カリュブディス
あれから意識を取り戻したヒカリにカンカンに叱られた。だってヒカリにまで威圧が通るなんて思わなかったんだもん……
「――それともう、むやみに竜形体になるな!! 万一冒険者にバレたら超面倒になるから!! じゃ俺はもう寝る! 疲れた!!」
ヒカリはそういうと、おもむろに服を脱ぎはじめ――
……毎度思うが、今のヒカリが女の子だからって、幼なじみの裸なんて目のやり場に困る。
わたしが何とか視線を背けようとしていると、
「あらあらぁ……お二人はそういう関係なのですね」
まっ、マリカ!?
急に扉を開けてくるなっ! てかあらぬ誤解を抱くんじゃない!!
「いえ、断じて不貞な関係ではございません」
キリっと真面目な顔で否定してるけど、その格好じゃ説得力ないぞヒカリ。
「ヒカリはいつもこうなのだ! 決してイヤらしいのじゃないのだ!!」
「あらあら、そういう事にしておきましょう。うふふ……」
だからそういうのじゃないのに……!
マリカは去り際に「今晩はおたのしみに……」とだけ呟いて、扉を閉めていった。
ここはエリカが住む屋敷。いつでも影転移で戻って来れるわたし達は、ここを拠点に冒険を進められるのだ。
――
「おはよチカ姉」
目を開くと、ヒカリが腕を組んでわたしの顔を覗きこんでいた。
……もちろん服は着ていない。
ぐっすり眠れたようでなにより。わたしはまだ眠いからもうちょいしてから起きよう。
「むにゃ……あと5分だけ……」
布団の中に避難するも、ヒカリは無慈悲にもひっぺがして声を荒げる。
「二度寝すな、起きろ!」
朝日がまぶしいよぉ……。
鬼嫁というのはヒカリを形容する言葉なのかもしれない。
「わかったのだ……起きるのだ……」
そんなこんなで仕度を整え、エリカを連れて屋敷を出る。
エリカは屋敷の玄関ホールで手をかざし、〝影転移〟を起動すると、わたし達の影が浮き上がり、体を包み込んだ。
「夕方には帰ってくるのよー?」
影転移が発動する寸前、マリカはまるでお母さんみたいな事を言った。
影がかき消えると、そこはまさに昨日まで歩みを進めていた荒野。
本当に何もない所だなぁ
昨日の奴らはなんだったのだろう。
いきなりわたし達に襲いかかってきて、わたしが貧乳だとほざく集団。ヒカリは「盗賊団か何かじゃねーの」とだけで、深くは気にしていないようだった。
もう遭遇しないよう気をつけよう。色々めんどくさいし、ぶん殴りたくなるから。
――歩けど歩けど景色は変わらず。
3日、朝から夕方まで歩くだけの生活が続いた。
それも、疾走竜を使った上でだ。
時折、炭化した何かの残骸と遭遇するが、他に特に目につくものはない。
さすがのエリカも飽きたらしく、わたしの影から頭を半分だけ出して
「エリカつまんないーー!!」
わたしに訴えられても困る。
「もっと面白いのないのーー!!?」
そんなヘドバンされても困る。
帝国にまるごと消された国なんだっけか、本当に何もかも焼き尽くされて、ほとんど何も残っていないのか……
「チカ姉とエリカ、あそこ見てよ」
ふと、ヒカリが遠くに小さなはげ山を見つけ、指を差した。
「おー! エリカが一番乗りなのー!!」
「あっ、待つのだ!!」
影から飛び出して遠くのはげ山へかけてゆく。
待て待てエリカ、離れて行動されると危ないのだ、他の人が。
あっ、転んだ。
「わはー! 一番乗りなのーー!!!」
エリカがどうも一番にこだわるので、エリカに距離を置かない程度に自由にさせたげた。おかげでとってもご機嫌です。
「はいはい一番乗り、凄いのだー」
疲れ知らずなエリカは山の頂上へ一直線に駈けて登頂を果たした。高いところが好きなんて、ホントに子供だなぁ。
「ねーねー、あそこに何か見えるよー?」と、エリカは遠くを指差した。
「何かって何なのだ?」
エリカが何か見つけたと言っても、大概大して珍しいものじゃない。しかしこの時ばかしは少し違った。
「〝むら〟みたいのがあるの!」
―――
どうしてこうなった。
……なんで村に足踏み込んだ瞬間クワとか農具を持った村人たちに囲まれてんすか? ねえヒカリさん?
「……俺に聞かないでくれ」
デスヨネー。
「本当にこの娘らで間違いないんだな?」
村人の一人が口を開いた。
間違いないって、何が間違いないのだ。野菜泥棒とかなら完全に冤罪なんだけど――
「そうだ、この浅黒い白髪の娘があの黒いドラゴンにちげえねえ!!」
^o^
は……? いや、え?
「オイラ見たんだっぺ! 三日前、野盗どもを蹴散らすこの娘の真の姿を!!」
「……」
……そんな「だから言ったじゃん」みたいな目つきやめてヒカリ。
「ええと、その人の勘違いではないでしょうか? 私たちはただの冒険者ですが……」
ごまかす作戦か、ヒカリ。
アレを目撃したのはこの少年だけだな。なら誤魔化しようが……
「いや、お前らで間違いない。捕らえた野盗どもの証言と一致しておる。赤髪の少女と行動を共にしていたとな」
えぇ……なんであいつらまで捕まってんの。
「どうするヒカリ……いっそ開き直るか?」
それがいいのかなぁ。
開き直ったところでもうどうにもなんない気がするし、向こうが攻撃なんてしてきたらエリカが何をしでかすか……
「なんやなんや皆の者、こんなに集まってどうしたんだ?」
「!!」
ざわめきが村人達の間で巻き起こる。
村人らが跪き道を開けた先から、カツコツと足音を立てながら、その人は現れた。
「ガララ大将!!」
ガララ大将? というか露出度高いな。お決まりみたいに大きな胸と腰回りを隠すだけの格好。
「獣人か……」
ジュウジンって何ヒカリ、ってけも耳と尻尾が生えてる!?
「がっ、ガララ大将!! 邪悪な魔人が村に攻めてきたのであります! どうか、どうか力を貸していただきたい!!」
「えー、とりあえず落ち着きなさい。この人達も困っているじゃないか」
おお、ガララさん常識人!
その調子で説得してくれると助かるのだ!
「ですから! 凶悪で! 邪悪な! ドラゴンの魔人がそいつです! 村を焼き滅ぼすつもりです!!!」
「とりあえず……ウチらに敵意はあるのかい、邪悪な魔人さんとやら?」
敵意なんてとんでもない。村が見えたから山を越えて近づいただけなのだ。
わたしもヒカリも、エリカも真似して首を横に振った。
「あんたらツイてないね、こいつら余裕無くてピリピリしてるのさ。ひとまずアタシが送り出してあげるからさ、この村から出ていった方がいいよ」
「ありがとうなのだ」
このひとやさしい。
お言葉に甘え、ガララさんに先導されて村を後にする。
そうしてしばらく歩き、村が見えなくなったあたりでそろそろ別れるかと思った時のこと。
「……あんた、どれくらい強いのかい? あの野盗どもを蹴散らせるなら、かなりの実力でしょ?」
わたしの、強さ? なんかイヤな予感がするんだケド……
「ちょっくら腕試しさせてもらうよ――!」
ガシィィン!!!
おわっ!? いきなり殴りかかってきたよこの人!
咄嗟に右手で防御したけど、衝撃からかなり強いことがうかがい知れる。
「いきなり何をするのだ!?」
「へぇ、やるじゃん。大丈夫、命まで奪うつもりは無いから安心しなさいな」
常識人かと思ったのにガララさん、お前もか!!
くそー、すっかり騙された!!
「なになにー遊ぶのー? エリカもまぜてーー!!」
「エリカはさがってるのだ!」
しゅん……と、悲しそうに後ずさるエリカ。
エリカが暴走したら、わたしに止められらる自信はあまりない。
「悪いね、訳あって強い奴を探してんのさ。ちょっくら確かめさせてもらうよ!!」
事情? ワケありらしい。それなら仕方ない、少し付き合ってやるか!
「チカ姉、ほどほどにしろよ~」
「へーきなのだ! さあ、かかってくるのだ!!!」
死なない程度に返り討ちにしてやる!!!
んで帰って寝る!!
〝邪竜鉄拳〟!!
食らえっ、死なない程度に威力抑えたパンチ!!
「ヒュッ、召喚魔法か? 威力は申し分ないけど遅いね」
あっさり避けられた。〝本体〟のパンチを。
まるで獣のごとき動きで。
「こっちもいくぞ!」
え待って速――
……あれ? この浮遊感と視界の傾きは、あれ? これって……
足ばらいで倒された!?
わたしはいつの間にか仰向けに倒され、首に爪を突き付けられていた。
「野盗どもを倒したくらいだから期待してたけど、少しし過ぎだったか……」
目の前には残念そうなガララさんの顔と、そして……布切れからまろび出そうな胸のふさが、ちょうどわたしの胸を押し付けている。
……胸。
なんなんだよ、なんでみんなそんなに大きいの!? 理不尽! ねえ!!!? わたしにも少し分けてくれよその脂肪!? 人の部分は肉体変形じゃどうにもなんないからさぁ!!
「む? ……おわっ!!?」
巨 乳 は ぶ っ 飛 ば す ! !
至近距離から食らえ!!〝邪竜覇気〟!!!
「しまった、体が動かせな……」
覆い被さるガララさんを蹴り飛ばし、わたしは右手に雷魔力を集中させる。さあ、マヒした所に受けてみろ!〝黒雷斬撃〟!!
わたしの手から放たれた扇状の黒い雷が、大地を切り裂きながら一瞬で地平線の彼方まで迸る。
地面に残された焦げた直線は、へたりこむガララさんのすぐ脇をかすめていた。
「思い知ったか! 貧乳女子の力を!!」
「ま、参った! 降参だ!!」
ガララさんは息を切らし、両手を上げた。
貧乳にもいいとこあんだよ。肩こりにくいとか。
「おつかれ。
――さて、なんで急に勝負をしかけてきたんですか、ガララさん?」
訳あってと言っていたが、実際どんな訳なのか気になる。
ガララさんは大きく息を吸い込み
「では話そうか、この国の現状の原因、厄神様についてを――」
***
バルアゼルでは、近海に棲む巨大な美しき魔人を土着神として信仰していた。
その魔人は人間に友好的で、自らの豊富な魔力を土壌改善に使わせたり、巨体を利用して魚群を網に追い込んだりと、国の食料事情に一役買っていたのである。
「――しかし、事件は起こった」
「事件?」
原因は不明。収穫祭の最中、土着神は突如苦しみだしたかと思うと、突然、愛するはずの人間達をその大口に放り込んでいった。
目につく人間は、咀嚼もせず次から次へと飲み下してゆく。
元より土着神は強大で、バルアゼルの軍を総動員してもその全てがそっくりそのまま胃袋に送り込まれてしまった。
もはや打つ手無しと諦めかけた時、なぜかハナノ帝国からこんな申し出が入ってきた。
〝新型兵器の実験も兼ねて、その魔人の討伐をさせていただきたい〟と。
苦渋の決断であった。国民から愛された女神を、兵器の実験で討伐してしまうのかと。
しかし愛していた国民はもはや腹の中。同様の軍を持つ近隣国の力を借りるより、最強の軍事力の帝国の方がその面ではまだ確実。
やむなく了承するしかない。
だが、それが間違いでもあった。
帝国は、上空から地上に落とすと爆発する鉄の塊をバルアゼル全土に無差別に落として全てを業火に包みこみ、この国を消し去ってみせたのだ。
口答えは許されない。帝国に文句を入れる者も国も、この世界には存在しない。もし帝国に意見する国があれば、バルアゼルと同じ運命を辿るだろう。
そして問題の〝かつて土着神であった存在〟は、なぜか業火を生き延びて、現在も海岸近くを通る冒険者などを捕食しているという。
***
「――もう分かるでしょう? あなたにアイツを、豊穣の女神を楽にしてあげてほしいのです」
次回 一華ちゃん、食われる(意味深)




