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ツクリモノの神

「おらああああああ!! 死なない程度に死ねええええええなのだああ!!」


 ご機嫌うるわしゅう、一華でございます。

 わたしはただ今、〝本来の姿〟で眼下の虫みたいな連中を、叩きつけたり踏み潰したり、風で吹き飛ばしたり、雷で黒こげにしたりと、蹂躙している最中でございます。雑魚を捻り潰すのは実に気分が良いですね。クセになりそう。

 ああ、でも決して殺してはいませんよ?


 わたしの審判之王(イスラフィール)は便利でしてね、領域結界『慈悲深き花園(マーシレス)』というものがあるんです。

 これは、『領域内にいる存在のHPが1未満にならなくなる』という効果がありまして、要するにわたしが本気で暴れても誰も死ななくなる、という訳ですね。


 ……疲れた。

 慈悲深き花園(マーシレス)を展開するのってここまで精神力使うとは思わなかったのだ。かなり集中しててついお嬢様口調になってたわ。

 それはそうと、この中将さんも結構強かったけどわたしの敵じゃない。

 聖魔法で作られた光の矢も、わたしにダメージを与えるには至らず、今しがた踏み潰した所。死なないなら遠慮なくぶち飛ばせるのは便利なのだ。


 てかヒカリ遅くなーい?

 そろそろ逃げ切れたって思念が送られてきてもおかしくないハズなんだケド……?


 と思ったら、思念が繋がらない!?

 またさっきみたいに何かあったのかな。よっしゃ、こいつらをこてんぱんに動けなくしたら奥の細道へ行ってみよう。


「邪竜よそこまでだ!!」


 うん? 誰?

 上空から、声変わりの最中の少年のような声が聞こえてきた。

 というか実際に声の主は少年そのものだった。


 純白のタキシードに身を包み、髪も肌も驚きの白さ。

 金色の瞳が美しい。顔立ちも端正で、15才くらいの美少年。すっごいイケメン。わたしはあまり詳しくないケド、そこらのアイドルと比較にならないくらいにはイケメンなんじゃないかな。

 でもヒカリの方がもっとイケメンだ。残念だったな!


「ルキアさま……ルキアさまが来てくださったぞおおおお!!」


 うわ、急に叫びだしたよこいつら。ルキアってのがあの美少年の名前なのか。

 帝国のお偉いさんなのかな。ちょっとステータス覗いてみるか。



 ――軽い気持ちでルキアのステータスを見たわたしは、絶句した。



 ――――


 個体名:ルキア・ヤルダバート


 種族:半魔神霊(バルドル)


 HP 100856

 MP 95803


 ―――


 な、なんだこの化け物!?

 HPが十万超え……!? わたしですら三万くらいなんだけど? 他の能力値やアビリティは見れないケド、種族名に〝神〟が入ってるとか明らかにヤバそう!


「ボクのかわいい子たちをずいぶん痛め付けてくれたね?」


 明確な殺意を持ちわたしを睨み付けてくるルキア。

 美少年がこうも睨むとかなりの迫力がある。わたしは一刻も早くここから逃げ出したいが、ヒカリと連絡取れてない上にこの化け物から逃げられる気がしない。本能的なもので理解してしまったのだ。


「みんな、よくボクが来るまで持ちこたえてくれたね。後は任せて」


 ルキアがそう言うと、連中は一斉に退却していった。

 後には、巨躯を持つ邪竜のわたしと、ひらひらと蝶々のように空を舞うルキアが残される。これ、過去一番の大ピンチかも。


「さあ、浄化(ころ)してあげるよ」


 ルキアは両手を開くと、その間にバスケットボールサイズの白い光弾を産み出した。

 それを眼下のわたしに向けて放つ。

 小さな弾だなと、左手で払いのけようとすると、なんとわたしの手を貫通してきたではないか! 必死に体を反らして直撃は免れたケド、かすっただけでこんな痛いとかヤバい。何あれ!?


「効いてるねぇ。もっと食らってみてよ!!」


 ルキアの周囲に、さっきのと同じ光球がいくつも生み出され、わたしに向かって半ば自動的に飛んでくる。

 さすがにあんなのを何発も受けたら死ぬ!


  う~っ……人化!!


「っ!!」


 ビルくらいあったわたしの巨体は一瞬で消失し、代わりに小柄な少女の肉体が出現する。

 わたしの巨躯を的にしていた光弾は、小さくなったわたしのはるか横を通過し、地面へ着弾した。

 あの巨体姿じゃサンドバッグにされるだけだし、人の姿で戦った方が無難そうだ。

 ふう、どうでもいいけど、ルピナスの一件から褐色肌がちょっと白っぽくなってきた気がするんだよね。


「話には効いてたが、人化もできるのか。とってもかわいいね」


「えっ? あ、ありがとう?」


「うん、かなりかわいい、そしてボクのタイプの娘だ。よし、君ボクの子供を産むつもりはないかい? そしたら命は助けてあげるよ」


 こっ子供……!? いや子供は好きだケド、産みたいなんて今は思わないのだ! 例えば大酒飲みが酒を作りたいと必ずしも思わないように。

 てか初対面の女の子に子供産もうよって言うのとてつもないセクハラでは!?


「わ、わたしにはもう心に決めた人がいるのだ! お断りなのだ!!」


「そうかうーん、残念。強い子が作れそうだと思ったけど仕方ないか!」


 ルキアはそう言うと、右手を前にかざす。

 すると、何か光に包まれた長い棒状のものが手の中に現れた。

 あれは……槍?


「〝天命の魔槍(グングニル)〟の試し斬りにはちょうど良い。いや、槍だから試し突きかな」


 来る……!!

 気休めにしかならないケド、結界を張る。

 どんな攻撃が来るかわかんないから、基本は避ける事に集中しよう。


「はあっ!」


 槍をわたしへ向けて突進。この攻撃方法は予想してた。槍だもん。

 しかし……速い! 恐ろしい速度で飛んでくる!! ヒカリよりもはるかに速い。


「ぬぉだっ!?」


 間一髪、回避に成功したが突進の余波だけで結界が粉々に砕け散った。

 すかさずルキアは方向転換してこちらへ再び突っ込んでくる!

 かと思ったら、今度は槍を投げてきた!! 槍はまばゆい白い光を放ち空を切り裂きながら、正確にわたしの心臓へ向かって飛んでくる。


 これもとてつもない速度だが、避けられない事はかろうじてない。

 冷静に考えよう。奴は槍を試しに使ってるに過ぎないのだ。

 本気を出されたら確実に殺られる。手加減されている内に、ここから逃げる事がわたしの勝利条件。


 考えろ――わたしには何ができるか。


 ドオオオン!!!


 わたしの腕をかすめた槍が地面に着弾したようだ。

 着弾点を中心に渦を巻くような、奇妙な形の巨大なクレーターが形成されていた。


 手加減されていてもあの威力。当たっていたらこのかわいい姿がモザイクにも程があるミンチになっていたに違いない。

 はっ、もしかして槍が手元に無い今こそ逃げ出すチャンスでは?


 よし、全速力で飛んで逃げよう。ヒカリが行った細道とは反対方向に。


「いだっ!」


 わたしは壁に顔からぶつかった。

 透明な壁だ。そこから先は物理的に進めない。

 結界? 魔力感知で見たら、ここら一帯全部覆われてるじゃん!


 マジかー、もうこれ逃げられないじゃん。

 いつの間にか槍もアイツの手元に戻ってるしー。


 ……


 覚悟を決めるしかないか。

 一か八か、あいつに全力の攻撃を仕掛ける。それで倒せたら良いけど、多分無理。ちょっとでも怯ませて、その隙に結界を破壊できないか試してみよう。


 うおおおお!!


「お? 急に攻撃的になったね」


 その余裕面に一矢報いてやる! 悪神の雷撃(イナズイア)

 まずは一発。この程度のが当たるハズが無い。当たっても効かない。

 それはわたしもわかってる。


 時間停止!


 1分間だけ時を止められる力。

 発動中は魔法やアビリティが使えないという欠点がある。

 だから発動の瞬間だけ解除すればいいのだ。アイツの周りにいくつもの魔法弾を配置する。これで恐ろしい密度の弾幕の完成だ。

 だが所詮、この魔法は高位(エクストラ)のもの。これでも足止めできるとは思いにくい。


 図書館の本で知った事だが、アビリティで放てる魔法の強さには上限がある。

 だが、それより強い魔法も放とうと思えば放てない訳じゃないのだ。

 あくまで上限は、〝魔力を完璧に制御した上で放てる最も強い魔法〟なのだ。

 多くの魔力を保持しているわたしは、それを無視して究極(ケテル)級の威力を出せる。そもそも魔法攻撃系アビリティが未だ高位(エクストラ)だというのが身の丈に合っていないのだ。それでもリスクが大きいらしいから使いたくなかった。


 これは一種の暴走なのだ。


「ぐっ……ああああああああ!!!!」


 時間停止を解除した途端、わたしの手のひらから放射状に放たれる金色の膨大な量のエネルギー。

 雷風属性のそれは、ルキアへと迫ってゆく。


「っそんな攻撃を隠し持っていたのか!?」


 当然の如く避けようと動くルキアだったが、全方位から突如放たれる雷弾に撃たれ僅かに動きが鈍る。そこへ名も無き大魔法が到達し、呑み込まれた。


 ヤバい、止まらないんだけど。ずっと魔法出っぱなしはまずい、早く止めないと魔力が尽きて動けなくなっちゃう!

 むむ……止まれ、止まれええ!!



 ―――



 止まった……何とか止まったケド、魔力がもう尽きかけてギリギリ。

 かなり危なかった……

 でもおかげで結界を破壊できたし……そうだ、ルキアはどうなった? 多分生きてるんだろうケド、あれを食らって動けるとは到底思えない。

 早くここから逃げよう。


「くそっ、やってくれたな……」


 何もかも消し飛ばされ形成された広大なクレーターの中心から、ルキアの声が聞こえた。

 やっぱり生きてたみたい。でもわたしはここから逃げ……


 そんな馬鹿な!? わたしの全身全霊の攻撃だぞ!


 ルキアはむくりと起き上がると、何事も無かったかのように槍を握り、こちらへ超速度で迫ってきた。

 まさかの無傷……じゃないな。視るとHPが一万程減っているのが見てとれる。


 化け物め……


「もういい。お前なんかどうでもよくなった。死ね」


 先程までの無垢な態度とうって代わり、冷たい冷徹な声。

 ルキアの周囲に、聖魔法の光で創られた無数の剣やら槍といった武器が出現し、一斉にわたしめがけて放たれた。

 それらは確実にわたしを殺そうと、かなりの精度で空中を追尾してくる。

 痛ったぁん! かすった!!


 魚群のように、一つの意思を持っているが如く、空中を逃げ惑うわたしを追い詰めてゆく。


 あ、これ詰んだかも。

 上下左右全て武器の群れに囲まれた。目が痛くなるほどの眩しさはくぐり抜ける隙間が無い事を意味していて、わたしにはそれらを消し飛ばす魔力ももう無い。

 空飛んで逃げてるだけで精一杯だった。


「楽には死なせない。僕を怒らせた事を何度生まれ変わっても永遠に悔やむといい」


 どこから来る……!?

 光の壁の前では感知が意味を成さない。

 故に、決着は一瞬でついた。


「が……は……」


 わたしのお腹に勢いよく突き刺さる、ルキアの槍。

 熱い、痛い……! わたしの体内で灼熱感が暴れまわる。ルキアは槍ごと投擲した。

 槍はわたしの背中から飛び出した穂で、地上2m程の木の幹に突き刺さった。その拍子に、空中を飛ぶために出していた蕾翼(らいよく)が消し飛んだ。


 貫通してくれればまだ良かったんだけど……

 ダメだ、この槍に魔力を吸われて……力が出せない……


「十字架に磔られれば良かったが、これでも様になってるな」


 何か言ってる……くそう、今回ばかりは本当の意味で死ぬかもしれない。

 てかぞろぞろと帝国の連中が来た。どこかに隠れていたのだろう。


「ルキアさま……さすがです、邪竜を仕留めるとは」


「イア! イア! ルキアさま!」


 声も出せないし……下半身の感覚がもう無い。背骨も砕かれたのかも。

 ヒカリは大丈夫かな……リリームとちゃんと逃げてくれてるといいな……。


「ルキアー、奪ってきたよ〝憤怒の魔導器〟をさ」


 ヒカリたちが逃げていった細道から、()()を持って現れた赤髪の少女。

 あいつは……あいつは……!!!


「ご苦労さん、リリーム。シャクヤはどうした?」


「殺せそうだったから殺したわ。何か知らないけど、ずいぶん弱体化してるみたいだったわよ。すぐ死んだ」


 ヒカリ……死んだ?


 嘘だ……


 やだよ、ヒカリ


 わたしはヒカリとまだ……


 わたしは……ヒカリの事が


 ヒカリの事が……?


 そうか、今さら気づいたのだ。


 わたしはヒカリの事がずっと――



「まさか邪竜と手を組んでたなんてね、さすがに初めてで驚いたよ。まあでも、これなら排除したに越した事は無かったね」


「邪竜は強かった?」


「久しぶりに僕がダメージを食らうくらいにはね。そうそう、まだ邪竜には止め刺してないよ。公開処刑ってやつだね」


「いぎゃあああああああああああああ!!!」


 痛い……なんてレベルじゃないっ!! (グングニル)にそんな魔力込めないで……内臓がぐちゃぐちゃにされるこの感じはもう2度と味わいたくなかった……

 1回目? エリカに解体された時だよ。


 今回はあの時以上……多分あの槍のせいだ。わたしの自己再生は、魔力と異空間に収納している本体の質量を使用する事によって回復してるのだ。魔力が無い今、再生した側から削られちゃいずれ尽きてしまう。おまけに体も動かせない。

 助けて、ヒカリ……わたしもう疲れてきたのだ。


 早くそっちに――


「グ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ ッ!!!」


 !?

 何だ、魔物か!?


 眼球を強引に動かし、声がした方向を見ようとしたその瞬間、ルキアの体がわたしの目の前が消えた。

 いや、強烈な衝撃で吹っ飛ばされたのだ。


その犯人は、すぐにわたしの目の前に現れた。


 首回りに生えた金色のたてがみ、見た物を威圧する鋭い瞳、伸びたマズルの下には長くとがった犬歯がいくつも並んでいる。


 ライオンの頭部の下には、鍛えあげられた筋骨隆々の大男の体。


 獅子の頭を持つ大男――と、その足元に姿がダブって見える、小柄な人影。


 そこにいたのは、傲慢の仮面を装着したヒカリの姿だった。

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