焔人
「あっはははははっ!! 凄いでしょー、エリカはこんな事もできるんだよー!!」
エリカは少女を抱き抱えながら、屋敷中をコウモリ状の翼で飛び回る。空中で1回転したり、急に方向を変えたりだとか、とにかく少女に自身の飛行性能をこれでもかと見せつけていたのである。
「………♪」
少女はエリカにもっと飛んでみせて! と、声には出さずとも揺さぶったりしてせがんでいる。
元々エリカは屋敷に迷いこんだ人間を惨殺して遊んでいたのだ。
それが今では流血しない遊びを楽しめるようになったのはとても喜ばしい事。一華は微笑ましく見守っているのであった。
翌朝。エリカの力でまたスラバルトの大都市へ戻ってきた一華とヒカリと少女の三人は、昨日から引き続き少女の保護者と、ヒカリの探し人を探して回っていた。
昨夜はエリカと少女がずっと遊び回っていて、捕まえてから食事や風呂に入れるのに一華とマリカは大変な苦労を課せられたのだ。
おまけに一華はその晩もヒカリの抱き枕にされていたのだった。
「ふわぁ……眠いのだ。それはそうと、そろそろ奴隷市場じゃない?」
三人は〝奴隷市場〟なる場所へたどり着いていた。
いたる所に鎖で繋がれた人や亜人が粗末な格好で値札のついた檻に入れられている。
奴隷はみな、首に業者のロゴマークが焼きつけられていて、一般人と見分けがつくようにされている。この迷い子の首にも、焼印がついていた。
「どうだヒカリ、この中にいるのか?」
一華はヒカリにそう聞いた。
*
話はまた昨晩に戻る。
エリカの屋敷にて、いつもの部屋での事だ。
「……そういえばヒカリの〝探し人〟についてそろそろ教えてほしいのだ」
部屋の外ではマリカが慌ただしくエリカを追いかけている。
「あぁ……分かった。俺の探し人はな――」
ヒカリは仮面をつけて、話し始めた。
ヒカリの探す人は、〝リリーム〟という少女だ。
焔人という特殊な種族で、帝国にいた頃にヒカリを窮地から救ってくれた恩人だという。
経緯について深くは語らなかったが、どうも捕まって奴隷として売りに出されてしまったそうだ。
一度、このスラバルトを探した事もあったが、既に別大陸の貴族が買い取ってしまったらしく、それ以上の足取りは掴めなかったらしい。だから、ヒカリはリリームを探すため世界中を旅していたのだ。
「何でそんな大切な事を今まで黙っていたのだ!?」
「……時々分からなくなるんだ。俺が、〝俺〟なのか〝ワタシ〟なのか」
「は……?」
「ワタシは14年間、この世界で女として生きてゆこうと努力していたんだ。
……でも、俺は男を捨てる事ができなかった。チカ姉や姉貴との思い出までもを無かった事にしてしまう気がしたんだ」
仮面に隠されたヒカリの表情は一華には見えなかった。
しかし、ヒカリは、シャクヤは、仮面の下で泣いていた。
一華はふと、目の前に2人の人物がいるように錯覚していた。
「最初の内に話しておこうとは思っていたんだ。でも、シャクヤとしての問題にチカ姉を巻き込むのはどうなんだって、そう思った途端、言えなくなってしまったんだ」
「ヒカリ……」
全てを吐き出したヒカリは仮面を外した。
涙をこぼしながら、微笑んでいるヒカリかあるいはシャクヤの顔が、そこにはあった。
*
「燃えるように赤い髪の女の子……なのだな。コランダムはスラバルトにいると言っていたのだ。具体的な場所を教えてくれれば苦労はしないのにね」
「ホントだぜ。しかしなぜコランダムはリリームがここにいると知っているんだか。アイツなんだかんだで今まで嘘をついた事無いしな」
いくつもある奴隷売り場に展示されている檻を一つひとつ見て回る。
できることなら奴隷を全て助けてやりたいが、今の所はそれが叶わない。
「……」
ヒカリに手を繋がれる少女は退屈そうにしている。
見当たる限りの売り場を確認したものの、ヒカリは残念そうに首を横に振った。
―――
「で、この子の親は一体どこに住んでいるのやら」
少女を連れ、2人は川沿いの街を歩いている。
2人には魔導器を手に入れるという話の他に、2つも目標があるのだ。
まずはこの子を家に帰さないとならない。〝落とし物〟として届ける事も考えたが、あまり人道的な扱いはされそうにないため、自力で探す事にした。
「……!!」
ふと、少女がしきりに辺りを見渡す。
「ん? どうしたのだ?」
「――!」
少女は高い建物の並ぶ中で、一際こじんまりとした小さな服屋を指差した。
看板は星をイメージしたようなファンシーなデザインで、入り口には「本日臨時休業」と立て札がぶら下がっている。
「もしかしてヒカリ……?」
「もしかするとだな。行ってみよう」
三人は服屋の建物の中へ入った。
小さな服屋ながら様々なデザインのものがあり、品揃えはとても充実していた。
「すみませーん!」
ヒカリが店の奥へ向かって声をあげる。
「あらあら? お客さん入ってきちゃったのね。ごめんなさいね、今日はお店やってな……」
奥から気前の良さそうな中年の女性が出てきた。
そしてヒカリの横の少女と目が合う。
「す……ステラ! どこいってたの!? 大丈夫、怪我はない!?」
「……!!」
少女はヒカリの手を離れ、中年の女性にぎゅっと抱きついた。2人ともその表情は安心しきっている。
「あぁ、よかったぁ……ありがとう。昨日一緒に買い物に行ってからはぐれちゃってね、はぐれた辺りを探しても見つからなくて……ステラは私のたった1人の家族なの。本当に、ありがとう」
「そうだったのか。ステラ……っていう名前なんだな。素敵な名前だね」
ヒカリの言葉にステラは何も言わず誇らしそうにうなずいた。
「そうかそうか、楽しかったのね」
2人とも、とても嬉しそうに、とても幸せそうに微笑み合っている。
一華とヒカリの目には、奴隷と所有者というよりも母と娘の関係に見えた。一華は懐かしい気持ちになったが、ヒカリは羨ましく思ったのであった。
*
ステラと暮らす中年の女性は、サランという名前らしい。
喋れない故に売れ残っていたステラを哀れに思い、購入したという。
それからは奴隷としてではなく、家族として接してきたというのは、ステラの様子を見れば容易に想像がついた。
「旅人さん、私は正直奴隷制に反対してるのよ。人を物として扱うなんて、とても罪深い事だと思うわ」
足にべったり抱きついて甘えるステラを撫でながら、サランは言った。
一華とヒカリの2人は、「自分たちも奴隷を使った産業は好かない」と言った。
2人を信用したのかサランは、この国への更なる愚痴をこぼした。
その間も、ステラはサランにべったりだった。
その内、サランは耳よりな話をし始めた。
「西の森近くに住んでるアルホとかいう男、亜人奴隷を集めてコレクションしてるらしいわ。最近も珍しい人種の少女を大金はたいて買ったらしいわよ」
ヒカリはぴんときた。
「それはなんという種族の娘だったのですか?」
「ええ、確か焔人だったわ!!」
次回 働きたくないでござる




