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リリーム

 奴隷市場は竜の炎に包まれていた。


 ドラゴンはあと数秒もしない内に、あの男へ火炎の息を吐きかけるだろう。

 ヒカリは胸を締め付けて息苦しい中、走って、男とドラゴンの間に躍り出た。


「チカ姉、頼む!!」


「ヴォォォォォォ!!」


 ドラゴンは予想通り、大量の炎を目の前の憎き人間へぶちかました。木々や建物はパチパチと音をたてながら発火し、石畳はうっすら黒く焦げ付いてゆく。

 ところが炎を吐いている内に、ドラゴンは違和感に気づいた。


 ――矮小な人間が、真正面から炎を受け止めている。驚くべき事に、その人間よりも後ろへは炎が届いていない。

 あらゆる魔物や冒険者を炭に変えていった炎の吐息(ファイアブレス)が、防具すらつけていない人間に防がれるなど、誇り高きドラゴンにとっては極めて屈辱的であった。


 ――ヒカリはドラゴンの真正面に立ち塞がり、ポケットの中にいる一華は間一髪結界を張って炎からヒカリと男を守った。

 端から見れば、ヒカリがこの結界を張っているように見えるだろう。


「グオオオオオっ!!」


 炎が効かないと察したドラゴンは、後ろ足で立ちあがった。

 周囲の建物の屋根が胸の高さになったくらいで、ドラゴンは上半身の筋肉と自重をフルに使い、両前足を勢いよく地面に叩きつけた。

 辺りの建物はその衝撃に浮き上がり、地面にはドラゴンの前足を中心に巨大な亀裂が放射状に走った。


 どんな人間でもここまでやれば原型すら残らないだろう。


 しかしドラゴンは驚愕した。

 両腕の間に、やはり無傷でたたずむ2匹の人間の姿があったのだ。

 手前の小柄な人間はドラゴンの顔へ向けて右手を伸ばす。その手の先に、ドラゴンのサイズでは視認する事が精一杯の、黒っぽい小さな生物が乗っている。


「失せるのだ」


 絶対に敵わない――

 自分よりも遥かに小さい、それこそ虫くらいの大きさの生物に対して、ドラゴンの本能は過去最大の危機が迫っていると警鐘を大音量で鳴らしていた。


 誇り高き赤鱗竜(レッドドラゴン)は、生まれて初めて命の危機という物を味わった。

 己が食物連鎖の頂点であるが故、人間に捕まった時もその気になればいつでも逃げられると、どこかで慢心していて危機感は無かったのだ。

 しかし、この小さな生物は自分なぞ羽虫の如く叩き潰せるほど強大で、名状しがたき存在。


 絶対に敵わない。生物としての次元が違う。


 ドラゴンは誇りもなにもかもをかなぐり捨て、全力でその場から逃亡した。

 空から獲物を確実に捕らえるために使ってきた翼を、この時は自らのが助かるために使ったのである。







 巨大なドラゴンは遥か東の空へ消えていった。一番の危機はひとまず去ったのだ。

 しかし辺りは未だ火の海。


「おっさんしっかりしろ!」


 ヒカリに揺さぶられ〝上級国民〟とやらは我を取り戻した。


「はっ! わ、私はドラゴンに襲われて……あ、ああ! 助かったのか!! ありがとう、ありがとう!!!」


 ヒカリに対して何度も頭を下げ感謝の意を示す。

 結界も威圧も自分がやったのに、と一華は若干の不服を感じていた。

 そこでヒカリはある事に気がついた。


(……お? このおっさん、昨日ステラを蹴ろうとしてた奴じゃねーか!! くっそ、顔とか大丈夫だよな。あの時は仮面つけてたし、今と服装も全く違うし)


『本当にこのおっさんが魔導器持ってるのか? 鞄も無いし、ずいぶんとラフな格好してるケド……』


『魔導器を持っているというのは、その男が魔導器を自宅で所有しているという意味じゃバカ者!! どうにかして潜り込むのじゃ!!』






 *






 なんて派手派手しくて品の無い客間なんだろう。

 どこもかしこも金やら宝石やら、高値で買ったであろう芸術品やらで溢れそうだ。

 この大理石のテーブルの上だってなんだこの……真珠が大量に埋め込まれた壺?

 高級品をたくさんとりあえず並べとけば良いって話じゃないだろ。


 ヒカリは情報量の多い逆殺風景な客間に早くも軽く吐き気を覚えていた。


「ささ、ここにかけてくれたまえ」


(うわ、椅子もかよ)


 七色の宝石が背にあしらわれた椅子にヒカリは恐る恐る腰かけた。座り心地はいたって普通の椅子だ。


「私の家に招待される、それだけでよいのかね? 私の命を救ったのだ、もっと金品を望んでもよいのだぞ?」


「いえいえ、こうしてお招きいただけるだけで満足です」


 ヒカリはラプラスから話を聞いていた。

 ここにある魔導器は、仮面の形状をしているらしい。


『うーむ、少なくともこの客間には無いのう』


 一言に仮面と言っても、魔導器を知っているラプラスでなければ見分けはつかない。

 そしてここには無いようだ。


「そう言わずに、若い男ならもっと強欲であれ! 私が恩返ししたいのだ、頼む!」


 ヒカリは脳裏でラプラスと会話をしながら、上級国民の話に適当に合わせた。


「えー、なら何か変わった物を見せていただきたいですね。珍しい奴隷だとか、秘宝とか」


 ヒカリの〝秘宝〟と言う言葉に、上級国民の眉が微かにぴくりと反応した。


「あ、いや、珍しい奴隷だな、最近貴重な物を買ったのだよ、見せてやるからついてきなさい!!」


 上級国民はそう言うと、ヒカリを庭へと案内した。




 *




 広大な畑で何か白いもこもことした実をつけた植物が大量に育てられている。


「ここは綿農園だ。ゴブリンと一部ニンゲンの奴隷で回していて、今はちょうど収穫の時期だな」


 よく見ると綿の木々の合間に緑色の小柄な生物が忙しなく動き回っているのが見える。


 ゴブリンの群れは女の冒険者を犯す、という話は有名だが、実際に冒険者を犯すようなゴブリンは極めて稀であり、むしろ大半は冒険者を恐れて滅多に人前に現れない。


 そんな話を思い出しながら、ヒカリは次の場所へ向かった。





(もーやだ、なんなのだここは)


 一華は1人、上級国民の屋敷内を小型化(プロコロフォン)して探索していた。

 上級国民とは他国でいう貴族のポジションなのだろう、と考えながら、色々な部屋を見て回る。


 どこの部屋も目が腐りそうなほど派手な装飾ばかりで、一華はうんざりしていた。


『ラプラスー、具体的にどこにあるかとかわかんないの?』


『全然わからんのじゃ。魔力による信号が何かしらの要因によって拡散されてるようじゃ。おかげでおおざっぱにその屋敷にあるという情報しかわからんのじゃ』


 うー、手当たり次第に探すしかないのか……

 一華はより一層気が重くなった。





 上級国民により〝亜人奴隷コレクション場〟なる場所へ連れてこられたヒカリは、なかなかうんざりしていた。


「見よ、この勾兎(イナバ)族の青年は私が以前訪れた辺境の街で捕まえたのだ。足が速く捕獲には罠を使ってなお3日かかった。あれは楽しかったなぁ。それからこの奴隷は――」


 上級国民様の熱い解説を適当に相槌をうちながら辺りを見渡す。

 一見、民家にも見える1階建ての小屋がいくつも村のように並べられている。

 民家と違う点は、小屋の中がほぼ死角無しに見渡せるほど巨大な硝子窓が貼られ、更に頑丈な鉄格子が填められている事だ。

 その中に〝コレクション〟と呼ぶ奴隷は閉じ込められている。


「出せぇ!! 貴様らの喉笛噛みちぎってくれるわぁ!!」


 兎の耳の生えた魔人――勾兎族の青年が敵意を剥き出しに檻を叩いている。

 内心では出してやりたいと望むヒカリだが、魔導器が見つかっていない今はまだ、涼しい顔で見て回る事しかできない。


 ――助けられなくてすまない、そう心の中で謝罪した。


「そうだ、ここ最近手に入れた奴隷の中でね、とっておきのがあるんだ。まだ小屋は完成してないからただの檻に入れたままなんだが――」


 奴隷の村――から少し離れた扉全開の物置小屋の中に、市場で見たような檻がすっぽり入れられている。

 上級国民は檻に顔を近づける。すると檻の中にいる生き物は、格子の間から素早く腕を伸ばし、その脂ぎったふてぶてしい顔に爪を立て引き裂いた。


「ぎゃああああ!! 痛えなクソがっ! 私の所有物の分際でよくもっ!!」


「いっしっし!! ざまあないわ!!」


 上級国民の顔に縦の赤線が3本、綺麗に刻まれた。

 ――偶然か運命か。ここに来た時点でヒカリは大方察していた。

 〝西の森側に領地を構える上級国民が、焔人の奴隷を購入したらしい〟


 反逆的な篭の鳥。それは絶滅されたと言われた焔人の少女。


(リリー! やっとだ、待たせてごめんね……!)


 魔導器の回収と、それとヒカリの恩人かつ親友を救いだす。

 その目的は奇しくも同じ物になりつつある。


 ()()()()にとって親友であり生きる目的である、焔人の少女。

 その名は、リリーム。

 後にとある魔王の元で幹部となる存在である。

次回 リリームって頑固なのね……

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