懺悔の生贄
「ナルスさんが、消えた……?」
相変わらず薄暗い食堂に、驚いたわたしの声が響く。
一方ヒカリは落ち着いた声で
「いつからいなくなったとか、心当たりはありますか?」
「明け方頃に、お手洗いへ行ってくると部屋を出たのは覚えてます。……何度か呼んでみたんですけど、返事は無くて」
トイレは食堂の手前にある。
中はそこまで広くはなく、おそらく男子トイレも同じだろう。
「例の失踪現象か……」
とヒカリが呟いた時、誰かが食堂に入ってきた。
「こんな朝早くからどうしたんですか?」
バートムさんだった。
アンはバートムさんに一通りの事情を説明した。
「また、起こってしまいましたか……」
ため息混じりに呟くバートムさんに対しヒカリが聞いた。
「これまで行方不明になってから発見された人はいますか?」
「……いるにはいますが、例外なく五体不満足の廃人になっていました」
「そんな……!」
それを聞いたアンは悲痛な声をあげた。
「大丈夫、俺達がそうなる前に連れ戻すよ」
「そうなのだ! なんせヒカリはえs――むぐっ!? むぐむぐ!」
Sランクと言おうとしたらヒカリにいきなり口を塞がれてしまった。
「えす……?」
「ははは、何の事でしょうかね?(俺がSランクのヒカリだとバレたら帝国の連中が来かねん。秘密にしてくれ)」
その事についてはなんとか誤魔化す事ができた。
それからバートムさんは特別に早く朝食を作ると言って隣接する厨房へ向かっていった。
*
ちょっと厨房を覗いたらまさか朝食はロボットが作っていたとは。ゴーレムというらしい。
わたし達だけ早く簡易的な朝食を食べて出発だ。いざナルスさん救出作戦へ!
ちなみにズルクはヤバい奴と事前にアンに説明して納得してもらえたので、アイツが同行する事は無い。
「クエストの概要用紙にも書いてあったでしょうが、ここは代々強引な改築を繰り返して文字通りの迷宮になっているのです。どうか迷わないよう、気をつけてください……」
私達を見送るバートムさん。
ここがどこかというと、食堂に入った扉に向かい合う位置にあるドアの向こう側だ。
細い通路右手前に窓らしきものがあって、その奥に小さなドアがある。
ランプが無ければ真っ暗で何も見えないだろう。
「ナルちゃーん!! どこにいるのー?」
アンの叫びは、暗闇に吸い込まれていった。
それにしてもちゃん付けとは、それほど親しい仲らしい。
このリア充め。
「なんだこれ……?」
ヒカリが不思議そうにする目の前には、何の変哲も無い扉がある。そのすぐ向こうが壁でなければ。
扉を開けた先は、部屋と言うにはあまりにも狭く不自然なスペースがあった。こんな人一人も入れない空間に、なぜ扉が……?
「強引な改築か。一体何のために……」
「この事件と関係しているのは確かなんじゃないでしょうか?」
冒険者二人がそんな議論をしている内にも、ヘンテコな部屋やら異様に短い階段をちょこちょこ登り降りしたりして、道に迷いそうだった。そもそももう迷っているのかも。
そんな中。
「ここ、他の部屋と違って内装がしっかりしてるわ。この家具は何でしょう?」
真っ暗な中で目を凝らし、その長方形の家具が本棚であるという事をヒカリが突き止めた。
クモの巣が張り巡り、床にはボロボロの本が散らばっている。どれも手にとろうとすると崩れてしまう。
「どの本も触れればくずれるくらい劣化してるな。これじゃ何も……ん?」
「どうしたのだ?」
「見ろよ、この本……じゃないな、この手記だけ保存状態が良い。中も読めるぞ」
「私にも見せてくれますか?」
それは、黒い革のカバーの手記だった。中は黒ずんでいるものの、所々読めそうだ。
―――
〝すまない……カ。愛しき我が…よ、お前を……変え………い、更にはここに………私をどうか許してくれ〟
―――
「何これ? 誰かへの……懺悔?」
「次のページにも何か書いてあるぞ」
―――
これ…見ている人……に、エ……につ……書き…す。
高…悪魔と……した…リ……、人なら……魔…と永遠の……た。しか…幼きエリ……力は、その心……せるのに十分だった。
私はこ………の被害を出さぬ…、………をここに……すると決めたのだ。年に………生贄…………えに。エ……は…の部屋の下。
―――
なんとか読めたページはこれだけだ。
「生贄?」
「ふむ……グロキシニア家は何やら深い闇を抱えているらしい」
ヒカリが手帳から推測をしていると、アンが手帳の中身を見て驚いていた。
「待って、悪魔ですって? 私達はなんて存在に……どうすればいいの、ナルちゃん」
デーモン。悪魔。前の世界では、悪の概念に人格を持たせたものだとか本で読んだ気がする。
「俺の推論だが、この迷宮と化した屋敷は、召喚した〝悪魔〟を閉じ込める為にあるんじゃないか? 生贄というのはつまり……」
「まさか今までの行方不明者が……!!」
「……恐らくな。急いだ方が良さそうだ。それにバートムさんはこの事を知っているかもしれない」
おおう、なんかわたしを置いてどんどん話が広がっていくぞ。
軽く《頭脳明晰》を使ってなかったらまたおいてけぼりになる所だった。
「とは言っても、一体どこを探せばいいのだ? この広い屋敷を……」
思わず言葉を止めてしまった。
その理由は――
「ヒカリ……あそこ……」
またあの〝影〟だ。
影が、扉の外から手招きしている。
「……行ってみるか、チカ姉」
「え? どうしたの?」
やっぱりヒカリとわたしには影が見えているが、アンさんには見えていない様子。
近づくと影は霞のように消え、少し離れた場所に再出現してはわたし達に手招きをしてくる。
まるで道を案内でもしているかのように。
―――――――――――
ここは誰も知らない秘密の花園。
パパに貰った新しい玩具も、どうやら他のと同じくすぐに壊れてしまいそう。
もっと頑丈な玩具が欲しいのにと〝それ〟は不満をもらした。
次回 銀髪ゴスロリ幼女には気をつけよう!




