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黒い笑み

「くっそぉ!! なんなんだアンタは、なぜ俺を狙う?!」


 杖に仕込まれたレイピアで何も言わずヒカリを貫こうとする執事のロレンス。

 ヒカリは素早い刺突を皮1枚で躱してゆく。


(殺す訳にはいかない、しかしこれじゃあ……)


 もし、絶対切断(ザンテツケン)のレーヴァテインで攻撃すれば、確実に殺してしまうだろう。


 何より、レーヴァテインはかなりの重量がある。

 普段のヒカリならば軽々と扱えるだろうが、弱体化させられている今は剣撃をいなすだけで精一杯なのだ。


(あの刺突は強烈だが、一つだけ弱点がある。問題は俺が速度について行けるかだが――いや、やるしかない)


 ヒカリはロレンスの間合いから距離を置き、レーヴァテインを構える。ロレンスは素早く距離を詰めようとする。


「これでも食らえ!!」


 投げた。ヒカリは唯一の武器であるレーヴァテインを、真上に思い切りぶん投げた。

 大剣は回転しながら宙を舞う。


 ロレンスはほんの一瞬だけ、ヒカリから離れた武器に意識を向けた。


(一瞬――その一瞬だけでいい、レーヴァテインに意識が向いた所を狙う!)


 ヒカリは一瞬で、ロレンスとの間合いを詰める。

 ヒカリが間合いに入った瞬間に、ロレンスはすかさず刺突を放つ。


(ちっ、この手には乗らないか。だが油断したな!!)


 刺突が放たれた瞬間、ヒカリは一気に身を引き、レイピアの間合いギリギリまで離れた。

 そして――


(一度伸ばした腕は、引かねば次の攻撃を放てないのが道理だ――!)


 ヒカリは再び全力で距離を詰め、ロレンスの間合いに入り込む事に成功する。


(よし、行ける!)


 ヒカリは拳を握りしめ、ロレンスの顎めがけてアッパーを放つ――


 しかし、その拳は虚をかすめた。


「は?」


 アッパーを放つまでの一瞬でロレンスは後ろに下がり、そこから拳を突き上げるヒカリに剣先の照準を合わせる。


 そして、鋭い切先がヒカリの喉元へと――







 ――







「上級国民アルホよ、我々も可能な限り(・・・・・)手荒な事はしたくない。〝仮面〟を差し出すのだ」


「し、知らない! 私は仮面なんて知らないぞ!!」


 この場にいる帝国騎士を纏める男――

 ハナノ帝国軍中将は目線で部下にある合図をした。騎士の1人は、側の客間のテーブル上に置かれていたいくつも真珠の埋め込まれた壺をアルホの目の前に置き、


「は……おい!? 何の真似だ!?」


 ガッシャーン!


 見るからに高価な壺は、派手な音を立て中将の足に叩き割られた。


「もう一度言おう。仮面を渡せ。貴様が数年前に購入した記録が残っているのだ」


 中将は、否が応でも〝仮面〟を手に入れるべくアルホに問いかける。


「知らない……仮面なんて私は何も」


「そうか。ヴァイバル!」


 中将は赤黒い髪の男、ヴァイバルの名を呼んだ。


「むはは、了解だぜ」


 尻餅をつき壺の破片をかき集めるアルホに対し、ヴァイバルは手先に魔力を集中させる。


 〝束縛鎖〟!


 じゃらじゃらと音を立て、魔力でできた鎖がアルホの肥えた体に巻きつき自由を奪う。


「むぐっ!? き、貴様らこんな事をしてタダで済むと思っているのかぁっ?!」


「そっくりその言葉を返そう。まだ〝タダ〟で済む内に答えた方が良いですよ?」


 束縛され床に芋虫のように転がるアルホの顔を覗きこみながら、中将は語りかける。


「わ、わかった! 話すから!!」




 *




 屋敷に炎が燃え盛る。

 ごうごうと、宝物もなにもかも焼き尽くすかのようだ。


「仮面は手に入った。次は(くだん)の焔人だ」


 中将は焼けてゆく上級国民の屋敷をながめ、そう呟いた。


 アルホに仮面の在処を白状させ、仮面を手にした後に騎士たちはアルホを縛ったまま火を放った。

 初めからアルホを生かすつもりなぞ毛頭無かったのである。





「おじさん、助けてほしい?」


 燃え盛る屋敷の中で、鎖に縛られたアルホの元に1人の少女が現れた。


「ごほっ、誰だお前は? いや、とにかく私を助けてくれ、何でもする!!」


 アルホは目の前に立つ白いセーラー服の少女に懇願する。

 少女はアルホを見つめ、取引を持ちかける。


「さっき帝国の奴らに渡した仮面、あれ偽物でしょ? わたしに本物をくれるなら助けてあげるのだ」


「い、嫌だ! 私はあれのお陰で〝上級国民〟までのしあがったのだ、これからの為にも手離す訳には……!」


「これからも何も、このままだと死んじゃうのだ。もう一度聞くよ? 本物の仮面の場所を教えて?」


 アルホは唇を噛み締め、少し葛藤した後、口を開いた。


「……客間に飾ってあるおとぎ話の邪竜像の後ろの壁の向こうだ。退魔刻印の刻まれた隠し部屋に仮面をしまってある。そこへ入るには――」


 アルホが隠し部屋への入り方を説明しようとしたその時、一華は既に仮面を手にしており、その瞬間に体を縛る鎖は砕け散った。


「これ?」


「は? ……え、それだけど……」


 唖然とするアルホ。何がなんだかわからないが、ともあれ命は助かったのだった。



 ―――




 よーし、アルホは無事。使用人らもほぼ無事に逃げたみたいだし、わたしも早くヒカリと合流して帰りたいのだ。

 リリームは大丈夫だろうか。ヒカリならあの火事を見たら、騒ぎに乗じて連れ去ってしまうと思うけど。


 あれこれ考えながら、農園の方へ歩く一華。ヒカリと思念通話が通じなくなり、一抹の不安がよぎる。


 ――ヒカリが、いた。

 屋敷へ向かうまでの道中の草むらで、ぼんやりとした様子で立っている。


「ヒカリ?」


「……」


「しっかりするのだっ!」


「はっ!?」


 一華に揺さぶられ、ヒカリは我を取り戻した。

 自分の体を触って確かめ、まるで狐に化かされたかのように、怪訝そうに辺りを見渡す。


「俺はあの執事に負けたハズじゃ……なんで怪我一つしていないんだ?」


「何ワケわかんない事言ってるのだ? とにかく今は帝国の奴らが来てるのだ、だからリリームを助け出すのが先決なのだ!!」


 一華の話にうなずき、ヒカリは一華と共にリリームの元へ向かった。




「また来たの? しつこいわねぇ」


 目の前には、動物園の檻みたいな小屋に入れられた赤髪の少女がふてぶてしくうずくまり、こちらを睨み付けている。


 どことなく、ヒカリに似た顔立ちなのだ。実は親戚だったりして。

 ……と悠長にしてる場合じゃない、さっさとリリームを出して帰ろう。


「せりゃあ!!」


 ヒカリの一振りで檻はすっぱりときれいに切断され、ひと1人くぐれる程度の隙間が生まれた。


「もうすぐ帝国の追っ手が来る。一緒に逃げよう、リリー」


「やだ。アタイは男にはついていかないわ!」


 本当に親友なの? めちゃくちゃ嫌われてますケド。

 あっ、ヒカリもなんかお手上げって表情なのだ。何か誤解でもあるのかな。


 リリームとヒカリの不毛な会話がしばらく続けられる。

 一華は早くしてほしいと、若干うんざりしながら二人を持つ。

 どれだけ経っても、一向に話は進展しない。


「ピンチなんて知らないわ! アタイは男に触れられたくないのっ!!」


 コイツ、頑固だな……融通が聞かないなんてレベルじゃない。

 会話のキャッチボールが全く成り立ってないのだ。


「俺はシャクヤで、女なんだよ!! いい加減にしてくれよ!!」


 そう言うヒカリの声には、どこか哀愁が滲んでいた。


 もうわたしが割って入ろうか――

 そう考え始めた時、


「今、シャクヤと名乗ったな?」


 背後から、中将の低い声がした。

 ヒカリとリリームも、わたしの背後を見て言い争いをやめた。


『エリカ、影移動頼むのだ。……エリカ?』


 思念でエリカを呼ぼうとするも、なぜか思念が通じない。ヒカリへは繋がるようになったのに。


「ヒカリ、わたしが片付けるから、リリームと逃げるのだ」


 振り返らずにわたしは静かに呟き、連中に見えないようそっとヒカリに()()を手渡す。ヒカリはリリームの手を掴み強引に小屋から引きずり出すと。


「やっ!! やだ、離してよ! アタイは男なんかと――」


 リリームのわがままを無視して、連中とは反対方向の森への細道へと走り出した。

 すかさず二人を追おうとする騎士たちの前に、わたしが立ちふさがる。





「ここを通りたければ、わたしを倒してからにするのだ!!」


 目の前に立つ少女の全身が黒い繭のようなものに包まれ、次の瞬間、その中から、わずかに白い模様の入った黒き巨竜が繭を引き裂き現れた。


「ヴァオオオオオオ!!」


 一華は人化を解除し、その巨体でヒカリたちがゆく道を塞いだのである。

 ある程度時間稼ぎをしたら、自分も合流して逃げよう。

 そう、思っていたが――














 ―――














 嫌がるリリームを強引に引っ張り、細道を突き進む。

 森の中に逃げ込んで街の住民に紛れ込めば、後は適当な場所で一華と合流するだけ。


「あんた……本当にシャクヤなの?」


 ようやく、ヒカリの顔を近くで見たリリームはそう言った。


「ずっとそうだって言っているだろ。髪を短くして、服装も男のものにして、リリーを助けにここまで来たんだ」


「ふうん。……確かにそのとおりね。シャクヤのにおいがする」


 ヒカリの体に顔を近づけて、くんくんとあちこちを嗅ぎまわる。

 やがて納得したのか、リリームはヒカリにぎゅっと抱きついた。


「やっと会えた、久しぶり!!」


「ようやく信じてくれたかー」


 胸を撫で下ろし、ヒカリは深いため息をついた。

 自分の胸に顔を埋めるこの娘を見て、シャクヤの心の重荷がようやく下る感覚を覚えた。




 しかしなぜだろう。リリームの笑う顔に一瞬、黒い影が差した気がした。


(――気のせい、だよな。そう、気のせいだ)

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