タキさん
モチベが死にかけてます
「――以上で〝タキ〟さんとして登録しますが、よろしいですか?」
ギルドの受付嬢の確認に黒髪のわたしは頷き、〝冒険者〟の登録が完了した。
それから受付嬢に「今一番高いランクのクエスト」について聞いてみた。
「現在受注可能なクエストですと……ここから北西の渓谷で通りかかる人間を襲う、トロルの討伐ですね。こちらはAランクと非常に危険ですので、貴女にはまだ――」
「それやらせてほしいのだ!!」
―――
ヒカリから教わった魔法で髪を黒く染め、エリカがくれた黒リボンでまとめてサイドテールに。一部に青いメッシュが混ざっててちょっとオシャレ。
身体つきは能力で成長させて、16~7歳くらい。
ピチピチ乙女の身体にヒカリから渡された黒いマントコートを羽織り、下はやたら丈の短いショートパンツ。
いやさすがに短過ぎない……?
なんでこんな格好してるのかというと、ヒカリいわく「ズルクには一度会っているんだから、バレないよう変装した方がいい」かららしい。あと偽名も使って。
ズルクはそこそこ強い女の子に目がないとか。ならヒカリが行けよと思ったが、ヒカリは有名過ぎて逆に問題になるってさ。
だからわたしが〝冒険者〟として、Bランクにならないとだという。面倒くさいなあ。
一通りの手続きや説明はヒカリが思念越しに教えてくれてるが、今のところ手続きとクエストを受注した以外よくわからん。
『北西の渓谷か。チカ姉ならトロルごとき敵じゃないぜ』
ふうん。トロルといえば、醜悪で巨体を持つ怪人ってイメージだけど、実際どうなんだろ?
直接見てみるか。
――
草木の生えないはげ山の麓に、枯れた渓谷がある。その奥に
「グハハハハハ!! 小娘ガ、俺様ニ楯突コウトイウノカ?」
想像通りだった。腰巻きのみでほぼ半裸の大男がでっかい棍棒を握りしめ、わたしに近づいてくる。
顔つきは人間というよりも、獣に近い。
《種族名:鬼亜人 ここを通る人間を襲って生活している。スピードは遅いが膂力が高い》
こいつがトロル。間違いないな。
「急いでるからすぐ終わらせるのだ」
「生意気ナ小娘メ!」
持っている棍棒を勢いよくわたしへ振り下ろすトロル。
わたしが横にさっと避けると、棍棒が当たった地面はクモの巣状にひび割れ、トロルの怪力を物語っていた。
「避ケタナアァ? マダマダイクゾォ!!」
トロルはまた棍棒を振り上げ、攻撃をしようとする。
それをわたしは――
「だから急いでるのだ」
わたしは例のごとく本体の腕を召喚して、トロルを巨大な拳で殴り飛ばす。
その巨体は何度かバウンドし、地面にへたりこんだ所で掴み持ち上げた。
「ぐっ……オオオ! 痛イっ! 許シテクデッ!!」
血まみれのトロルが懇願する。
「これから人間を襲わないと約束したら、離してやるのだ」
正直殺したくない。
だってトロルにもやむにやまれず人間を襲ってた理由があるんじゃないの? 知らんけど。
「分カッタ! コレカラハ人間ヲ襲ワナイ!!」
つぶらな瞳でこっちを見てきたので、離してやる。
離すとトロルは、こちらを崇拝するように頭を下げてきた。
「俺様ハアンタニツイテイク! 連レテッテクレ!!」
トロルは起き上がり、仲間にしてほしそうにこちらを見ている!!
ってやつか? いらん。
「悪いけど仲間にはしてあげられないのだ。だから人里離れた所にでも行って、平和に暮らすのだ」
とりあえず当たり障りないようそう言うと、トロルは悲しそうに去っていった。
――
「終わったのだー」
街に戻り、うろついていたヒカリとエリカに合流する。
エリカの服装は真っ黒なドレスから、白と青を基調にしたドレスに着替えていた。その肩からは束ねたポニテを垂らしており、全体のイメージはさしずめ『不思議の国のアリス』だ。
「思ったより早かったな。トロル討伐どうだった?」
ヒカリの格好は変わらずで、手にはあのタピオカ風なドリンクのカップが握られていた。
「ぶっ飛ばしたのだ!」
「そうかそうか、じゃあギルドへ報告しに行ってらー」
ヒカリの言葉通りギルドへ入り、受付嬢にトロルを倒した事を報告する。
「トロルぶっ飛ばしてきたのだ」
「……え!? で、では討伐証明部位の提示をお願いできますか?」
討伐証明部位? なにそれわかんないんだケド。別にトロル殺してないし、皮を剥ぎ取ったりもしてないし――
ギルド中の冒険者達が、一斉にわたしを見る。
このままでは嘘つきだって思われてしまうよー……
「倒しても証明できる部位を持ち帰らないと、討伐クエストは達成できません。ですから――」
「それなら持ってるぜ」
まるでわたしをフォローするかのように響く男の声。
声の主は袋から大きな赤黒い物体を2つ取り出して、受付嬢に見せつけた。
生臭いそれは――
「トロルの生首と……睾丸だ」
誰かがそう言った。
その首は、間違いなくさっきまでわたしが会話してたあの……
気持ちが悪くなってきて、目を背ける。
「俺様が証明するぜ、この娘は1人でトロルを倒したんだ!!」
この男はまさか――と、顔を上げて声の主を見た。
《個体名:ズルク 狡猾で性欲の強い男。膂力強化を使う》
ズルクはわたしの体を舐めるようにじっとりと観察し、舌なめずりをした。
思わず鳥肌がたつ。
「キミには見所があるぞ……! どうだい、俺様の屋敷でじっくりとお話しないかい? この伯爵ズルクの屋敷でな!」
だっ、誰がお前なんかと――と思いつつも、ズルクの懐に転がり込むのが目的だから、了承するしかない。
『ホント気持ち悪いな、このズルクという男。チカ姉は演技が下手くそだから、俺の言葉をリピートしてくれ』
……ちょっと待って。何でヒカリがわたしの状況を知ってるんだ? まさかヤツによって〝中継〟されてる?
『ご名答。ンッふっふ……わたしの仕業です』
『お前かーー!! コランダム!!』
『オイラもいるよー!』
イセナまでいる。
だよね、コランダムがいたら大体イセナもいるよね。
『すごいのー! 頭でおしゃべりできるのー! 便利ーー!!』
ウソだろ……エリカもこの思念チャットに参加するのか……?
予想外の出来事が頭の内と外で起こって、脳がショートしそうだ。
そこへズルクがまた声をかけてくる。
「目が虚ろだがどうした? まさか俺様の屋敷じゃ嫌か?」
嫌です。正直めっっっちゃ嫌です。
『リピートアフターミー。「えぇ? そんな事ないですぅ~!
ズルク様に会いたくてトロル退治したんですからぁ~!」はいどーぞ』
ヒカリが指示してきた。……もの凄いぶりっ子声で。
「ぇ……えぇ? そんな事ないですよぅ~! ズルクさまに会いたくてトロル退治してきたんですから~」
我ながらこんな声出せたんだ、ってレベルの裏声でヒカリの言葉をイントネーションごと真似る。
……なんか思念越しにコランダムとイセナの笑い声がすんだけど。おまけに周囲の軽蔑の目線がイタイし。しょーがないじゃん。
「はっは! 可愛い娘だ、たくさん可愛がってあげよう! キミの名は?」
『タキですぅ』
「いち……いえ、タキですぅっ!」
正直かなりぎこちないと思う。周りの冒険者らの「アイツ貴族に取り入りたいだけだな……」という軽蔑の眼差しが一層強くなった。
それなのにこの男は――
「タキちゃんかぁ! かわいい名前だなあ。では、そんなキミにふさわしい場所へ行こうではないか!」
『わぁ~! 楽しみぃ!』
「わー 楽しみー」
ズルクはわたしのか細い手を引き、ギルドを飛び出す。
興味も無かったが、今のズルクはかなり貴族らしいのか、ケバケバしい格好をしている。
「知ってると思うけど、俺様はこの国の伯爵貴族なのさ! だからこんな事もあろうかと、とびきりの馬をいつも使っているんだ!」
街道に歩行者もお構い無しに巨大な馬が停められている。
『すっごーい! それなんておにんぎょー?』
「すっごーい それなんて……あ」
エリカが唐突に思念で出した言葉を、つい口にしてしまって焦る。
「ん? この馬の種類のことかね?」
「は、はい! そうなの……です!」
かなりたどたどしい口ぶりだが、鈍感なこの男は特に気にしていないようだ。
「この馬はな、俺様がテイムしたBランクの魔馬だ。さあ乗りたまえ!」
「わーすごーい(棒)」
「そうだとも凄いだろう! 俺様は優秀なテイマーでもあるのさ!」
あっ、こいつチョロいな。
ヒカリもわざわざ言葉の指示してこなくなったし、ある程度はわたしだけでも何とかなりそうだ。
「さあ我が屋敷へ行こうか、タキちゃん!」
わたしを後ろに乗せ、ズルクは馬を走らせた。
―――
この屋敷はエリカのいた所によく似た構造だ。
1つ違うとすれば、はるかに小さくて整っている事か。
「こっちのお部屋で良いお酒でも飲みながらお話しよっか」
気色悪くにやけ、明らかに密室へ誘い込もうとするズルク。
やだ。入りたくない。お酒なんて飲まされて、酔った所でナニかするつもりだろう。わかってる。第一わたし未成年だし……
『うん、よろしく頼むね!』
「うん! よろしく頼むね!!」
でも皆に見られてるから、断る訳にはいかない。
『頑張るんよ……情報だけ入手したら逃げ出すんよ』
『そうするのだ』
イセナの言う通り、情報さえ入手すれば後は簡単だ。逃げるのは造作もないこと。
部屋へ案内するズルク。わたしはその後についてゆき、その密室空間へと入った。
わたしが入った途端、ズルクは扉の鍵を施錠した。
そこそこ時間が経ったと思う。
わたしへ思念越しに指示するヒカリ。
指示通りに喋るわたし。
それを見て笑うコランダムとイセナ。
部屋にあるワインボトルに見惚れるエリカ。
そして、ベロベロに酔っ払ったズルク。
「ヒック 君ぜーんぜん酔わないのねぇ」
お酒に詳しくはないが、少なくとも度数の高そうなお酒のボトルを数本は飲み干している。
これでまだろれつの回るズルクはかなりの酒豪なんじゃないかな?
『よく言われますぅ!』
「よく言われますぅ!!」
一方のわたしが酔わないのは、飲んでるふりして実の所全部〝異空間魔法〟に垂れ流しているからだ。
未成年飲酒、ダメ絶対。
それよりそろそろ手がかりになりそうな情報がほしい所。
「それでぇ、ズルクさまの〝使役〟ってすごいなーって! どうやったら強いモンスターを使役できるんですかぁ?」
「ぐふっ……それはあ! 俺様が強いからぁ!! タキちゃんもかなり強いからあのトロルくらいは使役できるよぉ?」
またぐいっと一杯酒を飲み干すズルク。
トロル……かわいそうだ。せっかく逃がしてあげたのにこんなのって……
ん? そういえばさっきから無造作に床に転がるトロルの生首が入った麻袋は――
「あそこに置いてあるのって、さっきのトロルの首? 何に使うのだ?」
おっと、うっかり口癖が出てしまったのだ。
でもズルクは気づいてないようだ。
ズルクはまた一升分を飲み干して
「〝使役〟した魔物は死なないからねぇ、あれ(・・)はこの部屋の地下で……
おっと、何でもない。今のは忘れてくれ」
急に何かを思い出したかのように口ごもるズルク。少し酔いが覚めたようだが、良い情報を手に入れた。地下室ね……
「それより全然酔わない君の為に、とっておきを飲ませてあげるよ」
そう言うとズルクは一本の酒瓶を持ち上げ、わたしのグラスに中身の透明な液体を注いだ。
医療用エタノールを10倍濃くしたような香りが鼻をつんざく。
それを思いきって口に含み、飲み込んだ。
飲み込むって言っても異空間に転送されてるから酔わないけど、味がもうヤバい。口の中がただれるように熱い。
「うっ……」
「さすがのタキちゃんでもこれは効くかー。ふふふ……」
ズルクは同じ酒を少量口に含むと、大きく息を吐いてわたしの隣の椅子に座った。
「じゃ、これから……イイ事しよっか?」
臀部に何か押し当てられる感覚。
見ると、ズルクの右手がわたしのお尻をいやらしく揉んで――。
もうやだ……かえりたい……
ズルクはそのままわたしの身体を押し倒し、そして――
次回 手がいっぱいあったら便利だと思う時ってあるケド、あったらあったでめっちゃキモイよね




