強敵との再会
アビリティの名称を一部変更しました。
この世界に来て初めて感じた痛み。
左手首が半分取れれかけていてめちゃくちゃ痛い――が、不思議な事にあまり辛くはない。
気がつくと傷口がうぞうぞと泡立ちだし、次の瞬間には傷が消えてしまった。
すっごく今更だが、なんでわたしがこんな気色悪いバケモンになんなきゃいかんのさ。
ああ、早く人間になりたーい!!
「再生能力持ちか……」
「なんでいきなり攻撃してくるのだ? わたしはあまり戦いたくないのだが……」
せめて、倒される理由くらいは知りたいし、会話で解決しないかと狙う。この少女は強い。だから、戦ったらどちらかが死ぬかもわからない。
「……お前は世界の脅威。倒されるべき存在。これだけ言えば十分だろ?」
世界の……? わたしは存在してはいけないのか?
なるほどわたしがこのまま倒されれば世界は救われるという事か。それならこのまま……
「なんて、そんなのお断りだ。わたしはわたしだ、生きてて何が悪いのだ」
「そうかい、悪く思うなよ」
少女は仮面の下から殺意のこもった返答をなげかけ、その刹那、目にも止まらぬ速度でわたしとの間合いを詰めて切りかかってきた。交渉決裂である。
「食らえ!!」
《悪神の護り》!!
瞬時に《スサノオ》の権能である、薄水色の結界がわたしの体を薄く覆う。
ガキィィィン!!
コイツはめちゃくちゃ強いが、この結界があれば、攻撃はわたしに届か……
パリィン!!
少女の一撃を受けた結界が、ガラスの割れるような音をたて、攻撃を受けた部分に大きな穴が空いた。
ウソでしょ!? と思った時には一撃食らっていて、焼けるような痛みが走る。
「思ったより固いな、その結界」
余裕で叩き割っておいて何が固いだ。
すぐさま結界を張り直したおかげで追撃は免れたが、このままでは負けてしまう。
わたしも反撃しなければ。
小さな少女に向け軽くパンチを放つ。
しかし紙一重でかわされ、わたしの手首から肘へ剣を突き立てながらこっちへ迫る。
ギギギギギギギギギギ!!
少女の剣と結界が擦れ、青い火花のようなものをほとばしらせている。
わたしは腕を横にふって少女を弾き飛ばした。がしかし、めげずにこっちへ飛んでくる。
「どういう理屈で空を飛んでいるのだ! ズルいぞ!」
「秘密さ、自分で考えろ」
わたしは足首をひねり、胴体をねじった反動を利用して空中回転蹴りをはなつ。
「遅い」
回し蹴りを最小限の動きで躱す少女。だが本命は蹴りではない。
「かかったな、アホが!」
蹴りを回避した直後に少女へ襲いかかるのは、音速の鞭と化したわたしの尻尾である。
少女の体に尻尾の鞭が直撃するかに見えたが……
間一髪、身を翻す事でわたしの尾鞭の回避に成功したようだ。
「残念でしたばーかばーか、また外してやんの」
「ぬぬぬ……ムカつくな、お前」
それにしてもこいつは化け物か? たった一撃で結界を破壊するし、空を飛ぶ上に異様に身体能力が高い。
はるかに大きな体のわたしと渡り合うとは人外じみてる。わたしが言えた事じゃないけど。
……こうなったら新技を試してみるしかないか。
《アビリティ 異空間魔法 を使用します》
《異空間魔法》とは、分かりやすく言えば『四次元ポケット』のようなアビリティである。別次元の広い空間に繋がる《黒穴》を空中に召喚する事で、あらゆる物の出し入れが可能という原理らしい。
そして《出し入れが可能な物》とは、わたし自身の体も含まれる――――
〔お伽噺の邪竜〕の巨体に斬りかかる少女。
突然その斜め後方の空中に黒い穴が現れ、そこから高密度の雷魔力弾が放たれた。
「喰らえ!!」
「何!?」
当たれば間違いなく即死級の魔力弾が少女に迫る――――
が、少女はまたもや魔力弾を回避し、着弾した向こう側の森が吹き飛んだ。
今の攻撃は、《黒穴》を通して少女の後方に指先を出し、そこから《悪神の雷撃》を放った攻撃である。
初めて使ったにしてはなかなか良いカンジなんじゃないだろうか。
避けられたが、これで戦意喪失して退散してくれればいいな……と思うも、その企みは失敗に終わったようだ。
「なんて高密度な魔素……こりゃ世界の危機になる訳だ。尚更倒さないとな」
少女は一瞬だけ驚く素振りを見せたが、次の瞬間にはまたわたしの頭に斬りかかかってきた。
*
わたしと少女の攻防は、あの青い月が西の空へ傾き始めてもなお続いている。
僅かにわたしが押しはじめているように感じるが、油断は大敵だ。
「……そろそろ終わらせよう」
「は?」
空中を飛び回りわたしを翻弄していた少女は、そう呟くと突然空高く飛びあがった。
何か、恐ろしいモノが迫ってくると、本能が警鐘を鳴らしている!
「俺に力を!!」
その掛け声と共に少女の体は強く鮮やかな緋色の光に包まれ、
「これでとどめだ」と呟き、地上のわたしを目がけて急下降してきた。
「ここまで強い相手は初めてだった。生まれ変わったらまた会いに来いよ!!」
迫りくる紅い光は、まるで朝陽のように美しく――
なんて悠長に構えてる場合じゃない。
あれこそ全身全霊の一撃だろう、喰らったら今度こそ死ぬかもしれない。2回も生まれ変わってたまるか。
ならばわたしも全身全霊の一撃を放つしかあるまい。
《高位アビリティ 冒涜的なるもの を起動します》
左手で抑える右腕に全力を込め、突進してくる緋色の発光体に右掌を向けた。
食らえ! 《悪神の春雷砲》!!
「何だと、その攻撃はまさか―――」
わたしの右腕が青く発光し、そこから蒼く太い稲妻が断続的に放たれ、緋色の発光体を襲う。
ところが……
緋色の光に阻まれ、仮面の少女に電撃は当たっていない。だがわたしへ迫る勢いが止まっているあたり、相殺しているようだ。
「うおあああああ!!」
仮面の少女が叫ぶと、再び突進の勢いが増し、若干わたしが押され始めた。
この少女の背中にはきっと、大勢の人の命が懸かっているのだろう。わたしが倒される事で世界が救われるのだろう。
―――それでも、嫌な物は嫌だ。
「おおおおおおおお!!!」
特に理由は無いけど、わたしも負ける訳にはいかない!!
更に雷を放つ力を強め、攻勢を狙う。
すると突然、わたしと仮面の少女の間に眩い閃光が走り、辺りを包みこんだ。
*
ひどく右腕が痛むので見ると、肩から先が丸ごと無くなっていた。
しかし、わたしはこうして立っている。
つまり勝ったのだろう。
ふと周囲を見渡すと、辺りはとんでもない事になっていた。
森の中にわたしを中心に、ぽっかりと巨大なクレーターが形成されていたのだ。そこらに生えていた木々の面影も無い。
仮面の少女は死んじゃったのかな? 罪悪感が湧いてきた。
「まだだ、俺はまだ生きているぞ……」
暗くてよく見えないが、前方のクレーターの端の方で、剣を杖にして立ち上がる少女の影が確認できた。あれで生きているとは、やはりただ者ではない。
「わたしも生きているけど、もう戦いたくないのだ」
「俺にとどめを刺さないのか? もう魔力も尽きて、ろくな攻撃もできないのに? 絶好のチャンスだろ?」
わたしは殺戮なんてしたくない。
見た目は化け物でも心は人間のまま。なんだかんだ戦ったけど、やっぱり人殺しはまっぴらだ。
「わたしは死にたくないだけなのだ。世界を滅ぼすとかそんな事に興味は無いのだ」
「……ふっ、よく言うな。ここで俺を逃がせば後々苦労するぜ?」
「構わないのだ。その時はその時なのだ」
それに見逃したら恩返ししてくれるかも……『鶴の恩返し』みたいな?
悠長な事を考えていると、小人はわたしに質問してきた。
「……なぁ邪竜よ、お前の名前はなんという? いや、名前があればの話だが……」
「わたしの名前は一華なのだ。そっちの名前も聞きたいのだ」
「イチカか……奇遇にも懐かしい名だ。
俺の名前はヒカリだ。別の名前もあるが、ヒカリが真の名前だ」
ん? ヒカリ? めちゃくちゃ聞き覚えある名前なんですケド、偶然だろうか?
「ヒカリ……待雪ヒカリ?」
「なんでお前俺の前世の名前を知って――― ……!!」
ああ、死んでからもこの腐れ縁からは離れられなかったようだ。
「チカ姉!?」
この少女の名前は、待雪ヒカリ。
前世のわたしの親友にして、同じく親友のヒオリの弟である。
次回 一緒に冒険するつもりらしいケド……?