圧倒
ジャリン! ガキィン!!
宙を浮く鎖と男の持つ剣がぶつかり合い、火花を散らす。
広場の中心にある龍の石像には、白いローブを纏う少女が鎖でくくりつけられ、その足元には黒いタキシードを着た老男が力尽き倒れていた。
それを見やり、男は苦しげに声をあげた。
「よくもハクセンを! ……リナリアを離せ!!」
「ホラホラ! 仲間の絆とやらを見せてみろよ!!」
ヴァイバルという名の男は今、少女とその仲間を魔法の鎖でいたぶっている。
鋭く切れ長の瞳を持つ整った顔は、世間一般的に言えば美男に類されるだろう。身を覆う白い鎧とその血液を思わせるほど赤黒い髪は、一種の不自然を感じさせる。
一方の少女の仲間の男は、左目に大きな傷があり、黒い胸当てを着け、剣一本でなんとか赤髪による鎖の猛攻を耐えていた。だが、もはや体力は限界が近く、力尽きかけていた。
「ぐっ……もはやこれまでか……!」
「むははは! そろそろ終いにしようか!!」
整った顔つきに反し、その目は慾望に
ギャリギャリギャリ
赤髪の操る鎖は、少女がはりつけられた石像を地面から高く吊し上げ、
「な、何をする気だ、やめろ!!」
男と老男の頭上で石像の鎖をほどいた。
「潰れるがいいわ!! むはははは!!」
石像は地上の男と老男へ押し潰さんと迫る。石像には少女がはりつけられ、逃げれば彼女を見捨てる事になる。
そもそも逃げ出す体力が残っていればの話だが。
「お願い! あたしの事はいいから逃げて!!」
少女の叫びも空しく石像は赤髪の狙い通り、三人を潰すように地表へ激突した。
地面に衝突する寸前、一瞬石像の下を赤い光が走ったが、赤髪はそれに気がついていなかった。
「さあ、俺様の糧となるがいい」
石像の落下した地点から土埃があがり、濃霧と合わさって視界を妨げている。
赤髪が満足げに石像の破片をどけようとした時の事だった。
「危ない所だったな、大丈夫か?」
粉々になった石像の下から―――否。石像の向こう側から別の少女の声がした。
*
広場で石像ぶつけられそうになってる人が見えた途端、ヒカリは凄まじい速度で駆け出し、地面にいた二人と石像に縛りつけられていた少女を救出した。
少女は白いローブを身に纏い、顔はすっぽりフードに隠され見えなかった。
いや、ヒカリも見た目はワンピース着た無害そうな少女なんだけど、人を同時に三人担ぎ上げるとか力ヤバいって。勇者かよ。
「あ、貴女は! 大飛蝗の時の!! 我々を助けに来てくれたんですね!」
見覚えのあるおっさんが、ヒカリを希望の眼差しで見た。
「おっ、アンタはさっきのおっさん! また会ったな」
「いや、だからおっさんではないって…… はっ! そうだ、リナリア! ハクセン!」
おっさんは他の仲間の名前を呼び、キョロキョロと周囲を見渡す。
「アナタがあたし達を助けてくれたの……? でも早く逃げた方がいいわ、奴は《上位アビリティ》所持者、とても敵う相手ではないんだよ!」
石像にはりつけられていた白ローブの少女がヒカリに警告した。
「ぬう……リナリア嬢の言う通りじゃ。上位系魔法の使えるワシが全快ならまだ勝機はあったろうが、これでは……」
高価そうなスーツを身につけたじいさんが地に伏せながら付言した。力尽きているのだろう。
ひとまず敵の能力を解析してみるとしよう。
*
個体名/ヴァイバル
《レベル/44》《種族/人間》《年齢/23》
HP/595
MP/350
膂 力/284
防御値/198
敏捷性/163
【保有アビリティ】
《上位アビリティ 頑陋至愚 〔鎖創成上位魔法〕〔強制睡眠魔法〕〔中位雷撃魔法〕》
*
アビリティの上位とは何なのかを説明しなければならない。
わたしの《能力鑑定》によると、通常のアビリティよりも強力なモノを、《上位》と付けて呼ぶらしい。
上位クラスのアビリティ一つで大半の敵に勝てる程だとか。
そして、更に上のアビリティも存在する。
「聞いてた? 上位持ちが相手じゃ、あたし達でも―――」
「大丈夫、俺《高位》持ちだから」
ヒカリが女の子の言葉を遮りそう言うと、その少女とじいさんの表情が固まった。
左目に傷のあるおっさんは、驚きつつも頷いている。
「なんだ? ガキ……? 命が惜しければそこをどけ、俺様はそこの亜人に用があるんだよ」
赤髪はヒカリを濁った眼で一瞥し、剣を向けた。
「亜人? 事情は知らんが目の前で人が殺されそうになってるのを見過ごす訳にはいかねーからな」
「じゃあ死ね!!」
赤髪は遠慮も無しにヒカリに斬りかかってきたが、ヒカリはそれを軽く受け止め、弾き返した。
「ここは危ないから下がってろ! 巻き込まれるぞ!」
「剣の腕前はあるようだな!! ではこれを食らえ! そして死ね!!!」
じゃらじゃらじゃらじゃら
赤髪の足元から、先端に刃のついた太い鎖が沢山飛び出し、ヒカリの周囲を丸い檻のように包みこんだ。
四方を囲う鎖の壁が、どんどんわたし達に向けて迫ってくる。
逃げ道はないようだ。
外から赤髪の高笑いと、あの三人の叫び声が聞こえる。
《高位アビリティ 闇夜を照らすもの を起動します》
「光よ」
突然、檻の中に眩い緋色の光が溢れた。
あまりの眩さに瞼を閉じ次に開けた時には、わたし達を閉じ込めていた鎖の檻は跡形も無く消滅していた。
「俺様の上位アビリティが……《頑陋至愚》が負けた? ……いや、そんな事はありえない! さっさと死ね!!」
「無駄だ。たかが上位ごときが」
剣先に緋色い魔法のオーラを纏わせ、狼狽する赤髪に突きつけた。まあ予想はついていたけど、やっぱりヒカリは強すぎる。
「むははは! 俺様はまだ全力を出していないだけだ! 死ぬのはオマエらだ!!!」
半ばやけくそに叫ぶ赤髪。
「食らえ! 《広範囲複合魔法弾幕》!!」
赤髪は鎖の他に、桃色と青い魔法弾が無数に入り雑じった広範囲の弾幕を一帯に放った。
それを見たヒカリは、突拍子もない事を言い出した。
「突然だが俺はチカ姉を投げる! 着地したらすぐにその場で結界を貼ってくれ!」
有無を言わさずわたしをむんずと掴み、
「えっ!? ちょ待てよ、ちょっ……!」
思い切り後方へぶん投げた。
わたしは空中できりもみ回転しながら、何がヒカリの狙いなのかを考えた。
「くっ! オレが盾になる……! リナリアとハクセンは遠くへ逃げてくれ!」
わたしの予想着地地点に、例の3人がよろけながら立っているのが見える。
ああ、なるほど。
さっきの3人組、離れた所へ移動したものと思っていたけど、手負いであまり離れられなかったのか。
それを、弾幕から守ってほしいと。
「お安い御用なのだ」
《高位アビリティ 冒涜的なるもの を起動します》
わたしは着地する前に3人を薄水青の結界で包み込んでやった。
弾幕は結界に阻まれ、内側へ届く事はなかった。
「これはさっきと同じ結界……!? あの女の子は戦いながら我々を守ってくれているのか」
おっさんが何か勘違いしているようなので、訂正させよう。
「違うのだ、この結界はわたしの魔法なのだ」
「誰だ!? 結界内にいるのか?!」
おっさんは驚き、軽い驚きの声をあげた。
3人とも足元のわたしを見つけられないようだ。
「ここなのだ、足元から失礼するのだ」
ようやくわたしに気がついたようで、三人は驚きと好奇心の目でわたしを見つめた。
「魔物……? あの女の子の使役魔か?」
「わぁ! かわいい!」
「亜人でもない魔物が喋るとは珍しい。失礼、お主とあの少女は何者なのか教えていただきませんかな?」
怪訝の目つきで見つめるおっさん、
愛玩動物を愛でるように触ってくる少女、
冷静にわたしへ質問を投げ掛けてくるじいさん。
三人の対処に困っている所、結界の外ではヒカリと赤髪の戦いに決着がつこうとしていた。
「終わりだ」
弾幕を掻い潜ったヒカリは、赤髪の腹部に強烈な回し蹴りを食らわせた。鎧のひしゃげる音がする。
そして怯んだ赤髪の足首を掴み、ハンマー投げのように振り回し投げ飛ばした。
「ちくしょおおぉぉぉぉぉ……」
明らかに人間の力ではない。投げられた赤髪は、微かに伸び響く声を残し、濃霧に隠された空の彼方へ消えていった。
「終わったぜ。大丈夫だったか?」
わたしは結界を解いて、差し出されたヒカリの手のひらへ登った。
3人組を見たヒカリは、ボロボロになっていたおっさんと、黒いタキシードのような服装のおじいさんに、それぞれ回復薬と魔力回復剤を与えた。
それから元気になった3人は、説明してくれた。
この「霧」は何なのか、この国で起こっている異変についてを。
次回 じゃじゃ馬呼ばわりされてるんですケド




