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怠惰なるもの

 一華とヒカリの2人は奴隷市場を歩いていた。

 一華はサランの店で購入した白いセーラーワンピースにマリン帽に着替えている。


「ねーねー……これ、似合ってるかな?」


 一華はスカートの端をつまんで、頬を赤らめながら上目使いで聞いた。

 ヒカリは一華を見て、しばらく何か思案した後、ぽつりと呟いた。


「かわいい……」


 照れ臭そうに目を合わせず呟いたその一言は、一華にとってとても刺激の強いものだったらしい。


(かっかかかかわいい!? わたしかわいい!? かわっかわわわわわわわわわわわわ――)


「ってチカ姉!?」


 一華は何度も何度もその一言を反芻し、やがて興奮が高まり過ぎて道の真ん中でばたりと気絶してしまった。




 *





 2人は奴隷一華を抜けた先にある、上級国民アルホとやらの屋敷へ向かう。

 件の焔人がリリームなのか確証は無いし、ひとまずは下見だ。


「起きたかチカ姉。チカ姉の体を端に寄せるの大変だったぜ」


 目を覚ますと、一華は照れながら起きあがり、何も言わず歩みを再開した。


(わたしが、かわいい!! って当たり前の事なのになんでこんなにドキドキするのだ……?)


 疑問に思いながら、奴隷市場にある檻を横目に進んでゆく。



『あぁっ!! おい邪竜、聞こえておるか!?』


  「!?」


 突如、どこかで聞いた声の思念が一華の脳髄を揺らした。

 この声は一体どこからか――


『こっちじゃ!! 妾はお主から見て1時の方向におるぞ!』


 言われるがまま、1時の方角にある――檻に近づいた。

 檻には〝ヤギの亜人! 力仕事に便利です!〟と書かれている。


 中にいたのは、ぼさぼさの紫の髪からヤギのような角と、尻尾が生えた小汚ない少女だった。

 一華は思った。


 〝誰だっけコイツ〟と。


 そして、見なかった事にして踵を返した。


『あおい!!!!? どこへゆくんじゃっ!!! 妾を助けろっ!!』


 頭に声が響くのは多分気のせいだろう。

 寝不足だし。


「なあチカ姉、あのヤギ? の亜人……すごいこっち見てるけど知り合いじゃないのか?」


「知らないのだ。あんな汚くて怠け者で人に重役やらせて自分だけ勝手に逃げるような胡散臭い奴、わたし知らないのだ」


「めっちゃ知ってるじゃないか」


 当の亜人はというと、柵を掴み涙目で一華を見つめている。

 最後の希望であると言わんばかりに。


『頼むっ! 後生じゃ、妾をここから出してくれ!!!』


『……そうは言われてもラプラス、わたし達お金あまり持ってないのだ』


『ええい、何でもいいからここから出せい!!』


 ヤギの亜人――ラプラスは、あまりにもしつこく一華にせがむ。

 そうしている内に、一人の男がラプラスを指差して店主へ購入すると申し出た。


「い、嫌じゃ!! 妾は人の子など孕みとうないっ!!」


 男は檻の中のラプラスをじっくりと吟味する。

 恐らく体目当てだろう、ラプラスの貧相な胸元を見て、少し残念そうな表情を浮かべた。


『なっ……妾、今フクザツな気分じゃぞ。というかはよここから出してくれ、一生のお願いじゃ!』


『しょうがないのだ』


 さすがに目の前で知り合いが購入されるのは目覚めが悪いので、ラプラスを出してやる事にした。

 ラプラスとは、ルピナスの体内であれこれあったものの、一華は優しいので人を見捨てはしない。

 ……多分。


 一華は1人、人のいない路地裏で小型化(プロコロフォン)形態になると、路地裏から出て檻の柵をくぐり抜けラプラスの元へやってきた。


(……パンツくらい履くのだ)


 そう思いながら、男が会計をしている隙に、影の中からエリカを呼び出す。

 そっと、静かに回りにバレないように、エリカはラプラスを屋敷へ〝ご招待〟していった。





 ―――――





 屋敷のエントランスにて、ラプラスは脱力気味にへたりこんだ。


「あぁ、酒が飲みたいのじゃ……」


 ラプラスはエリカと一華への礼よりも先に、酒が飲みたいと呟いた。


「何者なんだ、お前」


 ヒカリがラプラスへそう聞くと、急に目が爛々と輝きだした。


「よくぞ聞いてくれた! 妾こそが〝怠惰〟のラプラス様であるのじゃ!!」


「怠惰……?」


「まさか大罪の?」


 ラプラスの唐突な言葉に動揺する2人。

 後ろのエントランスでエリカは、マリカを血の出ない安全なおままごとに付き合わせているようだ。


「ふっふっふ、〝大罪の魔導器〟については承知済みのようじゃな。ならば話が早い。何を隠そう、妾は〝怠惰の魔導器〟そのものなのじゃ!!」


「…は?」


 ポカンと口を開き、言葉の意味を理解できていない一華とヒカリ。

 ラプラスは話を続ける。


「あれは妾が――。いやもう説明すんのめんどくさいわ。

 よし、色々あって妾も魔導器を探しておるのじゃ! 妾はあの時他7つの魔導器にそれぞれ発信器をとりつけておったのじゃ!! それによると、あの人間の国に〝傲慢〟の魔導器がある事がわかったのじゃ!!

 どうじゃ、凄いじゃろう!?」


 発信器、あの時――

 全くもって話の流れが分からず、2人は頭を悩ませる。


「全くもってわかんないのだが、要はラプラスには魔導器の在り処がわかるという事なのだな?」


「大体そんなもんじゃ。もっとも今でも発信器が機能してるのはもはや傲慢だけなのじゃがな」


 辛うじてラプラスの話を理解できてきた一華とヒカリ。

 ラプラスが何者で、怠惰の魔導器がなんなのかはいまだに全く分からないが。


「お主らも魔導器を探しているならば、妾に協力するのじゃ!!」


 無い胸を張り、ラプラスは自信あり気な態度だ。

 背に腹は変えられない。せっかくの有力な手がかり(?)なのだ、ラプラスに協力しない手は無い。


 2人はしぶしぶラプラスの言葉を了承したのだった。









 ―――






 もはや自室と化したいつもの部屋で、ヒカリは一華の視線を気にせず全裸になっていた。


「ひっヒカリっ!!? なんで脱いでるのだ!?」


 顔を覆う指の隙間からガン見する一華は言った。


「着替えてんだ。せっかく買ったんだから」


 そう言うとヒカリはおもむろに、部屋の引き出しから包帯を取り出した。

 そして、胸部を包帯でぐるぐる巻きにして――


(ヒカリのおっぱいがあんなに潰れ……なんなのだ、胸の無いわたしへのあてつけか!?)


 見ないように直視する一華を気にせず、ヒカリは着替えを進める。

 包帯を巻いた上半身にシャツを着て、デニムにサスペンダーを装置する。そして手袋をつけてベレー帽をかぶった。


「なんと!?」


 その格好は一見、少年のように見えた。

 そう、言われなければ男の子にしか見えない。


「どうだチカ姉? 似合ってるか?」


 ヒカリは帽子のつばをつまんで、笑顔で一華へそう聞いた。


「か、かっこいいのだ……!」


「へっ、そうかい」


 ヒカリはちょっぴり嬉しそうに応えた。


「下見とはいえ怪しまれたら後々面倒だからな。元男の俺が男装するなんて、ちょっとした皮肉だぜ」


 一華は人化を解いて小型化(プロコロフォン)に変身すると、ヒカリのズボンのポケットに潜り込んだ。そして、エントランスでラプラスとマリカと共におままごとをするエリカに、スラバルトへ送るようお願いした。




 ―――





 奴隷市場の路地裏へ、エリカの〝影転送〟で戻ってきた2人。

 人気が無いからここは移動に便利だ。

 ヒカリは路地裏から出て、また市場を歩き出した。


『ふわぁ、魔導器は多分人間が持っておったのう』


 ラプラスが眠そうに思念で適当な事を言う。


『多分じゃ困るのだ。誰が持っていたとか思い出せないのか?』


『ああ、もう少しで思い出せそうなのじゃが……』


 一華とラプラスが思念で会話している中、事件は起こった。


「グ ギ ャ ア オ オ オ オ オ オ オ !!!!!」


 凄まじい圧の咆哮が市場を叩きのめした。


「おいおいマジかよ」


「ど、どうしたのだ?」


 一華はヒカリのポケットから顔を出した。


 街中で、他のものよりも比べものにならないほど巨大な檻が破られ、恐らく中に入れられていたであろう、赤い鱗の竜(レッドドラゴン)が高らかに叫んでいる。


 建物よりも巨大なドラゴンは顎を開き、そこらじゅうへ口から炎の息を吐き出した。

 炎は建物や木々に引火し、辺りには黒い煙がたちこめる。

 ヒカリは放置された檻をレーヴァテインで次々に斬ってゆき、中の奴隷たちを救い出していた。


「あっ、あそこ!」


 人々が悲鳴をあげながら逃げ惑う中、一人の男が腰を抜かして動けなくなっている。ドラゴンは男めがけて、まさに炎の息を吐き掛けようとしていた。


 そこで思念越しに光景を見ていたラプラスが言った。


『そうじゃ思い出した!! そやつじゃ! 魔導器を持っている人間は!!!』


次回 派手すぎると気分悪くなるよね。

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