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審判の天使

 わあ、血管なのになんだかとっても広い所に出たぞ。

 と思ったのもつかの間、急に流れが早くなり狭くなった。


 周囲の黒っぽい血液が鮮やかな赤色になってゆく。

 昔、本で読んだ記憶がある。静脈を通ってウシンボウとやらから肺に送られた血液は、得た酸素を全身に届けるため再び心臓に――


 心臓……?



 ドゥックン!! ドゥックン!!!



 そう、ここはカリュブディスの心臓の中。

 数百メートルはあるカリュブディスの全身に血液を送る臓器である。

 その脈拍の一回一回が、体の小さなわたしにとって災害クラスで、心室の壁や脈の度に開閉する門に餅つきの如く打ちのめされる。

 ようやく心臓を抜けたかと思うと、どうも血の流れが早過ぎて魔力感知でも現在地を把握しきれない。


『魔導器を回収して、心臓もどうにか抜けられたようじゃな』


『ねぇ、どうすればここから出れるの?』


『妾は知らぬ! 頑張れっ!』


 おのれラプラス。ここから出たら覚えてろ……! というか出られるのか?

 血管って、出口ある? 怪我した時くらいしか出れる要素なくない?


 そんな、ぼんやりとした絶望感の中でわたしは外にいるヒカリについて思いを馳せる。


 ヒカリは無事だろうか。ラプラスが何にも言わないあたり、誰も食べられた訳ではなさそうだけど。

 そういえばエリカはどうなった? マリカが守ってくれていると信じたい。


『それにしてもおかしな話よのう。かつては世界を滅ぼさんとしていたのに、中身が変わって今や他人の心配をするようになったか』


 中身が変わって? やっぱり〝おとぎ話の邪竜〟はわたし自身じゃなくて、別の意思があったという事か。

 というかコイツ……



『ラプラスは邪竜の過去を知ってるのか?』


『まあそんな感じじゃ。文字通り〝心〟が入れ替わったようじゃな。あれは何千年も前の事じゃった……妾は――

 なんじゃったかの? 忘れてしまったわ』


 はぁ!? ホントなんなんだ。

 怠惰なんてレベルじゃない。認知症のジジイみたいに思えてきたぞ。


『めんどくさいから、妾の友人に聞くといいじゃろ。あやつの名は確か、なんとかバインとかじゃったか。現代も生きておるハズじゃから、そのうち会えるだろう』


 友達の名前覚えてないとかずいぶんと適当だなおい。でも〝大罪の魔導器〟について教えてくれたり、かつての邪竜を知ってるラプラスは恐らく凄い奴なんだろう。

 なんとかバインさんに会ったら聞いてみよう。


 なんとかバイン。

 わたしは心に刻み込んだ。


 しっかし、いつになったら外に出られるのだか。

 都合よく怪我してくれないかな――


 なんとなくそう思ったその時。

 血流を遮るような鋭い光が目の前に迸った。






 ―――







 〝レーヴァテイン〟と刻まれた、サイバーチックな紅い剣。

 この世界でこんな形状の剣は見たことがない。おそらくコランダムの持ち物だろうが、なぜ自分の鞘に納められていたのか。


 カリュブディスがゆっくりとヒカリへ手を伸ばす。


 ヒカリはわき出る疑問を後回しにし、再びカリュブディスへと攻撃をしかける。

 カリュブディスの迫りくる手から逃げるついでに、レーヴァテインでその指に斬撃を食らわせた。どうせ大して効いてないのだろうが。

 そう投げやりに思った時の事だった。


「血が出てる……?」


 カリュブディスは自らの手を不思議そうに見つめている。

 その指には、いくつもの深い切り傷が刻まれており、それはヒカリが食らわせた斬撃の軌道と同じだった。


 理屈はわからないが、この剣はカリュブディスにダメージを与えられる性質を持っているようだ。

 これを利用しない手はない。


 ヒカリは考える。

 チカ姉はどこにいるのか。胃袋か、はたまた(はらわた)か。

 予想はつかない。消化器官のみならず、小型化を利用して他の臓器の内部に潜り込んでいる可能性もある。

 腹を切り裂くにせよ、外部から体内に侵入するにせよ、一華を救い出すにはカリュブディスの動きを止める必要がある。


 指先とはいえ、あれほどダメージが通るなら弱点部位を狙わない訳にはいかないだろう。

 捕捉されやすい眼でも、骨に守られている心臓でもなく、容易に損傷を与えられて大ダメージを狙える部分。


「俺に力を!!」


 自分を鼓舞し、気合いを入れる。

 〝レーヴァテイン〟を前に突き出すように構え、ヒカリはカリュブディスの頸元めがけ高速で突進する。


 カリュブディスはヒカリに食らいつこうと、大口を開き齧り付く。


「うおおあああッ!!」


 ヒカリは顎が閉まるよりもはるかに早く、カリュブディスの頸に風穴を開けた。


 ヒカリが〝レーヴァテイン〟を鞘に収めた直後、カリュブディスの頸から滝のような鮮血が噴き出し、鉄臭い雨が枯れた大地に降り注いだ。


 そうして山のように大きな魔人はついに地に伏した。



『ンッふっふ、どうですか〝絶対切断(ザンテツケン)〟の刻印効果は?』


 待っていたかのように、頭の中に嬉しそうなコランダムの声が響く。


『やはりお前か。なんなんだこのレーヴァテインとやらは』


『刀身は貴重な硬魔金属(アダマンタイト)製で、〝絶対切断(ザンテツケン)〟の刻印つき。斬れない物質は理論上存在しないのです。私のお手製ですから、大切に、大切に使ってくださいネ?』


 いつもなら秘密にしそうな剣の仕組みを、割りとあっさり喋る。


 特殊な効果を付加した〝刻印〟つきの武器防具は、世間ではわりと普及している。だがヒカリにとって大抵の刻印つきの武具は、高い上にそこまで役に立つものではない。

 斬撃に魔法属性をつけるだとか、かざすと中位の魔法が発動するとか。おまけに大概壊れやすい。だから安物の剣の方がコスパが良い。そういった理由で、普通の剣を使っていたのだが……


 理論上なんでも斬れる剣?

 貴重である硬魔金属(アダマンタイト)製はかろうじて解るが、そんな刻印聞いたことが無い。あるとすれば、相当な技術と魔力を持つ者にしか刻印を産み出すことはできないだろう。


 いやそれもそうだが、なんでこんなものを自分の為に? とヒカリが質問するよりも早くコランダムは答えた。


『貴女達に死なれたら困るから』とだけ。


 結局『なぜ死なれたら困るのか』は、うやむやにされて答えてはくれなかった。

 そんな時、噴き出すカリュブディスの血液の中に一粒の黒い点が混じっている事に気がついた。


 あれは――


「のだあああああああああああああああああああああ!!!!!」


 点は空高く舞い上がり、そして引き寄せられるようにヒカリの胸の上へ、ぽてっと落下した。


「チカ姉!?」


「あっ、ヒカリ? やっほ」


 それは〝小型化〟で黒いヤモリの姿をした、一華であった。





 ―――






「――という事が体内であったのだ」


 朝になり村人とエリカは村へ帰し、その場に残ったヒカリとマリカとガララさんに体内で起こった事を人の姿で説明した。

 当のカリュブディスは、首から血を流して横向きに倒れて微動だにしない。能力解析(ライブラ)によると死んじゃった訳ではないみたい。

 状況的にヒカリがやったみたいだけど、どうやってあのカリュブディスに外部からダメージを与えたのか。


「俺、コランダムに会ったぞ。んでこの〝何でも斬れる剣〟を渡されて、カリュブディスを斬った」


 何でも斬れる剣?

 ヒカリは背中の鞘からその剣を抜いて皆に見せた。


 紅く妖しく光る、なんとも無機質で機械的な剣。

 このファンタジーな世界には似つかない、サイバーチックな見た目。ますますコランダムが何者なのか謎が深まるばかりである。


 そうだ、わたしが肝臓で取り除いた〝大罪の魔導器〟も結構謎だ。

 ラプラスいわく、これがカリュブディスを暴走させている元凶であり、力の源であると。だから血管通って取ってきた訳だけど。


 異空間魔法から〝魔導器〟を取り出し、見つめる。


「これが魔導器とやらか? ただの陶器製の人形にしか見えないが」


「それがカリュブディス様の体内に……」


 埴輪に似た、白い人形。

 体内から取り除いたから、カリュブディスの暴走もこれで治まったハズ。再生能力持ちみたいだし、あとは目覚めるまで待つだけ。



 そういえばラプラスも何者なんだろう。

 ……あ!! ラプラス! まだ胃袋に閉じ込められているじゃん!!


「まだラプラスがカリュブディスの胃袋にいるのだ!」


 もう一度胃袋まで行かなくては。と、カリュブディスの開けられた口の方を見やると、察したマリカが手を挙げた。


「私が胃袋まで行ってきますわ」


 反対の意見は出なかった。

 蘇生(リザレクション)持ちのマリカが立候補してくれるとありがたい。



 わたし達はを見送るために口元に集まった。

 マリカが手を振りながらカリュブディスの喉の奥へと消えてゆく。


「大罪ってなんなのだ?」


 マリカがカリュブディスの体内に侵入して数分後、


「さあな。ラプラスの友達らしいなんとかバインさんにでも聞いてみるんだな」


 ヒカリとそう言葉を交わし、また〝魔導器〟を持ってなんとなく見ていた時の事だった。

 ――多分、この時わたしはカリュブディスの頬に寄りかかっていたと思う。


 〝やっと一つめか〟


 えっ? 唐突に聞き覚えのある声がどこから響き、思わずキョロキョロと辺りを見渡す。

 今の声は……ヒオリ? ずいぶん無感情な感じだったけど……


「どうしたチカ姉?」


「今、ヒオリの声がしたのだ」


「はぁ? 俺には何も――って何だっ!?」


 突然、カリュブディスの体全体と、わたしが激しく共鳴するように発光しだした。

 明滅の眩しさと、凄まじい眠気がわたしを襲う。


 《超進化が発動しました 対象名:イチカ》


 切ってたハズなのに、自動解析が何か言ってる…… 超進化って、確か……イセナがなったやつ?

 桁違いの強さを手に入れたっていう……わたしが? なんで……急にわたしが……


 辛うじて保つ意識で、右手に握りしめられた白い人形を見つめる。

 人形がカタカタと勝手に手から抜け出し、まるで意思を持っているかのように飛びはねながら、カリュブディスの皮膚に吸い込まれてゆく――


 駄目……せっかく取り出したのに、また暴走しちゃったら……





 薄れゆく意識の中で、〝能力鑑定(ライブラ)〟がかつてない程の情報を脳内で読み上げていた。





 《個体名:ルピナス

 高位(エクストラ)能力(アビリティ)分け与えるもの(バアル・ゼブル)』は、規定条件を満たしたため

 究極(ケテル)能力(アビリティ)暴食ノ王(ベルゼビュート)』 へ進化しました。

 これにより、個体名:ルピナスの能力値の大幅上昇が確認されました》


 《個体名:イチカ

 個体名:ルピナス を進化()()()にあたり、超進化が発動しました。これにより、能力値の大幅上昇と、種族の変更が発生しました。

 種族名:ファフニール→ヨルムンガルド

 能力(アビリティ)が解禁されました。


 解禁:究極(ケテル)能力(アビリティ)審判之王(イスラフィール)』》




 後にこの『審判之王(イスラフィール)』は、後に世界を、何もかもを滅ぼし去り、そして全てを救い――


 今は、まだ。

次回 正義って気持ちいいよね

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