怪物は迷宮を攻略したい
〝お伽噺の邪竜〟が復活したという噂は、瞬く間に広まった。
実在すら疑問視されていた〝お伽噺の邪竜〟
嘗てどこからともなく現れた怪物が、世界を災禍と恐怖の渦に飲み込んだというお伽噺がある。
そのおぞましい姿は変幻自在で、
空間すら超越する力を持ち、
人々の魂を喰らっていたという。
邪竜は物語の最後で〝外なる神〟の逆鱗に触れ、死よりも恐ろしい苦痛を味わった後、古代に存在した〝8柱の魔王〟により封印の迷宮へ封じられたと伝えられている。
――
ザッコル一行の報告を聞いた【冒険者協会】は〔お伽噺の邪竜〕にS危険度と、星金貨1000枚の懸賞金をかけた。
このニュースは腕に自信のある冒険者共を〔封印の迷宮〕へと駆り立てる事となる。
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個体名/イチカ
《レベル/58》《種族/ファフニール》《年齢/表示不能》
HP/5956
MP/4500
膂 力/2500
防御値/2940
敏捷性/1200
【保有アビリティ一覧】←
【特 性/耐 性】
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なるほどなるほど、全然わからん。能力値だとかアビリティとかさっぱり意味がわからん。
いや意味がわからない訳じゃない。ただ思考が追い付いていないだけだ。
まるでゲームだなぁとは思う。
わたしは迷宮を進みながら、能力を調べる事に没頭したのだった。
*
……アレ?
この道、さっきも通ったような? 角を曲がったり進んだり、逆に戻ったり。地図が無いからどこへ向かえばいいのかすらわからない。
また行き止まりか。
「コイツがあの〔お伽噺の邪竜〕……なんとおぞましい〝魔素〟と姿だ」
後ろから声が聞こえた。
よつん這いの女の子を後ろから見るとかサイテー。
「お前ら!! 絶対にここで邪竜を倒すのだ!! 逃せば世界の危機となると知れ!!」
振り返ると、赤い鎧を着た男が1人とその手下的な青鎧を着けた者が数人いる。
「者ども!! かかれ!!」
赤鎧の男がそう叫び、剣を頭上に掲げる。
すると青鎧の者達が剣に手を翳し、剣がみるみる氷に覆われ氷の大剣となった。
そしてその大剣は意思を持つかのようにわたしに切りかかってきた。
「食らえ! 我らの複合上位魔法、《アフームザーの大剣》!!」
氷の大剣の切先が迫ってくる
しかし――――
《悪神の護り を使用します》
瞬時に現れた水色の壁に防がれ、氷の大剣はわたしに触れる寸前でへし折れた。
自慢の必殺技(?)がわたしに通用しなかったようで、連中は戦慄の表情を浮かべている。
「では、こちらのターンなのだ」
"悪神の雷撃"!!
閃光。爆音。砕け散る壁。
わたしは小人とは反対側の壁に雷を放ち、逃げ道を確保した。
さらば小人共よ、逃げるが勝ちであーる!
―――
あの雷はわたしの持つ《高位アビリティ スサノオ》の効果らしい。あの技は《悪神の雷撃》という技名だと丁寧に書いてあった。
この〝アビリティ〟とやらは、この世界の大半の者が持つ「特殊能力」だという。
で、この〝ステータス〟が見れるのも《アビリティ 能力鑑定》の権能らしい。多分ありがたい力なのだろう。
その他にも《肉体変形》だとか《晨星落落》というアビリティや、【特性/耐性】についても調べたが、長くなりそうなのでまた別の機会に語るとしよう。
今はこの迷宮攻略に力を入れなければ――
「ってうわわっ!?」
今度は、目の前の壁に刻まれた六芒星から勢いよく鉄の弾が飛び出し、わたしの顔面に直撃した。
「痛ったぁ!?」
反射的にそう言ってしまったが、全く痛みはない。でもめちゃくちゃビックリした。ホントに。
それより、今のは罠かな? 罠は侵入者を撃退するもんなんだから、元々ここにいたわたしには反応しないでよ……
「グルル……! グギァァァ!!」
罠の次は、翼の生えた赤いトカゲに遭遇した。
わたしより二回りくらい小さいが、額に伸びる四本の角や鋭い牙と低いうなり声、そして口から吐息と漏れる炎は、どこからどう見てもRPGでお馴染みの魔物――
「どっ、ドラゴンなのだ!?」
ドラゴンはわたしを睨み付け、進行方向の道を塞いでいる。どうしよう、この先を進みたいのだが……
「グボオオオオ!!」
ドラゴンがわたしめがけて口から炎を吐き出した。しかし、サイズ差によってその炎はわたしの胸あたりに当たるのみで、分散されている。何より全く熱くない。
こっちも一応威嚇しといた方がいいかな……?
とりあえずわたしは、ドラゴンの奥の壁に向けて雷弾を一発ぶっぱなした。
「ギァっ!? ……きゅいーん!!」
案の定破壊される迷路の壁。それを見たドラゴンは、子犬みたいな高い鳴き声を出して走り去っていった。
「よかったのだ……なんとか追い返せたのだ……ん?」
弾で破壊した壁の奥に、小さな金色の箱が置いてあるようだ。
これは……宝箱? ダンジョンといえばのアレ?
よくわかんないけど、とりあえず箱ごと拾って懐にしまった。
それからわたしは小人やモンスターと遭遇しては逃げたり追い返したり、たまにトラップに迎撃されたりして――
一月くらい彷徨った。宝箱をどれだけ集めただろう。
周りには小人もいないようだし、今の内にと進んでいた所、目の前の角からうっすらと青い光が射し込んでいるのが見えた。
外だ!!!
思わず光の方向へ駆け出す。
岩で積み上げられて作られた出口をくぐり、わたしは天を仰いだ。
久しぶりの外は夜だった。紺色の空に様々な光度と色の星々が散りばめられ、その美しさに思わず息を飲む。
そして、星空の中で最も明るく光る、青い球体。そう、月だ。
まだ満月ではないのか、完全な球体ではなく、少し欠けてある。
この世界の月は青く光るんだなぁと、深く考えずに眺めていた所、とんでもない事に気づいてしまった。
アレ、地球じゃね?
球体の表面を薄く覆う白い雲。その下には瑠璃色の海が満ちており、そこに緑の大陸が浮かんでいる事が視認できる。
遠目なので大陸の形等はわからないが、空へと登るあの月は、どこからどう見ても地球とそっくりである。
やべぇ、本当に異世界に来ちゃった実感が出てきた。
それとも、ここが月なのか?
ああ情報量が多すぎて頭が痛くなってきた。誰か分かりやすくまとめてほしい。
空を眺めそう悩む中、前方から何かの気配が迫って来るのを感じ、目線を正面に戻した。
上ばかり見ていて気付かなかったが、周囲はわたしの胸の高さくらいの木々が広がる森のようだった。
その薄暗い上を、小さな蜂のような何かがわたし目がけて高速で飛んでくる。
近づいてくるにつれ、それが白いコートを身につけた小人である事が認識できた。その手には頑丈そうな両手剣を握っている。
それは剣先をわたしの頭へ向けて一直線に突っ込んできた。
わたしは咄嗟に左手で頭部をガードすると……
ザクッ!
左手首に、鋭い痛みが走った。
見ると手首が綺麗にパックリ割られ、そこから黒い液体が流れ出ている。刹那、鋭く焼けつくような痛みが手首に走った。
目の前には例の小人が宙に浮かび、わたしを観察している。
小人はブロンドの短髪で、体型から恐らく10代前半の少女と思われるが、顔は白い仮面に隠されて見えない。
こんな小さな少女が、なんだかヤバい怪物らしいわたしにダメージを与えた。
迷宮の小人では誰一人として為し得なかったというのに。
間違いない、こいつは強敵だ。
次回 この娘めちゃくちゃ強いんですケド