幽霊屋敷
新章です
わたしは疾走形態に変身し、ヒカリを背に乗せ、木漏れ日の射す森を駆けていた。そういえば久々に人間以外の姿だ。
ヒカリはどうも体調が悪いようで、このまま一緒に走り続けるのは困難と判断し、この形態になった。
意識が朦朧としているので、肉体変形でベルトを作り、わたしにくくりつけ落ちないようにしている。
揺れにも気を使い、速すぎない程度に抑えている親切設計。
しかし、あとどれくらい走ればいいんだろう?
2時間前――
わたしとヒカリは壁を乗り越え闇夜の森を走っていた。
服装は昨日と同じミニスカートとパーカー。おそろいだ。
ヒカリは亀裂の入った白い仮面をつけている。
森はうっすら霧が出ており、初めてトゥーラ王国に来た時の事を思い出す。
あの事件が解決したのがまるで昨日の事のよう。
しばらく走っていると、ヒカリのペースが遅くなっている事に気がついた。
「大丈夫? 少し休憩するか?」
「はぁ……はぁ……大丈夫だ、これくらい……」
明らかに顔色が悪い。多分、月に一度来るアレだろうか。
これ以上走り続けるのは危険かもしれない。
「ここらで身を潜められるような所は――」
「「いたぞ! 捕まえろ!!」」
突如男の声が響いたかと思うと、白い鎧を装備し馬に跨がった騎士の集団に取り囲まれてしまっていた。
その内の一人、赤黒い髪の男には見覚えがある。
確か街でデイゴス達を襲っていた、ヴァイバルという男――
「むはは、追い詰めたぞ、ヒカリ……いや、
〝ハナノ帝国侯爵令嬢 シャクヤ〟よ!」
こうしゃく……しゃくや……?
待って、全く理解が追い付かない。当のヒカリは更に顔色を悪くしており、逃げる事はおろか会話すらままならない。
わたしがコイツらを撃退しないと――
「むはははは! いくら高位を持つシャクヤといえどこの数の上位持ちの前には敵うまい! 観念するんだ!!」
話し合える状況ではなさそうだ。
わたしは覚悟を決め、こいつらをこの世から〝消し去ろう〟とした時の事だった。
「ぐあっ!?」
騎士が1人馬から転げ落ち、上空から何かが土埃をたててわたしとヒカリの前に降り立った。
「オイラの友達に……手ェ出してんじゃねぇぞ?」
それはドスの効いた声で呟く、イセナだった。
「何奴だ! 邪魔立てするというならば、〝正義〟の名の元に消し去ってくれようか?!」
「やってみろ、返り討ちにしてやるんよ」
白鎧達は、馬に乗ったまま全員で青髪の少女に襲いかかった。
イセナは斬りかかってくる男達の後ろに移動し、馬に軽く足払いをかけた。すると連中は面白いようにスッ転んで馬の下じきになったり、鎧の重みで起き上がるのに苦労しているようだった。
『オイラが時間を稼ぐ。行け』
イセナは思念で、そう短く伝えてきた。
『ありがとうなのだ』
わたしは動けないヒカリをおぶさり、その場を後にした。
*
わたしは人間の姿に戻り、背負ったヒカリを見やる。
「チカ姉……ここは?」
ヒカリが力無く小さな声をあげた。
「気がついたかヒカリ。ここは……」
不自然にも、森の中に巨大な洋館らしき建物がある。だがそれは――
「多分、廃墟なのだ」
国を出てからおよそ半日。休むに良さそうな建物を見つけた。
館としか言い様のない外観だが、それはあまりにも巨大で、城か博物館と言われても違和感無い程だ。
しかし、伸びた蔦がネットのように壁へ張り付き、左右非対称で歪な形は一種の不気味さを感じさせる。
「あそこで今日の所は休むのだ」
「わかった……すまない、チカ姉……」
「全然いいのだ。それよりここ、中はどうなってるんだろう?」
森の中にぽつりと佇む洋館。
塀や門は見当たらないが、手前に生い茂る雑草の中に伸びる獣道のような帯が、どこからか館の扉へ続いている。
近づいてみると一層この館は不気味で、幽霊でも出そうな雰囲気だ。
窓の高さと数から3~4階建てと思われる。
「あれ? 誰かいるのか?」
扉の前まで来てふと見上げると、2階の窓から一瞬、人影が見えた気がした。
わたしは角と尻尾を肉体変形で引っ込めた。
王国は亜人に寛容だったが、他の所ではどうか分からないからね。
「失礼しまーす……誰か居ますかー?」
取ってつけたようにぴかぴかの扉を叩き、わたしは中に居るかもしれない人間へ呼びかけてみる。
……
しばらく待ってみたけど返事は無い。
試しにドアノブを捻ると、ぎぎぎと音を立てて扉が開いた。
ひょこりと顔を入れてみると、中は薄暗い。窓から入る光しか光源が無いようだ。
「お邪魔しまーす……」
暗いが、一応内容は見える。
廃墟……にしてはやけに綺麗な印象だ。
奥にも横にも広く2階まで吹き抜けのようで、天井にはシャンデリアが一つぶら下がっている。
玄関から見て正面に幅のひろい階段があり、吹き抜けの2階へ繋がっているのが見てとれる。
階段の脇の奥に何かあるようだ。
「……ヒカリ、見えるか」
「見えるぞ……誰かいるようだが……」
階段横の奥の暗いスペースに、かなり幼い少女が佇んでいる。
あまりにも暗く、かろうじて黒いドレスから出た白い素足しか見えない。
「……ここの人ですか?」
「ふふっ……」
微かに笑うだけで少女は答えない。
何か様子がおかしい。
ヒカリを背負ったまま、わたしは少女へ手を伸ばし――
「あのう……貴女達、ここで何してるんですか?」
「くぁwせdrftgyふじこlp!!?」
何事!? 心臓が口からまろび出るかと思った!
振り向くとそこには、黒いスーツで身を包んだ気弱そうな男が立っていた。
「びっくりした……ここに女の子がいてそれで――」
「何もありませんよ? そこには何も」
「え……?」
そんな馬鹿なと思いつつ後ろを見ると、そこには燭台のかかった壁しか無かった。まるで最初から何も無かったかのように。
「そんな……確かにいたのに……」
「貴女方はクエストでいらっしゃった冒険者ですか?」
男がそう聞いてきたので、違うと答えた。
「連れのヒカリの体調が優れないから、ここで一晩泊めてほしいのだ」
「そうですか。私の名前はバートム・グロキシニア。泊めてさしあげますが一つ条件があります」
条件? 騒ぐなとか部屋を汚すなとか?
「何が起こっても、私では保証できません。いいですか?」
えっ、それって何か良からぬ事が起こるって事?
でも、戻る訳にもいかないし、こんな森の中で休まる場所が他にあるとは思えない。
「かまわないのだ……」
こうしてわたし達は、この『幽霊屋敷』に泊まる事になったのだった。
「あ、あともう一つ――」
バートムが言いかけた時、がちゃりと玄関の扉を開く音が聞こえた。
「お邪魔しまーす……? クエストを受けてやって来た、ナルスと――」
「アンです。誰かいらっしゃいますかー?」
若い男女のペアが、扉を開けてうやうやしく中を覗きこんでいるのが見える。
「失礼、依頼した冒険者が来たようです。後で部屋の鍵を渡しますのでそこで待っててください」
バートムは入り口へ駆け寄り、若い男女の応対を始めた。
「ヒカリ、大丈夫かなここ」
「うう……」
辛そうにうめくヒカリ。会話は難しそうだ。
そうこうしてる内に、向こうの応対も終わったらしい。
「こちら、お部屋の鍵になります。階段を登って右の突き当たりの扉です」
バートムは素っ気なくわたし達と男女に鍵を渡した。
2人の部屋はわたし達とちょうど向かい側のようだ。
「あなた達も冒険者なんですか?」
「一応冒険者なのだ。連れの体調が悪いからここに一晩泊めてもらう事になった。よろしくなのだ」
「僕はナルスといいます」
「私はアン。よろしくね」
男女もとい、ナルスさんとアンさんは良い人そうだ。
わたしも名乗るべきかな。
「わたしはイチカなのだ。この背中のはヒカリ。よろしくなのだ」
わたしとナルス達は階段を上り、それぞれの部屋に入っていった。
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そこは誰も知らない秘密の花園。
床に散らばる〝お人形〟の残骸を拾い集め、〝それ〟は恍惚の笑みを浮かべていた。
それは文字通り、新しい玩具を買ってもらった子供のように――
次回 変質者め、ヒカリに何をするつもりだっ!




