妖精
手紙を付けた伝書鳩は再び飛び去って行った。
「あの鳩も魔力を持ってるの?」
「ああ、風の魔法を使って普通の鳩より早く飛べるんだ」
「へえ、すごい」
ロアに手を取られた。
これから魔法の勉強だ。
「目を閉じて」
言われたとおりに目を閉じる。
「魔力とは体に流れ、循環している物……意識してみて」
体を流れる……血液の様なイメージだろうか?
ロアの手から温かいものが流れ込んでくる。
目を閉じてると、より鮮明に感じられた。
「流れている物をほんの少し体の外に出すんだ」
内側から外に押し出すイメージで……
ロアの手が離れていった。
「ミツキの場合は水。外に出した力を水に変えるんだ」
……うーん。
「難しいか?」
「……はい」
魔法とは自分の魔力を放出し、それを変換する事みたいだ。
うんうん唸って、ようやく自分の手が湿る程度に水が出た。
それだけだ。
「なぜ、魔力が水になるのでしょうか?」
わたしの疑問にロアは首を捻る。
わたしには魔力が水になる原理がよく分からなかった。
それに、本当に魔力があるのだろうか?
目に見える物じゃないからそれもよく分からない。
その時、ふと風で掻き消えそうな小さな笑い声の様な物が聞こえ、辺りを見回す。
『くすくす』
『くすくす』
「だれ?」
『ここだよ』
『おねえちゃん』
『魔力の使い方、へたくそ』
『へたくそ!』
『へたくそだあ』
「!?」
驚いてひっくり返りそうになる。
なぜ、今まで見えてなかったのか。
草原の至る所に、わたしの傍に、ロアの近くにも、それは沢山居た。
それほど大きくは無く、三頭身ほどの人型に、四枚の虫の羽根が付き、赤、緑、青にそれぞれ淡く光る。
一つの童話を思い出す。
まるでティンカーベルだ。
「ロ、ロア!」
「どうした?」
「こ、これ! これなに!?」
人型の虫の様な物を指差す。
指差されたそれは、わたしの人差し指の上に大胆にも座った。
声にならない声をあげる。
「ミツキ! 大丈夫か」
ロアに抱えられて背を撫でられる。
くすくすと、軽やかな笑いが耳を刺激する。
「ロア! ロアには見えないの?」
「何をだ?」
「なんか小っちゃいんだけど、虫みたいで人みたいな」
『虫扱い!』
『ひどいや』
『ひどい!』
『おねえちゃんひどい!』
ブーイングが飛び交う。
「あわわわ」
「ミツキ、落ち着け! 何が見えたんだ? ゆっくりでいいから」
目を閉じ見ないようにしてから早口でロアに特徴を伝える。
「わたしなんかおかしくなっちゃったのかなっ?」
「いや……ミツキが見てるのはおそらく……」
「何か分かったの!?」
ロアに詰め寄る。
そういや此処で出会った時もこんな風に詰め寄ったなあ。
「俺は実際には見た事ないけど」
そう前置きして、
「妖精じゃないか? それ」
『わーあ!』
『おにいちゃんよく知ってるねー!』
『ぼくたち妖精!』
『普通はみえないんだからー!』
『ありがたくおもってね!』
『感謝してよね!』
「あっ、ハイ」
「……?」
思わず返事をすると、ロアが訝しげに首を捻った。
妖精たちは嬉しそうにわたし達の周りを飛び回り、歌を歌い、踊り始めた。
ロアが話し始める。
「妖精が見えたってことは、やはりミツキは風の民なのか?」
「風の、民……?」
ロア言うには、妖精が見える一族があって、それが風の民、とのこと。
風の民は、風と共に各地を移動する遊牧民だそうで、この国の端のどこかにいるらしい。
居場所が分からないのは国との交流をほぼ絶ってしまっているからだ。
「風の民の特徴は、男は高い魔力を持ち、女でも魔力を持っている事が多いんだ」
「魔力に秀でた民族なのですね」
「ああ……その所為で女が攫われることが多くてな……」
「うわ……」
魔力を持った女性は攫われる。
それで国との交流を一切絶ってしまっているようだ。
「あと、風の民には身体的な特徴があるんだ」
「特徴、ですか」
「風の民は黒髪なんだ。これが最大にして唯一の特徴だな」
「え?」
思い返してみると、町に黒髪はいなかったかもしれない。
宿屋の女将さんも商人も、炭鉱夫らしき人も、騎兵も……茶色か金髪だった。
じゃあ、ロアは?
ロアは黒髪だ。
じぃっと見つめる。
「俺は違う」
「でも黒髪……」
「俺は……祖母が風の民なんだ……風の民の村には行った事はない」
「……その、おばあ様って」
「祖母は攫われて来たわけじゃないから安心しろ」
「そっか、ロアは純粋な風の民じゃないから妖精が見えないんだね」
「ああ」
ロアはクォーターみたいだ。
もっとも見た目のせいで頻繁に間違われるらしい。
「わたしも風の民じゃないよ」
「本当に?」
「違う世界から来たんです……」
「そうだったな」
わたしの両親には魔力などと言うものは持ち合わせておりません。
現代日本には妖精と言う存在は無いと思う。
それに……妖精のせいで脱線してしまったが……
「わたし、魔法の才能ないのかなあ」
「最初は習うより慣れろが強いかな」
がっかり。肩を落とす。
魔力があるのに魔法が使えないなんて、宝の持ち腐れってやつだ。
くすくすと周りの妖精が笑う。
『おねーちゃん』
『それじゃむりだよ』
『がんばったってむり』
『いつになってもつかえない』
ひどい……地味にへこむ。
無理無理と何度も言われればさすがに傷つく。
妖精と言えばちょっとした憧れみたいなものもあったが、いかんせん口が悪い。
ロアによると、妖精とは魔力のあるところにとどまり、食事として魔力を体内に取り込むそうだ。
取り込んだ魔力の種類によって、赤緑青のいずれかになる。
魔力と共にある存在だ。
だから、わたしよりもロアの近くの方が妖精が沢山居るのだろう。
涙目になっていた所に、一人の妖精が口を開く。
『手伝ってあげようか?』
「本当!?」
一匹の妖精に大声で聞いてしまった。
魔力に詳しい妖精に教えてもらったら使えるようになるかも。
魔法、使ってみたいです!
『おねーちゃんがんばってるから』
『とくべつ』
『とくべつだよ』
『くすくす』
「わー! ありがとう!」
「ミツキ……?」
「あっ、ロア! 妖精たちがね、魔法の使い方教えてくれるって!」
「妖精が……?」
「うん! とくべつだって!」
「は? ちょっと、待て、ミツキ」
ロアは額を押さえる。
頭が痛い人のポーズだ。
「ミツキは妖精と会話してるのか……?」
「うん」
「……妖精って人語を話せるのか」
「うん、ぅん? 風の民は」
「風の民は見えるだけだ。簡単な指示を出せる人もいるが、会話は出来ない」
言葉に詰まり、妖精に視線を戻す。
『くすくす』
『おねえちゃんとくべつ』
『わたしたちの声がきこえる、とくべつ』
『騎士にまもられてるおねえちゃん』
『くすくす』
『とくべつ』
『くすくす』
幻聴なんかじゃない。
こんなにもハッキリ聞こえるのに?
「本当に?」
「嘘は言わない。祖母も……会話は出来ない」
絶句する。
この世界の人でも出来ない事を、何故わたしが出来るのだろう。
腕をさする。
こわい、こわい……わたし、やっぱりおかしいんじゃなかろうか。
幽霊が見える人ってこんな感じ?
妖精は幽霊とは違うと思いたいけど……
ロアも、わたしにどう声をかけていいのか迷ってる様子。
ごめん、変な人で……
と言うか、
「なんで突然見えるようになったのだろう……」
『おねえちゃん魔法つかった』
『妖精の眼、使えるようになった』
「魔法を使ったからあなたたちが見えるようになったの?」
『そうだよ』
『そうだよ』
『そーなの』
妖精曰く、わたしがちょっとでも魔法が使えるようになり、その……妖精の眼とやらが使えるようになったとか。
何故そんなものをわたしが?
霊感とかいらないよ……怖いの苦手……
答えはすぐに返って来た。
『へんな魔力!』
『特殊な魔力!』
『神様の力』
『わたしたち手伝う』
『魔法、使えるように手伝う!』
『それが神様の意思』
妖精が楽しそうに飛び交う。
神様のお手伝いが出来る事に興奮しているようだ。
神様……あの女神を思い出す。
どうしてこの世界にわたしを送ったの?
家族に会いたいよ。
「ロア……」
「ミツキ……大丈夫なのか?」
「うん、たぶん……」
妖精からは悪意を感じないから、大丈夫だと判断した。
妖精はわたしを手伝う者、草原で遊んで居る者、ロアの近くで静観して居る者など様々だ。
草原を強めの風が過ぎて行くのと同時に草原で遊ぶ妖精が、笑いながら数人攫われていった。
わたしは妖精の一人に手を差し出す。
「教えてくれる?」
妖精たちは騒ぎ出す。
『いいよ!』
『おしえる!』
『とくべつ!』
『いーよ!』
差し出した手に妖精がまとわりつく。
ロアに振り向く。
「ロア!」
「なんだ?」
「魔法の事、ちょっと妖精さんに教えてもらってみる」
「……分かった、無理しないようにな」
そう言って、また大剣を持ち上げた。
ロアはロアで素振りしてるからある程度時間がかかっても大丈夫か。
「妖精さん、よろしくね」
『よろしくされる!』
こうして、魔法を覚えるための妖精式レッスンが始まった。