白黒の道化師
霧はまだ出ている。
ヒカリはデイゴス達を探すため、降下して再び霧の中へ入った。
「あいつらどこ行ったんだろうか? 全員まとまっててくれれば探すの楽になるんだけど」
そう暢気に呟くヒカリ。
全員生きてるかすら疑問のわたしは、思わずため息をついた。剣化してるから息なんて吐かないけどね。
みんな無事だといいなぁ。
と、悠長に構えていた時の事だった。
「うあっ!!」
突然、ヒカリが悲鳴を上げた。
「どうしたのだヒカリ?」と声をかけるも、返答は無い。
それどころか、わたしを握る力が抜けてゆき、手からわたしが滑り落ちた。
というかヒカリも真っ逆さまになって一緒に落ちてる。
その時、ヒカリのブロンドの髪が緋色に染まるのを見た――
唐突な事態を飲み込めないわたしに、追い討ちをかけるが如く〝ヤツ〟は現れた。
「珍しい、珍しいねえこれは! こんなにも〝観客〟がいるなんて!!」
突如、人を小馬鹿にするような飄々とした声が響いた。
声のした方向には、白黒の幾何学的な模様のマントで体を包む、地肌の見えないピエロのような人間? が浮かんでいた。
ピエロはそのマントから少しだけ出した手の上に、紫色の光弾を生み出して――
そのまま、意識の無いヒカリへ向けて魔法弾を放つと、霧の中ですら霊峰全体を照らす程の大爆発に包まれた。
*
黒いピエロの群れと戦うデイゴス一行。
デイゴスは剣で、リナリアは氷結魔法で、ハクセンは各属性の上位魔法で、イセナは嫌々そうに、しかしまんざらでもなさそうに己の肉体で戦っている。
小さなピエロの一体一体は非常に弱く、ちょっと攻撃すれば消え失せるのだ。
そうして順調に敵を減らし、とうとう全滅させた。
「ハア……ハア……これで終わりか……?」
息の荒いデイゴス。
「ヒカリちゃん大丈夫かな……」
リナリアが呟くが早いか、
上空から青い鱗を持つ巨大なドラゴンが、デイゴス達ギリギリの所へ地響きをたてて落ちてきた。
それを見たイセナは、真っ先にドラゴンへ駆け寄った。
「イセク!! オイラの大事なイセクが……」
全身ぼろぼろでピクリとも動かないイセクだが、辛うじて息はあるようだ。
「良かった……生きてるよ」
安堵するイセナの横で、デイゴスがハクセンにしゃべりかけた。
「まさかこの青いドラゴンが、さっきの少年なのか?」
「実の家族がそう言っているのですからそうなのでしょうな。
それに魔物が人の姿を持つ事なんて、わしらにも馴染みがあるでしょう?」
冷静に説明するハクセン。
力が抜けてその場にへたりこんだリナリアは、気の抜けた声で現状を語った。
「疲れたわ……でも何はともあれ、ヒカリちゃんが勝って、これでハッピーエンドだよね」
しかし……
「いや、まだ終わってない。本当ならイセクはこんな悪い事をする奴じゃないんよ、きっと操っている奴が――」
イセナが言いかけた時、上空で何かが強く光った。
と思った瞬間には、強烈な爆風が地上のデイゴス達を襲ってた。
「うおおお!?」
またもデイゴス達は吹き飛ばされたが、デイゴスとハクセンとイセナの三人は横たわる巨竜の体に引っ掛かったおかげで、それ以上飛ばされる事は無かった。
ところがリナリアは飛ばされる方向がずれ、近くの木の幹に押し付けられるように貼り付いている。
それだけなら良かったのだが……
爆風に乗って、巨大な木片がリナリアに向かって飛んで来ている所が三人の目に映った。
「リナリア!!」
「リナリア嬢!」
呼びかける二人だったが、その体が助けに動くにはあまりにも突然の事だった。
しかしここで果敢にも助けに動き出した者が一人。
「オイラが! 助けに行く!!」
イセナは爆風の中全力で走り、リナリアへ襲い来る木片の前に立ちふさがった。
《使役》されている魔物は基本的に死なない。テイマーの常識である。
「しかしこれは……」
爆風が少し収まり、地に転がるイセナに駆け寄った三人は驚愕した。
イセナの腰から下の半身がちぎれ、臓物が漏れ出ている。
三人はひとまずイセナをイセクの元へ運んだが、何かが起こる事は無かった。
「あたしのせいで……そんな……」
リナリアは茫然と宙を見つめている。
イセナの意識は朦朧としており、言葉を交わす事はもうできないだろう。
「これではわしの回復魔法ですら……」
彼らにできる事は何も無く、ここで何かが来るのをただ待つしかないのであった。
それから数秒後の事である。
爆発により霧が一時的に晴れた星空。今日は満月だ。
そこに昇るきのこ雲の中から、イセクよりも巨大で黒い、単眼の怪物が降ってきた。
*
あの白黒ピエロがヒカリに魔法弾を放ってきた瞬間、わたしはとっさに結界を張ったのだ。
しかし、勘だけど、あれに今の結界は通用しないと感じた。
だからわたしは覚悟を決めて、〝本来の姿〟に変身し、巨体を利用してヒカリを爆発から守った。
案の定、結界は一瞬で崩壊した。
〝本来の姿〟、正体を隠していたいからあまり使いたくはなかったけど仕方ない。
そろそろ地面だ。
わたしの手の中にいるヒカリはピクリとも動かない。髪も赤くなって、一体何が起こっているのだろう?
ずしんと、わたしの着地が大地を揺らす。
足元に注意してと……おや?
あの青い竜は、イセクじゃないか、ここに落ちてたのか。その側にはちっちゃなデイゴス達がいる。
「ななな何だ!? まさかこの化け物があの爆発を……?」
女子高生に化け物なんて失礼な。後でデイゴスになんか言ってやろ……ん? え、イセナ?
ウソでしょ、体が……
「ンッふっふっふ…… 驚いた、これは驚いた! たくさん〝観客〟が見てる上に、《おとぎ話の邪竜》までいるとは!!」
上空にはあの、『白黒ピエロ』が不敵に浮かんでいた。
その後ろには青い満月が浮かび、不気味さを一層引き立てている。
何なんだアイツ……
ピエロは白黒ツートンの笑い仮面――左の白色側には涙のマークがある――を右手で押さえて、不可解な笑い声をあげている。
わたしは意識の無いヒカリを、後ろのデイゴス達の元にそっと寝かせた。
「ヒカリを頼むのだ」
「は? えっ、えぇ!?」
混乱し、怯えるのか驚いてるのかわからない表情のデイゴス。他の二人も同じ表情だ。
ごめんね、説明してる暇は無いんだ。
わたしは横たわるイセクごと、ヒカリ達を結界で包んだ。
一枚だけじゃ破られるから3重にした。
「まさかイチカちゃん?」
リナリアなら事情が少し理解できてるかもね。
「良い日だ、今日はなんと良い日だ! 〝観客〟がこんなにも! だから楽しませよう、〝観客〟を楽しませよう!!」
支離滅裂な事を口走る白黒ピエロ。
マントの中に隠した手の平からまたあの紫の魔法弾を放ってくる。
さっき受け止めた感じでわかるけど、あれに何度も当たったらヤバい。
結界では防げないみたいだし、相殺しよう。
《悪神の雷撃 を使用します》
わたしはこちらへ飛んでくる紫の魔法弾に手を向けて、電弾を一発放った。
目の前でさっきのものと比較にならない程の爆発が起こり、辺りを眩く照らす。
爆煙で白黒ピエロの正確な位地が掴めないが、数打ちゃ当たるだろと、十本の指から雷撃をガドリングのように撃ちまくった。
しばらくして煙が晴れると、そこにはピエロが何事も無かったかのように浮かんでいた。
「無駄、無駄だよ。そんな弾幕ごときであたしを仕留められるとでも? 甘い甘い!」
……何者なんだこいつは。
そうだ、〝能力解析〟で調べてみよう。何か弱点が分かるかもしれない。
―――――
Unknown
―――――
え? 嘘、見れないなんて事あるの!?
「ンッふっふ、ジャミングってやつだねぇ! いきなりステータス覗きに来るなんて君は変態だ!」
「変態って、うるさいのだ……」
「怒られちった! てへ!」
キモい(直球)
それに笑えない。
白黒ピエロはまたマントから手を出して、何か不思議な動きをした。
すると今度は、辺りに散らばる大木や岩といった物体が宙に浮いた。
「〝回転大サーカス〟」
こっちも負けじと雷撃を放つも、木や岩はまるで意思があるかのように避ける。
それらはよく見ると、ぶつけてくる訳でもなくわたしの周りを渦を巻くようにとてもゆっくり回転している。どういうつもりだろうか?
ってあれ? ピエロの姿が見当たらない!?
「ンッふっふっふ、この〝観客〟の多さに加えて、どうやら中身もかつてのものと違うようだ。それにこの感じ……」
中身? 観客? 全く意味がわからない。頭がおかしくなりそうだ。
そして姿の見えないピエロは、もっと訳のわからない事を言った。
「さてはキミ、この物語の主人公だね?」
次回 一華ちゃんvs機械じかけの白黒ピエロ
邪竜もつらいよ……




