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願われる


部屋の中は……そう言えばサラが掃除をしたのだった。

埃が掃われて、綺麗になっていた。

ベッドも敷き直したのだろう。来た時と同じ状態になっていた。

セレナが椅子を引いた。

部屋にはそれほど大きくない机と椅子が二つある。


「どうぞ、ミツキ様」

「ありがとうございます……一人で出来ますよ?」


椅子に座るぐらい、簡単にできるのだけど……

セレナは何時だって世話を焼きたがる。

わたしは貴族じゃないからそこまでしなくてもいいのに。

曖昧に笑うセレナにわたしも笑っておいた。


「良かったらどうぞ」


リファが紅茶を出してくれた。

わたしが此処の部屋でお世話になるようになってから食器などが置かれ、紅茶が飲めるようにしてくれているようだった。

そんな事、しなくてもいいのにと思いつつ紅茶を一口含んだ。

何処となく落ち着く香りだった。


「どうぞ、座って下さい」


もう一つ、向かい側の椅子をすすめるもリファは微笑んでから首を横に振った。


「私は使用人ですから……お客様と同じ椅子には座れません」


と言って頑なに座ろうとはしなかった。

無理にすすめても座ろうとはしなさそうだったので、諦めて本題に入る事にした。


「お話とはなんでしょうか?」


隣に立ったままのリファは少しだけ俯いた。

申し訳なさそうな、心苦しいような、そんな表情をした。


「ミツキ様にお願いがあって来ました」

「お願いですか?」

「はい……」

「どんなお願いでしょうか?」


此処に来てまだ二日目だけど、皆に良くしてもらっている。

無理なお願いで無ければ頑張って叶えたいと思っているが、どうだろうか。

リファはまだ迷っている様子だった。

どんなお願いなのか分からないので、それとなく先を促す。


「ミツキ様……この家に残っては下さいませんか」


言われた言葉の意味を理解するのに時間が少し必要だった。


「無理なお願いをしているのは分かっています……ミツキ様が元の世界に帰るために当家に来た事、此処の使用人ならば全員が知っています」

「……なら、どうして……そんなお願いを……?」

「奥様はもう……長くありません……」


リファはナタリアが結婚する前からの知り合いだった。

ナタリアの事をずっと隣で見てきた。

幸せも不幸も、使用人としてずっと見てきた。

年々弱って行くナタリアに、リファは思った。

せめて望みを叶えて差し上げたい、と。


「わたしが残る事が、ナタリアさんの願いなのですか?」

「……奥様は坊ちゃまが幸せになった所が見たいと、口癖のように言っていました」

「ロアが幸せになった所……?」

「奥様は……坊ちゃまが結婚して幸せになった所が見たいのです」

「け……結婚!?」


話が飛躍し始めた。

ロアとわたしが結婚!? どうしてそうなるの!? 恋人関係でもなんでもないのに!


「わたしとロアはそう言った関係では……」

「ベッドをともにする仲だと……」

「それは事故で! 違うんです!」


確かにあれは事故だった。悲惨だった。もう戻ってこられないかと思ったよ……

と、言うかセレナ……一体どんな説明をしたんだ?


「坊ちゃまは満更でもないと……」


だからロア! 何を言ったんだ!?


「わたし、まだ17歳で……」

「少し早いですが、適齢期です」

「貴族じゃないので……」

「他の家は知りませんが、当家ではそのような事を気にする人は誰一人居りません」

「この世界の人間では無いのですが……」

「誰も気にしません」


グラスバルト家は気にしなさすぎじゃないだろうか。

わたしの記憶にある貴族と言えば、貴族は貴族同士しか婚姻できないとか、そう言うのがあった気がする。

だからこそ身分差恋愛の漫画なんかが流行ったのだが……

グラスバルト、三大貴族、公爵家……血筋の知れない女を嫁にと普通は思わないだろう。


「ミツキ様……グラスバルト家にはある決まり事があるのです」

「決まり事?」


唸っているわたしにセレナが決まり事を教えてくれた。


「グラスバルト家に生まれた子が結婚したいと相手を連れて来た場合、拒むな迎え入れろ。と言うものです」

「何ですか……その決まり事は……」

「前当主、ロナント様がお決めになった事です」


なんでもロナント本人は、レッドと結婚したいと思っていたが父親に反対されとても苦悩したそうだ。

英雄の娘とは言え、レッドは貴族では無かったからだ。


「当家は直感で相手を選ぶ事が多く……」

「それで結婚を失敗したらどうするんですか……!」

「それはそこまでの人間だったのでしょう。間違いが起こった事は今の所ありませんよ」


笑顔で言うセレナの気が知れない……

ロアがわたしを選んだ事は少なくとも間違いだよ。


「わたし、ロアから結婚してほしいとか一言も……」

「言えないのではないでしょうか」

「……」

「ミツキ様は家に帰る事を切望なさっておいでですから」


リファに心に刺さる言葉を貰った。

約束……ロアなりに守っていると言う事だろうか。


「わたしが、ロアにふさわしいとは……思えません」

「ミツキ様がどう思おうと、周りの人間は……」

「わたしは貴族でもこの世界の人間でもありません! もっとロアには相応しい人が居ると思います」

「居るか居ないかを決めるのはミツキ様ではありません」

「………」

「誰を愛し、相応しいと思うのかは坊ちゃま自身です」

「でも……わたしは……この世界から……」


泣きそうだった。

家に帰りたい。その願いを聞いたロアと一緒にここまで来た。

ロアはずっと、わたしを助けてくれて……家に帰すって約束してくれて……

でもロアは、わたしが帰る事を良く思ってない。

何時だって引き留めてくる。

言葉にはしない。約束を破った事になりかねないから。

だから……何時も行動で……「いくな」って……


「ミツキ様」


リファは膝をついて、座ったまま俯いているわたしの両手を握った。

そして、諭すように、続ける。


「あなた様はもう何もしなくて良いのです。ずっと此処に居て、坊ちゃまのお側に居て下されば……何も心配する事は無いのです」


優しく諭され、もう、それでもいいかなって気になってくる。

元の世界で、家族はどうなったのか。

悲惨な事故。

誰一人として生き残ってないかも知れない。

弟をかばったけど、どうなったかは分からない。

もう皆死んじゃってて、帰ってもわたし一人だったら?

可能性が無い訳ではなかった。

何度だって考えた事だった。

帰って一人ぼっちだったら、どうしよう、って。

だったらまだ……家族がどうなったのか知らないまま……この世界に残る。

残って、ロアと一緒に過ごす。

考えなかった訳じゃない。

だってロアは、何時だって真っ直ぐだから。


「リファさん」


でも。


「ごめんなさい」


帰る事を諦めたくなかった。

家族が待って居なくったって良い。

苦労する事になっても良い。

わたしは帰りたい。

何時ものように朝起きて、朝ごはんを食べて、学校に行って、友達とお喋りして、お弁当食べて、学校帰りに遊んで、夕食を食べて、欠けた月におやすみを言いたい。

慣れ親しんだ世界に、元の場所に帰りたい。

意地になっている、そう思われるかもしれない。


「ミツキ様、誰もあなた様を邪険に扱ったりはしません」

「分かっています。でも……ロアは約束をしてくれたんです」


出会った時、最初の約束。


「俺が家に帰るのを手伝うって……約束してくれたんです」


リファはただ黙って、わたしの顔を見つめていた。


「ロアは約束を果たそうとしてくれています。お願いをしたわたしが、先に諦める訳にはいかないのです」


ロアが約束を破ってないのに、わたしが破ってどうするんだ。

ロアの気持ちを無下にする事なんてできない。


「そうですか……分かりました」


リファは一つ息を吐いた。

分かってくれたのだろうか。

俯いていたリファが顔を上げた。

その目には、闘志の炎が燃えているように感じられた。

リファはすっと立ち上がった。


「ミツキ様がずっと居たいと思えるような屋敷にするよう、精進致します」

「……え?」

「より良いグラスバルトの未来の為に……セレナ、サラ、分かりましたね?」


二人はとても良い返事をした。


「え? えっと……」

「私はこれで失礼いたします。ミツキ様、貴重なお時間ありがとうございました」

「は、い……あ、お気をつけて……」


リファは一礼して部屋を後にした。

えっと……此処に居る事を拒否したら、より良い屋敷にするように精進……?

別にこの屋敷に不満がある訳では……!

不満どころか良い事しかないのに……!


「リファも必死なのです、ご理解下さい……」

「何に必死なのですか……?」

「ミツキ様を獲得する為でしょうか?」


わたしを獲得……?


「ミツキ様、丁度いいのでお教えいたします」


セレナはわたしの隣に立った。

ゆっくり微笑んで、


「どうして使用人がミツキ様にこだわるのか。リファは見ての通りですが、ババ様もミツキ様に熱視線を向けています。結果、メイドが一人増える事になりました」


サラを見た。

今日からわたし付きになったって言ってたけど……その、ババ様の命令で?


「グラスバルト家の執着心……有名な話ですが、ミツキ様は他の世界の方……知らなくて当然です」


そしてセレナは語り始めた。

愛した女が居たグラスバルトの男、憐れな恋の話を。

何故わたしに此処に残るように言うのか、その理由を……


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