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断罪の天使

「うわああああああ!!!」


 巨大な〝ハエ〟が、逃げまどう村人に襲いかかり、すんでの所で、ガララが素早く手を引きハエの突進をかわす。

 慣性で急には方向転換できない〝ハエ〟は、一瞬の隙をつかれ、一見蟻のようにも見えるどす黒い無数の手に群がられ、塵と化した。


「ハエどもは私が引き受けますわ! ガララさんはエリカお嬢様と村人達をはやく安全な所へ!」


 マリカの〝転創滅〟は、触れた物質やエネルギーを別のものに変質させる効力がある。

 そしてそれはカリュブディスのハエと同じく、己の〝欲〟のオーラを実体化させ、使役する魔術でもある。カリュブディスのものと違ってマリカのものは不完全であり、まだ〝手〟しか産み出せない。その分、数でなんとかしようと試みるマリカである。


「まあ、ヒカリさんったら」


 ふと、マリカが見上げた夜空には、紅い小さな光が巨大なカリュブディスの回りを飛び回っていた。






 ***





 わたしは今、カリュブディスの体内を順調に進んでいる。

 〝影〟がおそらくは正しい方向へ案内してくれているからだ。

 時折ひどい臭いを放つ塊が転がっているが、それも押し退けてなんとか突き進む。


 早く〝魔導器〟とやらを取り除いて脱出したい。どんな匂いとはいわないが、とにかく臭い。もう嫌。


『なんじゃあ、その程度のもので音を上げるのか? 大腸にあるもっと巨大な糞の塊にまみれるがいいわ、ウンコマン!!』


 辛辣ぅ! たまーに届くラプラスの思念は、アドバイスという名のいびり倒しで、ろくな助けにもならんわ。


 それに比べてこの〝影〟は直接的に役立ってる。道案内してくれるんだもの。

 しかし――








 〝能力解析(ライブラ)


 ――



 《個体名:U.N.Owen》


 《究極(ケテル)アビリティ:断罪之王(アズリエル)



 ――



 視れたのはこの項目だけ。

 究極(ケテル)能力(アビリティ)なんて聞いたことが無い。それに名前もなんか変な感じだし……


 ここを出たらヒカリに聞いてみよう。



 ――細い小腸を進んでいると、ひくひくと開閉するすぼんだ穴に突き当たった。


『そこは回盲弁じゃ。くぐり抜ければとうとう大腸に到達じゃぞ』


 カーモンベイベー?

 ここを抜ければ大腸。もう後戻りはできない。

 最初からそのつもりで来ているのだ。わたしはひくひくと脈打つその穴に潜り込んだ。


 ……臭い。

 二車線道路のトンネルに隆起した節をつけたような空間。

 ここが大腸らしいけど、生物とか保健の授業はほぼ寝て過ごしてたからどういう役割なのかはよくわからん。


 わたしの目的は大腸から血管に侵入する事だから、そこまで考える必要はない。

 さて、血管内に入るためにあとはどうすんだっけ?


『もう忘れたのか? 腸内で爆発をかまして、衝撃(エネルギー)を吸収する隙に乗じて血管に潜り込むんじゃ』


 そうだった。肝静脈とやらを通って肝臓まで行くんだった。

 もう少し進んで、エスジケッチョーとやらにたどり着くと、わたしは〝異空間魔法〟に貯めていた大量の酒をビシャビシャとぶちまけた。

 さて、やるか。


 雷撃(イナズイア)!!


 わたしの雷撃によりアルコールに火がついた瞬間、腸内に漂うガスにも引火して――


「うおわああああ!!?」


 大爆発が起こった。自分を結界で覆っていたため吹き飛ばされたりはしないものの、なかなかの衝撃。

 汚ったねぇ花火だ。爆発が収まる前にさっさと血管に入ろう。


 爆炎の中右手を矛のような形状に変化させ、薄っすら血管の透けて見える腸壁に突き刺し、引き抜いた。

 突き刺した部分から赤黒い血液がどくどくと溢れ出る。


 あまり気分のよいものではないけど、〝魔導器〟を取り除きにゆくにはこれしかない。


「うぅ……やらなきゃ……」


 わたしは〝小型化(プロコロフォン)〟を使って、血液の流れでる傷口に身をねじ込んだ。


 血流に捕らえられて流されてゆく。

 現在位置はラプラスが教えてくれた〝魔力感知〟というアビリティで分かるからへーき。

 暗い所で明り無しでも、周囲が明るく見れるとか、血流内でも魔導器の位置が分かる。


 視力に頼らず、体で魔素の流れを感じとる。

 アビリティって教えられて覚えるものもあるんだね。


 おかげで腸内の血管が一つの太い血管に集束してゆくのが視える。

 わたしこれからあの中を流れるのか。


 ドクン……ドクン……


 はー、それにしてもお風呂に入ってるみたいに温かい。それにこの心臓の音……なんだか落ち着く。血の中でリラックスするなんてなかなかヤバいなわたし。



 血管が太くなってきた。もうすぐ肝臓だろうか。

 〝暴食の魔導器〟は魔素を無限に吸収する性質がある為、豊富な魔力を持つわたしなら、魔導器の方からわたしを引き寄せてくれるらしい。

 なおラプラス情報。


 おっ、今度は血管が別れてる。という事は、多分肝臓に到達したのかな。

 迷路みたいに入り組んだ血管の向こう側に、何やら魔素が渦を巻いている箇所が視える。

 もしやあれが――


『その通りじゃ。慌てずとも身を任せれば魔導器に近づけるじゃろう』


 ラプラスの言葉通り、ゆっくりだが確実に、だんだんとその渦へと近づいてゆく。

 そうしてとうとう、渦の目の前にまで来た。


 というか何これ。血は普通に流れてくのに、わたしだけ血管の壁にへばりつけられてるんですけど!?

 驚きの吸引力、魔素を吸い込むとはこういう事か。



 でも、ここまで来たらもうわたしの勝ちだ。

 見たところわたしを吸い込もうとする〝魔導器〟とやらは小さな人形のような形をしていて、血管に磁石みたいにへばりついてるだけで、特に結界に守られている訳でもないようだ。

 なら――


 〝異空間魔法〟!!


 血管の一部ごとこの人形を収納する。

 よし、上手くいった。あとはここから脱出するだけ……?


 ねえ、どうやって脱出すんのこれ?


『めんどくさくて考えてなかったわ、すまんのう』


 は? えっと、わたしこれからどうなるの? まさか永久にカリュブディスの体内をさまよい続ける事に? そんなの嫌だ、絶対に嫌!!


『次は心臓じゃな。まあ、運が良ければそのうち脱出できるじゃろ。多分』


 おのれラプラス!!

 ってか吸引する魔導器が無くなったから血流に流されって、ああああああああああ!!!!!





 ――――





「魔法はダメか。となると単純な物理攻撃……」


 ヒカリは今、捕捉されないよう飛び回りながらカリュブディスに対して有効な攻撃方法を模索中だ。

 魔力を籠めた剣で斬りつけてもダメージを与えられないどころか、逆にこちらの魔力を吸われてしまう。

 それ故ヒカリの切り札の一つである〝煉獄神楽(ヒノカグツチ)〟を放っても、有効でない可能性があるのだ。


「なら、防御力の弱そうな粘膜部分に突き刺してみるか」


 外部から接触可能な粘膜部分。

 眼球である。


 ヒカリはカリュブディスの左目へと接近、水晶体めがけて思い切り剣を突き立てた。


 ところが……


「しまった剣がっ!?」


 眼球から無数の〝ハエ〟がわき出てきて、ヒカリの持つ剣を腐食させてしまった。

 地上に放たれたものよりもいくらか小さいものの、その分小回りが効くらしく、カリュブディスから一時撤退したヒカリをしつこく追い回している。


「くそ、しつこいなこいつら」


 うんざり気味のヒカリ。

 自身の周囲にいくつか赤い光球を生み出し、そこから光のレーザーをハエに向かって放つ。レーザーに焼かれたハエは、次々と消滅していった。


「しかし剣が無ければ有効な攻撃を与えられない……ちくしょう、こうなりゃヤケクソだ!」


 カリュブディスの背中に降り立ったヒカリは、ある一点めがけて渾身の一撃を放つため、魔力と力を拳に込めて


「心臓はこの辺りか―― 貫けぇっ!!!」


明星の矛(ルシフ・デウス)〟!


 極めて一点に収束させた光属性の魔力を、拳に乗せてカリュブディスの核めがけて叩きこむ。

 瞬間、肉眼では直視できない程の強烈な光が辺りに満ち、カリュブディスの表皮を衝撃と光の矛が貫いた。


「ゴオオオオオオオ!!!」


 苦しそうなうめき声をあげるカリュブディス。

 ついに有効なダメージを与えられたかに思えたその時――


「嘘だろ……?」


 カリュブディスの背中から無数の〝ハエ〟が飛び出し、またも空中を逃げ回るヒカリに迫ってきた。

 上空から見る限り、カリュブディスに加えた渾身の光の矛は心臓に達する前に吸収され、衝撃もそれほど効いていないようだった。


 そして、吸収したものは放出される。

 赤い光の球を含む開いた口を飛び回るヒカリの方向に向ける。球はだんだんと大きくなってゆき――


「おいおいおいおい、まさか――」


 緋色のレーザーが、ヒカリに向けて放出された。

 弾速は極めて速く、ヒカリが放ったものと違って一点に収束はしていないものの、範囲が広い。それでも当たればヒカリといえど無事では済まないだろう。


 その弾速を、ハエに追われた状態で避けられる前提の話であれば、だが。


「くそ、くそう! こんな所で――」


 こんな所で、ヒカリは己の放った魔法に飲み込まれ、その短い人生に幕を下ろした




 かのように見えた。




「……ん? 俺、何ともない?」


 頭をガードする腕をほどいて前を見ると、そこにはなんと


「ンッふっふっ!! 〝こんな所で〟どうするつもりですか?」


「お前まさかコランダムか!!? なぜここに……!?」


 白黒ピエロはマントから出した無機質な手を伸ばし、紫色の半透明な結界でヒカリごと包んでいた。周囲のハエがヒカリに近づこうと結界に触れると、たちまちハエは消滅してしまう。


「あなたにここで死なれたら困る、困るのです。ですから少しばかりお助けいたしましょうと思いましてね!!」


「助ける? 一緒に戦ってくれるとでも言う気か?」


 怪訝なヒカリの問いかけに、コランダムは肩をすくめて


「違いますヨ? ここへ来た理由の半分(・・)は、冷やかしですねぇ」


「なんっだてめえっ!」


 軽くキレたヒカリはコランダムの喉元にチョップを叩き込もうとしたが、あえなく避けられてしまった。


「〝半分は〟ですよ。ンッふっふっ。ここまで必死になるとは……貴方そこまであの(イチカ)、好きなんですねぇ」


「はぁっ!? なわけないじゃん!! なんでお前にそんな事を答えなきゃいけないんだよ!?」


 慌ただしく否定するヒカリの脳裏に、前世の記憶が蘇る。


 ――泣き虫ヒカリ、みなしごヒカリ。周りの子供は自分をそう呼ぶ。両親を失ってから、実の姉以外に優しくしてくれる人なんていなかった。そんな中でやさしく手を差しのべてくれたのは――


「――その反応は、なるほど。新たな話のネタですねぇ!! では、これにて失礼します!!」


「あ゛? なんだよふざけんな!!! 待ちやがれっ!!」


 ヒカリの制止も虚しく、コランダムと紫の結界は霞の中へと溶け込むように消えていった。

 何しに来たんだ? とヒカリが独り呟くより先に、自身の剣を納める背中の鞘に妙な重量感を感じた。


 「なんだこれ、コランダムの忘れ物か?」


 ヒカリはいつの間にか、奇妙な大剣を背中に差している事に気がついた。

 機械っぽい見た目をしたそれの刀身は妖しい緋色をしており、持ち手にはこの世界の言語でこう刻まれていた。



 〝神器『レーヴァテイン』〟と。

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