微かな熱
「あ…、降ってきた」
天気予報では夜からだって言っていたのに。
ぽつりぽつりと降り始めた雨の染みに
土の匂いは濃くなって
傘を持たない私は一人、空を仰いだ。
よくある田舎の、広い農道。学校帰り。夏の夕暮れ。
急ぐことなく、のんびりゆっくり歩いていると
「───森永、」
「…ッ!」
不意に後ろから声をかけられた。
「──…ぁ、鈴谷くん」
びっくりした。
そこには同じクラスの彼が立っていて
ずい、とぶっきら棒に傘を差し出してきた。
「ッうぇ!…なっ、なに、」
突然のことにたじろぐ私。
長身に鋭い目つきで見下ろされ、ビビって少し後ずさる。
───うわぁデカイ…ッ鋭い目つき、怖い!
と、勝手に怯えて反射的に身構えると
「雨。これから酷くなるぞ」
「へぁ?」
見た目とは裏腹な親切な言葉を伝えられ、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。そんな私をよそに、半ば強引に押しつけるように渡される傘。
それを戸惑いながらも受け取ったとき
彼の額には汗。
僅かに弾んだ吐息。
触れた指先は、熱かった。
「えっ でも、あの、鈴谷くんはッ…?」
「俺はいい。………気をつけて帰れよ」
そう言うと彼は颯爽と走り去ってしまって
「え、あ、ちょっと─…ッ」
私はその場に、取り残された。
彼は、鈴谷くんは。
サッカー部で、エースなのだと言う。
運動神経抜群で、背も高くて。
みんなに頼られるすごい人。
けれど目つきが鋭くて、いつもしかめっ面で無愛想だから、とっつきにくくて怖いけど。
……こういう 気遣いができるあたり。彼はたぶん、きっと、優しい人なんだと思った。
そして去り際の、あの言葉。
手元の傘をじっと見つめて、それから触れた指先を。
優しく撫でた。
おそらく彼は、走ってきてくれたんだろう。
そしてこれから濡れて帰るであろうことに申し訳なさを感じながらも
なんだかほっこり、嬉しくて。
緩む口許と同時に
湧き上がる 得体の知れないこの気持ち。
「……明日、ありがとうって、伝えなきゃ」
彼の、彼らしい不器用な優しさを感じて
あたたかい気持ちに包まれて──。
さっきまでの警戒心は何処にいってしまったんだろう。
渡された青い傘を、くるんと回した。
弾ける水滴に、降りそそぐ雨。
スパンコールみたいに キラキラ光る。
「───鈴谷……瞬、くん」
自然と口から零れた言葉。
トクン、トクンと胸が鳴る。
「──…明日、お話しできるといいな」なんて。
ぽつりと呟く 私の心情は
彼のこと、いつもより少し 気になっていて
彼のこと、知りたくなった。
『なにか』が芽生えた、雨の日のこと。