新しいメイド
目が覚め、ベッドから降りた。
最悪の目覚めだ。
昨日、あんな事ロアに言うんじゃなかった。
「……は、ぁ」
後悔から自然と溜息が出た。
ばかばか言い過ぎたよ。あんなに言われたら誰だって怒るよ。
あーもう何て言って謝ろう。
その時、部屋の扉が開いてセレナが顔を出した。
「おはようございます。ミツキ様」
「セレナさん……おはようございます」
モーニングコールをするって言っていたけど、こういう感じなのか。
昨日、なかなか寝付けなかった。
眠たい目を手で擦る。
「朝食の準備が出来ております」
「はい」
何時もの服に着替えた。旅の間に着ていたワンピース。
手助けは要らないので一人でさっくり着替え終える。
「あの、ナタリアさんは……」
ロアが言っていた、ナタリアは本当は体が弱いって、本当なのだろうか?
セレナは眉を寄せて左右に首を振った。
「寝込まれています。坊ちゃまの言う通りでした」
「会えますか?」
「いえ……今は控えていただけると……」
そんなに悪いのか。
ロアの言っていた事は本当の事だったのか。
「ロアはもう家を出ましたか?」
「はい、少し前に」
「そうですか」
昨日の事、謝りたかったのだけど……帰って来てからになっちゃうな。
その間に謝罪の言葉を考えよう……
「坊ちゃまは出られる前に奥様のお部屋にいらして、何か話されたようです」
「……え……?」
「お二人で話されたので内容までは分かりませんが……昨日のミツキ様との会話できっと、何か思う所があったのでしょうね」
セレナはいつも通り微笑んだ。
ロア……ナタリアを避けてるって言ってたけど……自分から会いに行ったのか。
わたしが余計な事を言ったから……?
「ナタリアさんはそんなに体が悪いのですか?」
「ええ……昨日ほどお元気だった事は私の記憶にはありません。きっとミツキ様と出会えた事が嬉しくてお元気になられたと思っています」
「ごめんなさい、わたしが……」
「ミツキ様のせいではありません。奥様が無理をしていたのに気が付けなかった我々が悪いのです」
ナタリアに会いたい。
会って、母親から見た息子の話が聞きたい気持ちになる。
この家の事情をよく知らないでナタリアと接した。その事について謝りたい。
明日になったら元気になるだろうか。
「ミツキ様。サラの事覚えていらっしゃいますか?」
「サラさん? 服を着直すのを手伝ってくれた人ですか?」
「はい、そうです。入ってきなさい」
セレナが言うと、扉から見知ったメイド、サラが入って来た。
サラは一度頭を下げた。
「本日付でミツキ様付きになりました。サラです。よろしくお願いいたします」
「……え?」
わたし付き……?
「本日からミツキ様のお世話を私とサラで行います。よろしいでしょうか?」
「あ、の……わたしに付いてるメイドさんと言う事でしょうか?」
「はい、そうですが……何か問題が?」
「いやその……わたしはお世話されるような人間では無くて、だからその……」
セレナは首を傾げた。
「辞退したいです。わたし一人で大丈夫ですので……」
「ミツキ様……?」
「はい……」
「そんな事を言っても代わりの者が来るだけです。サラに不満があるなら別ですが」
「不満なんてそんな!」
あまりサラと話した事は無いけど、服を着るのを手伝ってくれた時は手際が良かった。不満など感じる事は無かった。
「それに私はミツキ様が此処にいらしてからずっとミツキ様付きを命じられています。一人が二人になるだけですよ」
どうやらセレナはわたしの世話役を命じられていたらしい。
人の迷惑になっている気がしてカタカタ震える。
この屋敷が広いから! すぐに迷子になっちゃうから! だから皆不安でこうしてメイドをわたしに……
「すみません……本当にごめんなさい……」
「? 何故謝るのです?」
「わたし、不甲斐なくて何にもできなくて……仕事の邪魔をして申し訳ないです……そのうち何でも自分で出来るように努力します……」
メイドに頼らず此処に居られるようになりたい。
本当にそう思った。
しかし、セレナとサラは互いに目を合わせ、首を傾げ合った。
「私達の仕事がミツキ様の身の回りを快適にする事なので、ご自分で出来るようになると仕事が無くなってしまいますわ」
「ミツキ様のお世話をする事が私の新しい仕事です。それを無くしてしまわれるのですか?」
……何でこの人達はわたしの世話をしたがるのか。
仕事だからか。年下の女の世話なんか嫌だろうに。すごい人達だな。
もうこれは頷かないとどうにもならない空気である事を察し、
「この家に慣れるまではお世話になります……」
セレナとサラは変わらず訝しげな表情をしていたが、よろしくお願いしますと返事が返って来た。
「本日はいかがいたしましょう?」
「……?」
「今日のご予定です」
「ああ……そうだ、えっと、図書館に行きたいのですが」
王都の図書館は大きいと聞いている。
元の世界に帰る手がかりがあるかもしれない。
「街に出ると言う事でしょうか」
「はい、そうですね」
セレナはとても申し訳なさそうに、
「ミツキ様の外出については制限があります。坊ちゃまの許可なしでの外出は認められていません」
「……王都ってすごく安全だって聞きましたけど」
「治安はすごく良いかと。ですが女性に対してはあくまで魔力を持っていない人が対象です」
なんでそんな事をロアが? と一瞬考えてすぐに思い当たった。
カナトラで攫われた事を忘れてはいなかった。
非常に安全な国で暮らして来たわたしは、どうしても危機感が足りない。
安全と言われる王都でも攫われる危険があるのだろう。
頭では分かっていても、わたしは自分の身を守る事は出来ない。
「分かりました……今日はやめておきます」
「申し訳ありません。代わりと言ってはあれですが……」
屋敷の中に書庫がある事を教えてくれた。
グラスバルトは昔からの家なので古い本も沢山あるとの事。
比較的最近の本は、先代当主であったロナントが趣味で集めた物らしい。
本当に本が好きな人みたいだった。
「じゃあ、そこで本が読みたいです」
「では朝食後、ご案内いたします」
「ありがとうございます」
部屋を出て食堂に向かう。
ロアもロゼもすでに家を出ている。
まだ早い時間だろうけど、時計が無いので分からない。
ナタリアは聞いての通り寝込んでいる為、食事は一人で食べる事になりそうだ。
「サラさん、聞きたい事があるのだけど」
「はい、何でしょう?」
「年は幾つ? わたしと近い気がするのだけど……」
サラの見た目の年齢はわたしとそう変わらない印象だ。
セレナは主人に仕えるメイド、そのままの印象だが、サラはまだ若く元気な子と言った感じだ。
「最近18歳になりました」
「ならわたしの一つ上だね。改めてよろしくねサラさん」
「はい、まだまだ見習いですが精一杯頑張ります」
そう言ってサラは拳を握った。
サラは綺麗な緑の眼をしてるから、やっぱり魔力を持っていてセレナと同じように此処で働く事にしたのかな。
聞いたら不幸な話が飛び出しそうで怖いから聞かないけど。
「ミツキ様、サラはまだ見習いで失敗などがあるかもしれませんが……」
「失敗? ああ、別にわたしは気にしたりしないですよ」
「ありがとうございます」
笑顔のセレナの後を付いて行く。
……そう言えば、ナタリアさんに付いていたメイドは一人だけだったな。
わたしがたまたま見てないだけだろうか。
「セレナさん、普段ナタリアさんにはメイドさんは何人付いているのですか?」
「今は三人ほど付いていますが……普段は一人……リファのみです」
「そうなのですか……?」
この屋敷の奥様なのだからもっと沢山付いていても良いような気がした。
わたしに二人も付けるくらいならと思ってしまう。
「リファは奥様の良き理解者なのです。お体が弱い事もあってそれ程大人数は要らないとおっしゃられたと聞いています」
そう言えば昨日、わたしを着飾っている最中、リファはナタリアに対して敬語で奥様と呼んでいたのに対し、ナタリアは友人と話しているかのようにリファと話していた。
二人は年も近そうだし、友人のような感覚なのだろうか?
「さあ、ミツキ様」
食堂の扉をセレナが開けてくれた。扉を開けるくらい自分で出来るのにと思わないでもない。
部屋に入った後、椅子の一つをサラが引いてくれた。
……二人を使う事に慣れたくないなと危機感を持った。
本日の朝食のメニューを聞きながら、わたしは何時になったら家に帰れるのだろうかとぼんやり思った。




