7つと8つ目
スラバルト国に上陸してから、二人はすぐさま町へ足を踏み入れた。
「思ってたより整った町並みなのだ」
意外にも整備された近代的な街並みが広がっている。
建物は全体的に飲食や洋服店が多い印象だ。
店はどこもショーウィンドウばかりで、さしずめ高級商店街を思わせる。
「ヒカリ~! これすごく綺麗なのだ!!」
ショーウィンドウに張り付き、一華はガラス越しに美しいドレスを惚れ惚れと見つめる。
仮面をつけたままのヒカリは、店の奥の方を見るよう一華に言った。
「えっ?」
ショーウィンドウ越しに見える店内。その最奥に、手足と首に枷をつけられた粗末な服の痩せた少女が椅子に座り、布を織っている。
ふと、店主と思われる肉付きのよい男が少女の顔をひっぱたいた。
「なっ、非道いのだ!!!」
奴隷大国スラバルト。
近年の奴隷産業により急速に成長した形式上は立憲民主制の国だ。
この国に、奴隷に対する倫理観や人道的な扱いは存在しない。
「パワハラなのだ!! わたし文句言ってくるのだ!!」
ヒカリは殴り込もうと意気込む一華をなだめる。
騒ぎを起こせば本来の目的から遠のいてしまうと。
本来の目的とはすなわち、この国のどこかにある魔導器を見つけ、回収すること。
あるいは、ヒカリの探し人を見つけるか。
果たして奴隷達が救われる日は来るのだろうか。
塔のような円柱形の建物。
魔導器の手がかりを探しに、二人はここスラバルト国際図書館へやってきた。
「魔導器について書かれてる本なんてあるかなぁ?」
「わからんが、探さないよりはマシだろう」
魔導器を探そうにも、3日前からコランダムの思念が通じなくなり、ほぼノーヒントの状態なのだ。
だからこうして情報を求めて図書館まで来た訳だが――
「これはどうなのだー?」
「どれどれ」
ヒカリは、一華が少し誇らしげに? 渡してきた本をぱらっとめくるやいなや、本の背で一華の額をこつんと軽く叩いた。
「これ〝魔導のすすめ〟じゃねーか。どこにでもある、ただの魔法の入門書だぞ?」
「うぅ、わたしそういうのよくわかんないのだ」
叩かれた箇所を痛くもないのに抑える一華。
とりあえずヒカリは、〝古書物〟を置いてあるらしい奥の隅の薄暗くて埃っぽい棚列の前までゆき、一華と共に片っ端から読み漁る。
一華にとって、手がかりになりそうな本だけを探すという行為は、かなり退屈なものだった。
やがて複数の本の内で気がかりな1冊を見つけた。
『おとぎ話の邪竜を倒した者は誰か?』というタイトルの本。研究者がその研究成果を書籍にしたようだ。古書物の中では比較的新しい本だと思われる。
『〝おとぎ話の邪竜〟を倒した8柱の魔王は、命と引き換えにその力を封印したという。しかし、私が発見した封印の迷宮の最奥にある壁画には、8柱の魔法の他にもう一柱、邪竜と戦う9柱目魔人の姿が刻まれていた。私の仮説では――』
おとぎ話の邪竜とは一体何なのか? なぜ自分がお伽噺の邪竜なのか?
その答えはどの本にも乗っていない。
読書嫌いな一華が熟読する本に興味を持ったヒカリは、彼女の後ろから記述を読んだ。
『邪竜の大罪は赦されるものではなく――』
「……そういや大罪といえば、前の世界にもあったよな、〝7つの大罪〟というのが」
「何それ? わたし知らないんですケド……」
「おいおいマジか」
ヒカリは少し呆れながら、一華に7つの大罪について簡潔な説明をした。
「嫉妬、強欲、色欲、暴食、怠惰、傲慢、憤怒。
人間を罪へ誘うとされる欲や感情を7つにまとめたものだ」
「はぇー、ヒカリは物知りなのだな。さすが、元中2病患j――」
「うっさい!」
ゴスっと鈍い音をたててヒカリの拳が一華の額に炸裂した。
一華はかなり痛そうに殴られた箇所にできたたんこぶを抑える。
「ルピナスの持つ大罪とやらは『暴食』だったな。関係あるかはわからんが、魔導器とは7つの大罪と同じ名称の力を持っているんじゃないだろうか」
「痛ったぁ……でもそれだと一つ多いのだ。8つ目は何なのだ?」
「さあな、見当もつかん。まだ一つしか判明していない以上、ただの偶然という可能性も高い」
ヒカリはパラパラとページをめくる。
ふと、一つのページに目が止まった。
『通説では8柱の魔王は死んだとされている。ところが、1つだけ、先述した謎の魔人と共に1柱が生き残った事を示唆する資料がある――』
しかし、その文章から先は、何者かがこぼしたであろう黒茶色の染みが覆い隠しており、読む事は叶わなかった。
「さて」
ヒカリは懐から羽ペンとインク入れ、そして小さなメモ帳を取り出して、要点を書き綴った。
*
二人は他にも様々な本を調べたものの、それ以上有益そうな情報は見当たらず、その日は諦めて帰ろうと図書館を出た。
すると――
「おいおい痛えなぁ!! 奴隷の分際で〝上級国民さま〟にぶつかっておいて、謝罪の一言もなしか!?」
図書館前の大通りで、腹を肥やした男が小さな少女を怒鳴り付けている。周囲の人間は我関せずを貫いているようだ。
その少女は5歳ほどと思われ、白い透き通るようなワンピースと純白の髪が儚げだ。手には猫のぬいぐるみを抱えている。
「……!! ………………!」
口をパクパクして、頭を下げて、何かを訴えかけようとしている少女。しかし、声が出ないのか、かすれた空気音しか口からは出ていない。
「何とか言えよこのドブネズミがぁっ!!!」
怒りで顔面を赤く染める男は、喋れない少女の持つネコのぬいぐるみをひったくり、地面に叩きつけ、何度も、見せつけるように、執拗に踏みつけた。
「ぁ……!! ぅ……!!!」
少女は膝をつき、泥にまみれるぬいぐるみへ手を伸ばす。
男はぬいぐるみを踏みつける足に更に体重をかけ、嫌がる様子を楽しんでいるようだった。
「これを返してほしいかぁ? なら、私の靴を舐めろ。考えてやる」
どす黒い笑顔でそう言う上級国民。
少女は目に涙を浮かべ、震えながら屈んで男の靴へ顔を近づける。
すると男はぬいぐるみから足を上げ――
「いい子だ、これで蹴りやすくなった!!」
少女の儚い頭へ男の靴底が迫る。少女は咄嗟に頼りなく細い腕で頭を守ることしかできなかった。
「やめろ!!」
男の足と少女の間に、突然赤い髪をした仮面の少女――ヒカリが割り込み、男の蹴りを少女の代わりに受けた。
背中には靴底の形をした汚れができたものの、少女は無事だったようだ。
「なんだてめえ? そのドブネズミの飼い主か?」
「その通りだ。この子が迷惑をかけたのであればワタシが代わりに謝罪する」
ヒカリは少女を自分の後ろに匿い、男へ深く頭を下げた。
少女も真似をするように礼をする。
「ってかさ、ガキの分際で奴隷持ってるとか生意気なんだよ。ろくに躾もできねえような奴だから私を怒らせるんだ」
男はうだうだと生産性に欠ける非合理的な説教という名のマウントをヒカリへ延々と聞かせた。
ヒカリはこれ以上は無意味と判断し、近くで待たせていた一華を思念で呼んだ。
「何だ? てめえも私に文句あるのか?」
一華は男へ近づくと、その顔を至近距離から覗きこみ――
「おじさん、わたしは機嫌が悪いのだ。だから――
――さ っ さ と 失 せ ろ 」
男の精神の奥底――むしろ本能に近い部分から痛覚に似た危険信号が放たれる。
加減しているとはいえ、邪竜覇気を至近距離で受けた男は極度の恐慌状態に陥った。震えながら地面にへたりこみ、顔面からは大量の油汗を流し、股間からは黄色い液体が漏れ出ている。
「やめ……ひぃ……いやぁぁぁ!! 来ないでぇ!!」
男があまりにもわめくので、人が集まる前に少女の手を引いて別の場所へ移った。もちろん、少女の大切なぬいぐるみも一緒に。
「キミの名前は何ていうのかな?」
ある程度離れた所で、ヒカリが未だ怯える少女に優しく話しかける。
「…………!」
口をぱくぱくと開閉させるものの、声を出せないのであろうか、かすれた音しか発せない。
「うーん、じゃあ文字は書ける?」
少女は首を横に振る。
文字もまだ書けないようだ。
「うーむ、仕方ない。ひとまず名前は後にしよう。どこから来たの?」
「……!」
きょろきょろと辺りを見渡す少女。
どこから来たのかも分からない様子だ。
「おうち、本当に帰りたい?」
少女は首を縦に何度も振って、涙を浮かべながらヒカリに抱きついた。
それは決して、家で非人道的な扱いを受けている訳ではなく、ただ迷子になった子供が家に帰りたがる心理と同じものだ。
「もう夕方なのだ」
「あまり遅くなるとよくない。一緒に探してあげるよ」
二人は少女の家と保護者を探して回った。
あちこちでこの娘を知らないか? と聞いて回る。
しかし、見つからないどころか誰も見向きもしない。
なんだかみんな冷たいな――一華とヒカリはそう思った。
「もう外も暗い。悪い輩に捕まったらかわいそうだし、この子の保護者には悪いが今晩は俺たちと泊まろう」
「賛成なのだ」
そうして適当な宿屋へ入った時の事。
「ウチは奴隷と入れないルールなんですよぉ」
どこの宿も同じような事で断られた。
奴隷は人にあらず。奴隷に宿を使わせるなんて下らない。そんなものなのだ。
「しょうがないな……俺たちの〝宿〟へ行くか」
「宿? ……あ、そうか」
少女を連れ、人気のない暗い路地裏へ入る。
そこで一華は思念通話を開始する。
……
暗闇の中、一華の足元を埋める影が盛り上がり、液状のような性質を持たせた。
その中から、銀髪のゴスロリ娘――エリカが現れた。そして少女を見つけるなり
「おー? ワタシはエリカなの! 一緒に遊びましょ!」
エリカは少女の同意もなにもかもすっ飛ばして、少女の手を強引に引っ張った。
「うふふ、ご招待してあげる」
「!?」
少女の体が黒いもやのようなものに飲み込まれる。
抵抗もむなしく、少女は完全にエリカの影に取り込まれ、路地裏から消え失せてしまった。
一華とヒカリも同様に、しかし抵抗はせずに影の中へ消えてゆき、路地裏には静寂が取り残された。
次回 焔ってどういう意味だったかしら。




