駆除
「むぐぐ……やられたのだ……」
うう……毒か何かのせいか、苦しくはないけどうまく体を動かせない。
エリカといい、なんか最近のわたしは束縛されてばかりな気がする。
ああくそ、早く行かないと――
――少し前
無数の触手を備えた髪の長い化け物。
わたしを触手についた目玉で見据え、うめき声を発した。
こいつは能力鑑定によると〝高位〟級の魔物と表示されている。
『やるしかないぞ』
『……わかったのだ』
〝人間のエゴによって、無理矢理に産み出された哀れな魔物。
いくつもの魂が融合し、人格すら持てず、目の前のものを破壊するだけ〟――
可哀想……でも、ここでわたしがやらなきゃ何人も犠牲になる。
「讌ス縺励°縺」縺溘↑縺√∪縺滄♀縺ウ縺溘>縺ェ縺�!!」
怪物は理解不能な声を発し、その触手をしならせ鞭のように壁や床へ打ちつける。
わたしやヒカリの所持する〝自動翻訳〟というアビリティは、意思のこもった音や文字ならば、理解可能な言語へと変換されるのだ。たとえ獣の声であろうと。
ところがこいつの声は、翻訳が適応されていない。それはこの怪物には自我や知性といったものが無く、ただ本能的に動くだけなのだ。
まずは様子見程度に攻撃してみるか。
わたしは凄まじい速度で飛んできた触手をしゃがんでかわして、その瞬間に本体の巨大な手を召喚し――
「喰らえっ!」
床とともに怪物を指で突き刺した。
それでも、ドゴオオオン! と凄まじい轟音が狭い地下空間に響きわたった。
怪物のえぐられた左半身からは大量の血液が吹き出し、石造りの部屋に紅い絨毯が壁にまで広がってゆく。
思わず目を背けたくなるが、我慢して直視する。
「蜉ゥ縺代※蜉ゥ縺代※蜉ゥ縺代※蜉ゥ縺代※蜉ゥ縺代※蜉ゥ縺代※蜉ゥ縺代※豁サ縺ォ縺溘¥縺ェ縺�!!!」
怪物はおぞましくも悲痛な叫び声を発するも、みるみる内に傷が塞がってゆく。
見たところ、わたしと同じくらい再生能力が高い。実体験で推察するなら、物理より魔法攻撃の方が有効そうだ。
地盤への被害を最小限に。かつ、この哀れな怪物を仕留める魔法。
《肉体変形 〝竜拳銃〟》
わたしの右手の中に黒い鱗に覆われた拳銃が出現した。
その銃口を怪物へと向け、わたしは引き金を引いた。
パァン!!
イメージ通りの破裂音が響く。だが銃口から発射されたものはただの弾丸ではない。
それは雷風属性の黒い魔力弾だ。それも超高密度の。
怪物の触手や体は、貫かれて小さな穴がいくつもできる。そこから噴き出す鮮血を浴び、真っ赤に染まったわたしは更に射ち続ける。
ニズラガンは貫通力はあるが炸裂する訳でもないので、一発のダメージは大したことない。だが、この武器の本領はこれからだ。
――蜂の巣だ。
竜拳銃は、連射ができる。それに弾を補充する必要は無い。
更に言うと、出せる拳銃は一丁だけじゃない。
乱射乱撃。空中にいくつもの拳銃を召喚し、迫ってくる触手をぶち抜く。無数の魔銃弾が哀れな怪物の身体を穿いてゆく。
「イタ……イ」
怪物が初めて聞き取れる言葉を発した。
自我が芽生え始めたのだろうか。
胸の内にちくりと刺さる罪悪感を押し殺し、射撃を続ける。
怪物のHP値がみるみる内に削れてゆく。
「……ごめん」
わたしはボロ雑巾のようになった怪物の頭部へ、とどめの一発を撃ち込んでやった。
パァン!! と乾いた破裂音が響いた後、怪物の動きは停止し、紅く染まる室内を沈黙が包んだ。
『終わったのだ……』
『お疲れ様。戻ってきたらすぐ国を出よう』
思念でヒカリがわたしをねぎらう。
いつの間にかエリカやイセナは思念チャットからいなくなっていた。エリカは居眠り、イセナまた忙しくなったのだろう。
『国を出るって、魔石はどうしたのだ?』
『その辺は大丈夫だ。この国の侯爵であるバートムの野郎のコネで……ん?』
突如、ヒカリが訝しげな声をだした。
『どうかしたのか?』
『後ろ……影が動いて――』
後ろ? 前方に投影された大きな影がゆっくり動いている。
まさか……? そう思い振り返ろうとした――
๓ฺฺฺฺูููููุุุ
「……テญ๊ํ๊็ํ๋๊ํฺฺฺฺูููุุุููํํ็็ン……ソ'͞͡ ͜͜͏̘̣͔͙͎͎̘ ……ツ」
ฑ็็็ํํ๋์๋๊ํ็๋๊
―――――
ズルクのこの屋敷は、領地の外に建てられた所謂「別荘」であり、普通に街中にある。
ヒカリはそんな屋敷のすぐそばで、エリカを連れて待機していた。
「ふわぁ……ヒカリおねーちゃん、どうしたのー?」
眠たそうにあくびをするエリカ。
ヒカリは彼女の頭を撫でる。
「これから――エリカにとっては面白い事が起こるかもな」
そう、ヒカリが呟いた直後だった。
「何だ? 地面が揺れてるぞ?」
通行人の1人がそう言った。
次の瞬間――
「おいおい、そこから来るのかよ」
強い衝撃と共に、煉瓦で舗装された街道を突き破って、太いロープのような触手が何本か飛び出した。その数秒後、煉瓦を更に吹き飛ばし――
「キャアアアアアアア!!? 化け物よっ! 早く騎士団を呼ぶのよ!!」
通りすがりの貴婦人が甲高く叫んだのを皮切りに、他の人らも同様に悲鳴をあげた。
ある者は悲鳴をあげながら走って逃げ、ある者は腰が抜けてその場にへたりこんでいる。中には股間から黄色い液体を垂れ流す者もいるようだ。
地面から現れた怪物。それは歪な体を支える無数の足に、胴体からは先端に目玉のついた無数の触手。異様に長い黒髪で覆われた顔からは、大きく裂けた口が覗かせていた。
「エリカはここで待ってろ」
ヒカリは剣を構え、怪物の前に躍り出た。
既に何人かが怪物の触手に捕らわれている。
怪物はその不均等な歯列に粘液を滴らせた大口へ、触手で捕まえた人間を運ぼうとする。
「俺の前でそうはさせねーぞ!!」
ヒカリは緋色の光を身に纏い、超速で怪物の触手へ迫った。
その刹那の中、人間を縛る何本かの触手へ斬りつける。触手が切り離されるよりも速く、次の斬撃を別の触手へ、また別の触手へと放つ。
「な……タ?」
一瞬の事で困惑する怪物。
何の前触れもなく、突如自分の触手らが切れ落ちたのだから。
捕まっていた人達を縛る触手も更に粉微塵に切り刻み解放する。
ヒカリは助けた人達や野次馬の群れへ「死にたくなければさっさと逃げろ」と指図し、文字通り怪物と一騎討ちの状況を作り出した。
「エリカもやりたいのー!」
「だーめ。この仮面持ってて大人しくしててね」
ヒカリはエリカに仮面を預けると、それだけ言って怪物と対峙した。
「焼き斬るにも街への被害を考えないとな……」
ヒカリがそうこう思案しようが、怪物は関係なしに襲いかかる。
無数の触手がヒカリへ迫りくる。
ヒカリはそれらを正面から切り刻み、怪物は刻まれた部位をかなりの速度で回復させていく。
「……欲しいの」
そんな攻防を後ろで見ていたエリカがそんな事をポツリと呟く。が、ヒカリにはそんなもの聞こえていない。
再生能力が高い。やはり一華がやっていたように、魔法の方が効果的か。
ヒカリは、街中で使う事を躊躇していた〝本気〟の使用を決断する。
「〝俺に力を!!〟」
あまりにもまばゆい緋色の光。
ヒカリが纏うそれは、地獄の業火のような灼熱で、朝陽のように辺りを強く照らす。
これは体に自身の魔力を帯びさせる能力、上位《星河一天》の力によるものだ。
ヒカリから一定範囲内はまさに煉獄地獄。近くに落ちていた木片が自然発火した。
怪物の中に微かに芽生えた自我が、全力で攻撃しろと囁く。
怪物はその口ではっきりと、強く呟いた。
「……転創滅」
その歪な体から、どす黒い無数の〝手〟の束が伸びる。
無数の手は貪欲に爪を立て、触れる全ての物質を塵にさせながら砂糖に群がる蟻のようにヒカリへ迫る。
しかし、ヒカリはそれらを完璧に避けて、怪物へと突っ込んでいった。
黒い手達はヒカリを追尾するも、その速度の前には無力だった。
「ツキが無かったな」
そう声がした場所にヒカリの姿は無く、神速で懐に入られている事に気づいた時にはもう遅い。
ヒカリはその怪力で怪物の胴体を蹴りあげ、空へと吹っ飛ばした。
「…あ……カ…」
怪物の足が地面を捉えようと虚空を蹴る。
ヒカリが怪物をはるか上空へ飛ばしたのには理由がある。
それは、ヒカリの超必殺技で街に被害を出さない為だ。
空の上なら、思う存分攻撃を撃てる――
これは以前一華に対して使った必殺の撃技。
その名は――
「受けてみろ、〝煉獄神楽〟」
ヒカリの超必殺技が炸裂! 果たして怪物に効き目はあるのか?
次回! ヒカリ、負ける! デュエルスタンバイッッ!!!




