傲慢ノ王
「があああっ!」
相変わらず、ヒカリの身体は見境なく暴れ回り、周囲の物のほとんどは原型を留めていない。幸いにも、ルキアという敵を目標に定めているらしく、わたしへの被害は無い。
『チカ姉、体の具合はどうだ?』
うーん、下半身の感覚がだいぶ戻ってきた。あと1、2分すれば立てると思うのだ。
『OK、動けるようになったら俺の事はいいから逃げてくれ』
わかったのだ。
……とは言わない。わたしは逃げない。
『はあ!? なんで逃げねえ、死ぬぞ!!』
『ひとつ考えがあるのだ。ひょっとするとヒカリの身体の主導権を取り戻せるかもしれないのだ』
『なんだって!?』
わたしがヒカリの仮面と肌に同時に触れる。
確証は無いが、これがおそらくヒカリの身体を取り戻す唯一の可能性。
上手くすれば、ルピナスのように究極アビリティを獲得できるかもしれない。
『確かに……可能性はなきにしもあらずだが……』
どうせルキアは、わたしもヒカリも逃がすつもりなんて無いのだ。
賭けるしかないのだ。
ただ、問題はどうやってヒカリに近づくかだ。今のわたしは人化を解く事ができない。これも多分あの槍が関係あるのだろう。あとアビリティの発動も上手くできないし、あの戦いの場に飛び込んでも何もできずに殺されるのがオチた。
『さっき気づいたんだが、ほんの一瞬だけなら、身体の動きを止められるかもしれない』
さっき頭を抱えてたのがそれか。あの時に触れておけば……
ううん、それより今だ。何かの拍子にまたヒカリがこっちへやって来た際がチャンスなのだ。ほとんど運任せな気がするケド……
『わかった、なるべくチカ姉の近くに吹っ飛ばされるよう、頑張ってみる』
……
ヒカリ(とライオンマスク)とルキアの戦いは熾烈を極めた。
と言っても、ルキアにはかなり余裕があったように思える。
ヒカリを生け捕りにしようとかなり加減してるみたいだし、理性の無いヒカリの攻撃はとても単調で、対処しやすいみたいだ。
「があぁ!!」
「タフだねー、こりゃ長期戦になりそうだ」
ヒカリとライオンマスクのひっかき攻撃を易々と横に回避し、その腕へ聖魔法の極小光弾を数発当てた。
ヒカリは僅かに怯んだように見えたが、即座に回転蹴りをルキアの頭目掛けて放つ。
「ははは、これじゃ泥試合だ。邪竜に回復されたらちょっとめんどくさいし、先に邪魔者は消しておくとするか!」
えっ――
ルキアの槍がわたしの頭に目掛けて放たれる。
亀のように遅く這うしかできなかったわたしは、なすすべ無く頭部を貫かれると、そう思って咄嗟に目を閉じた時だった。
……うん? わたし、無事?
目を開いて様子を見てみる。すると、
「ヂ……ガ姉!」
ヒカリがわたしの前に立ち、ルキアの槍を正面から両手で受け止めている所だった。
『今だ、チカ姉!』
そ、そうだ! 今こそチャンスなのだ!
辛うじて力の入る足で体を持ち上げ、後ろからヒカリを抱擁する。
右手でヒカリの首もとに触れ、左手は仮面に触る。
「何やってんの? 早く死んでくれないかなあ?」
ルキアが不機嫌そうに言う。
あぁっ! せっかくヒカリが押さえてくれた槍が、手を離れて動き出した。
まずい、わたしを串刺しにしようと、頭上から垂直に降ってくる!
咄嗟に避けられる速度じゃない。今度こそ終わりか――
ドンっ!
おぶっ!? わたしはいきなりヒカリに突き飛ばされる。
おかげで槍を回避できたものの――
「ヒカリっ!!」
「ギャアアアアアっ!!!」
わたしを突き飛ばしたヒカリの左腕が槍により二の腕からちぎれ飛んだ。
「偶然かな? シャクヤちゃんが邪竜ちゃんを守ったように見えたが?」
わたしは守られたのだ。今、ヒカリが突き飛ばしてくれなかったらわたしは脳天を貫かれて死んでいたかもしれない。
『ギリギリ……だったぜ』
仮面とヒカリに触れた。それでもなお、ヒカリの暴走は収まりそうにない。ルキアに向かって蹴りを放ち、衝撃波で地形が抉れた。
何が足りないのか? なんで? どうすればいいのだ?
「大丈夫だから落ち着け、チカ姉」
落ち着いていられるか! わたしはヒカリを絶対に連れて帰るのだ!
「だーかーら、俺の顔を見ろ!」
「うにゃっ!?」
痛っ!? ほっぺたを引っ張んないで!
わたしはヒカリを、ヒカリを……ふえ?
「そんなバカな……? 大罪の魔導器を克服しただと?」
《――個体名 ヒカリ=シャクヤ は 超進化を果たしました。これにより、究極アビリティ 傲慢ノ王を獲得しました》
「のだ……? え? ヒカリ戻ってきたの?」
「ああ。たった今チカ姉のおかげでな。礼は後だ」
仮面もライオンマスクさん(仮名)も、いつの間にか消えてる。
ヒカリの顔が、わたしの顔の目の前にあった。
いつも通りの、鋭い目つきをしたヒカリの顔だ。
「さ、逃げるぞ。今の俺でもルキアに敵うとは思えん」
「わっ、いきなり何をするのだ!?」
ヒカリはわたしの背中と膝裏に手を回し、横向きに抱き上げ
つまり……こ、これってお姫さまだっこ!?
「俺の背中に掴まってろ。行くぞ」
は、はい。
「逃がさないよシャクヤちゃん、君は僕が手に入れる!!」
わたしを抱えたヒカリが空を駆けてゆくのを、ルキアが同じ速度で追ってくる。手にはあの光輝く槍を持ち、光の剣の群れを従えている。
「どうするのだ、ヒカリ?」
「問題無い。この力な扱い方は理解した」
理解? どういう事なのだ?
と思っていると、ヒカリの背中から、金色の実体無きオーラが出てきた。それはだんだんと人の形を成してゆき――
「ライオンマスクさん!?」
「ライオンマスクって、んだよそのプロレスラーみたいな名前は。こいつは〝ナラシンハ〟っていうらしいぜ」
ナラシンハさんか……これからちょくちょくお世話になるのかな。
背後のルキアに向かってナラシンハさんが飛びかかった。
「グルアアアアアッ!!」
「これで時間稼ぎになるといいんだが……」
「時間稼ぎって、ナラシンハさん大丈夫なの? 死んじゃったりとかしたら……」
「ナラシンハに独立した意思は無いぜ。俺の力を分けて形にした……いわゆる化身ってやつ? 多分破壊されても力が俺の中に戻るだけだし」
いわゆるってなんだよ。てかなんでそんなさっき手に入れたばかりの能力について解るんだ? 知ってたの?
それに関しては後で聞くとして……一口に逃げるって言っても、ルキアからそう簡単に逃げ切れるとは思えないのだ。
「ははは! やっぱりシャクヤちゃんはいらないかなー!!? 殺しちゃうかあっ!!!」
ルキアがもう来たっ! いくらか傷を負ってるケド、全然元気なのだ。てか傷がみるみる内に回復してくんだケド。再生能力まで持ってるみたいだ。
……そういえば、さっきヒカリ腕飛ばされてたよね? 今両腕あるケド、もしかしてヒカリも再生能力ゲットしたのかな。
「……これじゃ追いつかれかねないな。チカ姉、そろそろ人化を解除できないか? より早く移動するために小型化をしてほしいんだが」
「わかった、やってみるのだ」
むむ……小型化!
おおっ! 体が縮んでく。ようやくアビリティを使えるようになってきたみたいなのだ。
ほぇ? ちょっとヒカリさん? なんでシャツのボタン外してるの? なんで胸に巻いたサラシを引きちぎってるのかな? わたしヤな予感がするんだケド……
「息苦しいかもしれねーが、我慢してくれよ」
うわあっあっやめろ! トカゲフォームのわたしを胸に突っ込むなぁ!
確かに高速移動する時の安全性は高いかもだケド!
「はー、やっぱサラシ無い方が楽だな。呼吸がしやすい」
「わたしは今とてつもなく息苦しいのだー」
柔らかいケド、衝撃に強い。丈夫なクッションのようなソレに挟まれるわたし。
さっき死にかけてた時、ヒカリに関するすごく重大な事に気がついた気がするケド、なんだっけ。うーん、忘れちゃったからいいや。
「さて、全速力で行くぞ!」
「おー!」
加速! 加速!! ヒカリの飛行速度がぐんぐん増してゆく。一瞬で音速を超え、景色が次から次へと巡り巡る。
ソニックムーブ? だっけ。空気の壁を突き破る破裂音。普通の人間がここまで加速したら、衝撃と空気の圧で肉体が耐えられないだろう。
わたし? わたしはヒカリの胸部を保護する脂肪が衝撃が緩和してくれてるからへーきなのだ。
……何だか女の子として負けた気分だケド。
『さっきはありがとうな、チカ姉』
『むふふ、どういたしましてなのだ』
なんだか胸が温かくなった気がするのだ。エリカハウスに帰ったら何をしようかな。ラプラスにクッキーの作り方でも教わろうか、気がすむまでぐっすり寝ていようか。ここ数日、緊張しっぱなしだったし、ヒカリとみんなとでのんびり過ごそう。
『……悪い、チカ姉。少し休憩させてくれ』
徐々に減速してゆく。
街から離れた人気の無い海岸に着陸した。
「どうしたのだ?」
「はあ……息継ぎだ。高速移動中は呼吸ができないんだ……」
なんと、息苦しかったのはわたしよりヒカリの方だったのか。
そもそもトカゲフォームのわたしは呼吸の必要が無かった事をすっかり忘れてた。どーりでπに挟まれて音速で飛んでもも窒息しないわけね。
「さて、そろそろ――」
ヒカリが再び高速飛行を始めようとした時だった。
「この僕から逃げられるとでも思ってるのかなあああああああ!!!?」
金色の槍に乗り、こっちへ一直線に飛んでくる!
嘘だろ? どうすればアレから逃げ切れるっていうのだ!?




