人に化けた怪物
わたしは感動した。
それは白髪で褐色肌の少女。ぱっと16~17歳くらいに見える。
ぱっちり開いた瞳は美しい空色に光り、体の竜時に鱗のつなぎ目にあたる部分には、白い線のような模様が刻まれている。
臀部からは鞭のような黒い尻尾が伸び、自在に動かせるようだ。
側頭部からは真っ直ぐで細い角が後ろに向かって二対生えている。
そして、目の前にあるコレは鏡。
それが意味する事はつまり――
「これが、わたし……?」
ああ、この気持ちをどう表現すれば良いのだろう?
例えるなら、無くしてからずっと探していたものが忘れた頃に見つかったような感じ?
なんか違うな。
まあいいや、感覚的には一月ぶりに人の体に戻れたんだ。嬉しいな。
それに顔立ちは前世のわたしによく似て、超絶美少女だわ。
でも胸は……
平たい胸に手を当てて、嬉しさと嘆きを同時に噛み締めていると、何者かが部屋の扉をノックも遠慮も無しに開けて入ってきた。
質素な服装をしたデイゴスだった。
「王宮の方にヒカリさんを移す事に……って誰!?」
デイゴスは、ずかずかとヒカリの寝ている部屋へ入ってくるなり、わたしの姿を見てなぜか顔を赤くして驚いている。
……あ。
よく考えたら今のわたしは一糸纏わぬ姿で……
「……」
どうしよ! めっちゃガン見してくるよ!
その上に……あっ、今わたしの胸を見てほくそ笑みやがったな?
ああ!!?
怒りと羞恥心がキャパオーバーしたわたしは、その溢れる感情のエネルギーをデイゴスの顔面にビンタという形で炸裂させた。
*
案外、人外ってのも捨てたもんじゃないね。
アビリティの力で、頭身や体格を自在に変えられるんだから。(ただし胸の大きさは変えられなかった)
ひとまずわたしは体格を少し幼くして、魔法で収納していたヒカリの青いミニスカートとパーカーを借りた。
うふふ、似合ってる……!
「あの……もう大丈夫でふか?」
扉の向こうからデイゴスがくぐもった声で聞いてくる。
「入ってきてもいいのだ」
「失礼しまふ」
少し開いた扉から、頬をフグみたいに腫らしたデイゴスが遠慮気味にチラッと顔から部屋に入ってきた。
「王様にいきさつを説明したほころ、ヒカリさんを王宮の医者に診さへてもらえるほうで……」
「王宮?」
で、また王宮にやってきた。
ヒカリはわたしがお姫様だっこしてる。
だってあの変質者に、無抵抗な乙女の体を預ける訳にはいかないじゃん?
「あっ! おかえりデイゴ……ってどうしたのその顔!?」
謁見の間に入ると、黄色いスカートと白いシャツを着た橙色の髪の女の子……あっ、リナリアか――が反応し、デイゴスとわたしの顔を交互に見てびっくりしていた。
「そこの女の子はひょっとして……イチカちゃん?」
やっぱ鋭いなリナリアは……
「そ。どおだ、かわいいだろー?」
「女の子だったんだ……」
「わしはそもそも邪竜に性別があった事に驚いてますぞ……」
リナリアもハクセンも、なんか予想と別の方向で驚いてる。
てかわたしが邪竜ってバレてるみたい。
「……それでデイゴス、あなたイチカちゃんにセクハラか何かしたわね?」
じっとデイゴスの目を見つめ、微笑みに青筋を浮かべて問いかける、鋭いリナリア。
「いや、ほんな事ないですとも! 純粋無垢なオレがスケベな事する訳ないでしょう!?」
顔を赤い風船みたいに腫れさせた顔を青ざめさせ、デイゴスは全力で頚部を横に振って容疑を否認した。
「まあまあお二方、その件は保留にして、今はヒカリさんの事を王に説明しなくては」
そこへハクセンが仲介し、デイゴスの命を救った。
「んなぁーー誰かオイラを助けてよーー」
ふと、イセナの声が玉座の方から聞こえた。
「トゥーラ王国の守護神、春を司る魔物、水竜族の始祖!! そんな《青龍》が私の目の前に……! しかも元々落ちこぼれだったのが超進化して成った! 更にさらに人化まで!! ああ素晴らしい、夢を見ているみたいだ!!!」
うわっ…… それは目を子供みたいに輝かせ、イセナのほっぺたをつまんでいじくり回す、よだれをたらしたこの国の王の姿だった。
「ぶふっ」
あっ、今ハクセンが吹き出したぞ。これもツボらしい。
「くふっ……お、王よ、そのくらいで勘弁してやってください……ふっ……」
笑いこらえるハクセンの言葉が耳に届いたのか、王様はイセナを放し、今度はわたしの顔を見た。
「おや、そちらの娘も人化した魔物だな? ぐふふ……もっと近う寄れ……!」
ひい! この王様、完全に獲物を狙う獣の目をしている!
そのターゲットはわたしだ。
リナリアの後ろに隠れるイセナが、アイコンタクトで『逃げろ』と言っている。
「待たれよトゥーラ王、その前にこのヒカリ嬢を医者に診せるという約束を先に果たしてもらおう」
そこへハクセンの言葉により、わたしはなんとかピンチを乗り切ったのである。
「……えー、わかったよ。んじゃあ後宮に一室空きがあるからそこに寝かせといて。案内はそこの近衛兵にさせるから」
あからさまにめんどくさそうに、ふてぶてしく指示する王様。
……いや本当に王様なのか?
「後宮はこちらです。私に着いて来てください」
おっし、じゃあヒカリをだっこしてるわたしも後宮とやらに……
「おおっと、そこの青龍と角の生えた娘はここに残れ。黒幕とやらと戦ったのであろう? じ っ く り と 話を聞かせてもらおうてはないか……ぐふふ!」
邪悪な笑みを浮かべ、わたしとイセナを狙う野獣(※王様)。
「それではお三方、ごゆっくり……」
謀ったなハクセン!!?
みんなと近衛兵と共に、ヒカリは兵に抱えられ謁見の間から連れていかれてしまった。
――
「さて、君たちは人化が何なのか知ってるかい?
人化っていうのはね、人ではない生物が人間に対して強い憧れなどの強い感情を持つと、魔素が体を人間と同様の構造に作り変えてしまう事を指すんだ。それが〝亜人〟と呼ばれる者なんだよ。最近はこの亜人にも色々細かい分類がある事が研究により分かったんだ。ここでは2つの例を紹介するよ。人化した者から生まれた、生まれついての亜人や、人化という特性によって元の生物と人間の体を自分の意思で切り変えられる存在もいるんだ。君たちは後者だね。ここで魔素についても少し触れておこう。魔素というのはね、みんな当たり前に接しているから気づかないけど凄く特異な存在なんだよ。一種の物理法則でありながらエネルギー、つまり物質としての特性も兼ね備えているんだ。物質であり物理法則という特性を利用して、事象を起こすのが〝魔法〟というものなんだよ。この魔素にはもう1つ不思議な特性があってね、生物の遺伝子情報を解析して構造を再現するって力がある。この特性によって作られたのが回復薬さ。開発には百年かかったと言われているね。魔素は生物の身体構造を再現する力があると言ったけど、個体そのものを産み出す事はほぼあり得ない無いんだ。ところがね、魔素はなぜか人間の遺伝情報には強い反応を示し、何らかの形で人間の遺伝子に触れていた生物が人間に強い憧れのような感情を抱くと、極稀に人化させてしまうのさ! 凄いだろう?」
長っげえ! 王様の話長っげぇ!! 校長かよ!
隣の席に座るイセナを見ると、うつらうつらと体を前後に揺らしていた。
「ふがっ!?」
寝てるな……気持ちはわかる。
話を聞こうと言ってたのに、ずっと自分が喋ってるよこの人。よく噛まずに言えるな……
「――亜人の中でも、魔物が人化したものは〝魔人〟と呼ばれるのさ! ……って聞いてる?」
やっべ、こっちが聞いてないのに気づかれた。
「悪いね、癖で一度語りだすと止まらなくなってしまうんだ。長話はここでやめて、今度は触れ合おうではないか……!!」
一国の王がよだれをたらし、なんかとってもいやらしい手つきで近づいてくる……。わたしはイセナを起こし、後退るも後ろには壁が。
てか何爽やかに悟ったような顔してんだイセナ!?
「ぐふふ……たっぷり可愛がってやるぞ……!」
じわじわと、しかし着実にわたし達へ近づいてくるトゥーラ王。
ああ、もうダメ……
と、わたしも諦めようとしたその時、救世主は現れた。
「クラぁ!! あなた! その娘達に何やってるのさ!?」
どことなくハクセンに似た雰囲気の、雅な服を着た女性が、トゥーラ王の後ろから現れた。
「ら、ラント!? こここ、これは国を救ってくれた魔人達へのヒーローインタビューってやつであってだな……」
「それならわざわざ忙しい貴方がする必要無いでしょう!! そもそも本当なら、なんでその娘達はそんな隅っこで怯えてるのさ!」
凄い剣幕で王様を怒鳴り付ける、ラントという金髪の女性。
あの王様が怯んでいるだと……?
「そ、それは……」
言い返せない王様。
「貴女達、こいつの言ってる事は本当かしら?」
ラントはわたし達にそう聞いてきたので、全力で首を横に振った。
「だ、そうよ? あ な た ? あとでじっくりと説教してあげるから、部屋で正座してなさい!! 返事は!?」
「はっ、はい!!」
ラントは低いトーンで凄み、王は蛇に睨まれた蛙のようにびくびくしながら、玉座の後ろにある扉から飛び出していった。
……助かったのか?
「ウチの亭主が迷惑かけたね。……本当はしっかりした国王なんだけど、亜人の事になるとああなってね……
おっと、アタシの紹介がまだだったね。アタシはこの国の王妃をやってる ラント っていうの。会えて光栄だわ」
「わたしは一華なのだ」
「オイラはイセナってんだ。よろしくなんよ」
それからわたし達はラントさんと少し話し込んだ。
ラントさんはどうやらハクセンの愛娘のハーフエルフだとかで、トゥーラ王が幼い頃からずっと目をられつきまとわれ、さんざちょっかいをかけられた挙げ句結婚したと。
エルフというのも、亜人の一種らしい。
「ラントさんも苦労してるのだな」
「あら? あんなのでも意外と頼りになるのよ?
……おっと長話はここまでにしなきゃね。貴女達を後宮へ連れていくんだったわ。すっかり失念してた。アタシについてらっしゃい、ずっと眠ってるお仲間のお部屋へ行くわ」
ラントさんに連れられ、わたし達は王宮を出てから裏手にある建物の中へ案内された。
幾何学的な格子窓に、赤い壁と天井。どこまでいっても中華っぽい所である。
「この部屋よ。失礼するわ」
ラントさんが目の前の引き戸を開けようとした所、先に内側から黄色い着物を着たおばさんが出てきた。
「あらあらラントさん、と……噂の魔人さんですね。お話はかねがね伺っております」
物腰柔らかそうなおばさんは、こちらへ微笑みおじぎをしてくれた。
「この人は カダ さんよ。王国一番の医者なの」
「そう。わたくし国一番の医者で、そこのラントさんと同い年なんです」
わたしもイセナも、えっ? と一瞬困惑した中で、すかさずラントさんが別の話題を振った。
「今の言葉は気にしないでくださいな~。それより、ヒカリさんの容態はどうなんですか?」
「何の異常も見当たりませんわ。目を覚まさないのは恐らく〝呪術〟の類いによるものと思われます。わたくしの管轄ではないですね」
ジュジュツ? またよくわからない言葉が出てきた。
あとで聞いておこう。
「あらー、それなら仕方ないですね、お ば さ ま ?」
その時、ラントさんとカダさんの間に稲妻のようなものが走ったのを、確かに見た。
なんか一触即発なので、微笑みの薄皮を被った二人を置いて、わたし達は部屋に入っていった。
赤いベッドに横たえられたヒカリ。
デイゴス達は見当たらないので、多分別の部屋にいるか街へ行ったのだろう。
「ヒカリ……」
すやすやと寝息が聞こえる。
明るい赤髪のヒカリは、ちょっと叩けば気だるそうに目を覚ましそうである。
いつかのあの日のように。
「……ここまで来てなんだが、オイラ邪魔みたいだな。部屋の外で待ってるよ」
イセナが気を利かせて扉を閉めてくれたおかげで、部屋にはわたしとヒカリの二人きりになれた。
「見てよヒカリ! わたしとうとう人化できたのだ!!」
「……」
しかしヒカリは何も応えない。
……せっかく人間の姿になれても、ヒカリが目を覚ましてくれなきゃ全然嬉しくないよ。
ああ、なんだか視界が歪んで見える。
ああ、なんだか眠くなってきた。
目が覚めたら、全部夢だったらいいのに――そう思いながら、わたしは眠りの中へと落ちてゆくのであった。
次回 ようやくヒカリを起こせそうだね




