ロアの魔法
昼食を食べ終え、立ち上がってパンくずを落としていて、ふと思った。
魔法はイメージだって妖精は言った。
そもそもわたしは、魔法を数回しか見ていない。
わたしの髪を乾かしてくれたドライヤーみたいな魔法。
手紙を燃やした魔法。
このぐらいかな。
あ、身体強化の魔法もそうか。見た目は何も変わらないから、魔法かどうか分かりにくいけど。
「ねえロア」
数回しか見た事ないのに、イメージ……想像する事なんて、出来ないのではないか。
「わたし、ロアが魔法使ってるところが見たい!」
純粋に興味もあった。
ロアって魔法剣士みたいで大きな剣と魔法を使うけど、どんな魔法を使うの?
どういう風に、火の魔法を使うの?
ゲームとかと同じ感じなのかな?
わくわく。
今までわたしに魔法を教えてくれていた妖精も興味津々の様だ。
ロアは立ち上がってるわたしを見上げ、
「いいよ」
言いながらゆっくり立ち上がった。
「どんな魔法がいい?」
「え? うーん……ロアがよく使う魔法?」
「よく使うのはただ単に何かを燃やす魔法だな。薪を燃やすのに便利なんだが……違うだろ?」
「うん……じゃあ派手で目立つのとか」
ロアの全力とか見てみたい!
ロアはわたしよりもたくさん魔力を持っている。
わたしと違ってすごい魔法が使えると思う。
全力と聞いたロアは、ニヤ、と怪しく唇で弧を描く。
そして、少し低い声でおどかすように言う。
「俺が全力出したらこの草原が荒野に変わってしまうな……」
「……え」
「そこの町は跡形もなく消し飛び、地形が変わり、生き物が消える」
「……」
「そんな魔法が見たい?」
「………」
「ミツキ?」
「じょ、常識の範疇でお願いします……」
本気だ。嘘でも冗談でもない。
ロアってそんな魔法が使えるんだ……
ちょっと怖い……
「やらないよ」
ロアは何時ものロアに戻ってそう言う。
そんな事をしたら、実力派揃いの王都騎士隊にあっという間に討伐されてしまうとの事。
騎士隊に殺されるか、捕まっても重罪で打ち首。
どちらにせよ死ぬしかないようだ。
「王都、騎士隊?」
「王族を、王都を守るための精鋭隊」
王都騎士隊には1番隊から5番隊まであり、1番2番隊が貴族しか入れない隊で、限られた実力者だけが入れるのが1番隊。
3番から5番は主に平民の隊で、3番隊が一番上。
大昔は貴族平民、ごっちゃになっていたようだがそれぞれ摩擦があったようで分けられたらしい。
現在は貴族でも4番5番に入り、3番隊を目指す者もいるとの事。
「騎士隊には最高位魔力保持者が居たりするの?」
ロアに聞いた、規格外の存在。
一体どれだけの魔力を有しているのだろう。
「普通に居るよ」
それだけ言ってロアはわたしから離れ、剣を構える。
その刀身がぼんやりと赤く輝き始める。
わあ、何をするのかな?
「せッ!」
剣を横に薙ぐ。
刀身から放たれた斬撃が、半月型の形となって真っ直ぐに飛んでいく。
草原の背の高い草を半分ほどに切って行った。
「……すごい」
わたしの関心を余所に、ロアは指先でその飛んで行った斬撃を操る。
真っ直ぐに飛んで行った斬撃が、ぱっと方向を変え空へと登って行く。
どおん!
爆発した。
口をあんぐりと開けたままになる。
ロアは何時の間にか自身の周りに複数の火球を作っており、それが高速で青い空へと向かって行く。
ばん!ぱあん!ぱぱぱ……
花火。
一言で言えばそれだ。
近くだから音がちょっと怖い。
妖精たちはきゃっきゃと楽しそうだ。
ロアは次に剣を鞘に納め、目を閉じ集中し始めた。
ロアの近くにぼんやりと大きな何かが形になって行く。
「ドラゴン……?」
大きな二枚の羽根に長い首に大きな体。
人間なんか問題じゃないその大きさにただただ圧倒される。
半透明で赤い体のドラゴン。綺麗だ。
ロアは目を開ける。
再び鞘に納めた剣を抜いて、飛ぶ。
そう、跳ぶじゃなくて、飛ぶだ。
おそらく身体強化の魔法を使って飛び上がったのだろう。
近くに生えている背の高い木よりずっとずっと高い位置にロアは居る。
「切り裂け!」
天に向かって、ロアは剣の切っ先を向ける。
その声に応えるようにドラゴンの翼が風を孕んで勢いよく飛び立つ。
ドラゴンが唸り声をあげ、ロアのすぐそばを目にもとまらぬスピードで通り過ぎて行った。
「っ!」
ドラゴンが雲を切り裂き、空を割った。
物凄い音と衝撃。
でも、目が離せなかった。
あまりにもその光景が、幻想的で綺麗だったからだ。
割れた空から先程よりも濃い青がのぞき、裂けた雲の隙間から光が差し込んでいた。
役目を終えたドラゴンが砕け、赤い光の粒子となってキラキラと降り注ぐ。
まるで幻想的な一枚の絵画の様ではないか。
しかし、その光景は長くは続かない。
しばらくすると元の光景に戻って行った。
「やりすぎた」
少ししょんぼりしたロアが帰って来た。
こちらを窺い、申し訳なさそうだ。
「怖くなかった?」
「……」
「ミツキ?」
「すっ……」
「……す?」
ロアの手を取り、
「すっごかった!」
興奮したまま跳びはねる。
「すごいすごい!」
わたしの気持ちの高ぶりに反応したのか妖精たちも騒ぐ。
魔法ってこんなことも出来るんだ!
ロアが町一つ消すことぐらい簡単だよって言うのも分かる。
今のドラゴンが町に向かっていたらその通りになっていただろう。
怖い事だけど、ロアにはその気がないし、わたしはただ、すごいものを見てひたすらに感動していた。
「魔法って、すごい!」
「うん」
「ロアすごい!」
「……」
「かっこよかった!」
嘘は言ってない。実際、ロアはとてもかっこよかった。
ロアは照れくさそうに視線を逸らす。
「一端、町に戻ろう」
「どうして?」
「大技を使ったから騒ぎになってるかも」
あれだけの音と振動だ。確かに騒ぎになってるかも。
ふわふわ浮かんでいる近くの妖精が言う。
『もう騒ぎになってる』
『すっごかったもんね』
『びりびりきた』
「……ロア、もう騒ぎになってるって」
「あー」
ロアが額を押さえ、天を仰いだ。
町は、騒然としていた。
あれだけ多かった人が、家に閉じこもったのか明らかに減っていた。
代わりに騎兵の数が増え、その一人が町に着いたわたし達に声をかけてきた。
「失礼、お話を伺ってもよろしいですか?」
茶色い髪の緑の眼をもつ人だ。
でも、ロアより魔力は持ってなさそうだ。
周りに居る妖精がロアと比べると少ない。
「何だ」
少々威圧的にロアが返事をするので、驚いて体を強張らせる。
ロアの顔を見た騎兵は驚き、慌てて胸元に右手を置いた。
「しっ、失礼、ロア様でしたか」
「何だと聞いている」
相変わらず騎兵に対して上からだ。
騎兵とは警察の様な物ではないのか?
ロアは機嫌が悪そう、いや、実際に悪いのだろう。
「先程ストリア草原にて正体不明の音と衝撃があり、目撃者によるとドラゴンを見たと言う事で聞き込みをしておりました」
「ドラゴンなどと言う空想上の生き物がいると言いたいのか?」
「いっ、いえそのような」
「そんな事だから町民は不安がるんだ」
しどろもどろになった騎兵を余所に、ロアは笑顔になる。
心の中で小さく悲鳴を上げる。
目が全く笑っていなかったからだ。
「騎兵長に伝えろ」
「……は!」
「あれは動物の仕業だ、たまたま俺が居合わせたので討伐しておいたとな」
「動物、ですか?」
「何か問題があるのか」
「いえ、できればどのような動物だったのか、っ!」
「問題の動物はもういない、町は平和だ。町民たちを早く安心させるのもお前たちの仕事だろう」
「……ロア」
か細く、袖を掴んでロアを呼ぶ。
騎兵を睨みつけるロアが知らない人みたいで怖い。
魔法で大きな音が鳴るより怖かった。
ロアの大きな手がぽんぽんと頭を軽く叩く。
今度はわたしの知ってる笑顔だった。
「申し訳ございません」
「分かればいいんだ……俺は忙しい」
ロアに手を引かれ、その場を後にする。
宿屋の前まで来て、ロアを見る。
いつものロアに戻ったみたい。
と、言うかロア……
「原因は自分だったのに居もしない動物のせいに」
「言うな」
いたずらが見つかった子供みたいな表情だ。
宿屋に入ると、
「女将、カギ」
「カギじゃないわよ! 心配したじゃない!」
「何が」
女将はロアに詰め寄る。
「草原で大きな爆発があったって」
「そうか」
「一回や二回じゃないのよ!?」
「へえ」
「ドラゴンがいたなんて話も!」
「たいへんだなあ」
ロア、棒読み。
「俺は例えドラゴンでもどうにかなる」
「あんたがそうでもお嬢ちゃんは? 危ないでしょう!」
「俺が居るから問題ないだろう」
頬に熱が集まる。
俺が守るって言われたようで心臓がドキンと跳ねた。鼓動も早い。
仮に俺が守るから、と告白でもされたら簡単に惚れてしまうだろう。
その能力が十分にあるがゆえに。
「はぁ、まあいいわ。無事なようだし」
女将はそう言ってカギをロアに渡した。
ロアに手を引かれ、その横顔を見ながら階段を上って行く。
ドキドキ。
しばらくは静まりそうもない。