不可抗力
リリームという少女――わたしも初耳だ。ヒカリと一体どんな関係なんだろうか。
「リ……リリーム? そんな奴隷知りません。市場で見かけた事も……」
バートムも首をかしげ、知らないと言う。
それを聞いたヒカリは、一瞬とても悲しそうな表情を見せたがすぐに
「そうか、ありがとう」
いつものように愛想悪く呟いて、もうバートムへの興味は失せたようだった。
それをすぐ側で見ていたエリカだが、ヒカリ達の会話に全くついていない困惑の表情だった。
―――
「あぁ……彼らに何て事を……」
先祖代々の呪いから解放されようとしているバートムは、深い罪の意識に苛まれているようだった。
砂まみれで殺風景な食堂からよろよろと出たので、わたし達もその後をゆっくり追っていると、開いた玄関扉の前で肌色の物体が横たわってるのが見えた。
「ヒカリ……あれは……」
「人……?」
駆け寄ってよく見るとそれは、なぜか全裸で倒れているアンの姿だった。体中に痣ができ、顔は目を背けたくなるほど腫れている。
「おい……これもあんたがやったのか?」
ヒカリがバートムを睨み付けるが、バートムは全力で首を横に振った。
「違う……! 私じゃない、やったのはズルクだ!! 私は悪くない!」
情けない声でそう叫ぶバートムに対しヒカリは、思い切り顔面をぶん殴った。
殴られて吹っ飛んだバートムは涙を浮かべ、ヒカリに対して土下座をし始めた。
「同罪だ。するなら俺じゃなく本人にしろよ? というかナルスはどこだ? どこにいる?」
すると横たわっていたアンがゆっくりと動き、震えておぼつかない手で部屋の奥……階段横のくぼんだスペースを指差した。
*
森を抜け、黄昏時の荒野を歩く。
ヒカリは着替えて白いコートを身にまとっていた。メイド服可愛かったのに……
――人を傷つけるのはよくない。あまりに当たり前として考えているが、それが当たり前じゃない人や、やむなしに傷つける人もいるのだ。
等と物思いにふけっていると、わたしの影の中からエリカが頭と指先を出して喋りかけてきた。
「すごーい! これなんていうのー?」
キラキラした目で荒野に生えた、一本の低木につく花を見つめる。
「これは〝はな〟っていうのだ」
細い葉っぱの低木に、ピンク色の提灯みたいな小さな花がいくつもぶら下がるようについている。名前は知らないが、とても可憐で美しい。
「はな! かわいい!!」
エリカの可愛らしい表情を見ていると、何だかさっきまでの事が夢だったみたいだ。
―――
血まみれで動かないナルス。
全裸で、おそらく辱しめを受けたアン。
ヒカリは二人に上位回復魔法をかけると、完璧に体の傷は消えたようだ。しかし
「許さない……絶対に」
憎悪に満ちた目でバートムを睨むナルス。
ヒカリのパーカーを借り、虚ろな瞳で宙を見つめるアン。
「この通りだ! 許してくれ!!」
と、二人に対しても土下座をかますバートムに対しナルスは
――この場で殺してしまおうか? とわたし達に向けて相談してきた。
だが、もしここで殺したらエリカが黙ってないだろうし、ヒカリは適当な理由をつけてナルスの感情を押し殺させた。
「だったらせめて……あのズルクとかいう奴だけでもっ!」
その後ろでアンは無表情で、しかしやるせなさに満ちた声で、〝もうやめて〟と叫んだ。
「ズルクはディアリア王国の貴族だ。手を出せば賞金首の仲間入りだぞ」
ヒカリはナルスにそう諭す。
一見無表情だが、その奥には静かな怒りに満ちているようだった。
無論、わたしもズルクを許せない。昨晩ヒカリもされかけたのだから。
それから、ナルスとアンはエリカには気づかないまま屋敷を出た。もう冒険者は辞めて、故郷で静かに暮らすつもりだという。
バートムも馬に乗って出た。
国に戻ったらこの屋敷を手放して放置するらしい。理由は、わたし達がエリカを手なずけており、抑止力になりうる力を持ってるからとか。
まあそもそも連れてくから手放すとか関係無いんだけどね。
と思ってたのだが……
―――
「屋敷に留まりながら一緒に旅するとか、欲張り過ぎるだろ……」
花を見てキャッキャするエリカを横目に、ぼそりとヒカリが呟いた。
どうも、エリカの《領域結界》は簡易的なものを他者に付与できるらしい。それを攻撃自体には使えないが、相手との距離を無視して瞬時に移動できるとか。
……チートじゃん。
だとしても、最低限の常識は教えておかないとならないな。
「エリカ、これからいっぱい人間がいるところに行くけど、絶対に傷つけたり、殺しちゃダメだからね?」
わたしがエリカに言うと、不思議そうな顔をして
「ニンゲンってなあに?」
人間という意味すら知らないのか、この箱入り娘は。
「人間っていうのは……うー、なんて説明したらいいんだろう? よしヒカリ、任せた!」
頭を使う事は大体ヒカリに丸投げ!
わたしの頭脳明晰なんて、知らない!
「結局俺かよ……人間っていうのはそうだな、ワタシのなかまの事だよ」
「お人形さんがたくさんいるのー? すっごい! 楽しみのー! 〝おもちゃ〟にしたいの!」
「だから、おもちゃにしちゃダメだからね、ヒカリおねーちゃんとの約束。いい?」
ひ、ヒカリが自分を「おねーちゃん」と言っただと……!?
と横で戦慄していると、エリカがまた何かわからない事があったらしい。
「〝おもちゃ〟はダメなの……? じゃあヒカリとイチカは違うのー?」
エリカにとっての〝おもちゃ〟は、おそらく複数の言葉を兼ねているのだろう。それが何か、ボキャ貧のわたしには思い浮かばなかった。
だがさすがヒカリ。素晴らしい言葉を知っている。
「――〝お友達〟っていうんだよ」
「おとまだち?」
「お、と、も、だ、ち。エリカはワタシ達の事好き?」
「すき! いっぱい!」
「ワタシもエリカが好き。だから〝お友達〟。お互いに好き同士な人の事を、友達っていうの」
さすがヒカリ(2回目)。やっぱ14年寝てたわたしとは人生経験違うね。
と感心していると、エリカがまた質問してきた。
「じゃあヒカリとイチカは〝おともだち〟?」
えっ……
と、なんでわたし戸惑ってんだ? 質問されてるのはヒカリなのに。
「……そうだよ。ワタシとイチカは〝お友達〟だ」
お友達、お友達――その言葉は、脳内で繰り返される。
どうして胸がちくりとして腑に落ちないんだ?
わたしはヒカリの口から別の言葉が出る事を期待していたのだろうか?
『……ンッふっふ、見ていて飽きません、飽きませんねぇ。悪魔を手なずけてしまいましたしそれに……』
さっきまで静かだったのに突如、コランダムの思念が響いた。
『てか今のもしかしてイチカ、ヒカリの事が……』
イセナも来た。
『な、なんだお前ら!? いつから見ていたのだ!?』
慌てて怒鳴ると、コランダムは
『いつからって、ずっとですよ。ずっと見てました』
『オイラは忙しい時は抜けてたけど、大体見てたんよ!』
イセナもかよっ!
『ずっとてコランダムは暇か!?』
『五月蠅いですね、思考を駄々漏れさせてた分際で。必要ない時は思念切った方がいいですよ?』
へぁっ!? 考えてる事が全部こいつらに垂れ流されてた!?
『そうなんよ! イチカはヒカリの事が――』
とイセナが何かを言いかけると、コランダムが大きな笑い声でかき消した。
『ンッふっふ!!! 不粋ですよ。自覚無いようなのでこれは教えない方が吉ですねぇ』
わたしに一体何の自覚が無いんだよぉ……
コランダムとイセナはわたしも知らない何を知っているのか?
「イチカおねーちゃん、顔を真っ赤にしてどうしたの?」
ふっとエリカに声をかけられ、現実世界に意識が戻る。
「ちちち、ちょっと考え事してたのだ!」
誤魔化そうとすると、ヒカリが訝しげに顔を覗きこんできたので驚いて後ろに飛び退いた。
「どうせイセナと思念で会話してたんだろ? 俺も混ぜろよ……」
今のにヒカリを混ぜてはいけない。そう、本能のような何かがわたしに諭しているようだった。
『おっとぉ、大事な目的を忘れる所でした』
こちらの会話の合間を縫って、コランダムがまたわたしに話しかけて来た。
『目的? 雑談するのが目的じゃないんよ?』
『ノンノン、アタシだってただ暇なわけじゃありません。ちゃんと〝悪役〟してるのです』
『いいからさっさと目的を話すのだ』
わたしだって暇じゃない。
という言葉は心にしまっておいた。
『もうじきワタクシが〝禁術〟を授けたズルクという男が、ディアリア王国で術を暴走させて大災害を引き起こす予定です。止められる? 止められるといいですねぇ』
『禁術って何なのだ!? 教えるのだ!』
『ンッふっふっふ……』
わたしの質問には答えず、コランダムは笑い声を残し思念チャットから去っていった。
後に残るイセナも、励ましと激励の言葉を置いて退会していった。
「ヒカリ、ズルクをぶっ飛ばすのだ」
わたしはヒカリと、一応エリカにも思念で聞いた事を説明し、ディアリア王国へと向うのであった。
―――
【ヒカリ】リミットPT:100/100 (残り効果時間:3日)
次回 なんか無くなったらしいケド




