ロレンス
「明日もまた来ていいですか?」
「もちろんいいとも! 歓迎しよう!」
自らのコレクションを賞賛され、上級国民アルホはすっかり気分を良くし、ヒカリの言葉を快く了承した。
『チカ姉、そっちはどうだ?』
『ダメなのだ。さっぱり手がかりがつかめないのだ』
二手に別れて探していたが、どちらも魔導器を見つける事はできなかった。
もっとも、シャクヤの捜し物という収穫はあったが。
『どこで待ち合わせるのだ?』
『東の門の前だ』
『了解なのだ』
屋敷の中を小さなヤモリのような姿で探索していた一華は、人に見つからないよう、出口へ向かった。
その道中、ヒカリを送り出し戻ってきたアルホを見かけた。
「おい、掃除はまだ終わらんのか」
アルホが廊下で掃き掃除をする若いメイドを捕まえ、何やら叱りつけ始めた。メイドはびくびく怯え、うつむきながら応えた。
「たっ、ただいま終わりました!」
「掃除始めたのは何時だ? 今終わったって、時間かけすぎなんだよ、なぁ!? お前なんざ奴隷と同じ使い捨てなんだよ、自覚しろよ」
メイドはくちびるを噛み締めて耐えている。
その後もアルホの〝教育〟は続いた。
(うわぁ……あの人かわいそうなのだ。あれだけ責められてよく耐えられるのだ)
一華は申し訳なさを感じながら、2人の脇を通り抜けヒカリの待つ屋敷の門へたどり着いた。
一華はいつも通り、エリカに迎えに来てもらおうかと思念を送る。
すると、いつもなら一華の影の中から現れるエリカが、なぜか街中からとことこと走ってきたのだ。
「えへへ~! ステラちゃんと折り紙して遊んでたの!」
出会ってからまだ2日なのに、エリカとステラは本当に仲良くなっているようだ。
幼心に通じ合うものがあったのだろう。
「折り紙か。楽しかったかい?」
「とっても楽しかった! それからね、ステラちゃんったら凄いんだよ! あのねあのね、ぬいぐるみを魔法で操ってたの! エリカあんな器用な事できないの! だから、凄いの!!」
「マジか。あの年で操作魔法って、ステラちゃん才能あるね」
「それとねー、ステラちゃんは――」
まるで自分の事のように、ステラの事を熱く語るエリカ。
そんなステラ自慢は路地裏でしばらく続けられたのであった。
―――
翌日。息が白く染まり、スラバルトへ冬が近づいている。
ヒカリはまたもアルホの屋敷を訪れた。
そして、ラプラスがエリカに作らされたクッキーなどを齧りながら、アルホのつまらない話を聞く。
昨晩、マリカの触手で体の隅々まで洗われたラプラスは、かわいらしいメイド服を着せられ厨房で顔を真っ赤にしながらクッキーを焼いていた。意外にも料理が得意らしい。
「妾のあんなトコロやこんなトコロまで……あの触手メイドめ、許さんのじゃっ……」
何かかなり屈辱的な事をされ、その上菓子まで作らされるラプラスに、一華は僅かばかりの同情をしたのだった。
場面はアルホの屋敷に戻る。
ヒカリがアルホと話している間、一華は屋敷を再びめぐり、脳内地図を完成させつつあった。
(役に立つかわかんないけど、暖炉がある部屋は3つあるのだ。それと、メイドさん顔が暗いのだ)
人目を避けながら、一華は各部屋を回る。ヒカリはリリームとやらに会いに行くらしく、一華はそれを了承した。
ラプラスが正確な位置を把握できないのには何か理由があるはず。
(何だっけ…… あと少しで思い出せそうなんだけど……)
廊下で一華が悩んでいると、前方から初老の男が歩いてきた。
背筋をぴんと伸ばし、黒いタキシードを着こなして、初老とは思えないほど素早い歩み。何より、アルホより知的な眼光を放っている。
(この人はたしか、アルホの執事さんだっけ。名前はえっと……ロレンス? でもなんでだろ?)
不思議な事に、一華はあの執事に対して妙な懐かしさと親近感を覚えていたのだ。
「ロレンスさんはどんな方なんですか?」
若いメイドが、老齢のメイド達にそう聞いた。
「あたしも知らないね。何せ先月に前の執事が急死してから雇われた人だからねぇ」
「そうそう、あの人の声をいまだ1度も聞いたことないけど、でもちゃんと仕事はこなしてるみたいなのよ。不思議な人ねぇ」
何か秘密を知っているかもしれない。一華は執事の後をつけることにした。
*
「そうかそうか、焔人が気になるのか」
「はは、僕亜人好きなんですよ」
「うむ、君は実に勉強熱心で見所がある」
アルホはコレクションを熱心に観察するヒカリを評し、〝自分は仕事があるから、好きなだけここの奴隷を見ていくといい〟と言って、この奴隷コレクション場にヒカリを残し去っていった。
「さて……」
ヒカリは辺りに誰かが監視していない事を確認すると、リリームの入れられた檻に近づいた。
「……あんた昨日からなんなのよ。あの男にそんなに気に入られたいんだ?」
隅で膝を抱えうずくまるリリームはヒカリにそう言った。
ヒカリは意を決して応えた。
「リリー、リリーム! 分かるか、ワタシはシャクヤだ!」
シャクヤという名前にリリームは反応し顔を上げたものの、すぐにまた顔を下げて言った。
「そうやってもアタイの目は誤魔化せないわ。シャクちゃんは男の子じゃないもの」
シャクヤは思い出した。
リリームはとてつもなく頭が硬いのだと。
「いや、今ワタシ男装してるんだ」
「ダンス? 踊っているようには見えないけど」
「違う、今は男の格好をしているだけでワタシは女の子だ。それはリリーが一番よく知ってるだろ?」
「ああそう。なら、あなたが女の子だって証拠を見せてよ」
「むぅ……信じてくれよ、ならちょっとこっちに来て」
「近づきたくもないわ。あなたが絶対に男じゃないと証明できない限り、アタイは男に近づきたくもないの」
(いつまで続くんだこれ……)
ヒカリはこの不毛な言い合いにうんざりしていた。
「ああもういい、わかった。ワタシはシャクヤじゃないって事でいいよ。俺はヒカリ、シャクヤに頼まれてリリーに会いに来たんだ」
「なるほどそういう事だったのね。だったら最初から言いなさいよ、話の通じない奴ね」
「あー……。じゃあシャクヤに何か伝えたい事はあるか?」
「アンタに話して何になるのよ。でもそうね、アタイは燻製のニシンが食べたいからコイツに持って来させるようにしておいてよ」
「えぇ……伝えたい事がそれ?」
「うるさいわね、もう用は済んだからどっか行きなさいよ」
リリームは背中を向け、もうヒカリとは話さないと態度で示した。
ヒカリも頑固なリリームとこれ以上は無意味であると判断し、他の奴隷小屋も少し覗きこんでから、その場を後にした。
『さてと、何か進展はあったか?』
思念で一華と連絡をとるヒカリ。
『そうなのだ、執事さんの後を追っていたのだが、客間に入ったとたんにいなくなっちゃったのだ』
『消えた?』
『そうなのだ、こつぜんと消えちゃったのだ』
一華の言葉を聞き、ヒカリは屋敷の方向を見た。
小国の城くらいある大きな建造物。屋根からは煙突が4つ飛び出している。
その手前、件の執事がこちらへ歩いて来ているのが見えた。
『チカ姉……?』
何故か突然、一華との思念が切れてしまった。
一華が思念をこうもいきなり切る訳がないし、何か悪い予感がする。
ふと、執事がすぐ側まで近づいていた事に気がついた。
(奴隷小屋の方に用でもあるのか?)
ヒカリはそう考えたが、すぐに違うと気がついた。
ヒカリの目の前に立ち止まったロレンスは、両手て手に持つ杖の柄と真ん中辺りを持ち、それぞれの腕を反対に引く。すると杖の中から細身の刀身が現れた。
(あれは、仕込み杖……?! まさかこのじいさん――)
次の瞬間、ロレンスはその剣を老人とは思えぬ速度でヒカリの眉間めがけて突いてきた。
ヒカリは咄嗟に上半身を横に反らし、ギリギリで刺突を避けた。
耳元で風を突き刺す鋭い音が震える。
(なっ!? 俺を殺そうというのか、このじいさん?)
ロレンスの目的が何にせよ、一華を呼ぶ事もできぬ今、ヒカリ1人で戦わざるをえない。
たとえ能力封印があろうとも、ヒカリは剣の達人なのだ。
ロレンスが剣を持つ伸ばしきった腕を引くまでの一瞬の隙に、ヒカリはバックステップで距離をとる。
そして背中に納めていた紅い刀身の剣、レーヴァテインを素早く抜いて構え、ロレンスと対峙した。
―――
一華は困惑していた。
突然、ヒカリとの思念が切れ会話がつかなくなったのだ。
ひょっとすると何かあったのかもしれない。
(ヒカリ一体どうしちゃったのだ? ――ん?)
屋敷の玄関ホールへ向かっていると、何やらアルホが慌ただしく玄関へ走ってきた。
それから周辺にいたメイド数人に少々きつい言い方で、〝今すぐに屋敷中の窓を閉めろ〟と指示をした。
一華が外へ出ようとしていた小窓も閉じられてしまい、困惑する。
一体全体何が起こっている?
物陰に隠れながら、ヒカリへ思念を飛ばそうと試みる。
だが結局、繋がる事はなかった。
そうしてしばらく待機していると、玄関の扉から重厚なノック音が響いた。
それを聞いたアルホはすかさず扉を開け、姿勢低くノックの主を屋敷内へ招き入れた。
「これはこれは……ようこそいらっしゃいました。歓迎いたします……」
屋敷へ足を踏み入れたのは何人もいる。全員白く神々しい厚手のコートを纏い、背中には純白のライフルを背負っている。
(てっ、帝国の連中!?)
その内の1人には見覚えがあった。
赤黒い髪をした、キツネのように鋭い目つきの男――以前トゥーラ王国で遭遇した、ヴァイバルという男だった。
白コートの連中のリーダーと見られる男は、冷や汗だらだらのアルホを冷たく一瞥し、声をかけた。
「歓迎などいらぬ。率直に言おう、貴殿が隠している〝仮面〟を我らに渡すのだ」
次回 ヒカリったらうれしそう




