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体の内と外

 ヒオリとヒカリに互い以外の肉親はいない。

 両親は海外で内戦に巻き込まれ、幼い二人の目の前で惨殺されたらしい。


 わたしと出会ったのは、その翌年の事だ。

 待雪さんに引き取られたハーフの二人は、ある日わたしの父が経営する剣道の道場に顔を出して、それからわたしと一気に仲良くなったっけ。


 それにしても、何でこんなことを思い出すんだろう。





「一華ちゃん」


 この声は――ヒオリ?

 ハッとして振り返ると、前世の親友(ヒオリ)がわたしの後ろに立っていた。高校の制服姿だ。


「8つ目の〝大罪〟に気をつけて」


 8つめの、たいざい?


「何なのだそれは?」


「ごめんね、詳しくは言えないの……。言えば〝アイツ〟に気付かれてしまう」


 ヒオリはそれだけ言うと、踵を返し闇の奥深くへと吸い込まれてゆく。


「待って! アイツ ってなんなのだ?! それにどうして――」


 ああ、夢なのになんだか凄く眠くなってきた……ダメ、まだヒオリに……――――





ドクン ドクン



 ……


 …………? ここどこ?

 暗いけど、なんかじめじめヌルヌルしてて、くぐもった太鼓みたいな音がする。

 わたしは確かカリュブディスと戦って……


 思い出せない。まだ頭がぐわんぐわんする。


『ヒカリー! 今どうなってるのだ?』


 思念を飛ばすも、返事は無い。

 夢で8つ目のなんとかがどうとか言われた気がするけど、全く状況が把握できない。


「なんじゃ、やっと目覚めたか」


 ん? 誰だ?

 暗くてどこにいるのかよくわからない。


「ここはどこなのだ? 暗くて何も見えないのだー」


「邪竜のくせに鳥目じゃと? しょうがないのう」


 声の主は気だるそうにそう言うと、魔法で辺りを照らしてくれた。


 ……赤い……洞窟? 大きなひだのようなしわのようなものが洞窟中に広がっている。

 壁に触ると、弾力があってぬるぬるしている。おまけに温かい。

 ここはまさか……


「おーおー、ようやく察したようじゃな。ここはカリュブディスの胃袋の中じゃ」


「いっ、胃袋ぉ!!?」


 って事はわたし、食べられちゃったの!?

 どうしよう、ヒカリは……エリカはどうなった? まさかみんなも食べられて――


「あー、鬱陶しいからひとまず落ち着くんじゃ、お伽噺の邪竜め」


 そういえばこの声の主はどこだ? てかまたわたしが邪竜だって事も承知済みか。もう驚かないぞ。

 キョロキョロと辺りを見渡すと、近くにある大岩の塊の上に座る人影が見えたので、駆け登った。


「お前は……」


 紫色の髪の少女が、ダルそうに背を丸めて頬杖をついている。

 頭からヤギのような角が生えてるので、人間じゃない事は間違いない。衣服はだぼだぼで、薄汚い割烹着の下には何も身につけていない。そこから見える胸は……小さいね。おーけー味方だ。


「どこをジロジロ見てるんじゃ……まーいいわ、妾は〝ラプラス〟じゃ」


「わたしはイチカというのだ」


 ラプラスというこの少女はめっちゃダルそうに見える。

 この娘もカリュブディスに食われたのか、ツイてないね。


「あーーーーー、そんなことより酒は持ってないのか酒は? 妾に酒をよこすのじゃーー!!」


「わたし酒なんて持ってないのだ!!」


「なんじゃつまらん奴よのぅ。酒が無いなら去れ去れ。さっさと消化されてしまえ」


 なんだこいつ…… 酒なんかより今は状況を把握したいのだが。

 ふと脳裏に酒を大量に収納していた事がよぎったものの、あえて言わないでおいた。


「じゃあ、ここを脱出したらお酒たくさんあげるのだ! だから協力してほしいのだ!!」


「協力なんていやじゃ、めんどくさい。それに脱出する事自体は簡単じゃぞ? 消化する時にそこの幽門が開くんじゃ、そこから(ハラワタ)をぐるりくぐり抜けてゆけば、いずれは出口にたどり着くじゃろう」


 出口ってそれ、うn……


「嫌なのだっ!! それだけは絶対に嫌なのだ!!!!」


 順路に沿ってゆくのだけは勘弁したい。

 ……待てよ? わたしが全力で胃壁に魔法ぶちかましたら――


「言っておくが、この胃袋に穴を開けようと考えても無駄じゃぞ。カリュブディスは臓物そのものが〝自己領域結界〟なのじゃ。魔法も物理攻撃も貴様程度のものじゃ無効化されるだけじゃろうて」


 ダメかぁ……このまま消化されるしか無いのかなぁ。

 嫌だ、うんkにされるのだけは避けたい。上からゲロさせるのも……


「それも何度か試したが無理じゃ。諦めるんじゃな」


 うん。

 クソが、もう穴からの脱出しか――


 グブォッ


 ッ何だ!? 胃袋全体が、激しく揺れてっ!?

 突然の強い揺れに、思わず尻もちをついた。


「消化時の蠕動運動じゃ。結界で身を覆ってから、流されないよう胃壁にしがみつくか空中に浮遊してるんじゃな」


 ラプラスはぴょんとジャンプすると、そのまま高く浮かび上がった。


「どっ、なにがっ」


 狭まったり急に広がったり、胃壁が激しく伸縮している。と同時に、鼻を突き刺すような酸っぱい刺激臭が胃袋内に充満し始めた。

 わたしはラプラスに言われた通り、体を結界で覆って胃袋の上部に浮遊し続けた。


「これが消化……」


 眼下では、さっきまで立っていた大岩が胃壁の運動でいとも簡単に転がされ、黄色いねばついた液体に漬かり、じゅうじゅうと音を立てている。


 やがて胃袋の動きが変わり、上から下へ押し出すようなうねり方を始め、溶けて縮んだ岩は胃袋の最奥で開いた穴の中へと吸い込まれていった。


 そうして少しすると、ようやく胃の動きが収まってきたので浮遊状態をやめて降り立った。


「今のに身を任せれば出口まで一直線じゃ。次来た時やってみるとよかろう」


「そんなのお断りなのだ!!!」


 やだ。排泄されるのだけは、乙女のプライドにかけて回避しなくてはならないのだ。


「下からの脱出は嫌か、そうかそうか。

 それじゃーのー、このカリュブディスを正気に戻す方法を教えてやろうかの」


えっ、今さらっと凄い事言わなかった? このバケモノを正気に戻すだなんて、そんな事できるの?


「それはのぅ――」


ラプラスはどや顔をキメながら、嬉しそうに説明し始めた。




 ――




 一華がカリュブディスの気を引いている合間の事。


「アタシの能力(アビリティ)なら安全に救出できるはず」


 そう言って飛び出したガララは、手を地面につけて獣のように大地を駆けだした――途端、その姿と気配は忽然と消え失せて、足音と土煙だけが、ガララの居場所を示している。


「あらま、変わったアビリティね」


 ガララの能力(エクストラアビリティ)潜むもの(スキュラ)

 それは、気配と姿を極限まで薄めるものである。その他には中位身体強化しか持ち合せていないため、高位(エクストラ)の中では攻撃には向いていないものの、ガララ自身の運動能力が優れているので対人戦ではかなり強力となるのだ。


 そして、カリュブディスもガララの存在には全く気がついておらず……


「エリカちゃんわかる? アタシだよ、ガララだよ」


「ぅー……いたいの……」


 ガララはエリカを肩に担ぎ上げ、片手と両足で元の場所に戻るために駆けた。

 その矢先の事――


「カリュブディスさま……それは――」


 海上に飛翔する一華に向けて、大口を開いていた。

 見た事がある。祭りの最中に突如豹変したカリュブディスは、国民や町をこうして吸い込んだのだ。


 飲み込んで――〝消化〟したもののアビリティの一部を自分のものにできる。それがカリュブディスが持つ〝大罪〟のチカラ。

 ガララはよもやカリュブディスがここまで成長しているなぞ思っていなかったのだ。


 このままではイチカが喰われる――そう気づいても、何もできる事はなかった。






「チカ姉……俺が……俺が助けに行かないと!!」


 取り乱し混乱するヒカリに対し、ぐったりとしたエリカを抱えるマリカは優しく背中を擦った。


「大丈夫よ、あのイチカちゃんがこんな簡単に死ぬ訳ないわ。きっと」


「だからってこのままでいる訳には……」


 ヒカリは動揺を抑え、震える声で話す。

 顔は血の気が引いて青く、冷や汗で体はひどく湿っている。


「今、できる事を考えるのよ。弱体化してるあなたが単身乗り込んだってどうにもならないわ」


「……」


 目を閉じて、心を落ち着かせる。

 この世界に来てから14年、ヒカリが深い親愛の感情を抱いた相手は2人しかいない。その内の一人が突然安否不明となれば、慌てない方が難しい。


『……チカ姉? 生きてるか?』


 イチカに向けて思念を飛ばす。


『……』


 返事はない。

 既にイチカは死んでいるか、あるいは思念が通じなくなっているか……

 どちらにせよ考えるだけ時間の無駄だ。ヒカリは次の手段に出た


『あーあー、イセナ、聞こえてるか?』


『なんだ、オイラ今忙しいんよ……あとでに……って、イチカはどうしたんよ?』


『チカ姉は――』


 ヒカリは簡潔に事情を説明し、イセナに思念で干渉した目的を話した。


『コランダムを思念チャットに呼んでほしい? わかったんよ』


『ありがとう、助かる』


 コランダムはヒカリに能力封印をかけた張本人。

 そう、ヒカリの目的は――


『俺の力を今すぐ返せ、コランダム!!』


『ンッふっふっ お断りしますよ、そんなこと』


『頼む……チカ姉を救いたいんだ! ほんの一時間だけでかまわないからっ!』


 ヒカリの懇願をコランダムは全く気にしていない様子。

 冷酷さからなのか、あるいは何かを〝知っている〟故なのか……






 ――今のヒカリはちょっと強いだけの少女。

 その血筋からか一般人よりかは多少強いものの、なんのアビリティも無しでは〝上位(ハイ)〟程度にも敗北するだろう。高位なんて論外だ。


「カリュブディス様が……こっちに来るぞ!!」


 戦いの行く末を見守りに来ていた村人が、そう叫んだ。

 山よりも巨大なカリュブディスが、明らかにこちらをめがけて翔んできている――


 こちらで現状まともに戦える戦力はマリカとガララだけ。

 それも、空を飛べる怪物相手では相性が悪い。以前にもマリカは一度ヒカリになすすべ無く倒されている。逃げるにしても、カリュブディスの飛翔スピードでは追い付かれる――


「一か八か……やるしかない……!!」


 マリカやガララが村人らを避難させる中、ヒカリは逃げずに一人、カリュブディスに向かって走り出した。


 ヒカリの存在に気づいたカリュブディスは、〝餌〟をつまみ上げようと手を近づける。

 ヒカリは身体強化もないその体一つで、迫り来るカリュブディスの指をギリギリで避ける。


 すばしっこく動き回る小さな餌をうざったく感じたのか、カリュブディスは全身からハエのような形の実体を持った、〝暴食〟のオーラを放った。


 車一台ほどの大きさはある〝ハエ〟が、ヒカリめがけて群れをなして襲いかかる。

 突撃してくるハエを一匹かわすと、後ろでハエが触れた枯木が腐り朽ちてゆく。

 触れたら間違いなく死ぬ――そう認識してなお、ヒカリは立ち向かった。


「だがこれなら避けられる」


 能力封印されているとはいえ、ヒカリの素の身体能力と反射神経は常人の比ではない。

 直線的な動きしかしないハエごときに、ヒカリを食らうことはできないのだ。


 ――敵の攻撃をギリギリでかわし続け、〝グレイズ〟とやらを規定値まで溜める。それが能力封印を解除する唯一の方法だ。


 そうして〝ハエ〟をギリギリで避け続け、あと少しで解除されるという所で、カリュブディスは新たな動きをみせた。


「あれはチカ姉を吸い込んだ……」


 大口を開き、周囲の木や岩ごとヒカリを吸い込もうとする。

 踏ん張ろうとするも逆らうことはできず、あえなく宙に浮き、カリュブディスの口の中へと――





 ンっふっふ、仕方ないですねぇ――





 目の前には巨大な口蓋垂が揺れ、後ろではギザギザの歯列が上下噛み合おうとしている。

 カリュブディスがヒカリを飲み込もうと舌を動かしたその瞬間――

口内で突然、灼熱の爆発がまきおこり、衝撃で開いた顎から緋色に輝く発光体が飛び出した。


「さあ来い、その腹をかっさばいて腸を引きずり出してやる。待ってろチカ姉!!」


 紅く輝き宙を駆けるヒカリは、剣先をカリュブディスに向けそう宣言した。

 カリュブディスの体内から、大切な存在を取り戻す。ヒカリは、強く決意した。






 ***






 ――腸ってこんな長いのか。

 えっと、今は人間でいうカイチョウとかいうあたりらしい。壁中イソギンチャクみたいなひだひだがついてて気持ち悪い。

 長いけど胃から腸に入った時と比べればずっといい。あれはジェットコースターみたいで酔うかと思った。


 それにしても、大腸までは本当にこっちで合ってるのか不安になってきたぞ。

 一本道でもこんなにぐにゃぐにゃしてると、どっちから来たのかわかんなくなる。


 ラプラスは「絶対に!! 働きとうないのじゃ!!」

 とか言って同行拒否されたし、思念もあまり返事くれない。

 方向音痴なわたしの感覚だけが頼りだ。


 えーと、こっちかな……

 おっ?


 〝影〟だ。


 例の〝影〟がわたしをゆっくりと手招きしている。

 心なしかいつもより鮮明で、黒いローブを身につけているように見える。

 生物の体内にまで現れるとは、この影は一体何者

 と、目をそぼめて見ていると――


 《能力解析(ライブラ)を使用…… 成功しました》


 なんと〝影〟のステータスが、視れたのだった。

次回 ヒカリに加護あれ……食われんなよ、食われんなよ……

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