浴衣
辺りが暗くなり始めた時、高く組んだ木に火が放たれた。
魔法で思いっきり火を付けたのだろう。あっという間に火柱になった。
「居た! ミツキ!」
「……リリア?」
立ち上がり付いてしまった砂埃を払った。
「どうしたの?」
「ちょっと来て!」
腕を引かれずいずいと歩き出すリリア。
理由は全く分からないが、暇だったので大人しく従う。
付いて行くと、一つの住居に案内された。
「此処、私の家」
「そうなんだ」
「入って」
「え? うん……おじゃまします」
中に入ると、知った人が居た。
「リツナさん?」
「あら? ミツキさん?」
此処、リリアの家だって……
後から入って来たリリアと顔を見比べて気が付いた。
リツナはリリアの母親なのだろうか。顔が似ている気がする。
「お母さん、ミツキにも祭りの服着せてあげてよ」
「ミツキさんにも?」
「折角村に来たのだから、思い出によ」
「そうね、分かったわ」
リツナは納得して大きな箪笥の引き出しを開けた。
「赤色あったよね? それをミツキにあげて」
「リリアはどうするの?」
「私は黄色が良いな」
勝手に話が進む中、わたしは箪笥の中を覗き込んだ。
「えっ、これって……着物?」
「知ってるの? 着物じゃなくて浴衣だけどね!」
着物は冠婚葬祭の時に着るそうだ。
浴衣はお祭り用って事?
リリアは目的の黄色の浴衣を手に取って裏に引っ込んだ。
浴衣を一人で着られるのか、すごい。
「ミツキさんは私が着付けてあげますね」
「すみません」
浴衣も着物も何度か着た事あるけど……自分一人で着た事は無い。
リリアは一人で着る事が出来るのかと改めて感心した。
「あの……浴衣はこの村の文化ですか?」
「そうね。大昔は皆着物を着ていたのよ」
風の民がこの世界にやってきた時は着物を着ていた。
長くこの世界に滞在するうちにアークバルトの文化が入り、今のようなアークバルトの国民と大差ない服装になったそうだ。
「着物の事も知っているのね」
「私の国でも祝い事の日やお祭りの時なんかに着物や浴衣を着るんです」
夏のお祭りに浴衣を着て出かけたのを思い出した。
また友達と夏祭りに行きたい。
「リツナさんは着ないんですか?」
「祭りに浴衣を着るのは若い女性だけなの」
風の民は遊牧民だ。そこまで裕福な村では無く、今ある浴衣や着物は誰かからの貰い物や古くからある物を直したものだと言う。
その為、数があまり無いので祭りの際は若い女性だけに着せる風習が残った。
若い女性だけに綺麗な服を着せる……賑やかしのようなものだろうか?
男性が着る甚平とかは無さそうだ。
「はい、出来ましたよ」
金の帯と赤い花の髪飾りを付けてもらった。
残念な事に此処には鏡が無いので自分の姿を見る事は出来ないが、笑顔のリツナを見てそこまで悪くは無いのだろうと推測した。
「ありがとうございます」
「ささやかな祭りですが楽しんでくださいね」
「はい」
微笑むリツナに母を思い出した。
お母さんに会いたいな。
「ミツキ、終わった?」
裏に居たリリアが声をかけてきた。
振り向くと、黄色の浴衣を着て髪を束ね簪を挿したリリアが居た。
着なれている感じに驚く。
風の村では祭りの開催が多いのだろうか?
……そんな気がする。来客があっただけで祭りになるし。
「じゃあお母さん、いってきまーす」
「気を付けるのよ」
家を出た後、さっきまでわたしが居た広場に向かう。
空はもう日が落ちて暗くなっていた。
「祭りは準備が大変だけど楽しいから!」
「うん」
白菜を大量に切った事はしばらく忘れられなさそうだ。
「祭りの主役は私達、若い女性! 着飾っていいのは私達だけなんだから!」
外を歩いていると、ちらほらと浴衣を着た女性がいる事に気が付いた。
本当に若い女性だけのようだ。
「お祭りって何をするの?」
花火大会、では無いだろうし。盆踊り? でもないだろうし。
キャンプファイヤーみたいな事はしていたけれど。
「え? なに?」
「お祭りでは何を……」
「何を? ……え?」
リリアは何度も首を傾げた。
その様子にわたしも首を傾げた。
「お祭りって……皆でわいわいして楽しむ事じゃないの?」
「わいわいするだけ?」
「わいわいして美味しいご飯食べるよ? 違うの?」
リリアにとっての……と言うより風の民にとって祭りとは……
皆で騒いで楽しんで……準備したご飯を食べて……楽しむ……
「バーベキュー……?」
一つの村をあげてのバーベキューのようなものか、と納得した。
そもそも剣と魔法の世界における村の祭りは、きっとこんな感じだ。
花火大会とか……そんなものがあるはずない。
「何でもない、ごめんリリア……忘れて」
リリアはとても不思議そうな顔をした。
広場に到着すると、すでに大勢の人がお酒を飲んだり食べ物を食べたり楽しそうだった。
ぐうう、と勝手にお腹の虫が騒ぎ出した。
「リリア! あんたなにしてんの!?」
お玉片手に女性が手を振っていた。
近くには大鍋と沢山のお椀。スープでも配ってるのかな?
「あっ! やばっ! 私配給係だったのすっかり忘れてた!」
「ええっ!?」
「手伝ってくる! ごめんミツキ!」
リリアはどうやらおっちょこちょいみたいだ。
手伝いに行ってしまった。
その場に居てもしょうがないと、歩き出す。
そう言えばレッドとロナントは何処だろう?
祭りは始まったから広場に居ると思うんだけど……
「がっはっはっはっ」
雑多に人が話している場でも、特徴的な笑い声が聞こえた。
レッドの父、オーランド。もしかしたら一緒に居るかも、そう思い声に向かって歩いて行く。
「あ、ロナントさん」
村長の家の前に姿を見つけた。
やっぱり一緒に居たようだ。
声をかけると何度か目を瞬かせ、
「ミツキか、誰かと思った」
浴衣を着ているせいで風の民かと思ったようだ。
「着せてもらいました」
「良く似合ってる」
「ありがとうございます」
「……ロアも同じ事を言っただろうな」
「………」
ロアも似合ってるって、言ってくれただろうか。
逢いたいな、ロア……
「なんだミツキ、着せてもらったのか」
串に刺さった肉をモリモリ食べていたオーランドがわたしに気が付いて話しかけてきた。
「リツナさんに着せてもらいました」
「おお、それは何よりだ! これでも食え」
「あ、ありがとうございます」
肉を一串貰った。
何の肉だろう? お腹が空いていたので一口食べた。
ごく最近たくさん食べた……鹿の肉だった。
オーランドはまた広場に戻って行った。
風の村では顔が広そうだし、色んな人に挨拶に行ってるのかもしれない。
「あの……レッドさんは何処に……」
「俺は今レッドを待っているんだ」
ロナントはそう言って村長の家を見上げた。
祭りに参加しないで家に居るらしい。
レッドは祭りとか好きそうなイメージだけど……
「レッドさんはお祭りとか好きですか?」
「そうだな、わいわいやる事は誰よりも好きだ」
「ロナントさんは?」
「俺は……心穏やかに居たい」
苦労が垣間見えたので、レッドの事で穏やかでは無い事が沢山あったのだろうとぼんやり思った。
「ミツキはどうなんだ? 祭りは好きか?」
「私は……好きな方かも知れないです」
「………」
「あっ、その……誘われれば行く程度で、一人で行く事は無いです」
「そうか」
ロナントが一瞬、ロアは苦労するかもしれないといった顔をしたので慌てて訂正した。
訂正すると明らかにほっとした表情をロナントが浮かべたので、相当苦労したんだなと少しだけ憐れに思えた。
何をしたらロナントをここまで追い詰められるのだろうか。
「おう、坊主! ミツキ!」
「オーランドさん?」
再びオーランドが現れた。
手と腕に大量の食べ物を抱えていた。
思い出したように再び腹の虫が鳴った。
「なんだ、腹減ってるのか」
「すみません……」
「少し分けてやろう」
肉の串は勿論、あったかいスープやおにぎりなんかもあった。
懐かしい気持ちもあって、おにぎりを一つ貰った。
ロナントは肉の串を二本貰っていた。
「レッドはまだ出て来んのか」
「裏口から逃げ出しても無い限りまだ出て来てないですね」
「さすがに逃げ出しはしないだろう」
逃げ出す……?
レッドが逃げ出すなんて事、有り得ない気がするけど……
と思っていると、家から人が出てきた。




