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救済者

 ルピナスの食事の数分前――


「お……おぉっ?」


 突然景色が変わったことに驚くヒカリ。

 大岩の影にヒカリとマリカ、そして重傷者2名を運びきった所で時が動きだした。


「なんかー、わたし時を止められるようになっちゃったみたいなのだ」


「マジか。これからは時止めちゃう系女子を名乗れるな」


「時止めちゃう系女子ってなんやねん」


 思わずエセ関西弁が出てしもうた。

 時を止められるだけでもとてつもないが、この能力にはまだまだ他にも権能がある感じ。恐ろしいぞ、けてるとやら。


 ふざけてる場合じゃない。

 まずエリカは、魔弾を数発受けて大火傷を負っている。それに加えて帝国の奴らの仕業だろう、その愛らしい頬に打撲痕がある。


 ガララさんは、例の刻印とやらの刻まれた銃弾に貫かれており、マリカが切り離した触手で傷口を塞ぐ止血処置をしていても出血が酷い。特に背中には複数の弾痕がある。


「とりあえず二人には俺の回復魔法をかけよう」


 ヒカリは横に寝かせた二人の前に跪き、両手のひらを合わせて魔法の詠唱を始めた。

 意味のわからないが、不可解で神秘的な呪文だ。


「上位回復魔法〝光あれ〟」


 ヒカリの詠唱が終わった途端、穏やかで暖かい光が二人を包み込む。小春日和の空の下を10倍心地よくしたような、そんな光。


「ふっかーつ!」


 勢いよく、エリカが跳ね起きた。

 所々せっかくの青いドレスが焼け焦げているが、それ以外はピンピンしてる。


「エリカお嬢様!!」


 目元をうるうるさせたマリカが、小さなエリカに抱きついて頬ずりをする。少し迷惑そうなエリカを見て、気が少し楽になった。


 と、思ったのもつかの間。


 同じく回復魔法を受けているガララさんの傷が一向に回復の兆しを見せない。

 どくどくと血が出ているし、かなり危険な状態なのに……


「ちくしょう、退魔刻印のせいで回復魔法が聞かねぇ」


 さっきのあれか、退魔刻印って。

 回復魔法まで阻害するとか、なんて悪質な銃弾なんだ。


「クソ、これじゃ回復薬も効果無いだろな。あれは魔素が傷口の失った組織構造を再現することで治癒しているから――」


 ヒカリの話はよくわからないが、今すぐにでもなんとかしないとガララさんの命がヤバい。

 なんとかしないと、死ぬ。


 まだ一つ可能性があるとすれば――


「チカ姉?」


 審判之王(イスラフィール)よ、お願い。

 ガララさんを助けて――



 《救済の散花(ラビエル・コルダータ)を 使用します》



 ふわぁ……

 キラキラと、きらめく雪片のような、あるいは花びらのような七色の光がどこからかしんしんと降ってきた。

 光に触れた地面から、若葉生い茂る木々が次々と伸びてゆく。


「えっ、えっ? これって」


 雪が降る中、いつしか辺りは小さな森のようになっていた。

 その森の中心に横たわっていたガララさんの血色がみるみる内に良くなってゆく。


 そしてついに目を開き、こちらを見つめ返してきたではないか。


「これは……イチカちゃんの力なのか?」


 すっかり元気になったガララさんは、驚きつつも自分の体を触り、傷の具合を確かめた。


「きれーー! なにそれなにそれー!?」


 エリカは驚きつつも、興味深そうにわたしとガララさんを見比べている。

 わたしも驚きだ。死にかけていたガララさんが完璧に回復して、おまけになぜか小さな森が出来上がってしまっているから。


「退魔の刻印に打ち勝つとは……これは……」


 ヒカリがやや興奮気味に話し出した。


「昔、とある文献で読んだ事がある。死者すら甦らせる伝説の秘薬『エリクサー』に匹敵する回復魔法があったと。

 それは〝天使〟のみが扱える究極の治癒魔法。その魔法は生命力そのものを増幅させ、枯れた土地に使えば瞬く間に緑溢れる肥沃な大地となる――とか」


 大地すら癒す回復魔法?

 わたしはまたそんな大それたモノを持ってしまったのか……

 なんか最近感覚が麻痺してるせいか、あまり驚かなくなってきた。

 何はともあれ、次はもう一度村へ行かないと。連中が村を更に荒らしているかもしれないし。





 ―――





 わたし一人で村に行こうとしたら、我も我もとついて来ようとしたのでまた時を止めて、みんな置いてきた。


 なんか〝究極(ケテル)〟とやらは高位(エクストラ)と比べ物にならない性能を持ってるっぽいし、多分あの連中に余裕で勝てるだろう。知らんけど。


 奴らめ今に見てろ……と、意気込んで村に足を踏み入れると、なんかとてつもないカオスな事が起こった。


 空に巨大な魔方陣と光球ができたとおもったらすぐに消えちゃったし、ルピナスがなぜかクッキーとケーキを両手に抱えて美味しそうに頬張ってる。


「あっイチカちゃん! お菓子食べる? 美味しいよー」


 遠慮しておこう…… それ食べたらなんか良くない事がありそうだもん。

 首を全力で左右に振って、拒否のジェスチャーをする。

 ルピナスはボリボリとクッキーを貪り、「もったいなーい」と叫ぶのであった。




 ―――




 わたしが戦うまでもなく帝国の輩が撃退されてたので、置いてきたみんなを思念で呼び寄せた。


 いつの間にか村を飲み込む火の手は消えていて、そこまで燃え広がっている様子は無い。ルピナスが自分の能力で消したと言ってるので、多分食べたんだろう。……炎を。


 一軒、村の端に建っていて火の手の及ばなかったであろう小屋の中には、村人がぎっちりと身を寄せあっていた。


「ひっ……おお、貴女でしたか。どこのどなたかは存じませんが、我々をお守りくださりなんとお礼を申しあげれば……!」


 扉を開けたルピナスを見て安堵の表情を浮かべる村人達。

 わたし達に危機を知らせた訛りのすごい少年も、扉の内側でうずくまっていた。


 ガララさんは村民らに事のなりゆきを説明した。このルピナスがカリュブディスである事や、帝国の謎技術に操られていた事等、村人は複雑そうに、ただ黙って聞いていた。

 国を暴走していたルピナスがほとんど食らいつくしてしまったのだから。





 *




 エリカとマリカは疲れたから帰ると言って、一足先に影移動で屋敷へ帰ってしまった。


 焦げ臭い村の中に少し踏み入ると、木製の檻の中に数人の男が壁に背を預けるように座っていた。

 よく見ると見たことのある顔だ。こいつらは確か……

 そうだ、わたしを貧乳とか言いやがった奴らじゃん。

 よくも言ってくれたな!? と怒鳴り付けてやりたかったが、あいにく全員眉間に穴が空けられていて、息は無かった。


 ……


 手を合わせて、踵を返して村の外へ出た。


「じゃあ、やるのだ」


 村人らやルピナスとガララさんらを横目に、わたしはあの回復魔法を使う。


 〝【救済】祝福の散花(ラビエル・コルダータ)


 極彩色の花びらが、辺り一帯に降り積もる。

 花びらが地面に触れるたび、草木の芽が次々に伸びてゆく。

 そうして次第に、辺りは緑溢れる広大な森へと変貌していった。


 その光景は、昔ヒカリとヒオリと一緒に観た、幼い姉妹が山奥で不思議な怪物に出会う映画のワンシーンを思い出させる。

 畑の回りで踊ると蒔いたどんぐりが芽吹いて巨木になるの。懐かしいなぁ




 ――ひと通りできたかな?

 わたしってば地球に優しい!


 さすがに国全土の緑を復活させるのはできないけど、街ひとつぶんくらいの緑は再生できたろう。この作業だけでもう夕方になってしまった。あー疲れた。


「あの荒れ果てていたこの地がかつての姿を……! 感謝いたします……」


 村民代表のおじさんが、わたしに深々と頭を下げている。

 みんなで取り囲んで怯えてたのが遠い昔のようだ。


 わたしは寛容だから、過去の事は水に流してやるか。

 これから彼らやルピナス達は、またここで国を再建するんだろう。


「その事だが……」


 一仕事終えて、わたしやガララもみんないい気分に浸っている所、ヒカリが口を挟んできた。


「ルピナスも皆もここでバルアゼルを再建したいだろうが、ちょっと問題があるんじゃないか?」


 ヒカリが難しそうな顔してる……

 みんなも不安げに注目してるし、なんだか一筋縄ではいかなさそうだぞ……?


「ここで生活を営んでいても、恐らく……というか確実にまた帝国の連中が攻めて来るだろう。あいつらはそういうタチなんだ。だからルピナスがいるとはいえ、安全だとは言い切れないし、また新型兵器でも落とされたら……申し訳ないがここで留まるのは危険なんじゃないか?」


 ヒカリが懸念していたことは、帝国軍がより兵力を集中させて攻めて来る事だった。

 せっかく緑溢れる土地にしたけど、焼き祓われる危険性があるのか。

 ルピナスとガララさんは顔を見合わせ、村人らも不安げにわたしを見てくる。まるで、「イチカ様よ、ルピナスさまと共にこの土地を守護してくださいませ」といった表情で。


 でも残念ながら付きっきりで守り続けるなんて事はできないのだよ。ヒカリと一緒に旅しないといけないし。

 ちょっぴり申し訳なく思っていると、突然ルピナスが顔を上げて声を張り上げた。


「よーし、良いこと思い付いた!! だからこの問題はボクに全部任せてよ!!」


 ニコニコ笑みを浮かべながら、ピンクの舌をちろりと出すルピナス。

 一体何を思い付いたのか、それはもう少し先に明らかになる。





 懸念していた問題も解決(?)したみたいだし、エリカの屋敷に帰ってゆっくり休むとしようか。

 ヒカリもだいぶお疲れだしねー。


『エリカー、またお迎え頼むのだー』


『了解なのー』


 いつものようにエリカに影移動で屋敷へ運んでもらう。

 影の中に沈んでゆくわたし達の姿に皆の視線が釘付けになったのは言うまでもない。




 もはや実家と化したグロキシニアの屋敷。

 ふわぁ……はよ寝たい。

 いつもの洋風な部屋に入り、寝着を着ていつものベッドに寝そべって布団をかぶる。体を洗いたい所だけど、眠すぎるので明日にしよう。そもそも定期的にトカゲフォームに戻れば体臭とか気にする必要無いんだけどね。


 そしてヒカリはいつものように、下着以外全てを脱ぎ捨てて布団に入る。


「おやすみチカ姉……久しぶりにここまで疲れたぜ」


 相当眠かったのだろう、もうすやすやと寝息を立てている。

 あー、眠い……ふぁ……

 おやすみ、ヒカリ。



 ……



 ………?



 むにゃ?

 何か気配がして目を覚ました。

 またエリカかマリカが覗きに来てるのかな。薄目でちらりと青い月光が射し込む部屋を見る。


 ……ヒカリ?


 ヒカリがベッドから上半身を起こして窓の外を見つめていた。

 わたしからだと顔は見えないけど、なぜか――


「起きてるんだろ、チカ姉。薄目で見てんの知ってるぞ」


 うっ、バレてた。

 でもなんでこんな深夜に外なんて見てるんだろ?


「眠れないの?」


「いや、……そうだ。少し嫌な夢を見てしまってな」


 そう、外に顔を向けたまま言うヒカリの声は震えていた。

 まるで、まるで涙をこらえているかのように、――泣いているように思えた。


 悪夢を見たなんて、多分嘘だ。

 どうしても拭いきれぬ不安、何かを後悔しているような、そんな感じがする。根拠はないけど分かるんだ。小さい頃からずっと一緒にいたから。


 だから――


「わたしがいるのだ……」


 両腕で後ろから、ヒカリをそっと抱き締めた。

 昔のように、ヒカリが照れてもお構い無く。

 ヒカリの髪からはいつも、太陽みたいな明るい匂いがしていたっけ。

 お父さんの匂いとは違う、あれはヒカリの匂いなんだ。




 ――けれども、今のヒカリの髪からは、あの懐かしい匂いはしなかった。

次回 ダイオウイカって美味しいのかしら。なかなか臭うって聞くケド

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