愉悦の悪魔少女
「〝煉獄神楽〟」
ヒカリは空中へ吹っ飛ばされた怪物の軌道上へ、光のごとき神速で空中を駆ける。
その身体に纏う緋色の光がさらに直視ができないほど強くなり、まさしく太陽そのもののようにも見える。
「終わりだ――」
神の焔を宿したその身体と剣でヒカリは、目にも止まらぬ神のごとき速度で怪物へ斬撃を何度も何度も喰らわせる。
怪物は空中に固定されたように動けない。ヒカリの超速度の連撃の勢いにより、落下すら許されないのだ。
持ちうる全ての魔力を使い、神速の斬撃をお見舞いするこの技。ヒカリが14年かけて編み出した究極の必殺技である。
「これでとどめだあああ!!」
熱斬撃を幾百も食らわせて、もはや炭の塊に等しい怪物に、ヒカリは剣を大きく振りかぶって全身全霊の一撃を放つ。
以前一華に使ったものと同じだ。
ディアリア王国の上空で一瞬の閃光がほとばしり、次の瞬間に、超巨大な爆発が空を占め尽くした――
―――
曇り空に一点ぽっかりと穴が空き、青空と陽光が射し込む。
街へ降り立ったヒカリは、怪物が出てきた穴に近づきながら思念で一華に話しかけた。
『今度こそ終わったぞ。全く、チカ姉の詰めが甘いからだぜ』
『――ひっ、ひどいのだ!! わたしだって凄く頑張ったのだぞ?!』
『けっ、まあいいや。そろそろ動けるようになったか? 早く合流して国を出たいんだが……』
近くで見ていたエリカが、ヒカリに飛び付いた。
その目はなぜか感動にキラキラと輝いている。
『今そっちへ向かっているのだ。また生き返るかもしんないから、気をつけるのだ』
『さすがにあり得ないだろ。だって俺の全力で蒸発させたんだから』
一華が言った矢先の事だった。
ヒカリはふと、背後に何かの気配を感じた。エリカも後ろをぼんやりと見つめている。
振り返った先に見たものは―――
『うわああああっ!?』
『どうしたのだっ!?』
プツンッ、ザーーーーーーーー
突如、ヒカリの悲鳴と共に思念が切断された。
これはまずい――と、一華は出口へ急いで走り出した。
『ンッふっふ……例の能力封印の件ですが、アレを完全解除するには同じ行程を三回繰り返す必要があるのですよ……』
ヒカリと入れ替わるように、突然コランダムが思念で解説をし始めた。
『どういう意味なのだ?』
『分かりやすく言うとですねぇ、あと数分でまた彼女の能力封印が復旧しちゃいます。急がないと死んじゃいますヨ?』
雨が降ってきた。
๓ฺฺฺฺูููููุุุ
「……テン……ソウメツ」
'͞͡ ͜͜͏̘̣͔͙͎͎̘
焦げ目1つも無い怪物は、その触手でヒカリを捕らえ締め付けている。
エリカはそんな目の前の状況にどう対処すればいいのかわからず立ち尽くしていた。
「ぐ……馬鹿な……俺の全魔力をかけて確実に焼却したハズなのに……」
困惑。仮にもし肉片を残していて、いくら高い再生能力を持っているとはいえ、質量の大半を削られた状態からの再生は困難。それなりの時間がかかるハズだ。
ところがこの怪物は、あり得ないほど短時間で復活している。一体どうなっている?
そうヒカリが考えを巡らせるには、状況があまりにも悪い。
「エリカ……」
ヒカリは普通の人間ならとっくに破裂してるほどの締めつけに絶えていた。
なかなか潰れないヒカリにしびれを切らしたのか、怪物はとうとうヒカリをそのまま取り込もうと〝口〟を大きく開いた。
粘液滴る真っ暗な洞穴が、ヒカリへと迫る。
「エリカは欲しいだけなの……」
エリカはどこか上の空で、そう小さく呟いた。
「ア……ア……アアアア……アアアアアア」
奇声を吐き出すどす黒い大口が、もうそこまで迫っている。
髪がまた紅くなり、ヒカリは目を閉じた。
それは欲望。子供が玩具を欲しがる衝動と同じ。
あれも欲しい、これも欲しい。そんな願望の強さは、そのままエリカの力となる――
「欲しい……欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しいーーーーーーーーー!!!!!!」
怪物は〝餌〟を取り込むのを中断し、その甲高い声の方へと注目した。
青いワンピースを着た小柄な少女。その腹部がなにやら赤く発光している。
怪物は本能で察知した。あの少女は〝危険〟であると――
「あははははは!!! ヒカリおねーちゃん、コレで遊んでいーい!!?」
いつの間にか、怪物が喰らおうとしていたハズのヒカリがエリカの後ろに倒れていた。
ヒカリはエリカの言葉に声を出せずただ軽く頷いた。
すなわち答えはYESである。
「あはははははははははははははは!!!!! それじゃあいっくよーーーー!!!!!!!!」
その途端狂喜のエリカは背に黒い翼を生やし、その手の内に漆黒のカッターナイフを生み出した。
〝影血刃〟
エリカの持つ武器の名である。
そんな小さなカッターで、巨大な怪物へ飛びかかり刃を突き立てる――刹那、カッターナイフの刃があり得ないほど長く飛び出し、その頭部を縦に切り裂いた。
「縺後′縺後′縺後√←縺�@繧医≧!?」
トリッキーな攻撃に驚いた一瞬の隙に、今度は胴体を切り裂くエリカ。
何度も何度も、刃の伸びた黒いカッターで、突き刺したり千切ったり。
そんなエリカの口元は、愉悦に歪んでいた。
「๓ฺฺฺฺูููููุุุかま͜͜͏̘̣͔͙͎͎̘̜̫̗͍͚͓͜͜͏̘̣͔͙͎は」
怪物は、また何か呪文らしきものを唱えた。
エリカへ無数の黒い手の束が襲いかかる――
〝影の兵隊さん〟
エリカは地面に――いや、自分の影に触れると、その影が盛り上がって何体もの兵隊の人形になった。
人形は自律的に動きだし、それぞれ黒い手の束へと突撃していった。
「これならどーかなー?」
エリカが手に持つカッターナイフが黒い粘土のように不定形となり、今度は巨大なハサミの形――と思いきや、軸が外れてまるで双剣になった。
無数の手をぬいぐるみが食い止めている横を悠々通り過ぎ、エリカは怪物へとゆっくり近づく。
――そこからはもう地獄絵図と言っても差し支えないだろう。
怪物の体を切り裂き引き裂き八つ裂きに。それでも動くので、影のイバラで串刺しにしたりしてエリカは楽しんでいた。
それを見ていたヒカリがあまりの残虐さに絶句したのは言うまでもない。
―――
わたしが長い階段を登りきる途中、天井に穴が空いており、そこから雨水が滴り落ちていた。
ちょうどこの上にあの怪物がいるようだ。
背中に〝蕾翼〟を生やし、わたしは穴から飛び出した。
――この時、蕾の中に黒いものが増えていたが、まだ気づくことは無かった。
穴から飛び出したわたしが見たものは、エリカと怪物の残骸らしき肉塊だった。
かろうじて長い黒髪と触手は認識できたが、その他の部位は挽肉みたいに磨り潰されたりひき裂かれており、正直……直視はしたくない光景だ。
そんな中に、せっかくのワンピースを赤く染めたエリカが両手に剣っぽいものを持って佇んでいた。
「エリカ?」
「なあにイチカおねーちゃん?」
無邪気な笑顔は血塗られている。
この子には徹底した保護者が必要だと感じた。
近くの建物にもたれ掛かるヒカリがいた。髪色は紅く、やはりコランダムの言う通りまた能力封印状態にあるのだろう。
ヒカリの元へ近づこうとしたその時
「……ハ……ゴ」
小さな声がした。死んだハズの怪物の。
内心やはりかと思いつつも、怪物の方へ視線を向ける。
「……!?」
怪物のパーツと地面に落ちた肉片や、エリカの体についた血液にいたるまでが不自然に動きだし、ある一点に集まってゆく。
まるで、元の形を取り戻すように――
自動鑑定は、対象が現在使っている技も見通せるようだ。
〝 完全蘇生。いかなる方法で絶命しようとも、30秒後に元通りの姿で蘇生する。行使可能回数5/2〟
マジかよ。倒しても倒しても復活するとか、ジリ貧なんてレベルじゃない。一応制限はあるようだが、それでもチートだろこんなの……
「テン、ソญ๊ํ๊็ํ๋๊ํฺฺฺฺูููุุุููํํ็็ウ、メツ」
完璧に元通りに再生した怪物は、いやにはっきりと声を出すようになっていた。
それに、さっきより大きくなってるような気が……
「今度は油断しないのだ……!」
わたしがまた邪竜剣を取り出し、怪物へ構えた時だった。
「エリカにやらせてほしいの!」
うきうきと瞳を輝かせ、エリカはわたしに頭を下げた。
……下げた!?
ちょっと予想だにしないアクションに驚きつつも、わたしはエリカに「建物や人を傷つけない事」を条件に、任せる事にした。
「えへへ、あなたも壊れないお人形さんなのね? エリカともっと遊びましょー?」
怪物に優しく語りかけると、エリカはおもむろに、左手首に巻き付けられた包帯をほどき取り外した。
「あさからエリカね、とってもちょうしがいいの! だからお屋敷にごしょうたいしてあげるね!!」
エリカは右手に持つ影のカッターで、自分の左手首を切り裂いた――
手首から滴る血が地面に触れた瞬間――怪物の真上に巨大で、鋭い針のようなものがついた棒が現れた。
その針は怪物を釘を打つように地面ごと突き刺し固定すると、中心で折れ曲がり「へ」の字型に変形した。
――アレには見覚えがある。ヒカリにもあるだろう。
小学生の頃に算数でよく使った文房具、コンパスだ。
円を描いたり線の長さを測る道具――
コンパスが怪物を軸にしてゆっくりと回転する。
エリカはその真上に浮かび、嬉しそうに眺めていた。
コンパスでいうペンの部分が、ゆっくりと地面に黒い円を描いてゆく。
円はだんだんと完成に近づいてゆき――
〝夢幻牢獄〟
円が完成した瞬間、線からドーム状に影が怪物の体を包み込み――そして影のドームが収束した時、怪物の姿は忽然と消え失せていた。
次回 衝撃的なビフォーアフターなんですケド




