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ヒカリ

「おめでとう!」


「お前はデルフィム家の誇りだ!」


「ああ、シャクヤさま美しい……」


 神殿へと続く道に敷かれた赤いカーペットの上を、純白のドレスを着た赤髪の少女と、その父親が誇らしそうに歩く。その周辺にはほぼ国中の人間があつまっていた。

 神に嫁ぐと言っても、ウエディングドレスとかではなく、質素でワンピースに近い見た目をしている。


「さあ、神殿が見えてきたぞ」


 元々は皇帝の暮らす白亜の城だったのだが、〝神〟が帝国に降臨してから、皇帝の命により狂信者らが数年かけて改築し、現在は神殿として、神が暮らす神聖な場所として奉られている。


(クソッタレ。俺は元々男だったんだぞ。そもそも、本人と同意も無しに結婚とか……)


 これ見よがしに天使の巨像が四方に並べられた、巨大な門をくぐる。外装も内装も純白で統一しているようだ。

 ヒカリは門をくぐったすぐ目の前にある大きな階段を登る。

 謁見の間を改造したと思われるその場所に、〝神〟は立っていた。


「おお、ルキア様よ…… なんと……」


「顔を上げよ、シャルク。ボクはそういう堅苦しいのは嫌なんだ」


 純白の髪と人外じみた繊細な白い肌をした、ルキアと呼ばれる少年がそう声をかけると、シャルクは頭を上げてルキアをキラキラと潤んだ瞳で見つめる。

 感激の涙が今にもこぼれそうだ。


「ここまでご苦労だったね。せっかく来てくれた所悪いけど、ボクとシャクヤちゃんと二人にしてくれないかな」


「お、仰せのままに!!」


(全く、意味が分かんないぜ。なんでこんなガキに声をかけられたくらいで感動するのやら)


 シャルクは急ぎ足で階段を下ると、そのまま神殿下の町まで駆けていった。

 内心呆れていると、ルキアは今度はヒカリに声をかけた。


「さて、シャクヤちゃん。さっそく誓いの契りを交わそうか」


「契り……? 何だそれは」


「そりゃあ、君がママになることさ。台座にベッドがあるから、そこまで一緒に行こうか」


 悪寒が背筋を伝う。


(……は? まさか俺が、好きでも何でもないこいつと!?)


 ヒカリの脳裏になぜか、前世で親しかった少女のあの笑顔が思い浮かぶ。


「もっとこう、儀式的なものかと思っていたが、いきなり手を出すのか、ヘンタイ神様め」


「ふふ、初めてだよ。ボクを前にしてそんな態度とる娘は」


 ルキアは不敵に笑っている。

 身構え、ヒカリはこの場から逃げる事を考えた。


(俺だって光属性魔法と上位(ハイ)アビリティくらいは持っているが、目の前のコイツは見ただけでわかるくらいヤバい……噂に聞く高位(エクストラ)か、それ以上か…… 俺の身体強化でどこまで食い下がれるか)


「ボクの魅力が伝わらないなんて、なおさら興味深いなぁ」


「お前の興味なんか嬉しくねえわ」


 ヒカリの軽蔑する視線とルキアの視線が合わさった一瞬、ずっと頬笑んでいたルキアの表情がわずかに崩れた。


「ねえ、君は一体誰なんだい?」


「え……?」


 唐突に切り出されたルキアの質問に、ヒカリは言葉を詰まらせる。


(そんなの決まってるだろ、俺は、ワタシは――……どっちだ?)


「変だな、前はちゃんとシャクヤちゃんだったんだが。まあ今回も面白いしいいか」


「おまえは一体何を言っているんだ?」


「君には関係ない事さ」


 ルキアのその言葉が聞こえた瞬間、体から背骨が抜けたかのように脱力し崩れ落ち、床に倒れた。

 目は動かせるが、それ以外が全く反応してくれない。


 金縛りにあって動けないヒカリにルキアは微笑む。


「さあシャクヤちゃん、行こうか」


 なすすべも無く、ヒカリはルキアにお姫様だっこをされ、神殿奥の台座の上に置かれた、白いベッドに横たえられる。


「大人しくしててね、すぐに終わるから」


 目の前の美少年が、ヒカリのドレスに手をかける。慣れた手つきで、ヒカリのドレスを解いてゆく。


(俺は……嫌だ。たとえ傲慢でも、こんな事絶対に……)


 心の奥底から沸き上がる、怒りとも傲慢さの混じった感情を、言葉にして叫ぶ。

 口では出なくとも、心の中で高らかに叫んだ。


『俺に力を!!』


 ……


 …………


 《個体名 ヒカリ=シャクヤ は高位(エクストラ)アビリティ 闇夜を照らすもの(アマテラス) を獲得しました》


 唐突に頭の中で響く、声。

 鑑定系のアビリティ持ちの人間が新たな能力を得ると、こういう声が頭に響くと聞いた事がある。

 自分は鑑定能力なんて持っていないハズだが、しかし今はそんな事どうでもいい。


「ん……?」


「うあアアアアアアアアアッ!!!!!」


 突然、ヒカリは咆哮した。

 体にかけられた束縛魔法を自力で解き、赤かった髪がみるみる内に金色へと染まってゆく。


「そんな馬鹿な!?」


「お前に俺はやらねーよ!!」


 明確な敵意を持ち、ルキアへ掌を向ける。


 〝光攻撃魔法!!〟


「うわっと!?」


 ルキアの脇腹をかすめ、丸太大の赤いレーザービームが背後の大理石の壁を貫いた。


 自身の体に満ち溢れる、膨大な魔力。

 今さっき手に入れた高位アビリティによるものだろう。

 この力の扱い方が、脳内に流れ込んでくる。


(なるほど、こりゃあ強いな)


 にやりと笑い、ルキアを睨む。


「まさかいきなり高位(エクストラ)を発現させるなんて、君は本当に何者なんだい?」


「俺の名は ヒカリだ!!」




 ***




 神殿の一角から黒い煙が立ち上る。

 民衆はどよめき、口々にルキア様に何かあったのではないかと心配の声を漏らす。すると、我らがルキア様なら何かあっても平気だと民衆をなだめる声が、一定間隔で湧く。


 そんな中、煙の中から緋色の光を纏う少女が飛び出し、西の空へ消えて行った。






 神こと、ルキア・ヤルダバートは驚きと愉悦の中にいた。


(ヒカリだって、今までで初めてだぞ! もしかしてあの娘もボクと同じ―― それにあの力! いずれ究極(ケテル)に届くかもしれない! そうだ、あえて遊ばせて力をつけさせて、いつか一緒に()()()を倒そう!! それから話せばきっと分かってくれるハズ! ふふ)


 少年の見た目をした神の顔から、無垢な笑いがこぼれだした。










(俺が13年間イメージトレーニングして編み出した煉獄神楽(ヒノカグツチ)を、為し撃ちとはいえ食らって無事って、アイツは正真正銘の化け物かよ。逃げに徹して正解だぜ)


 空を飛ぶ力を得た。更に光魔法の応用で爆発的な加速ができる。

 これに一瞬で気がついたヒカリは文字通りの天才だろう。

 速度だけなら、ルキアを引き離すのには十分だからだ。


(さて)


 人気の無い細道に降り立つ。これからどうしようかと考えていると、ふと背後から声をかけられた。


「誰?」


「あ、リリー! 俺……じゃなくてワタシだよ、シャクヤだよ!!」


「はぁあんた何言ってるの? シャクヤは神と婚礼の儀へ行っているわ」


「そこから逃げてきたんだって」


「見た目が違うわ! シャクヤは金髪じゃなかったもの」


「え? マジ?」


 指摘され、長い髪を指に絡めて見てみると、確かに赤色から、前世のものに近い金色に変わっているようだった。


(覚醒したら金髪になるとかスーパーサ◯ヤ人かよ)


「で、あんたは何なの?」


「いやだから神との結婚から逃げ出してきたシャクヤだって」


 それから二人の不毛な言い合いはしばらく続き、シャクヤが髪の色を試行錯誤の末に赤色へ戻すと、リリームはあっさりとシャクヤである事に納得したのである。



「なるほど、それで国外に逃げたいのね」


「そうだ、リリーも一緒に来ないか?」


「えっ!? いいけど、どうやって?」


「途中まで貿易船に忍び込んでから、陸に近づいたらワタシがリリーをかついで飛んでく」


「待って、まさか飛べるの!?」


「え、そうだけど……?」


「シャクヤちゃんすっっっごい!」


 なんでこの話はあっさり信じるんだよ――

 内心呆れながらも、帝国脱出の計画を固めてゆく。


 リリームに家族はいない。

 スラム街に1人で住む、貧しい孤児だ。このまま連れていく事は、リリームにとっても外の世界を見られるというメリットがある。


「やはり冒険者の多いニズヘルム大陸がやりやすいか」


 計画が固まろうとしたその時だった。


「どこに行こうとしてるって、お二人さん?」


「なっ!?」


 二人の頭上に、ルキアが()()()()()。空中に立っていたのだ。


「気分が変わったよ。シャクヤちゃん、いやヒカリちゃんかな? 君をここから逃がしてあげるよ」


「言ってる意味がわからない。何年も楽しみにしてた女を自ら逃がすのか? 何か企んでいるだろ?」


 リリームを後ろに匿い、睨み付ける。


「はは、勘違いしないでほしいな。ボクは君に自由に生きて、強くなってほしいんだよ」


「あっそう。じゃあのんびり暮らすとするさ」


「いつまで強気でいられるかな?」


 ルキアはそう言うと、ヒカリですら不意を付かれる程の速度で後ろに回り込み、リリームの腕を掴んだ。


「リリー!!」


「やっ、離してよっ!!」


「今時焔人(ホムラビト)なんて珍しいね。よし、こうしてやろう!!」




「あっ――………」


 ルキアがリリームの額に人差し指を押し当てると、そこにあったリリームの体がふっと、蜃気楼のようにゆらぎ、実体を失ってゆく。


 〝強制転移!〟


 ルキアが強く念じると、ゆらぎがさらに強くなり、そうしてリリームはそこから消え去ってしまった。


「リリー!! リリーっっ!!!」


 シャクヤの悲痛な叫びが無人の街にこだまする。


「貴様あああああああ!!!」


「転移させたのさ、この国ではないどこか遠くに」


 シャクヤはヘラヘラと笑っているルキアの顔面を全力で殴り付けた。

 しかし拳はルキアの顔をすり抜け、後ろの民家を粉々に吹き飛ばした。


「ホラ、探しなよ? 世界中をね」


 そう言うと、ルキアもまたゆらぎ消えた。

 後に残されたシャクヤは、ただ無人の街で叫び続けた。

 ずっと叫んだ。喉が枯れるまで。


 ヒカリはやがて落ち着きを取り戻すと、真っ先に海へ向かった。

 海へ到着したら、すぐに飛び立った。

 地平線の彼方にある、別の大陸を目指して。




 *




 ヒカリは砂浜で目を覚ました。海水に濡れボロボロのドレスが、割烹着のようになっていた。

 頭が痛み、記憶が混濁している。


「確か……デカイ烏賊の魔物に襲われて、倒したはいいものの魔力切れを起こして――」


 そこまで思い出した所で、はっと我に帰り辺りを見渡した。

 周囲には頭から2本灰色の角を生やした黒い馬の魔物が何体もおり、草を食んでいる。

 さらに遠くを見ると、海沿いに街がある事が確認できた。


 少し休んだらあそこへ行ってみようか。


「ヒヒイィーーーン!!!!」


「うわっ!?」


 すぐ近くの岩の後ろから、甲高い馬の嘶き――というより悲鳴が聞こえてきた。黒い馬達が一斉に逃げ出した。

 すぐさま駆け寄って見てみると、額から鋭い金色の角を伸ばす純白の馬が、腹部から赤い血を流し伏せていた。


「これは……ユニコーン?」


 教科書で見た幻の魔物そのものが、目の前で弱っている。

 状況を飲み込めない内に、畳み掛けるように罵声が響く。


「くらそこのガキぃっ!! オレたちの獲物に触んじゃねえ!!!」


 男の声だった。

 スキンヘッドに十字の傷跡のあるガタイの良い男が、弓矢を構えている。後ろに二人、柄の悪そうな男を連れていた。


「あの汚い格好、多分奴隷じゃないすか? どうしてここにいるのかはわかんないすけど」


「なら何ヤっても問題なさそうだな?」


「顔は上物だ。ユニコーンといい、今日はオレたちツいてるなぁ」


 3人は下卑た笑みを浮かべ、ヒカリに近づく。

 目の前の輩は敵。そう認識してからはあっという間だった。


 輩の背後に回り込み、1人の脛を蹴りへし折る。

 次にもう1人の後頭部に手刀を入れ、意識を刈り取る。


「ぎゃああああああ! いてえええええええ」


「てっ、てめえええええ!!?」


 部下が同時に二人やられた事にパニクり、スキンヘッドの男はヒカリに弓を向ける。

 だが即座に間合いへと入ると、腹に拳を叩き込み意識を奪った。


「やっちまった……」


 己の身体性能が格段に違う。

 半ば恐ろしくなっていると、例のユニコーンがヒカリの前まで歩いてきて、口で咥えた何かを差し出した。


「お前傷は大丈夫なのか? って、ユニコーンは回復魔法使えるんだっけか」


 そう言いながら、ユニコーンの差し出してきたそれを受けとる。


「仮面? くれるのか?」


 ユニコーンはうなずいた。

 中央に赤い宝石のはめ込まれた、白い仮面。

 ふとヒカリは思った。帝国から逃げてきた事がバレたら面倒な事になるかもしれない。この仮面で顔を隠したらちょうどいいかも。


「ありがとう」


 ユニコーンにお礼をすると、ヒカリは輩が持っていたナイフで長い髪を短く切り落とし、魔法で金色に染め、仮面を着けて遠くに見える街へと歩き出した。












 ――――――











 そして時は進む。

 ようやく見つけたリリームを、今度こそ共に。

 リリームと旅をする事をチカ姉は納得してくれるだろうか。嫉妬するかもな。

 どこか満たされた気持ちでヒカリは微笑んでいた。


 ところが……


「んっ? ごぶっ」


 何か冷たい物が背中から胸を貫いた――と思った次の瞬間に訪れた灼熱感と凄まじい激痛。

 ヒカリの口からは真っ赤な血液が吹き出し、背中から胸にかけて鋭い刃物の切先が飛び出していた。


「がふっ……!?」


「茶番ね……」


 ヒカリの胸を貫く短剣をリリームは引き抜く。鮮血が傷口から泡立っている。

 リリームは恐ろしく冷たい目で、倒れ込むヒカリを見下げた。


「そんな? ずっと……ワタシを騙して……」


「最初からよ、気づかないなんて鈍感ね」


「そん……な」


 シャクヤの瞳から光がみるみる内に消えてゆく。

 信じていた友が、ずっと旅の目標だった彼女が――


「う……なん……で……?」


「それをあなたが知る必要は無いわ。でもそうね、強いて言えば〝必要なくなった〟からかしら?」


「ワタ……シ……は……」


 ………


「死んだかしら。さて、魔導器をいただくとしますか」


 リリームは動かなくなったシャクヤの持つカバンに手を入れる。

 硬く平べったい感触が指先を撫でた。


「これかしら?」


 取り出されたのは、赤い宝石のはめ込まれた白い仮面。

 強い魔力が込められているのが伝わってくる。


「よしよし、これで〝傲慢〟と〝憤怒〟を手に入れたわね。邪竜の相手してるあいつらは大丈夫かしら」


 ぶつぶつと、そう言いながらリリームはシャクヤの元を去っていった。

 シャクヤは独り、静かに残された。

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