できそこないの夢
水竜族とは、魔物でありながら人の姿を持つ存在――『魔人』系の種族である。
水竜の里は、偉大なる〟初代〝の空間魔法により、人間の住む土地と切り離して存在していた。
里には一つの掟がある。
『強者こそ絶対正義』
自分より強い者には絶対に服従し、里で一番強い者の言葉こそ絶対なる正義であると扱う事。
弱者には何の権利も無い。
そんな掟のある里の中でイセナは、落ちこぼれだった。
イセナは人の姿になれない上に貧弱で、更にはろくなアビリティも持っていない。
ついたあだ名は〝できそこない〟
他の水竜に見つかれば差別と軽蔑と、罵詈雑言の嵐が待っている。
一方、弟のイセクは〟天才〝と呼ばれていた。
里一番の強さを持つイセクは、上位アビリティを複数保有し、細身ながら強靭な肉体を持っている。
更に温情さすら兼ね備えており、里中の人気者だった。
対照的な姉弟だったが、イセクは弱さなんて気にせずイセナが大好きで、イセナも弟の事を心の支えにしていた。
それでもイセナにとって弟との差は、天才たる弟の顔に泥を塗り、根強い劣等感を生じさせるのに十分だった。
――強くなりたい――
イセナはその夢を叶える為に、ひたすら努力した。それはもう、この世の誰よりも頑張っているんじゃないかというくらい。
窮地に追い込まれた魔物は、覚醒して凄まじい能力を手に入れる事がある。
そんな話を聞いたイセナは、焚き火の中で体を焼き付けたり、1日中巨岩に頭突きしたりして、自分を追い込み覚醒を促そうとした。
しかし一向に、強くなれる気配は無い。
それでもイセナは、意味があるかもわからないのにそれらを続けていた。
「弟がイセクじゃなかったら、とっくにお前は里から追い出されてるよ。なぁできそこない」
どれほど馬鹿にされようと、少しでもイセクに近づけるなら、いくらでも頑張れる。
「イセナならきっと強くなれるよ」
そんな気がしていた。
***
「……を開け……目を開けるんだ」
イセナが目を覚ますと、一帯を埋め尽くす無数の道化師のような魔物と、それらと戦う3人組が目に入った。
「良かった、大丈夫か?」
大剣を振るいながらイセナへ声をかけるデイゴス。
「オイラは一体……」
「お主の悲鳴が聞こえたから駆けつけたのです。ここはわしらに任せて、安静にしておれ」
炎弾を杖先から魔物の群れへ放ち、穏やかな声色で落ち着かせるハクセン。
そして、地に膝をつくイセナの背中を優しく擦るリナリア姿があった。
「あたし言いすぎた。あなたの事情は知らないけど、きっとひどい事を言ってしまったのね、ごめんなさい」
「どうして、どうして魔物なんかに、オイラなんかを助けてくれるのさ?」
弟以外に温情を向けられた事の無かったイセナは、胸の奥で言い様の無い感情が沸き起こるのを感じていた。
「……なんだか昔のあたしを見ているみたいで、放っておけないのよ」
「……」
黙りこむイセナ。
「んな事知らねーよバカ!!」
そう叫び、イセナはその場から逃げ出した。
道化師の魔物一体一体はとても弱いので、逃げようと思えば逃げ出せるのだ。
「ちょ、待ってよ!」
リナリアは思わず、走り出すイセナの背中へ向けて《使役》をかけた。
再び使役されたイセナはそのまま踵を返して、磁石に引っ張られるかのようにデイゴス達の場所まで戻された。
「……」
気まずい空気が流れる。
「……わかったんよ、オイラも一緒に戦えばいいんだろ? 」
なんだかんだでイセナは、デイゴス達と一緒に戦う事になったのだった。
*
――――――――――
個体名/イセク
《レベル/46》《種族/水竜魔人》《年齢/16》
HP/1680
MP/897
膂 力/859
防御値/566
敏捷性/713
【保有アビリティ一覧】
《上位複合アビリティ忘我混沌》
【特 性/耐 性】
《人化》
《水属性耐性(中)》
――――――――――――
ほうほう、なるほどなるほど。
わたしは今、イセクのステータスを調べていた所だ。
イセクは迷宮で見てきた奴らとは桁違いに高いステータスで、まだこの世界の基準はよくわからないが、国を滅ぼすには十分な程度なのだろう。
それでもヒカリの半分以下というのが恐ろしい所。
少年のような見た目から打って変わって、青い鱗のドラゴンになったイセク。
指の間に水掻きがあったりと少し魚っぽい見た目だ。
なかなかカッコいいフォルムだが、違和感が拭えない。
その理由は――
「アアア! グアアアア!」
ヒカリへ噛みつこうとしたり、唸る姿はまるで獣のよう。
さっきまでのイセクと違って言葉が通じないというか、知性が無い感じ?
なーんか変なんだよね。
「奥の手ってやつか?」
ヒカリは冷静にイセクの噛みつきを回避し、呟いた。
さっきは、魔法で剣だの竜巻の弾幕を使ってたイセクだったけど、今では巨体を利用した体当たりや噛みつきと、たまに魔法攻撃を飛ばしてくるが、剣とは程遠い不定形な水弾だけだ。
「奥の手にしては強化された感じしないな」
ヒカリはイセクの大振りな攻撃の隙を突いては、剣の峰で叩いてゆく。
こんな巨体の竜に峰打ちはあまり効かなそうだと思ったけどそうでもなかった。
「グッ……オオッ ギャアアア!!!」
悶絶するイセク。
ヒカリのパワーじゃ峰打ちとか関係なさそう。
鱗はひび割れ、あちこちで紅色の地肌が痛々しげに露出している。
見てる(斬ってる)こっちまで痛くなってくるわ。
ヒカリの攻撃でもう満身創痍だけど、降参しろって言っても言葉が通じるかどうか……ん?
「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
高らかに、それでいて苦し気な咆哮。
その瞬間イセクの体が青い濃密な魔力のエネルギーに包み込まれ……
「なるほど、最後の抵抗か」
ヒカリはまだまだ余力を持っていそう。
青く流動性のある光の膜のようなものに包まれたイセクが、全力でこちらへ突進してくる。
さすがのヒカリもあれを捌けるとは到底思えないが、余裕の笑みを浮かべているのでやっぱりなんとかなるんだろう。
「俺に力を」
その掛け声と共にヒカリの体とわたしは、強く鮮やかな緋色の光に包まれ、こちらへ突進してくるイセクに向かって、正面から突っ込んでいった。
濃霧の暗闇の中、青く水々しい光玉と、緋色の熱玉がぶつかり合い、拮抗している。
青い光の中から腕を伸ばし、ヒカリを掴もうとするイセクだが、ヒカリを包む紅い光に弾かれてその手が届くことは無い。
二つの光がぶつかり合い拮抗していた中、緋色の光が押し始め、拮抗が崩れようとしていた。
「オオオオオォォォォ……」
イセクは最後に弱々しく一吠えし、緋色の光へ呑み込まれていった。
ヒカリが身を包む光を閉じると、地上にイセクが落下してゆくのが見えた。
「今回の敵はかなりキツかったぜ。大変だった」
ヒカリは疲れているのか、気の抜けた声を出した。
「昨日わたしと戦ってた時とどっちがキツかったのだ?」
「うーん、どっちも同じくらいだな。チカ姉は純粋に強かったし、こいつは中途半端に強いから手加減が難しかった」
「あれで手加減してたのか!? 死んでそうなのだが!」
イセクの巨体が落下した方角を見る。霧はまだ晴れていないため地表は見えなかった。
「大丈夫、ちゃんと手加減したし多分生きてるだろ!」
親指を立てて『OK』のサインを作るヒカリ。
仮面の下ではきっと舌を出してウインクしてる事だろう。
何はともあれこれでこの国は救われたハズだ。
この霧もきっとそのうち晴れるんだろうな。
でもなーんか忘れてるような。
何だろう?
……わたしの出番が全然無かったから?
「さて、デイゴス達の元へ向かうとするか。霧が晴れないから探すのが大変そうだ」
剣の姿のわたしは、ヒカリの手のひらの中で、釈然としない気持ちでいるのであった。
次回 何かヤバいのが来そうなんですケド




