいけな女の子なんだか……
「舐めんなガキがあぁぁ!!」
残りのチンピラ4人は、やけくそに飛びかかってきた。
それをヒカリは、赤子の手を捻るように軽くいなしてゆく。
「俺を倒したけりゃ、《お伽噺の邪竜》でも呼んでくるんだな」
ヒカリは積み上げられたチンピラの山にそう吐き捨てた。
ハハハ……いくらなんでも強すぎるのだ。
「なあ……あそこにいる仮面の女の子、ひょっとしてヒカリさんじゃないか?」
通りすがりの男がヒカリを指差して言うと、他の通りすがりも口々に話しだした。
「マジ!? ヒカリさん?」
「うわ~、本物だ。サイン貰おうかな」
そうしてあっという間に、ヒカリを囲む人集りができた。
ヒカリってそんな有名人だったのか?
「ぐ……ひかり……ヒカリ!? まさか噂のSランクの……!?」
地に伏せていたチンピラの1人が、驚いた様子でヒカリを見た。
Sランク……?
「ファンです! サインください!!」
チンピラの一人がヒカリに詰め寄ると、それを皮切りに大勢の人々に迫られ、ヒカリはその場から逃げるように立ち去った。
その人気がちょっとうらやましいと思ったのは、ここだけの話である。
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