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かわいい悪魔

「他は埃っぽいのに、この扉だけやたら真新しくて小綺麗だな」


 ヒカリの言うそれは暗くて埃まみれな迷路には似つかわしくない、陶器のような質感の白い扉だった。

 一華達は、自分達が〝影〟と呼ぶものに導かれ、この〝人形置き場〟の前にたどり着いた。

 それまでやたら短い階段をちょこちょこ登り降りしたり、フレームだけの扉をくぐったり。


 その間〝それ〟が品定めをするように覗きこんでいた事を、彼女らは知らない。


 そしてここまで案内した〝影〟は一華達の視界から外れ、文字通りの影から彼女らを見守っているのである。


「ひょっとすると罠かもしれないし、ここは慎重に――」


「お邪魔するのだ、誰かいますかー?」


「っ!?」


 慎重にと言ってる側で一華が部屋の扉を開けてしまったので、ヒカリはちょっと怒った。


「ほぇ?」

「慎重にっつったろチカ姉!?」


「それより見てください、この部屋家具は無いのにぬいぐるみだらけですよ」


 二人を諌めるかのように、アンは扉の向こうを指差して言った。


「何なのだ……これ」


 ピンクの壁にかけられた燭台には、なぜかほのかな火が灯っている。そして異様な事に、たくさんの人形やぬいぐるみをうず高く積み上げた山が部屋のあちこちに形成されていた。


「どの人形もボロボロだな。腕や頭が欠けてる」


「ねえヒカリ。あそこにあるのって……」


 一華が指差すぬいぐるみの山に、人間くらい大きな人形がもたれかかっている。

 否。よく見るとそれは人形ではなく、本物の人間の男だった。


「ナルちゃん!!」


 アンはすかさずナルスにかけより、必死に声をかけた。


「しっかりして、どこか痛い所は無い? 立てる?」

「うぅ……ここはどこだ? 僕は確か……」


 ナルスはぼんやりとしていたが、すぐに状況を思い出したらしい。ハっとして


「そうだ! ()()が来る!」


 ナルスが突然そうアン達に叫んだ瞬間の事である。

 どこかからかバイオリンの弦を爪で引っかくような――もしくは無数の子供のうめき声のような、鳥肌を逆立てさせるおぞましき音が響き渡った。


「何よこの音!?」


 その音はしばらく続いた後に収まったが、今度は部屋中の燭台と持っていたランプから息を吹きかけたかのように炎が消え失せ、周囲は暗黒に包まれた。


「ヤバいヤバいヤバい! 逃げるのだ!」


 一華達は暗闇の中で、一華が手のひらに展開した結界の光を頼りに元来た道を辿り宿泊スペースまで逃げ帰っていった。

 ちなみにこの時にも一華の目には〝影〟が映っていたようである。





 *





 人形部屋から出たら、またあの〝影〟に案内されたおかげで何とか食堂まで戻ってこれた。


「ヒカリ、これからどうするのだ」


 わたしはヒカリに声をかけたが、ヒカリの声がしなかった。

 ナルスとアンとわたし。1人足りない! ヒカリがいない!!

 一体いつから――? まさかナルスみたいに拐われた? 〝悪魔〟とやらに。


「わたしもう一度行ってくるのだ」


 即決だった。あの人形だらけの部屋へならもう道筋は覚えた……ハズ。多分。

 結界の光を使えばランプもいらない。だから――


「一人で行こうっていうのか!? あの魔物は今まで見たことが無いくらいの魔力を持っていた! 駄目だ危険過ぎる!!」


「そうよ! ナルスを助けてくれた事は感謝するわ、でもここは改めて作戦を練ってからにした方がいいよ!」


 再び行こうとするわたしを引き止める二人。実はわたしも結構ヤバい魔物だから平気ってのは言えないし、ここはもう強引にでも行く。


「行かせてやりなさい」


 バートムさんがそあ言いながらどこからか現れた。

 ……わたしを卑下する目つきのズルクを連れて。


「おうおうおう、男の方は連れ戻したようだが赤髪のメスガキはどうした? あれか、はぐれて迷子ってか? ギャハハ!」


「少し言い過ぎですよズルク様」


 ズルクを笑いながら注意するバートムさん。いやなぜ笑っているの?

 これ以上考えるのは無駄だしここにいる理由は無い。


「……行ってくるのだ」


 わたしはナルスとアンの静止を振り切って単身迷宮へと入って行った。

 その後バートムかズルクか、あるいは両方かが――


「魔人か……生贄にはちょうどいい……」


 そう小さく呟いた。




 *





 こーゆー時はむむむ……そうだ!


『聞こえるかーヒカリー返事をするのだー』


 わたしはヒカリに対して思念を飛ばし、通信を試みる。

 しかし返事は無かった。


「まさかヒカリ……」


 思念を飛ばすには、相手に意識がないと伝わらない。

 つまり今のヒカリは眠っているか気絶か、あるいは――


「ヒカリーー!! 聞こえてたら返事するのだー!」


 もう気が気じゃない。思わず大声で呼びかけていた。

 ……それでも返事はない。


 昔っからヒカリはそうだ。クールぶっておいてなぜかしょっちゅうトラブルに巻き込まれる。

 この間だって何日も眠らされて、昨日は襲われかけたし、今度は行方不明。

 前の世界でだってヒカリに降りかかるトラブルはわたしがなんとかしてたっけ。


「だからわたしが落ち着かないと!」


 ぴしゃりとほっぺを叩いて自分に喝を入れる。じんじんと頬が熱くなった。

 よしよし、まずはあの部屋だ。あそこまで一気に()()()いこう!


 《肉体変形 蕾翼(らいよく) を使用します》


 わたしの背中から1対の黒い翼が服を突き破ってにょきりと伸びた。ただしいくつも青い花のつぼみをぶらさげた枝のような見た目は、翼とはほど遠い。

 でもこの形がなぜか一番しっくりくるし、他の形よりもしっかり飛べる。角と尻尾も出てしまうのが難点だけど、今はそんなのどうでもいい。


 一度はばたけば体が羽になったように軽くなり、二度はばたけば自在に宙を移動できるようになる。そうすれば意のままに空を動けるので三度目は必要は無い。


 わたしはその場で二度、翼を動かした。



 ―――



 真っ暗で澱んだ重い空気を切る音がする。体のどこも地面についてなくても移動できる不思議な感覚。

 こんなとこより外で飛んだらもっと気持ちいいだろうな。ヒカリ取っ捕まえたら空の旅でもしようか。

 そんな事を考えていると、いつの間にか全く知らない場所まで来てしまっていた。


 やばーい、完全に迷子だ。どうしよっかコレ。

 でも……うん?

 ここでは珍しくまっすぐな廊下を進んでいると、突き当たりに人形部屋と同じ型で紫色の扉が現れた。

 明らかに怪しい。やたらツヤツヤしてるし、扉の両側にはこれまたなぜかロウソクが灯っている。


 何かあるのは間違いない。

 そう思ってわたしは翼を〝収納〟して床を踏みしめ扉に手をかけようとした。

 すると……


 ふっ、とロウソクの灯りが消えて辺りが闇に包まれた。かろうじてわたしの手の内に出した小さな結界の青白い光が、おぼろげに足元を照らしている。

 そして漆黒の中で、黒板を爪で無理やり引っ掻くような、もしくは無数の人々の叫び声のような轟音が鳴り響いた。


 さっきは突然この音がしてみんなパニックなって逃げ帰った。そしてヒカリが消えた。でも今回は逃げない。


 敵の襲来に身構える。どこから来るのか、どんな姿をしているのか、どんな攻撃をするのか……

 未知の敵が潜む暗闇の中でひとりぼっち。正直すっごく怖い。

 来るなら来るのだ!


『あはは……』


 後ろで何かが笑った。すかさず振り向き奴を照らし出す為、電球のように、半透明な結界の中へ雷撃を閉じ込めた。

 しかし後ろには、照らされて奥に行くほど暗くなる長い廊下が伸びているだけだった。

 こういう時はよく、振り返るといるか上から出てくるのが定石だ。

 わたしは再び扉側に振り向き、上を見た。


 でも後ろにも上にも何もいない。

 ほっと一息つこうとした次の瞬間――


「玩具だ玩具だ玩具だ玩具だ玩具だ! 新しい玩具!! ありがとうパパ!!!」


 下からっ!? いや、わたしの影の中から〝それ〟は飛び出してきた。そして〝それ〟はか細く白い腕を、わたしへ振りかかってきた。

 咄嗟に避けようとしたが、間に合わなかった。


 床にどさっと何かが落ちる音がし、見ると褐色の肌をした左腕が力無く横たわっていた。

 腕を切断された? ……でもこの程度なら――

 その次の瞬間にわたしの左腕は押し出すように、ずるりと音をたてて再生した。


「あはははははははははははははははは! 凄ーーい!! 何それーー!!? あっはははは!!」


 わたしは〝それ〟の姿を見て拍子抜けした。


 なぜならそれは、黒いゴシックなドレスを身につけた銀髪の幼女だったのだから。


 その幼女(あくま)は無邪気に笑い、こちらの動向など気にせず、一方的に言った。


「ねーねーエリカとお料理ごっこしよーよ!? あなたが食材ね!!」

次回 子供のおままごとって、無邪気に残虐な事するよね

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