ミシャクジ
変更。
リョウメンスクナ→ミシャクジ
危ない所だった……
「ぐごおおおおお……」
大きないびきをたて、わたしの膝の上で眠るズルク。
ギリギリで酔いが回ったおかげか、眠ってくれた。
『さてと、問題は〝地下室〟だな』
ヒカリが思念で状況把握をする。
忘れてたけど、地下室になんかあるっぽいね。
『ンッふふふふ……! 胸が踊りますねぇ! 実に楽しみです!!』
コランダムがとても嬉しそうに、無邪気な声色をしている。
〝禁術〟とやらの黒幕であるこいつがここまで嬉しそうだという事は、相当ヤバい事になってるハズだ。
さて、この部屋のどこから地下室へ行けるのか。
ひとまず思念で見てるみんなに聞いてみる事にした。
『みんな、なんかわかる?』
『よくわかんないけど、床をこわしちゃえばいいじゃん!!』
エリカがぶっ飛んだ事を言うのですかさず却下する。この子にはもっと常識というものを教えなければ。
『うーん、どこかにスイッチがあるんじゃないかよ?』
あり得そうな仮説をイセナが唱えた。
『仮にあるとすれば、見えないよう隠されているハズだよな。何か怪しいものは――』
ヒカリに言われ、部屋を改めてぐるりと見て回る。
白い壁の部屋は長方形で、窓側と扉側の辺が長い。短い二辺の壁の片方には奇妙な絵が飾られており、中央にわたしが座っていた椅子と円卓がある。床には何らかの毛皮が敷かれている。
『一番怪しいのはあの絵だな』
わたしと同じ事を、ヒカリも考えていたようだ。
壁に飾られた奇妙な絵。巨大でいびつ黒い怪物に、角や翼等の生えた人達――恐らくは魔人だろう――が、立ち向かっている様子を描いたようだ。
『〝おとぎ話の邪竜〟……だな。これは8柱の魔王が邪竜に封印を施す場面だ』
え!? マジで!?
びっくりした……つまり、これはわたしを描いた絵ということになる。
でもわたしは普通の女子高生だし、気がついたらこうなってただけ。それに魔王だなんて。
『ヒカリ? 前に邪竜は〝突如現れて世界を滅ぼしかけた〟と言ってたよね。わたしにはそんな記憶無いのだ』
『チカ姉がこの絵の邪竜な訳ない。理屈はわからないが、偶然魂がその体に宿っただけだ。ここ最近な』
『でも……』
『……何の話なんよ?』
イセナが不思議そうに聞くも、私達は答えなかった。
……少なくともこの肉体は、かつて世界を滅ぼそうとした邪竜そのものだ。
――じゃあ、邪竜の意識はどこへ行ったの?
そんな疑問を抱いていると、ヒカリが「本題を忘れるな」と忠告してきた。
いけないいけない、この額縁の裏とかに何かあったりするのだろうか?
とりあえず額縁と壁の間の隙間を覗きこんでみた。
『なんか……壁に小さな穴が見えるのだ』
四角形の小さな穴。
壁にそんなものが見える。あれは何だろう?
『絵を取り外して確かめてみるのだ』
『ダメだ。それだとズルクにバレる可能性がある』
外さないで確かめる? どうやって? と疑問に思っていると、ある事を思い出した。
『そうだ、わたしにはこれがあったのだ!』
〝小型化〟!!
小さな黒いヤモリの姿に変身し、わたしは絵と壁の隙間に入り込んだ。
この小さな穴は何だろう。かろうじて人が手を入れられるくらいの大きさだ。そしてどうやら、壁の向こうの空間に繋がっているみたい。
『正解です、ンッふっふ……もうすぐ対面ですねぇ』
そんな事を口にするコランダム。
ひとまず穴をくぐり抜けると、そこはとても狭い小部屋で、床からとても深い石畳の階段が下へずっと伸びている。
再び人化して、魔法で照らしながら階段を下った。
『屋敷の地下にこんな長いものを作るなんて、貴族ってのは相当お金持ちなんよ』
飽きてきたのか、イセナがうんざり気味に言った。
かなり長い階段を下りきったと思うと、今度は細い曲がりくねった道。
幸い一本道なので迷う事はないが、これもまたとても長いし狭くてじめじめ。ちょっと退屈だなーと思う所に、またコランダムが気がかりな事を話し始めた。
『かつての〝おとぎ話の邪竜〟と貴女を比べると、肉体は同じでもその力は残りカスのようなものですねぇ』
かつてのと比べると?
まさかコランダムはかつての邪竜に会った事があるのか?
『おいピエロ。貴様は邪竜の何を知っている? 本当に何者なんだ』
ヒカリは鋭い口振りの質問をなげかける。
それに対しコランダムは相変わらず飄々として
『今は教えられませんねぇ。いずれ時が来ればお話しましょうか、ンッふふふふ!』
いつも通り、笑うだけで何も答えない。
ただ、コランダムがとんでもない事実を知っている事は確かなようだった。
更に歩いていると、また階段があった。ただし今度は短い登りの。
そこを登ると、石の引き戸が目の前に現れた。
『なにこれーー!!?』
エリカが叫ぶ。
『そこが最奥です。貴女達風に言うなら、〝中ボス前の大扉〟といった所でしょうか?』
ここが終点? 一体何が……?
じゃらっ
石扉の向こうから、鎖を引きずるような音がする。
何かおぞましき、名状しがたき何かがこの先に潜んでいるようだ。
「行くのだ……!」
唾を飲み、わたしは石扉のへりに手をかけた。
――
ンッふっふ、あなたの知りたい事を何でも教えて差し上げましょう……
――じ、じゃあ、何者も敵わないほど強い魔物を産み出す方法を教えてくれ!
いいですよ、では――
床に突っ伏して眠っていたズルクが目を覚ました。
頭痛がひどく、どうも記憶が曖昧だ。
ここで酒を飲んでいたという事は、女の子を連れ込んだか、もしくは、〝生贄〟を捧げに入ったか。
しばらく思考を回し、ズルクは思い出した。
「そうだ、トロルの首だ」
ズルクは部屋の隅に置いておいた大きな麻袋を見やる。
袋の隙間からは巨大な生首が苦悶に満ちた表情でズルクを見つめる。このトロルはズルクに使役されているため、首だけとなってなお死ぬ事ができずにいた。
「そろそろあれが覚醒するはずだ。ヤツの言う通りなら……」
ズルクは壁にかけられた絵を取り外し、壁の向こうのレバーを引くため、空いた穴に手を入れた。
ズズンと壁が左右に開き、階段が現れた。
ズルクはトロルの首を持つと、そのまま開いた壁の中へ入り、階段を下っていった。
百本はある様々な生物の足。それらが支える上半身からは先端に眼球のついた無数の触手が伸びている。
頭と思われる部位は長い黒髪に包まれ、口らしき穴からそれは言葉のような、悲鳴のような鳴き声をあげた。
「縺薙%繧貞�縺溘i鬟溘▲縺ヲ繧�k!!!」
何だこの生物は……?
《種族名:Amalgam 複数の魔物を認識》
複数の……魔物?
見るからに醜悪で歪なこの生物は体を何本もの鎖に繋がれており、自由には動けない状態だ。
ステータスを見てもよくわからない。
ひとまずアレは《誨淫導欲》という上位アビリティを所持している事だけわかった。
『すごーいかわいー!! エリカあれほしー!!』
さらっと凄まじい事を言い放つエリカ。
エリカの美的観点はどうなっているのやら。
『ダメだよー? あれは人のものだからね。それに持ち歩けないのだ』
『そーなのか……』
なぜか残念そうなエリカ。どうやって手に入れるつもりだったのか、一体。
『こいつが〝禁術〟とやらで間違いないな、コランダム』
ヒカリはコランダムにそう問うと、コランダムは少し間を置いてから喋った。
「その通りですよ。説明いたしましょうね」
「えっ?」
あの怪物の後ろから、見覚えのある白黒ピエロがかつこつと足音を鳴らしながら現れた。
「なっ何でここにいるのだコランダム!! これは一体どういう事なのだ!?」
コランダムはピエロの仮面の下で笑うと、丁寧にこの〝怪物〟について説明しだした。
これはいわばたくさんの魔物の集合体。
使役は魂を縛る呪法であり、これをかけられた魔物は肉体に魂が縛り付けられ、術者がやられない限り死ななくなる。
では、使役された魔物同士が喰い合ったらどうなる?
それがこの〝禁術〟だ。
108体の魔物を喰い合わさせると、108つの魂が融合し、〝超進化〟させる事ができる――
最初は数十体の魔物を互いに喰わせ、最後に残った個体を鎖で縛り付け、餌となる上位モンスターを捕まえてきては喰わせていたという。
そして現在、この怪物は107体の魔物の魂を吸収している―――
「そんな事はさせないのだ!!」
「おや、あたくしと戦うつもりですか? ここでやったら真上の町に被害が出ますよ?」
コランダムが右手に魔力をちらつかせる。
ずるい奴だ。でもこのまま引き下がる訳にもいかないし……
「おやおや、間もなくズルクがここへ来ますねぇ!」
コランダムがそう言ったと同時だった。
「ここで何をしているんだお前!!」
石の扉をくぐり抜け、ズルクが現れた。赤茶の染みがついた大きな麻袋をかついでいる。
「ん? その顔、さっきギルドで会った……」
「ンッふっふ、紹介しましょう。この娘は〝一華〟ちゃんです。強力な魔人ですよ?」
おおおおおい!? 喋るなー! とジェスチャーした時には、もう遅かった。
「てめえ!? バートムん所でやってくれたあの――」
「この娘を喰わせたらかなりの強化を望めるでしょうねぇ!!」
はい完全にバレました。
コランダムがいる以上、戦う事も厳しそうです。……結構ピンチじゃね? これ。
「おいピエロ! あの魔人を捕まえろ!!」
「そういう訳にはいきませんねぇ。先にこのアマルガムを〝覚醒〟させてみてはどうでしょう?」
「ふん。いいだろう」
『させるなチカ姉!』
ヒカリの言葉もむなしく、止めようとしたわたしはコランダムに邪魔されてズルクを止める事ができなかった。
ズルクは高圧的に首肯くと、手にもつ麻袋を怪物の方へと投げた。
「鬢後□鬢後□鬢後□」
怪物は無数の触手で麻袋の中からトロルの生首を取り出し、歯列の歪な口へと運ぶ。
バキゴキグチュ……
鳥肌の立つ咀嚼音。
ゴクンという音と共に怪物の体は紫色の光に包まれ、それが収まると鎖が引きちぎられていた。
見た目の変化といえば、二回りほど大きくなり、白い割烹着のようなものを纏ったことか。
「さあ命令だ!! その生意気な魔人を喰らえ!!!」
進化を果たした怪物に対し命令するズルク。
ところが怪物の反応は無い。
「どうした? 俺様の命令だぞ? 魔人を喰らえ!!」
しかし怪物は動かない。
そこへコランダムが口を挟んだ。
「――言い忘れてましたが、魔物が〝超進化〟する際には全ての状態異常が解除されるんですねぇ。
もちろん、使役も例外じゃぁありませんよ? ほら――」
「は? ――っうあああああああ!!?」
怪物は突如、その太い触手でズルクの体を持ち上げた。
そして、長い髪に隠れた開口部へと近づけ――
鮮血が飛び散った。
「――やめろっ ブチ やめてくれっ ミシミシ ぎゃああああああ!! ブチブチ ひいおぉぁ……ぁぁ…… バキベキクッチャクッチャ……
食った……ズルクが食われた!!
怪物は床に垂れたズルクの血溜りも、触手で舐めるようにこそぎとった。
『これは…オイラと同じ超進化……なんだよね?』
『ああ。だが、あまりにも歪んでいて、到底まともな生物とは……』
思念越しでも二人が戦慄しているのがわかる。
わたしだってそうだ。だってあの怪物は――
――――
種族名:異形合成魔人
高位アビリティ:邪淫たるもの
――――
「それではわたくし、ここらでおいとまいたしましょうねぇ」
またもコランダム霞のようにかき消えてしまった。
後に残されたのは、わたしとこの怪物。
「縺ゅ↑縺溘b遘√r縺�§繧√k縺ョ ?」
怪物は触手を伸ばし、わたしを絡め取ろうとする。
それをわたしは避け、本体に雷魔法を当てる。
「きゃっ……!」
甲高い声をあげ、怪物は一瞬苦しそうなそぶりを見せたものの、長い黒髪を振り回しわたしの方へ向きなおった。
触手の先端についた無数の〝目玉〟で見つめる怪物。言葉こそ発さないもののその目は明らかにわたしを〝敵〟と認識しているようだった。
「蜉ゥ縺代※!!!」
そして、この小さな地下空間で戦いが始まった――




