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社交界の噂


パーティの参加者、二組目で顔を覗かせたのは……


「あ! ロナントさ……」


その顔が困ったように、にこりと爽やかに笑った事を認識し、項垂れた。

ああ……やってしまった……


「ライトさん、すみません……間違えました……」

「はは、気にしないで。その様子だと父上と会ったんだね。間違えなかった?」

「思いきり間違えました」


そう言うと、ライトはまた声を出して笑った。

笑い事では、無いのだけど……

二人はとっても良く似てる。

わたしはさっきまでロナントと会っていたのに、判別がつかないなんて……


「ライト! なにしてるの? 早く紹介してちょうだい!」


後から入って来たのは、40代ぐらいの女性と、ロアぐらいの年齢の青年、それから御令嬢だった。


「イザベラ。そんなに急がなくったって……」

「初めまして、ミツキと申します」


御夫人に挨拶する。恐らくライトの妻だろう。

金の髪に緑の瞳。この人、魔力を持ってるんだ。

背は低く、少々童顔。特徴的なのは、じとっとした機嫌が悪いように見える大きな目だろう。


「イザベラ・ワイドナ・アルフォンソ、よ。イザベラと呼んで頂戴」

「はい、イザベラさん。よろしくお願いします」


頭を下げた後、むっとした表情のイザベラと目が合った。

何か気分を害しただろうか?

心配になっていると、ニコニコ顔のライトが嬉しそうに言った。


「ミツキちゃんの事、気に入ったんだね。良かった良かった」


むっとしているが、どうやらイザベラに気に入られたようだ。

イザベラの口元に笑みが見えて、そこでようやく安心した。


「当たり前じゃない! ロゼ様の息子のロア様が選んだのよ! 間違いがあるはずないじゃない!」

「あー……うん……えっと、うん……俺の兄上が好きだね?」

「当たり前よ! 社交界の貴公子だったんだから!」

「ふ~ん……」


ぶわっと鳥肌が立つ。

原因に目を向けると、そこにはニコニコ顔のライト。

そのニコニコがいつもと違う事にすぐに気が付く。

笑わないロナントがレッドに向ける笑顔。ロアがわたしに向ける嫉妬の塊みたいな笑顔。それと同種のものに変化していた。

イザベラはレッド同様、その事に気が付かずライトの兄であるロゼがいかに素晴らしいかを語り始める。


「物腰が柔らかくて、誰にでも優しくて……わたくしみたいなのにも優しく……」

「ふーん」

「年頃の令嬢はみんなロゼ様の事を狙っていたわ。わたくしは家の事情でお近づきになれなかったけど」

「ふーん」


笑顔のまま鼻を鳴らすだけのライトに恐怖を覚える頃、隣に居た青年がこそこそ耳元に話しかけてきた。


「ごめん、母上はいつもああなんだ。父上もあんな感じ。二人ともいい年なんだからやめればいいのにさ」


困った表情を浮かべる青年。

金の髪に緑の瞳。その顔立ちはライトにとても良く似ている。


「あの、あなたはライトさんの息子さん?」

「そう。俺はルクス。ロアとは仲良くさせてもらってるよ」

「えっと……3番隊所属、ですか?」

「うん。1、2番隊と違って3、4、5は実力主義だからまだしたっぱだけどな」


わたしからすれば3番隊所属でも十分凄い事なのだけど。

この感じだと、ライトもルクスも貴族のようだけど……どうして3番隊なのだろうか? 何か理由があるのだろうか? 聞くと、とても単純明快な答えが返って来た。


「おばあ様が3番隊の教官だからさ」


普通に行けばライトは学校を卒業後、2番隊に入る予定だった。

そこで横やりを入れたのが他ならぬレッドだ。

と言うのも、長男であるロゼにレッドはあまり剣術を教えられ無かった。

理由はグラスバルト家のしきたりのようなもので、跡継ぎには跡を継いだ者、つまりロゼにはロナントしか教える事が出来なかった。

レッドは反発したようだったが、最終的には飲み込んだ。

そしてその反動で、次男であるライトにはレッドが剣術を叩き込んだらしい。

つまり、ロゼの師匠はロナント。ライトの師匠はレッド。と言う事だ。

ライトが王都騎士隊に入る時、レッドはごねた。

曰く、ロゼの時は我慢したから今度はそっちが我慢しろとロナントに言い放ったらしく、今度はロナントが折れたようだった。


「おばあ様は弟子である父上を手放したくなかったみたい。その父上の弟子みたいな俺の事も同様に」

「ルクスさんも細い剣を使うの?」

「うん。そうだね。一番使い慣れてるかな」


ルクスは父親と同じように爽やかに笑った。

その笑顔は少し……ロアと似ている。


「ロアから話は聞いてたよ。よろしく、ミツキさん」

「はい……」


差し出された手に、自分の手を伸ばして握手した。

その時、強い視線を感じて視線を向ける。ルクスも感じたのか振り向いた。

ライトの後ろから眉を寄せわたしを睨みつけている御令嬢。歳はわたしと同じぐらい。

茶色の髪に緑の瞳、赤のドレスに同じく赤の花の形をした髪飾り。

母親と同じだろう、じとっとした目で恨めしそうにわたしを見つめていた。


「何をしているんだ、ミレイラ」


ミレイラと呼ばれた御令嬢は、ルクスを睨みつけた。

ライトの背を離れ、わたしから目を離さず一歩ずつ近づいてくる。


「何がではありません! お兄様!」


ミレイラの話し方は母親のイザベラそっくりだった。

ルクスが呆れた表情で妹を見た。


「何が」

「わたくしは、わたくしは認めません!」

「はあ?」


ルクスに噛み付くミレイラを茫然と眺める。

不機嫌そうな目がわたしをキッと睨みつけた。


「ロア様のお相手にこのような方認められませんわ!」

「そう? 結構お似合いだと思うけどな」

「おにいさまっ!!」


やれやれと言った感じでルクスが呆れている。

わたしは状況が未だに分からず、ぽかーんとしている。

怒っているミレイラが何故か突然目に涙を浮かべはじめる。


「わたくし、今までロア様の事を考えて来たのに……こんなのあんまりだわ……」


手で顔を覆って声を押し殺して泣き始めたミレイラに、ぎょっとする。

話が全く分からない……従姉妹のミレイラにロアは何かしたのだろうか?


「あー、もうミレイラ! 人前で泣くなよ! みっともないだろう」

「あの……ルクスさん?」

「ミツキさん勘違いしないで。妹とロアは何でもないんだ。簡単に説明するよ」


ミレイラをなだめつつ、ルクスが分かりやすく説明してくれた。

ロアに婚約者が居ない事はすでに知っての通りだが、一応これには期限がある。

20代後半になったら強制的に結婚し子供を残さねばならないようだった。

ロアの女嫌いはとても有名で、期限が過ぎても結婚しないかも知れないとミレイラはとても不安視したそうだ。

ロアと比較的仲の良かったミレイラは、グラスバルトの血を絶やしてはいけないと強く思い、血の近い関係ではあったものの嫁ぐ気でいたらしい。

ちなみに使命感のようなもので、ミレイラはロアの事を親戚としては好きだが恋愛感情はないようだ。


「従兄弟とは結婚できないし、ロアも嫌がってたろ」

「だって! じゃあ誰がロア様の子を産むのよ!」

「それは……」


ルクスがちらりとわたしを見た。

慌てて首を左右に振った。


「ロアが決める事だ。お前が決める事じゃない」

「決まらないから立候補してるんじゃない!」

「なら今からロアに聞けばいいだろ」


疲れたように溜息交じりでミレイラに言うルクス。

その言葉にハッとしたミレイラは兄の顔を見つめた。


「それもそうね!」


コロッと機嫌の変わった妹にルクスは深く、深く溜息を吐いた。

ミレイラは次にわたしをじとっとした目で見つめてきた。


「あなた、名前は?」

「美月です……よろしくお願いします」

「わたくしはミレイラ。ロア様に噂の事を聞いてからあなたとどう接するか決めるわ!」

「うわさ……? ですか?」

「そうよ!」


ミレイラは再びわたしの事を睨んだ。

そしてとんでもない事を言ってのけた。


「ロア様が悪女に騙されてるって! グラスバルトの財産が目当ての酷い女に! 公衆の面前で抱き合ったり、家にも居座ってるって話だわ!」


前半は全く当たってないけど、後半は全部当たってる……

ミレイラの発言にルクスが苦言を呈する。


「社交界の噂をあまり信じない方が良い」

「そうね! 少なくともミツキはそんな事しなさそう! 表裏が無いもの!」

「お前もな」


わたしが悪女だと思ったから睨んでたのかな。

社交界の噂……? ロアが結婚するかもしれないからって、こんな噂が出来てしまうのか……

貴族令嬢の嫉妬って怖い。

すると、


「きゃあっ!」


イザベラの悲鳴が聞こえた。

何事かと視線を向けると、ライトがイザベラを壁に縫い付けていた。


「イザベラぁ、楽しい?」

「なによ!」

「俺に嫉妬させて楽しいの? ん?」


ライトは、怖いくらい笑顔だった。

と言うかイザベラはずっとロゼがいかに素晴らしいのかをライトに話し続けていたのか!?

動けなくなった所でようやくイザベラは事態を把握したらしい。


「い……いやだわ。何を勘違いしているのライト」

「勘違い?」

「ロゼ様は単に憧れているだけよ? わたくしが愛しているのはあなただけですのに」

「んー?」

「そんな顔で見るのはやめて……何時も言っているでしょう? 本当の事よ」


娘と息子は、またやってる、と呟いていた。

日常的な光景なのかな。

そこにナタリアが戻って来た。


「まあ、どうなされたのです?」


ナタリアの問いかけに、ライトはイザベラを離した。

そして何時もの人好きする笑顔で、何でもないと告げた。

イザベラは安心したような表情だが、顔色はあまり良くない。

皆さんに伝えたい事が、と前置きしナタリアが口を開く。


「本日は……陛下がいらしています」


その言葉にいち早く反応したのはイザベラだ。


「まあ! レン様も来ているの?」

「ええ」

「早速御挨拶に伺わなくちゃ! 行くわよライト!」


ナタリアに先導され、イザベラにライトが呆れたように続く。

ミレイラがナタリアに質問をした。


「ナタリア夫人。ロア様は……」

「ロアはすでに会場に居りますわ」


答えを聞いて、ミレイラも意気揚々と両親に続いて行く。

ルクスも後に続いて行った。


「ミツキさん、また」


それだけ言って去って行った。

濃い家族だなぁとぼんやり思いながらその場に立ち尽くす。

後来ていない人は……

ロナントとレッドの夫婦か。

人が減ってまた静かになった玄関で、二人を待った。


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